釣り雑誌等に掲載したものに加筆して、再録しました。



No.3 2002/09/22



東北釣り紀行
渓流遥かなり -2
高見政良


 四、五年前に帰省した時、念願の川で釣り糸を垂れることが出来
た。この年の夏は異常に雨が多く、その日も雨だったが、泥流の中
から次々とイワナが上がった。
 持参のキジ餌もすぐに底をつき、河原の土手で掘ったドバミミズ
には尺物が、うるさいアブを使っても良型が来た。

 積年の想いを遂げることが出来き、お釣がくるような釣りだった。
獲物は祖父の作り残した竹串に刺して、囲炉裏に並べ遠火で焼いた。
 代替わりした当主の伯父はとても無口な人だった。私達は長い休
みの度に泊まりに行っていたのだが、ほとんど話をした覚えのない
ような人だった。その夜は、大人になって久しぶりの会ったせいか、
焼酎を呑みながら、昔のことを懐かしそうに話してくれた。


 伯父の祖父(私の曾祖父)は、わずかの田畑を耕し、炭を焼きな
がら魚や山菜・茸を蔦温泉の旅館に卸していた。冬は鉄砲を撃ち、
マタギのようなことをしていたそうだ。秋田阿仁マタギの傍流なの
だろう。

 伯父の記憶では、曾祖父が奥入瀬の魚止め・銚子の大滝を遡ろう
とするサケに銛を撃っていたのを、背中にくくり付けられて見てい
たということだ。
 そういえば、長い白髭をはやして旧式の長い鉄砲を持って、大き
な秋田犬を連れた古い写真を見たような気がする。祖父の漁の仕方
や野じめの方法は、この曾祖父からの直伝であり、その血は私にも
流れている。
 伯父は、家の前を流れる川にもサケや川ガニが遡って来ていたこ
とや、他所者を寄せつけないための道具「熊の手」が今も残ってい
ることなども語ってくれた。河原のあちこちに、その熊の手で足跡
を付けておくのだそうだ。

 最近は、そんなことをしなくても本物がすぐ近くに出るという。
それでも釣り人はかまわずやって来て、根こそぎ釣っていくとのこ
とだ。
 
  私は焼けたイワナを肴に、しこたま酒を呑んだ。
                
             つづく


《 北の釣り 1987年1月号 》



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