2000年シドニーオリンピック、ルーマニアは女子体操個人総合で金銀銅メダルを独占した。その頂点に立ったのが彼女である。しかし、その5日後、彼女の金メダルは剥奪される。ドーピング検査で禁止されている興奮剤エフェドリンが尿検体から検出されたのであった。
彼女は1983年9月30日、ルーマニアのBarladで生まれる。5歳から体操を始めた。1996年、肘を怪我して手術を受け、回復するまで6カ月を要した。その後ディバ(Deva)の国立体操専門学校に住み込み、ルーマニアのナショナルチームに入る。それからメキメキと実力をつけた彼女の体操は優雅で力強く、「躍れるルーマニア選手(The Romanian who can dance)」として注目され始めた。1999年、シドニーオリンピック前年の世界選手権で、個人総合で5位、種目別では平均台で2位、床で1位と頭角を現してきた。
そして2000年、ルーマニアは20歳で長く中心選手として活躍してきたアマナール(Simona Amanar)、18歳のオラル(Maria Olaru)、16歳のラドゥカンたちをシドニーに送り込んだ。アマナールは今回の五輪を最後に引退を決めていた。
9月21日女子個人総合の決勝が行われた。予選をトップで通過していたロシアのホルキナはミスをして優勝争いから脱落、ルーマニア勢同士の戦いとなった。最終種目、アマナールが先に跳馬の演技を終え、ラドゥカンは金メダルを獲るには床で9.574以上を出せばよかった。
速いテンポのアイルランド民謡に乗った彼女の演技は、まさに「躍れる」演技であった。148cm37kgの小柄な身体が宙に舞う。最初の伸身後方2回宙返りから高さが違う。抜群の脚力でピョンピョン飛び跳ねた。最後の伸身後方宙返り3回ひねりの着地を決めると、金メダルを確信したかのようにガッツポーズを見せ、観衆に手を振った。9.825、その日の最高得点を出し、堂々の金メダル。ベルコーチの肩に担ぎ上げられ、祝福を受けた。
その結果、金メダルはラドゥカン、銀メダルはアマナール、銅メダルはオラルとメダルをルーマニアで独占した。表彰式では哀愁を帯びたルーマニアの国歌が流れる中、3枚のルーマニア国旗が掲揚される。同じレオタードを着た3人が笑顔で表彰台に立つ。コマネチ以来24年ぶりのルーマニアからの五輪女王誕生である。
ベルコーチは、コマネチを育てたカロリーコーチがアメリカに亡命した1981年から選手を預かってきた。再びルーマニアから金メダリストを出すことが、もちろん彼の夢であった。
彼女に突然暗雲が襲ったのは、5日後の9月26日のことであった。国際オリンピック委員会(IOC)は、彼女のドーピング検査で禁止されている興奮剤エフェドリンが陽性反応を示したとして、彼女の金メダルを剥奪すると発表した。
エフェドリンは彼女が競技前に飲んだ風邪薬に含まれていた。チームドクターに処方されたものであった。エフェドリンは、興奮剤の一種だが、咳止めの効果もあり、通常の感冒薬に含まれる成分である。体操競技には使用する意味がないため、国際体操連盟の禁止薬物リストには掲載されていない。
まだオリンピックの熱戦が続く五輪パーク内の記者会見会場に、16歳のラドゥカンは水色のカーディガンを着て現れた。200人近い報道陣の前で、優勝したときのあどけない笑顔とは異なり、落ち着いた表情で彼女は話し始めた。
「とてもがっかりしている。私はフェアに競技に臨んだ。気分が悪かったので薬を飲んだけど、めまいがしてかえってマイナスになってしまっていた。どうしてこんなことになったのか、私にも分からない」
IOC事務総長は「確かに、今回の薬物は競技力向上の効果はなかったかもしれない。しかし、効果があろうがなかろうが、禁止薬物として規定にある。彼女を処分するしかない」と繰り返した。禁止薬物使用が後を絶たない現実の中で、「反ドーピング運動とは何かを世界に示す」IOCの格好の餌食にされてしまったようだ。
ルーマニア五輪委員会の会長は「わが国の五輪予算はアメリカなどと比べるととても少ない。薬物に明るい人材も豊富ではない。今回薬を処方した医師もボランティアで、禁止薬物の知識に乏しかった」と話した。148cm37kgと彼女が小柄なので薬物代謝が普通より遅く、そのため多く体内に残ってしまったということも陽性反応が出た一因となった。
記者会見場に現れたラドゥカン、アマナール、オラルは、無実を主張するかのように同じネックレスをしていた。ラドゥカンの失格で個人総合1位に繰り上がったアマナールは、「金メダルはルーマニアチームのものとして受け取るが、このメダルは私たちにとって何の意味もない。金メダルは彼女のもの。彼女は最高の演技をして、観客を魅了した」と語った。
ルーマニアでは抗議運動が起こり、ラドゥカン自身もスポーツ仲裁裁判所に提訴したが、メダル剥奪処分は覆らなかった。
ルーマニアのイサレスク首相は、ラドゥカンは金メダルを獲得したと見なして、彼女に対して3万ドルの報奨金を保証した。
記者会見の最後に彼女はこう話した。
「これからも競技は続ける。もっと高いところに到達できることを証明したい。今回の判断を下した人たちに、本当の私を示したい」
拍手の中、彼女はその場を後にした。