やっぱりらんば >> あぁ、素晴らしき日本 >> 旅のしおり〜古の都へ・2003春(実際はこうでした編)〜

予定をしっかり練って、旅へ出る。実際は予定外のことが起こって、良かったり悪かったり。
そんなのをつらつらと書いてみる。〜実際はこうでした編〜。
〜こんな計画たててみました編〜はこちらからどうぞ。

このページはNetscapeCommunicatorでは画像部分がうまく表示できません。ごめんなさい。

4/26(土)

気持ちは「余裕をもってバスターミナルに着くよう部屋を出る」なんだが、やはり今回も。どこでどう時間配分を間違えたのか、バタバタと部屋を出て、電車に乗って、バスターミナルへ。駅ホームからターミナルまで荷物担いで汗だくダッシュしなかった分、それでもまだ楽な方だったか・・・?
ターミナルに着いたら、ちょうど乗車が始まったところ。無駄な時間なく、そのまま乗車。

新宿新南口(23:10)JRバス・ニュードリーム京都号(京都駅バスターミナルへ向けて走行)

夜行バスは今まで何度も乗っているが、今回初めて「レディースシート」なるものを頼んでみた。いつもはそういう注文を付けず、早い時期に頼むのでだいたいが2階席前方窓際。3列独立シートである。で、レディースシートはというと1階席。早い時期に頼んだから前方窓際。が、2列・1列のシートで独立じゃなかった(ちょっと不満)。周り全員女性っていうのは、ある意味安心・安全。でも女ばかりの空気はあまり好きじゃない。
変な人が隣にくるかもしれないけど独立シートの2階席(カーテン閉めてるから景色は楽しめない)か、女だらけの1階席か・・・次乗る時、どうするか悩むところ。

4/27(日)
地図で位置関係をチェック(PDF:80KB)

(双葉?)S.A.(1:25着)JRバス・ニュードリーム京都号養老S.A.(4:45着)JRバス・ニュードリーム京都号京都駅烏丸口(6:22着)

いつもは1回目の休憩の時に降りて、トイレに行き、体を伸ばしたりする。が、今回は隣に座っていた女性が動かず寝ていたこともあって、行かなくても平気だということにして、2回とも降りず。
京都駅には、予定より10分早く到着。大きめ荷物をコインロッカーに預け、切符を買ってホームへ。

京都駅(6:39発)JR奈良線稲荷駅(6:45着)徒歩伏見稲荷大社

稲荷神社総本宮
伏見稲荷大社
http://www.inari.jp/
境内参拝自由

バスで眠り損ねているとも思われる身体にムチ打って、2時間余りの散歩(というより登山なんだろうな)「お山めぐり」に挑戦してみる。
果てしなく続く赤い鳥居な雰囲気と四ツ辻と呼ばれるあたりからの素晴らしい眺めを期待。
雨にならないことだけを祈る。

伏見稲荷大社正面稲荷神のお使い 狐四ツ辻からの眺め鳥居のトンネル

JR稲荷駅改札を出たらもぅ目の前。1ノ鳥居をくぐって少し歩けば2ノ鳥居、そして楼門(写真左から1番目)。空模様が少し気に入らないなーと思いつつ進む。稲荷神のお使いである狐が迎えてくれる(写真左から2番目)。口にくわえる巻物は、化身するのに欠かせない秘具なんだそうだ。
朝7時前だが、他にも参拝する人がチラホラ。この連休の旅の無事お願いして、お山へと向かう。
ずら〜〜〜っと並ぶ鳥居を見て、頭の中ではサスペンスドラマのオープニングを流れる。気合いを入れて出発。ホントすごい数の鳥居が連なっている。
上り始めてしばらくのところに「神宝神社へ」の看板があったので横道に入る。距離はそんなにないだろうと横に入ったが、結構な坂道。小さなお社が構えてあった。管理してる方が朝の掃除中のところへ参拝。私を見て、"らしき"音楽(雅楽)を流し始めた。千代紙を人形(ヒトガタ)に切り、こよりを通した紙雛に願いをかけ、そこを後にする。
朝の散歩コースとして歩く人あり、犬の散歩の人あり、ジョギングに来てる人あり。すでに上から下りてくる人もあり。朝の神社(っていうか山道)のお約束、互いに「おはようございます」と声をかけすれ違う。
結構な数の階段を鳥居トンネルの中を上り、息をきらしながら四ツ辻に到着。確かに眺めは素晴らしい(写真左から3番目)。が、雲が京都の街を覆う。雨にならないよねー、降らないでねーと願い、さらに上を目指す。
沢山の鳥居。「稲荷大神」と掲げてある鳥居もあれば、そうでないものも。朱色のモノがほとんどだが、そうでない石のモノも所々ある。今年になってからの鳥居など朱が鮮やかな鳥居あり、年月を経て鮮やかさが失せてしまったものもある。もっと古い物になると、木が腐ってしまい鳥居の姿なく、黒い足座の上に小さなお札が代わりに置いてあったりすることも。
一の峰、二の峰、間の峰、三の峰と巡り帰路へ。このころになると雲も切れ、晴れ間が広がり、気温も上昇。上着が邪魔になってくる。鳥居の切れ目では陽が当るが、奥へ進むに陽の当らない鳥居トンネル(写真左から4番目)。一の峰過ぎた辺りから下り。気持ち楽にそのトンネルをどんどん下りていく。下りる途中、鳥居に朱を重ね塗りしている職人さんを見かける。なかなか大変そう。
ついに下山。予想以上にハードな「お山めぐり」。1ヶ月前の金比羅さん奥社までの参拝の方がよっぽど楽。金比羅ではならなかった筋肉痛に、このお稲荷さんのおかげで見事になる。達成感ある1時間半の「お山めぐり」。

パン屋 都麗美庵稲荷のお土産にと、キツネの顔をかたどったせんべいを買おうとお店へ。営業時間8時からとガイドブックにあったが、8時半を前にシャッターが下りている。あれ〜?と思いつつ近づき、隣のお店を覗くとパン屋。朝ごはん調達!と入店。
狭い店内、近所の方が数名買いにきてたり、注文分のパンがカウンターに並んでたり、焼き上がってないパン分の注文用紙がペタペタ貼付けてある。あんぱんが名物らしく種類が多い。「バリうま!」のPOPがついてるベーシックなあんぱんと惣菜パンを購入。
お店の名前は「都麗美庵」、その袋に描かれているのはステキなオヤジ。創業昭和42年とあるんだが、その当時から袋のオヤジはこれだったんだろうか・・・
9時になればせんべい屋さんが開くだろうかという期待を抱きつつ、目の前の公園で、ベンチに座り買ったばかりのパンを食す。座った途端、近くから鳩が集まって来たが何もやらず。お山めぐり後の空腹&お疲れのところ、ふわふわのパンはうまかった。あんも甘過ぎず○。ひさしぶりにうまいあんぱんを食べた気がする。
9時を前にせんぺい屋さんは開く気配なく、縁がなかったと諦めて駅へ。(ガイドブックを今見れば、不定休とある。それにドンピシャだったということにする。)

稲荷駅(8:57発)JR奈良線宇治駅(9:24着)徒歩レンタサイクル屋さん

JR宇治駅を出て、駅前にある「宇治市観光案内所」でイラストマップをとり、宇治橋を渡り京阪宇治駅へ向かう。宇治川の流れがあまりに速くてびっくり。宇治のくせに優雅じゃないのね〜〜風流じゃないのね〜〜とガッカリ。
駅近くになり、このあたりでレンタサイクルが借りれるはず〜と見回すがない!駅係員にたずねてみたら「借りる人が少なくて、去年の夏でやめたんですわ〜」とのお応え。あらそうですかーー。
ま、もともと歩いて回れるとも思っていたので、そこはスパッと気持ち切り替え。宇治橋を戻り、あがた通りを歩いて県神社を目指す。

徒歩県神社

県神社
境内参拝自由

もともとは平等院の総鎮守社らしい。木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が祭神で、主に結婚や安産の守護神として敬われているらしい。現在では一事一願成就・子授け・安産・縁結びなどの祈願で訪れる人が多いらしい。
私の場合は「一事一願成就」だな。

縣神社バタバタと部屋を出てバスに乗って京都へ入った。旅のしおりを作っておきながら、持って出なかった、私。
それもあって、こういう小さな神社、何がどうだったかよく分からず巡ることになってしまった。

この日、境内を近所の方々(氏子?っていうのかしら)が清掃中。何かの祭りの準備だったのかもしれない。長居はやめようと、少し頭を下げて去る。
青空にのびる大木からの葉の緑がまぶしく、よい感じ。

徒歩平等院

平安文化の粋
平等院
http://www.byodoin.or.jp/
拝観料:一般600円(鳳翔館拝観料含む)
鳳凰堂:500円

実物を是非とも見てみたい鳳凰堂。
2001年3月1日にオープンしたらしいミュージアム「鳳翔館」にも期待。

鳳凰堂鳳凰堂正面

元は平安時代の左大臣・源融(みなもとのとおる)の別荘地だったらしい。人の手を経て藤原道長が極楽浄土を願って別荘を建て、その後その子・頼道(よりみち)に譲られてから、阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂(鳳凰堂)などを建立し寺院としたそう。
南門(裏門)から入り、浄土院を拝み、最勝院を拝み、その奥にあった源頼政のお墓に手を合わせ、鳳凰堂はまず横目に見て(写真左)奥(正門側)へ進む。案内板がある・・・と近づいてみると扇の芝と呼ばれるところ。さっきお墓があった頼政自刃の地だそう。平家打倒に立ち上がり、それに敗れての自刃だとか。
その芝の隣の観音堂を出て、4月末〜5月中旬が見頃と期待したがまだこれからの寂しい藤棚を右手に見て、鳳凰堂正面へ。
鳳凰堂バックに記念撮影する人々。それが一段落したところで、正面に立ってみる。阿字池、州浜の石灯籠を経て鳳凰堂。堂内部に入っている人がたくさん見える。堂の扉、格子上方には丸窓がある。池のこっち側から見るのに、その窓から阿弥陀如来のお顔を拝めるということなのだろう。確かに拝めるんだが、私の身長じゃ高さがちょっと足りないような。そのままそこに座ってみた。
天気良く、青い空に緑がきれい。心地よい。完成当時、さぞかし色も鮮やかに絢爛豪華な建物だったろうと思う。手前の白いつつじが入るよう写真を撮り(写真右)、「撮影スポットの邪魔だから、どけ」と言われる前に退散。鳳翔館へ向かう。
雲に乗り、様々な楽器を奏で舞う「雲中供養菩薩像」。52躯が鳳凰堂に阿弥陀如来を囲むようにあるらしいのだが、そのうちの数躯(30近い)が展示されていた。(もちろん他にも展示されているものはたくさん)この雲にのっているというのが珍しいということだった。さっき、堂内に入っている人が阿弥陀如来とは別に上を見上げていたのは、これらを見るためだったと納得。
ミュージアムショップで当時を再現した鮮やかな扉絵のハガキを購入し、平等院を後にした。

鮎宗でランチ平等院を南門から出て、宇治川沿いの道へ。
100年ほど前に鮎問屋として創業した料理旅館「鮎宗(あいそ)」へお昼ごはんを求めて入る。
この地では古くから宇治川で獲れる天然のうなぎが珍重されてきたらしい。その伝統を受け継いで考案されたのがうなぎのいい蒸し。その「いい蒸し付き、天ざる茶そば季節の点心」をいただく。
少しずつ味わえる季節もの点心。上品な味、うれし〜〜と思いつつ箸を運び食した。気付くと1時間が経過しようとしていた。満腹、満足。
食べ終わった時はそのつもりなかったが、これが今回の旅行中、一番豪華な食事となった。

喜撰橋より喜撰橋を渡って浮島(塔の島)へ渡る。そこで流れが速いと思った宇治川の謎が解ける。橋を渡ったところにある大きな電光掲示板(!)に「上流にある天々瀬ダム放流中 注意」とあった。
なるほどーー。初めて見た、ダムから放流があるとこんなに水の勢いがよくなるっていうのを。あの勢いに飲み込まれたらホント大変。台風とか大雨で水かさ増してドウドウ流れている感じなのに、空が青い。このミスマッチがなんとも変。
塔の島から橘島へと渡り、朝霧橋を渡って宇治川対岸へ。

塔の島と橘島、2つの島でなっている宇治公園。天気よい休日、たくさんの人が時間を過ごしにやってきてた。のんびり過ごすのにいいところ。鵜飼用の鵜小屋もあった。

徒歩興聖寺

興聖寺
境内参拝自由
諸堂拝観:300円

伏見桃山城へ行こうと一度は予定したが、いまいちなので外した。ら、そのおもしろそうなものがここにあるので寄ってみることに。
取り壊された伏見城の一部が移築されているよう。二条城の唐門、御香宮神社の表門、豊国神社の唐門、高台寺の塔頭、円徳院に化粧殿、板の間は分けて10の寺などに。この板の間、関ヶ原の合戦の前哨戦で伏見城が焼失した際、守将・鳥居元忠が自刃したところらしく、移築後は『血天井』として各寺にあるらしいのだ。
その一部が、この興聖寺にあるよう。応仁の乱で焼けてしまった伽藍の再建の際に、使ったよう。是非見てみたい。

興聖寺山門朝霧橋を渡り、そのまま川沿いを上流へ歩くこと数分。石の総門を通り、参道である琴坂を200m上れば龍宮造りの山門に着く。
この琴坂、秋の紅葉が素晴らしいということだが、春の新緑も悪くない。坂の両脇にある石垣がまた雰囲気あって感じよい。
山門をくぐり、境内をグルっと見渡し本堂へ。血天井が外からでは分からず(見つけられず)、諸堂拝観をお願いする。本堂の前を通り開山堂(祖像が安置)、僧堂(坐禅道場)を見て、再度本堂に戻り、廊下から中を見、天井を見上げているところでお坊さんが声をかけてくださった。

血天井。しっかりみました。「チョークで囲ってあるところです。」と言われ、見ると確かに。土踏まずが立派な足。嘘じゃないかと思える程、きれいな手形・足形が1つずつ。他にも数多くあったかもしれないが、消えてしまったのではないかということ。
興聖寺にある伏見城の遺構はこの天井と、その下にある前縁の鶯張の廊下。遺構という単語の意味するところがよくわからず、「移築」という表現を使っていたが話を聞いて分った。
応仁の乱で焼けた伽藍を再建したいのだが、当時、社寺を建てるのに新しい材料を使うことが禁じられていたらしい。取り壊されたモノを使って再建するのは許されたらしく、伏見城のモノをいただいたということ。いわゆる「リサイクル」のようだ。
お城で使われていたモノをうまく、リサイクル。よくよく見ると、こんなところにこれは間違ってるんじゃ?というところがある。が、そういう目で見ないと分からないぐらい、馴染んでいる。うまく遺構できてるのが素晴らしいし、遺構できるモノを使わなくなるお殿様の贅沢さにびっくりである。
鶯張の廊下は、知恩院のそれよりもしっかり音のする見事さ。血まみれの板の間を天井としたのは、成仏の気持ちもあるとのこと。遺構バンザイ。

宇治十帖モニュメント興聖寺を出て、川沿いを下流に向かって朝霧橋まで戻る。橋の近くにある源氏物語の宇治十帖のモニュメントを見て、鳥居をくぐって宇治神社へ。

徒歩宇治神社徒歩宇治上神社

宇治神社
境内参拝自由

莵道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)の宮居跡に社を建てたのが起原らしい。宇治の産土神(うぶすのかみ)として信仰集める平等院の守護神らしい。
境内にあるらしい「知恵の輪」をくぐって頭良くなりたいもんだ。

宇治神社作っておきながら忘れたしおり。そうすると、コースは覚えていても「知恵の輪」があるなんてことは頭になく。
滞在時感短く。頭下げて、次へ向かう。

宇治上神社
境内参拝自由

世界文化遺産にも登録されている、神社建築では日本最古の本殿を見よう。

宇治上神社 拝殿宇治上神社 本殿

宇治神社を出て、100m(?)程度で到着する宇治上神社。
まず目に入る拝殿(写真左)の屋根があまり目にしない形なのに驚く。その左側に、宇治七名水のひとつで、唯一現存する桐原水が湧き出ている。きれいな水で、柄杓と漏斗があったから、もっていたペットボトルを空けてそこに入れようかと思った瞬間。他の人をガイドしていたおじいさんの言葉が耳に入る。
「現存している宇治七名水の一つで、今もコンコンと湧いています。が、原水ですからそのまま飲むのはお勧めしません」と。そりゃそうだと納得。見るだけ見て、そのまま拝殿の裏へ。
最古の神社建築の本殿(写真右)。一間社流造の小さなお社が3棟並び、両端のお社が軒をのばした覆屋に収っている格好。不思議な感じ。3棟にはそれぞれ応神(おうじん)天皇、仁徳(にんとく)天皇、莵道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)を祭神としているらしい。
拝殿のすぐ後ろに本殿があるため、本殿を正面からの写真をとることができないという、素晴らしさ。みなさん横からのアングルで必至にカメラ構えてました。

徒歩宇治市源氏物語ミュージアム

宇治市源氏物語ミュージアム
展示観覧料:一般500円

ガラスとコンクリートで現代の寝殿造りをイメージした建物らしい。
昨年になってかじった源氏物語、その世界に触れてみたいと思います。

宇治上神社を出て、さわらびの道を歩いてミュージアムへ。
入館してすぐに映像展示室へ案内される。篠田正浩監督作品「浮舟」の上映。常設展示・企画展示を見て「源氏物語」に親しむコーナーへ。タッチパネルのPCが8台用意してある。人が少なかったので、クイズや性格診断テストもしっかり楽しむ。そして図書館へ移動。関連書籍が沢山置いてある。
通し番号7番の2000円札が額縁に入れ飾ってあった(通し番号の若いものは所縁あるところにそれぞれ在るらしい)。
そして、ソファーに座り平安時代の読みを復元した「橋姫(だったと思う)」のビデオを見る。タチツテト・ハヒフヘホの発音がタァティツゥテェトゥ・ファフィフゥフェフォで、その発音でものすごくゆ〜〜っくりと朗読するのがおかしくて、真似しながら見る。
ビデオが終わりそうなところで、団体のお客さまがドヤドヤと流れてきたので、ビデオが終わるのを待って、ここを後にし駅へ。

徒歩宇治駅(14:15発)京阪宇治線中書島駅(14:32着)・中書島駅(14:35発)京阪本線三条駅(14:50着)・三条京阪駅(14:54発)地下鉄東西線蹴上駅(15:00着)徒歩琵琶湖疎水記念館

琵琶湖疎水記念館
入館無料

東京遷都で消沈した京都の活力を再起させるため、明治時代、当時の府知事が琵琶湖疎水の建設を計画したらしい。疎水(琵琶湖の水を京都へ引き込むための運河)は1885年から5年がかりで建設されたらしい。疎水完成100年を記念して、ここを建てたようだ。
手描きの記録画など、いろいろと展示してあるよう。

疎水「南禅寺前」信号交差点にある記念館。この日、日曜日で天気がよかったこともあり、南禅寺へ向かう人、南禅寺から戻ってくる人でこの交差点はたくさんの人。でも、記念館へ向かう人はおらず。交差点には「入館無料 お気軽にお入りください」というような看板もあるのに。
そうして入った記念館。人が少なく静かかと思ったら、そうでもなく、地下からはにぎやかな声も。外の暑さがない、空気ひんやりの内部。そこにあったパンフレットを手にとる。表紙に「京都市水道局」とある。開いたそこに「琵琶湖疎水竣工100周年を記念して、疎水の意義を1人でも多くの人に伝え、先人の偉業を顕彰するとともに、将来に向かって発展する京都の活力の源となることを願って、市民の協力のもとに建設しました。」とある。なるほど、京都市水道局。
疎水の完成により、水力による発電が始まり、舟運も盛んになった。京都の産業が盛り上がったのが分かる記念館。土木史に残る大事業だっただろうと想像。先人、偉い!
舟が坂を上下するインクライン。今は、そのインクラインは線路を残したまま、散歩道となっている。新緑だったけど、もう少し時期が早ければ、桜のトンネルを歩くことができる散歩道だろう。その散歩道の終点(起点?)からこの記念館の地下に入る口があるから、地階がにぎやかだったのが納得。地階から出たそこには噴水もあり。時間あればインクラインを歩いて田辺朔郎博士像まで行ったんだが、時間ないので止める。予定以上にここで過ごし、本日の最後の見どころ「平安神宮」へ向かう。

徒歩平安神宮

平安神宮
http://www.heianjingu.or.jp/
境内拝観自由
神苑拝観料:一般600円

平安遷都1100年を記念して、1895年に平安京の大極殿・応天門を原寸の8分の5で造営したところ。
社殿の裏側に広がるのが、神苑。ここは南・西・中・東と4つの庭からなる池泉回遊式庭園。なんだか、源氏物語に出てくる春夏秋冬4つに分けた六条院を思わせます。

平安神宮前の人力車

記念館から平安神宮までは歩いて10分ぐらい。疎水で釣りをしている人達、立派な京都市美術館を右に見て進むと、大鳥居が目に入り、そうして応天門(写真左)が目に入る。鳥居から門まで、人力車が沢山目に入る。そのお兄さん達の風貌を見て楽しんで門をくぐる。
まずは圧倒。目の前に広がる白砂を敷き詰めた境内。その先にある拝殿。8分の5でこれかよっていう大きさ。
中学の修学旅行で京都に来た時、自由行動後の集合場所がここだったと思うのだが、この境内に並ばされたんだろうか・・・ちっとも覚えちゃいない。
外拝殿で一応頭を下げ、神苑へ。桜の時期には遅いし、その後の花を楽しむには少し早いよなーと思いつつ。やたら緑が目に入ってくる。
まず、南神苑。左奥に日本最初の電車が置いてあったり、春・秋の七草のコーナーがあったり。それぞれに名前だけでなく、古典文学に出てくる箇所が一緒に書いてあったりする。次は西神苑。(花菖蒲が咲いていたと思う)白虎池をぐるっとまわって、中神苑へ。ここには蒼竜池。飛び石(写真中)を少しドキドキしながら渡る。石の上から池を見たところを写真に撮りたいのだが、後ろからもドンドン人がくるので、立ち止まるのを躊躇。この飛び石、臥竜橋(がりゅうばし)というらしいのだが、豊臣秀吉が造った三条・五条大橋の橋脚を並べたものらしい。そして最後、東神苑へ。ここには栖鳳池。京都御所から移されたらしい桧皮葺(ひわだぶき)の橋殿(泰平閣・写真右)に座って、一日を振り返る。長かったな−充実してたな−疲れたな−。
水鳥を撮ったところで、デジカメの電池終了。キリよし。京都駅へ戻ることにする。

徒歩京都会館美術館前(17:00発)市バス京都駅(17:30着)徒歩ホテル

駅までの道。渋滞でなければ30分もかからないだろう。満員バスに揺られて駅まで。そして、コインロッカーから荷物を取り出し、重い体を「ホテルセントノーム京都」まで。
「シングルでご予約いただいておりますが、ツインのお部屋をご用意させていただきました。」とフロントのお兄さん。
広い部屋に荷物を広げてひと休み。それから駅方向へ戻りフラフラ。外で食べて帰ることも考えていたが、デパ地下で嵐山のお店のものを調達してホテルへ。
長い1日終了。いつもより数時間早い就寝。

4/28(月)
地図で位置関係をチェック(PDF:80KB)

ホテル徒歩駅ビル商店街徒歩風俗博物館

駅ビルの商店街。朝から開いてる昔ながらの喫茶店で朝食。サンドウィッチとサラダ、そしてゆで卵にコーヒー。
昨日フラフラした時に薄手の服を買って正解。手持ちの服でこの日を過ごすには暑すぎ。青い空が眩しい。

風俗博物館
http://www.iz2.or.jp/
入館料:一般400円

1998年のガイドブックには「縄文時代から近代まで、日本の各時代の服を着たマネキンの展示」とある。が、その後様変わりしたようで、2002年のガイドブックには「源氏物語の舞台を再現」となっている。
ここでも源氏物語に触れてみたい。

「平成の大修復」中の西本願寺を左に見て、多分この辺り〜と見回す。あれぇっと・・・と地図を開いてビルの名前を確認したら、通り過ぎた後。あれ?っと戻ると目立たない看板を発見。井筒という会社のビル「横のエレベータで5階へお上がりください」
チーンというちょっと前のエレベータ特有の音とともにドアが開く。んーー。さすが朝、今日一番乗りの客のようだ。1フロアで簡潔(=そんなに広くない)の「源氏物語六條院の生活」というテーマでの展示。明石の姫君の裳着がメインであるが、他様々な場面を人形でもって再現してある。

殿上人蛍兵部卿宮和な合奏

左:<桐壺>光源氏の元服(六條院ではなく清涼殿で行われたもの):お祝にかけつけた殿上人
中:<梅枝>蛍兵部卿宮を判者とした薫物合わせ:悩む蛍兵部卿宮
右:<梅枝>蛍兵部卿宮が琵琶、源氏の大臣が筝の琴、頭中将(柏木)は和琴、宰相中将(夕霧)が横笛、弁少将が笏拍子を打ってふける夜の場面
気付くと、男性しか撮影してなかったよう。女性も沢山いるんですけどね・・・

雛人形がたくさんある感じ。細かいものもしっかりと作ってあって、制作は大変なものだったろうと想像。六條院の模型が中心にあり、その周りには和楽器の展示、源氏物語の場面場面があらすじと絵とで紹介してある。この六條院再現の隣に小さな部屋があり、実物大(だろう)の輿があったりする。実物大の人形もいるのだが、顔が白塗りの顔でなかったのでツーショットはやめた。平安な服も着れるようだった。
3組目のお客さんが来たところで、そのエレベーターに乗って降りた。

堀川通を北上。国道9号線(鳥取県につながる1桁国道)の起点の歩道橋の上に立ちしばらく車が行き交うのを眺める。
歩道橋をおり、五条通を西へ、壬生川通を北へ。お昼を食べようと思っていたお店を発見したものの、月曜定休なのを確認してがっくり。仏光寺通をさらに西へ。壬生寺の前を通り過ぎて、屯所跡へ。
徒歩新選組壬生屯所旧跡徒歩壬生寺(壬生狂言鑑賞13時〜17時半)

新選組壬生屯所旧跡
入場:一般1000円(抹茶・菓子つき)

芹沢鴨ら4人惨殺の舞台。鴨居に残る傷を見てみたい。
ガイド付きの邸内見学の後、抹茶とお菓子が出てくるそうだ。

壬生屯所旧跡(八木邸)近藤勇像

「屯所遺蹟」の石碑、和菓子「鶴屋」さん、その奥の門の先が京都市指定有形文化財でもある八木家(写真左)。これが、新選組壬生屯所旧跡。新選組屯所の説明看板が横に立つ門で受付。受付のおじちゃん嬉しそうに口を開く。「女性1人かい?いいね〜。この後どこに行くの?」「今日は壬生狂言みて、その後はフラフラっとします」「あっ、じゃあねー今日は役に立たないかもしれないけどまた今度行ってみて」と、ガイドマップをごそごそと3種類くれた。ありがとね。
八木邸へは当然のことながら玄関からお邪魔。先に入っていた男女のカップル(歳が離れてるような)へのガイドが終わりそうなところだったので、隣の部屋へ。ぐるっとそんなに広くない部屋を見回す。そうするうちに受付を済ませた女性2人組(20代半ば)、1人の男性(30代だろう)、男性3人組(きっと10代後半)が来たところで、ガイドのおじさんから話をきく。八木家のお話から始まって、新選組の話へ。芹沢鴨らが惨殺された夜の話が終わったところで、惨殺事件当時の刀傷残る部屋へ移動。そして京・町家の特徴などいろいろ話を聞く。新選組のことがまた少し分った感じ。
基本的には写真撮影は禁止。でも、木彫りの近藤勇像はファンが寄贈したもので文化財ではないとのことでガイドのおじさんが写真を撮ってくれた。
話のあとには、現・八木さん経営する和菓子やさん「鶴屋」さんの一角で壬生菜入りの屯所餅と抹茶をいただく。ごち。

壬生寺
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/mibu/
境内拝観自由

壬生狂言
鑑賞料:800円

お寺は、古来から厄除け・開運のご利益で庶民に親しまれているそう。
毎年4/21〜29に公開されるのが「壬生狂言」。昨年京都を訪れるのに、せっかくだから何かのイベントを見ようと来たら、これが良かった。子どもからお年寄りまで、いわゆる素人さんがこの伝統を守っている。笛・太鼓に合わせての身ぶりだけの無言劇。700年の伝統を持つ国の重要無形民俗文化財。30番ある演目のうち、1日5番を上演。
昨年は時間の関係で5演目すべてを楽しめなかったので、今年は気合入れてその日の5演目を楽しむぞ!

受付が気になってお昼を食べる前に境内を覗いたらすでに人が並んでる!鞄の中には栄養補助食品もお茶もある。開場から開演までの時間でこれを食べてお昼としようと決めて、炎天下の中並ぶ。
2時間近く本を読みながら待って、予定より15分早い開場(12:15)。解説本を購入して席ゲット。おじ(い)さんの横に座ったもんで声をかけられる。「女性1人?珍しいねー」狂言を楽しみに若い人が珍しいっていうのもあるみたい。演目終了までおやつをいただいたりなど、このおじさんにはお世話になった。

大念佛堂と割れた炮烙壬生狂言について(解説本から抜粋)
・正式名称は「壬生大念佛狂言」、愛称は「壬生さんのカンデンデン」
・鎌倉時代、円覚上人(えんがくしょうにん)が数10万人の群衆にわかりやすく仏の教えを説く方法として、身ぶり手ぶりのパントマイム(無言劇)に仕組んだ持斎融通(じさいゆうづう)念佛を考えついたのが始まりと伝えられている
・かね、太鼓、笛の囃子に合わせ、すべての演者が仮面をつけ、一切「せりふ」を用いず無言で演じられる
・狂言を伝承して演じるのは壬生狂言を本職としない、小学生から80歳代の長老までおもに地元に居住する約40名の「壬生大念佛講」の人達(衣装着付担当「衣装方」以外は全員男性)
・昭和51年に国の重要無形民俗文化財に指定
・狂言を演ずる大念佛堂(狂言堂=綱渡りの芸をする「獣台」や鬼などが飛び込んで消える「飛び込み」などの装置を持つ)は昭和55年に国の重要文化財に指定

この日の演目
炮烙割り(ほうらくわり)」13:00〜13:55
京都には2月の節分に壬生寺に参詣し、素焼きの炮烙に家内一同の年齢・性別を書いて奉納する古くからの習わしがあるらしい。絵馬とは違うけど、そんな感じ?その炮烙をこの話の中で、高く高く念佛堂の手すりに積み上げ、落として割る。奉納者は厄除開運が得られるんだとか。
狂言中は撮影禁止なので、終わってから撮りました。落ちて割るのに、土煙も出てこれはすごいです。春の公開では毎日1番目に演じられるらしく、それぞれにそんな量の炮烙を割るのかと思うと、奉納された炮烙の数って物凄いんだなと思う。
大黒狩(だいこくがり)」14:10〜14:40
これは昨年も見ました。赤ちゃんとして使われる日本人形がちょっと怖いです。
土蜘蛛(つちぐも)」14:55〜15:40
土蜘蛛のまく糸(細い紙テープ)が目の前まで来る迫力がスゴイ!「この糸を持っておくと厄除けになるといい、糸の芯を財布にいれておくとお金がたまる」などといういわれがあるそうで、目の前に糸がくると観客がそれを取ろうと手がワサワサと伸びる。この多数の手が伸びる様、これもスゴイ。隣のおじさんが多めにくれたりもして、糸は持ち帰ることができました。
糸だけじゃなく、豪華な衣装も見どころ。
道成寺(どうじょうじ)」15:50〜16:45
歌舞伎などでも有名な話らしいですが、私はこれで認識。大道具の釣り鐘がよいです。
羅生門(らしょうもん)」17:00〜17:40
天井からぶら下がった綱に足を掛けての動きが素晴らしいです。

今年はしっかり見たぞ。最初の「炮烙割り」の時は目の前に座っているおばあさんが、熱い中並んで待ったせいもあって倒れたりもして(救急隊員きたし・・・)集中できなかったりもしたけど。こんな時、様子を察知したんだろう、さらに前に座っていた(元?)看護士と思われる女性がささっと処置したのは素晴らしかった。途中の「土蜘蛛」の前半では、ウツラウツラと隣のおじさんと一緒に舟こいでしまったけど・・・
プロじゃない人々がやる、男ばかりの古くから続くこの世界が好きです。面を付けているため、視界は狭いだろうと想像。自分の後ろでの動きなど、何かのタイミングは足でドンと床を鳴らすことに頼っています。そういうのも小さな子どもがやっているのを見ると、素晴らしいなと思ったりするわけです。かねを叩く人、太鼓をたたくひと、笛で囃子を奏でる人。これが若い男性だったりすると、また嬉しく思います。また楽しみにきたいなと思う舞台です。

狂言が終わって、寺を出て「鶴屋」さんに戻りお土産用「屯所餅」と間食用「若鮎」を購入。「屯所餅」は箱入りなので、そのまま。「若鮎」は1つだけなので、小さな白い紙の袋に。この袋、新選組にちなんで「誠」の字が1つだけ赤いハンコで押してありました。
徒歩誠心院

誠心院(和泉式部寺)
境内拝観自由

社寺にしては珍しく遅くまで門を開けてあるようなので、寄ってみる。
恋愛歌人・和泉式部のために藤原道長が小御堂を建立したのが起源と伝えられているそうだ。

誠心院「そりゃ遅くまで門を開けてるわな」と当日そこに近づいてわかりました。ここ、新京極の商店街に門が面してました。
明る〜い新京極通から門を過ぎると暗がりの中に、建物がありその横にお墓が(狭いけど)広がってました。
う〜〜〜ん・・・
ということで、手を合わせて早々に出ました。もぅしっかり歩いて疲れてるし。

徒歩四条駅地下鉄烏丸線京都駅徒歩ホテル
地下鉄で駅まで戻る。炎天下で並んだのを筆頭に今日もまた疲労感たっぷり。昨日と同じく、デパ地下でごはんをゲット。ヘロヘロでホテルへ。いつもより早く就寝。

4/29(火・祝)

地図で位置関係をチェック(PDF:80KB)

ホテル徒歩東寺駅

東寺駅のコインロッカーに荷物を入れて、京都駅へ戻ろうと思ってました。が、行ってびっくり。東寺駅にはコインロッカーがなかったのねー。なんで?なんで?イライライライラ。色々考えた。清水寺まで荷物を持っていくことを一度は考えたが、京都駅まで戻るのが無難だと判断。京都駅へ戻る。

徒歩京都駅

「なんでロッカーないのよー」と怒りつつ、暑い中汗をかきかき京都駅へ。財布にある100円玉がちょうど3枚。1枚入れて、次の1枚を入れて、最後の1枚を入れて・・・空しくカランと最後の1枚が出てくる。もぅ1度入れてみてもダメ。100円玉と認めてくれないらしい。こんな時に限って1人だし、一番近い売店は営業前だし。開店準備中の書店へダッシュ。レジのお姉さんに頼んで100円玉を交換。荷物を預けてバス乗り場へ急ぐ。

京都駅市バス五条坂徒歩清水寺

清水寺
http://www.kiyomizudera.or.jp/
拝観料:高校以上300円

京都は5回目。そして清水寺は4回目。毎回のように行っているのだ。だから、当初の予定には入れてなかった。
が「243年ぶりの奥の院本尊・三面千手観音像(秘蔵)のご開帳」というのを知り、急遽予定に入れた。
舞台から京都市街を眺めるのに、天気良く空気が澄んでいれば良いなと思う。

三重塔舞台からの眺め音羽の滝から舞台を見上げる音羽の滝

バスを降り、五条坂を少し上がり、近道とあった茶わん坂を上り。9時頃、清水寺へ到着。
正面の仁王門は残念ながら修復工事中で見ることできず(去年もそうだったのに)。石段を上り、三重の塔(日本最大級らしい・写真左から1番目)を右に見て、今回の目玉「243年ぶりの縁(えにし)・奥之院御本尊御開帳(2003.3.7〜12.7)」の列に並ぶ。といっても、朝そこそこ早いこともあって列はスッスと進みすぐ中へ。追加100円での拝観。薄暗い本堂の中。せっかくなんで小さなろうそくにお願い(?)を書いて納め、御本尊正面へ。御本尊から伸びてきている綱を全て触り、拝み。列から外れてほんの少し見上げて。
ろうそくゆらゆらの不思議な空間から外に出て、舞台から京都の街を見る。このサイズの画像では分からないけど(写真左から2番目)、京都タワーもしっかり見えて。このころになると朝のイライラが完全に消え、ウキウキ。天気良くて新緑がきれいで、人がまだあまり多くなくて。気持ち軽やかに石段降りたら、いつもは長蛇の列を作る音羽の滝が空きスキ。長いヒシャクで3つの水(長寿・健康・勉学に御利益があるとか)を口にして、人が多い時では邪魔で許され難い位置から3つの水と舞台が入るアングルで写真撮って(写真左から3番目)、全体も撮って(写真左から4番目)気分良く子安の塔へ。
ぐるっと回って、舞台を下から見上げて。やっぱり舞台造りってすごい。
さ、清水坂を下りましょう。

清水坂を下りながら気軽な食べ物を探す。せっかくだから「ならでは」なモノがいい。適度なモノがないなぁーとキョロキョロ。と、清水坂と五条坂の分岐にありました。「八ツ橋ソフト」300円。まんまな味。板の八ツ橋1枚を突き刺してくれます。
坂を上ってくる多くの人とすれ違う中、これを食べつつ坂を下り、ちょうどバス停に着く所でごちそうさま〜。

徒歩五条坂市バス東寺南門前徒歩東寺・東寺宝物館

東寺(教王護国寺)
http://www.touji-ennichi.com/
拝観料:一般500円
宝物館との共通券:一般800円

平安京の正門(羅城門)の左右にはお寺、西寺・東寺があった。今となっては残るのは東寺のみ。
そんな重要ランドマークなのに、一度も行ったことがない。南大門から一直線に並ぶ伽藍見て、五重塔見て。今年こそ行くぞ!

五重塔金堂講堂五重塔

やはりランドマークな、東寺の五重塔。正門から攻めたくて「東寺南門前」のバス停で下りた。そして、歩道橋からの画像(写真左から1番目)おさめることができました。いかにも京都って感じしませんか?正門は南大門なんだけど、今は京都駅から近い方、北大門から入った方が見て回るのにいいようにできてます。

にしても、東寺はよい。なんで今まで行かなかったんだろうって。空海さん、この人は本当にすごいんだね。高野山行かなくても、ここで結構いけます。
南大門→中門跡→金堂→講堂→夜叉神堂→食堂→北大門と、キレイに一直線。写真は左2番目から金堂→講堂→五重塔。私は建物のこんなところにそそられるだな。金堂・講堂は中がもちろん素晴らしい。素晴らしすぎて、写真撮影禁止。実際に足を運んでみるのが一番!
お堂の中でボー−ッと仏像群を見てるだけでも、癒されるす。「そうだ 京都へ行こう」のポスターがパネルに入れて飾ってあり、それを見るのに、音楽が頭の中で流れて嬉しくなって。
宝物館もグ〜。2階の奥に火事で焦げたため(お坊さんが運びだしたとか)国宝から降格してしまった大きな大きな千手(もとは食堂にあったものらしく、食堂には代わりの仏像)が。宝物館は春と秋の公開なので注意が必要。
宝物館を出て「私のお気に入り」を口づさんでたら、ブルっとくるものがあって、寒くなって・・・。後ろ髪ひかれつつも、京都駅へ。

徒歩京都駅(11:43発)京阪本線近鉄丹波橋駅(11:53着)(乗換)丹波橋駅(12:02発)京阪本線八幡市駅(12:13着)

京都駅で荷物を出して、急行に乗り込む。右手に東寺を見て京都市を後に。南下する程に田んぼが広がり、緑も多くなる。急行を乗り継いで、八幡市駅に到着。改札出てすぐのコインロッカーに荷物をまた預け、大阪方面の急行の時刻をメモって、お昼ごはんを食べるお店探しに駅前ロータリーをぐるっと。すると、目の前に鳥居が。ん!?と思って近づくと案内板に「石清水八幡宮」とある。本宮までの地図もある。目の前にあるのは一ノ鳥居らしい。あれあれ。
ケーブルカーじゃなくても、歩いていける?でもこの男山って、歩くとどれぐらい?ぐにゃぐにゃしてるし、階段なところもあるし。片道1時間ぐらい?後の予定もあるし、往復2時間はきつい。歩いて上がって、下りるのはケーブルカーっていうのもあるな。どうなんだろー。どうしよーー。
悩みつつ、近くのお好み焼きやさんに。八幡市の隣は大阪府枚方市。ここにくると、京都の言葉でなく、ゆるい大阪の言葉。カウンター席には近所の人が食べに来てたりもしてよい感じ。朝が八ツ橋ソフトだったこともあって、お好み焼きがとてもおいしい。口に運ぶ度に、嬉しくなる。
暑さもあって、コップをすぐ空にする私に水を注ぎに来たおばちゃんに、聞いてみた。「そこに鳥居があったんですけど、歩いて上がるとどれぐらいですか?」「若いから、15分ぐらいよ。歩いてあがってみて」えーー、たった15分!?拍子抜け。
満腹になったし、悩みもなくなったし。歩いて上がりましょ。

徒歩石清水八幡宮

石清水八幡宮
http://www.iwashimizu.or.jp/
境内参拝自由

徒然草「仁和寺に在る法師」で名前を耳にしたことがあるのに、どこにあるとか、変な話今でも存在するのかと思っていた(失礼な話です)石清水八幡宮。そういえば・・・と思い立って探したら、ありました。
手元に京都のガイドマップは3冊あります。探したら地図上に名前はありました(1册だけ)が、紹介しているものは1つもありませんでした。京都駅から離れてて、同じエリアで他に見るものが少ないから?
朱塗りのお宮を見て参ります。

表参道24歳の神馬石清水八幡宮裏参道

一ノ鳥居のところにあった、案内版から抜粋すると
・貞観元年(859)の創建で応神天皇・神功(じんぐう)皇后・比●(口扁に羊)大神(ひめおおかみ)を祀る
・武家の守護神として源氏の信仰が厚く、分社は全国に及ぶ
・神仏混淆(しんぶつこんこう)の地として、宿坊が山上に軒を並べ、多くの僧侶や神人をかかえていた
・明治の神仏分離により坊舎等は全て取り壊されあるいは他所へ移された
仁和寺のお坊さんが参った頃は、さぞかしにぎやかなところだったんでしょうね。

一ノ鳥居をくぐってスタート。門(かつてはきれいな朱だったろう)をくぐって、二ノ鳥居もすぐそこに見える駐車場を通り抜ける。裏参道の案内が右手にあったけど、表参道から行こうと直進。二ノ鳥居をくぐってからが緩やかな坂が続く。左右から木々の枝が伸びて日影(写真左から1番目)。足元には初夏なのに枯葉がふんわり。所々水で濡れてるところもあって、滑りそうで怖い。2組のご夫婦を抜き去りつつ、ペットのお茶を口にしつつ、上へ上へ。
もぅそこに本宮ということろにあったのは神馬舎。のぞくと、中は空。あれっと首をかしげたら厩舎の後ろからおじさんが頭を出して「馬は下にいるよ」と、私が上がって来たのとは違う細い坂を指す。急なその坂を少し下りた開けたところに、お馬さんはいました。高校生ぐらいの女の子がカメラ付き携帯でお馬さんを接写中。そんな近くから撮って大丈夫?きれいな白い毛、あばらが浮き上がった体。私も恐る恐るどんどん近づいてみた。近づいてみて分った。ムシャムシャと草を食べるのに必死で周りなんか気にしてられないという感じ。正面に回ってアップで私も撮影してみた。ホント気にならないみたい。時々鼻を鳴らし、食べながら少しずつ移動して。静かに時間が過ぎる。見ていて飽きないが、どうしようもない。人がいようがいまいがお馬様には関係なく、ひたすら食べている。坂を上ろうとしたところで、もう1度撮ってみた(写真左から2番目)。坂の上からおじさんが声をかけてくれた。「馬、見れたかい?24歳のおじいちゃんなんだよ。」あーーどうりであばらが。「人が近づいても平気なんですねぇ」「厩舎を掃除する間の食事が楽しみなんだよ。」なるほど。
参道に戻って、最後のストレートを歩く。三ノ鳥居をくぐり、手水舎で手と口とを清める。南総門から中を覗いてみる(写真左から3番目)。立派な八幡造のお社。門をくぐってお参り。朱はずいぶんとくすんでいる。一ヶ月前に行った、道後の伊佐爾波神社も八幡造で立派。くすみ加減はこっちの方が強くて、あまりに寂しい。後ろにまわると小さなお社が沢山。茅葺きが新しいものもある。どうも平成の大修造中の様子。メインの修復はこれからなんだな。機会があったらまた来よう。
参道を戻り、裏参道の案内のある方へ。ケーブルカー駅の案内と展望所の案内。展望所からの眺めを楽しんで、裏参道で下りることに。表参道とは違って階段が多く(写真左から4番目)、坂も急。色鮮やかな椿が咲いていたりして、今時期に椿?と思いながら落ち葉に滑らないよう気を付けて下りる。裏参道の方が人が多いと思ったら、表参道に比べてあっという間の下山。んーー満足。

ロッカーから荷物を出して、余裕を持って駅ホームへ。きもちのよい風に吹かれてホームで急行を待つ。旅の終わりが近い。

徒歩八幡市駅(14:29発)京阪本線京橋駅(乗換)京橋駅(15:00発)JR某駅

急行・快速を乗り継いで。駅で待ち合わせして夕飯の買い物して、家へ。満足な旅行を無事に終えたのでした。満足〜〜。

やっぱりらんば >> あぁ、素晴らしき日本 >> 旅のしおり〜古の都へ・2003春(実際はこうでした編)〜