釣り雑誌等に掲載したものに加筆して、再録しました。



No.6 2004/08/26


絵のある旅 -2
ふるさとの川 釣行記(上)奥入瀬渓流・焼山<やけやま>
高見政良


 奥入瀬渓流は「住まば日の本 遊ばば十和田 歩けや奥入瀬三里半」
と、すこし大げさに詠まれるほど、幾状もの滝や奇岩、清冽な流れ
で有名だ。新緑や紅葉の頃ともなれば、十和田湖までの遊歩道に行
列ができるという。それでも一度は訪ねてみたい所である。

 母方の曾祖父は、十和田の山の中でわずかの田畑を耕し、炭を焼
き、川魚や山菜、茸などを蔦温泉に卸し、冬はマタギのようなこと
をしていたようだ。仙人のような白髭を伸ばし、背丈程もある旧式
の鉄砲を持ち、大きな秋田犬を連れた古い写真が残っている。奥入
瀬の魚止め・銚子大滝を遡ろうとするサケに銛をうっていたという
話を、背負われて見ていたという伯父に聞いたことがある。

 東京に出てしばらくしてから、また渓流釣りをやるようになった。
その頃読んだ井伏鱒二の名随筆「川釣り」に、この辺の釣行記があ
る。懐かしく何度も読み返したものだった。
 入渓は、蔦川との合流点の少し上流、発電所の橋の下。支度もも
どかしく、雪しろ(雪解け水)の入った小濁り(ささにごり)の大
石のたるみに第一投を落とした。瀬あり淵あり、絶好の落ち込みあ
りと好ポイントの連続だ。芽吹き始めた木々、コブシに代わり山桜
が満開だ。足元にはやや薹のたったフキノトウ。可憐なニリンソウ
の群れが優しく風に揺れ、ウグイスも盛んに鳴いている。正に北国
の春である!



 だがしかし、肝心の魚信がない。ツンともスーとも来ない。餌を
変えたり、仕掛けを細くしたりもするのだがダメ。そうこうしてい
るうちに、休みなく吹いていた風が突風まじりに強くなり、濁りも
強まり、赤褐色の泥の川になってしまった。
 風と濁りを避けて支流に向かったが、条件はあまり変わらない。
その上、連休の最中とあって先行者の車が三台いる。それでもと釣
り上ったのだが、相変わらずアタリはない。途中で出会った二人組
も、諦めて山菜採りに切り替えたということだ。

 宿の奥さんに「今夜のおかずは大丈夫!」などと、大きなことを
言ったことが悔やまれる。もうすぐ夕飯の時刻だ。そういえば、今
日は昼飯も食えなかったなぁー。軽い魚籠、重い足取りで帰路につ
いたのである。

              つづく


《 北の釣り 1989年6月号 》



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