釣り雑誌等に掲載したものに加筆して、再録しました。



No.2 2002/08/22



東北釣り紀行
渓流遥かなり-1
高見政良


 祖父の手にするカンテラの灯を頼りに、秋の川にイワナを求めて
歩き回ったのはいつのことだろう・・・。
 私と親戚のHは大きな銛(もり)と頑丈な造りの玉網を持ち、葡
萄の蔓で編んだ籠を背負っていた。籠の中には胡麻味噌をつけて焼
いた蕎麦餅が入っていたと思う。
  落葉を敷きつめた浅瀬には悠々と泳ぐ大イワナが、ひっそりとし
た木立の中の緩やかな流れには小魚が群れていた。
 こんな所にと思うような細い流れにも産卵のためにイワナは遡っ
ていた。祖父は私達に玉網を持たせておいて、上流から魚を追って
来る。一匹も逃すまいと緊張して魚の入る手応えを待ったものだ。

 捕った魚はすぐに、頭を手近の岩に打ち付けたり、小刀で切った
り、噛んだりもして殺した。後になって、それが“野じめ”と言わ
れるもので、活きを保つ方法だと知った。
 祖父の腰魚篭に魚が溜ると、腹を裂き内臓を抜き、笹の葉などで
包んで籠に入れた。
 何度か繰り返していると、もう冬支度した野ウサギがカサコソ逃
げて行くのにも出合ったりした。疲れて見上げた夜空では、見慣れ
た星座がいつの間にかすっかり位置を変えている。

 同じ年の頃だったと思うが、季節は夏、祖父は枯れた竹にテグス
を結んで、イナゴやトンボを餌にイワナを何匹か釣り上げて見せて
くれたことがあった。
  丸木橋の下の落ち込みから、一匹の白くキラキラ光る小魚を釣り
上げて、『ヤマベ』と教えてくれた。その魚の今までに見たことも
ない、ガラス細工のような青や赤紫の美しさに、心を奪われたこと
を覚えている。

 何とか自分でと、同じ仕掛けで試したものの、ウキを使わない釣
り方の勝手がつかめず、遂に一匹もものにすることは出来なかった。
 “ミャク釣り”という方法で、その夏中やっていたような気がす
る。一度だけ夕暮れて暗くなりかけたザラ瀬、あきらめて帰ろうと
竿を上げた時に、棒切れのようなものが引っ掛かったことがあった。
次の瞬間、バシャッという音とともに軽くなってしまった。
 あれは「イワナ」から「大きいイワナ」そして「巨大イワナ」へ
と表現はだんだん変わるけれど、本当に惜しいことをしたと思って
いるのだが・・・。

                つづく

《 北の釣り 1987年1月号 》



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