「ナポレオンの戴冠式」

一枚の絵に秘められた物語

 パリのルーブル美術館には有名な絵画が数多く展示されている。その中でもダヴィッドの「ナポレオンの戴冠式」は、大きさだけでも見る者を圧倒してしまう大作である。6m21cm×9m79cm、壁一面がこの絵である。1804年、皇帝になったナポレオン、ローマ教皇から冠を取り上げて、自分で冠を被り、妃ジョゼフィーヌにも冠を被せた。この絵は、その光景を描いたものである。


これはルーブルにある「ナポレオンの戴冠式」

 しかし、僕が本当に見たかった「ナポレオンの戴冠式」の絵は、これではなかった。作者ダヴィッドは、この絵をナポレオンに献上するために描き、それが現在このルーブル美術館にあるのだが、実はダヴィッドは全く同じ絵をもう1枚描いていたのだ。その1枚は自分で所有するために描いたそうで、献上した絵とある一部分だけ違うところがあった。ナポレオンを取り囲んでいる人たちの中で、1人の女性の服だけ赤く塗られていたらしい。その女性のことを、ダヴィッドは愛していたらしい。もう1枚というのは愛する人のために描かれていたのだ。残念ながら、ルーブル美術館にある絵では、そんな赤い服を着た女性なんか描かれていなかった。

 この話は、高校のとき世界史の授業で聞いただけで、本当の話かどうかもよく知らなかった。それに、もし本当だとしても彼が個人的に描いて彼自身が所有していただけの絵が今残っているのかどうかも分からない。でも、残っているのなら、そのロマンチックな方の絵を見てみたいと思っていた。

 ルーブルを訪れた翌日、僕は列車でパリ郊外に行き、ヴェルサイユ宮殿を見学した。驚いたことに、ここにも「ナポレオンの戴冠式」の絵が飾られていた。もしかして、と思い、よく絵を見てみると、左端の方に、本当にピンク色の服の女性が1人だけ描かれていた。


こちらがヴェルサイユにある絵、上の絵の四角い部分の拡大だが、矢印の女性の服が違う

 周りの人たちは、この絵はルーブルにある絵のコピーでしかない、と何気なく通り過ぎていってしまう。そんな中、僕一人だけ感動して、この絵の前でしばらく立ち止まって眺めていた。