釣り雑誌等に掲載したものに加筆して、再録しました。



No.9 2004/10/9


絵のある旅-5
ふるさとの川 釣行記(下)奥入瀬・焼山〜中掫(ちゅうせり)
高見政良


 幻の魚・岩魚も、故郷と同じで「遠くに在りて想うもの」なのだ
ろうか。言葉の訛りを無くした釣人に、青森の魚はとても冷たい。
 ここならと向かった、以前よく釣れた支流には真新しい砂防ダム、
整備された道には車が三台止まっている。万事休止!
 絵も描かなければならず、早めに納竿。途中で同宿した二人に遭
う。もう1泊しようとしたが、予約があるのでと断わられたそうだ。
津軽を巡って帰るという二人は、少し名残惜しそうにしていた。釣
師の腕は疑われたまま、別れを告げることになった…。

 「仕事、仕事」と画材をかかえて宿を飛び出す。
 道端や林の中に名前も知らない花がいっぱい咲いている。いろい
ろな鳥たちが鳴いている。そうなんだよなぁ〜、こういう旅の楽し
みがあるんだよ。名所旧跡を訪ねるばかりじゃないよね。
 優しい気持ちになって、ニリンソウをスケッチ。

 風呂は蔦温泉に連れて行ってくれる。
 半日で芽吹いたという、薄黄緑色の圧倒的なブナの樹海を抜けて
行く。
 感嘆の声が上がる! 今日は、北九州から来た仕事仲間のおばさ
ん四人組が泊まる。初めての雪山登山(八甲田は残雪、春スキーで
も知られている)を指導してもらいに、はるばる来たとのことだ。
宿の主人は、山に魅せられて脱サラした人で、山の案内や楽しみ方
のアドバイスもしてくれる。


 小さな囲炉裏を囲んで、主人夫妻と晩酌をやる。奥さんは八戸の
在の出身で、昔の話に花が咲いた。
 群れて渦巻く鮎を玉網ですくったり、でっかいサクラマスを風呂
敷で捕まえ、抱いて走って帰ったそうだ。オタマジャクシ勲章の遊
びも教えてもらった。
 呑みっぷりも爽やかだ。

 あまりの体たらくに、見兼ねて「いい所、教えましょう」と言い
ながら、去年釣った串刺しの岩魚を焼いてくれる。
 今宵の酒はしみじみと旨い。
                <※カットの花はイチリンソウ>


              つづく



《 北の釣り 1989年6月号 》



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