釣り雑誌等に掲載したものに加筆して、再録しました。



No.10 2004/10/22


絵のある旅-6
ふるさとの川 釣行記(下)奥入瀬・焼山〜中掫(ちゅうせり)
高見政良


 まだ少し暗い中、宿を後に秘密の場所へ急ぐ。おっそろしく高い
滝をやっとの思いで巻く。細い流れに適度にポイントが続いている。
 程なく、モゾッとして魚信(あたり)がある。きた! 十二弱
の小型。川に戻す。
 いる! 時期が早いので、食いが浅く魚信が分かりにくいが、確
かにいる。倒木の陰から待望の二〇がきた。野じめして魚籠に入
れる。
 待切れずに早合わせをして、二匹程をバラす。小型を続けて掛け、
再放流。川が二股になる辺りで一六級がきた。
 川が細くて水量が無くなってきたので、竿をたたむ。

 宿に帰って、釣果を報告。朝食を済ませる。
 山に登る組と、奥さんと山菜採りをして待つという人も乗せて、
車は出発した。独り残った宿で、念願の“ふるさとの岩魚”を描く。

 昼頃に焼山を発ち、十和田湖町と十和田市の境、中掫(ちゅうせ
り)を過ぎ、次のバス停で降りた。



 私の生まれた十和田市は、八甲田の火山灰地で三本木原(さんぼ
んぎはら)という不毛の原野だった。江戸の末期、南部藩士の新渡
部伝(にとべつとう)が奥入瀬の水を、遥か上流からトンネルを掘
って引いて、人が暮らせるようになったところである。平坦な土地
に、新しい開墾地なので整然と区画整理がされている。
 「曲がりくねった道や坂のある町に憧れたんだよなぁー」と幼馴
染みの友人が洩らしたことがある。風景を描こうと探し回っても、
絵になりそうな所がなかったものだ。

 ただ一箇所好きなのが、十和田市側から川を見下ろし、遠く十和
田の山々を望む、この場所である。
 道が大きく曲がりながら下り、部落を通り橋を渡り、そして登っ
て行く。夏冬の休みには、必ずここを通って母の里に遊びに行って
いた。町境というのも、心騒ぐものがあった。

 高校時代の親友、Nが死んだ。二年前の夏、高校のボート部の顧
問をしていて、溺れかけた女生徒を助けてということだ・・。
 Nは、川向こうの坂を登ったすぐの家の出である。飄々としてい
て優しくて控えめな男だった。

 数年前から中掫橋の辺りに白鳥が渡って来るようになった。今年
は百数十羽が冬を越したそうだ。スケッチの後に寄ったドライブイ
ンの食堂で、そんな話を聞きながら、若くして逝った友人のことを
思い、同じ景色の中にある母を偲んだ。

 様々な出合いと追想の旅も、慌ただしく飛び乗った東京行き最終
列車の発車とともに終わりを告げた。



              おわり


《 北の釣り 1989年6月号 》



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