探索実録・蓋井島サバイバル
第一日目 
昭和期の陣地を見てみたい
 「明治期の下関要塞をみてみたい」と思い各地の探索を始めたのが98年の夏、そして約半年後、北九州から引っ越さなくてはならない日が近づいてきた99年4月、本土に設けられた明治期の要塞跡は全て探索を終えていました。本来の目的は達成されており、一段落していたのですが、半年の間に得た資料にて知った、関門海峡近辺の小島に造られたという昭和期の砲台跡も見たくなりました。関門地区の海軍防備隊基地の存在も知り、引っ越し間近の切羽詰まった思いに後押しされるようにそれらの探索を決断したのです。海軍防備隊が置かれた山口県吉井漁港からは昭和期の砲台が建設された蓋井島への渡船も出ています。とりあえず旧防備隊基地の現状を知る事を目的として、まず吉井へ行ってみました。
蓋井島へ行こう
 旧海軍防備隊基地跡地は現在、海上自衛隊下関基地隊敷地と下関市立水産大学校敷地となっています。 自衛隊基地の桟橋には木造の掃海艇が繋がれており、そして、おそらくは水産大学校のものと思われますが、入り江の中でカッターが走っていました。なかなかの雰囲気と思いませんか? 下関基地の見学はあえなく断られてしまいましたが、隣接の水産大学校敷地内の遺構は見ることができました。これらを見ている内に蓋井島へ絶対行くぞ、と決断していました。昨夜の、とりあえず吉井防備隊跡地だけ見て……なんていうのは、全く自分への言い訳で、こんなのを目の当たりにしたら蓋井を見たくなるのは決まっていたんです。
 翌朝には、吉井漁港から出る渡船に乗り込んでいました。周りは釣り人ばっかりです。出港すると、見学を断られた自衛隊基地の敷地が見えます。岬の山肌に何か洞窟のようなところも見えています。見学できなかったのは残念ですが、蓋井への良い呼び水となってくれました吉井基地、ありがとう。30分くらい?で蓋井島へ着きました。……さて戦闘開始、先ずは案内板にて現在の道を確認します。すると北側の大山方向には道が全く無いことがわかりました。南側の乞月山方向は、比較的道が続いています。そこで、まず乞月山の砲台を探索することに決定しました。

港近くにある凝った立体化地図。中央が港及び集落部、右下が乞月山
海岸線探索
 山の方向に続く道路を歩いて行きます。

左・集落近くから乞月山を見る。手前の桟橋も旧軍施設だった。
右・幹線道路。もちろん当時の軍道である。登り切った辺りに獣道入り口がある。
 案内板には上り坂の頂点付近から山頂方向へ入る枝道が描かれていたのですが、その別れ道がありません。あるにはあるんですが、これは道じゃないだろう?という感じなんですね。ほとんど獣道です。嫌な予感。歩いてきた幹線道路(笑)は、そのまま行くと急激な下り坂になって海岸に降りてしまい、目標からどんどん外れていってしまいます。悪い予感を感じながらも、先の獣道めいた道に入って行くしかありませんでした。獣道の道筋には、木々に赤いリボンがついています。「離島踏破クラブ」なる人達が探索されていたようです。これを目安にすれば楽できるかな、なんて甘い考えはほんの数分で砕かれてしまいました。この道は、結局、海岸へ降りていってしまう道だったのです!地図ではやや曲がりながらも山頂へ続いているのですが、何度行き戻りして確認してもそんな根性のある道はありません。
 仕方なく、道なりに海岸へ降ります。海岸にも遺構はありますから。東側桟橋です。桟橋は大きく崩壊しています。突端方向には本州の山々が見えています。なんとなく感傷的な気分になり、先ほどの無念さ、苛立ちが幾分か救われました。さて、もう一度山頂への道を探そうか……と思い、降りて来た道を戻るつもりでした。その時、はるか前方の海岸線沿いにある、記念碑のように直立した黒い平坦な岩が視界に入ったのです。おっ、と思って近づいていくと、残念ながら只の岩でした。しかし落胆すると同時に、なぜか「この海岸沿いには何か有る!」そんな予感が閃きました。例の如く「俺の勘に間違いはない!」という奴です。黒い岩を確認するために降りて来たさっきの道をはるか通り過ぎてしまっていたため、あんな道に戻るよりは新味な海岸線を探索したほうがマシだ、という思いもありました。

東側桟橋の残骸。
 岩肌と砂浜と半々の海岸を歩き始めました。孤島の海岸というのは実にスリリングです。岩が張り出していて、歩ける波打ち際の幅は50cmも無い場所では、どうタイミングを図っても2回は足首まで波に濡れてしまいます。岩伝いに歩いていたらいつの間にかおよそ15mくらいの高さまで登ってしまっていた場所では、ふと崩れた足下の岩が海面にしぶきを上げたりしています。岩の隙間から生えている木の根しか足掛かりがない場所では、ロッククライマーみたいにへばりついて蟹歩き。下に見える海中は、ゴツゴツした岩が透けて見えます。その岩礁の上にはもちろん打ち寄せる波が渦を巻いているわけで、落ちたら多分土左右衛門です。カメラバックが邪魔で邪魔で仕方ありません。私は一体何をしているのだろう、そんな後悔の念で頭が一杯になります。そんな中で頼れるのは確固たる確信、断固たる信念だけです。「俺の勘に間違いはない!俺は運がいいはずだ!」……ああ、本当に私は一体何を……。
 悪戦苦闘の末に、「源蔵ヶ鼻」という名の岬に辿りつきました。 すると、なんと何か有るという予感通りに要塞地帯であることを示す標識柱が立てられているではありませんか!本当に驚き、同時にとても嬉しかったです。これだから無理無茶無駄は止められません。標識には「下関要塞第一区地帯標」と刻まれています。ここでひと休み、以後の方針を考えました。この辺りは砂浜は皆無、波が洗うのは岩盤だけです。落ちたら命に関わります。ルート選びも慎重の上に慎重を重ねなくてはなりません。命に関わるという緊張感が、五感を実に鋭敏にしていたようです。ここから先の断崖を進むのは止め、急遽山頂を目指し密林に入っていくことにしました。 これまでも洒落にならない場所は数カ所ありました。それなのに「ここから先の岩場は進めない」という判断が、この場所で、このタイミングで閃いたのは実に不思議です。格好良く言えば、標識柱が山中へと誘っていた……気がします。この岬の近くでは、10名くらいの海女さんがタライを海に浮かべて何かの漁をしていました。格好悪く言えば、海女さん達に「変な人がいる」と思われたくなかったのかも知れません。

標識柱。こんな場所にあっては誰も見る者もおるまいに。
山頂観測所発見
 乞月山の山腹には30mほどの標高差で二段重ねの砲台が設けられ、山頂には観測所と探照灯台座が設けられていたとされています。岬から山中に入り一路山頂を目指しました。 山腹の砲台は大雑把な場所しかわかりません。そんな所を探そうとして時間を無駄にするよりも、遺構が確実に存在する山頂部を目指したわけです。山中は全くの密林状態で、下草がやけに邪魔です。しかし、緊張する海岸行から解放された直後のこと、実に気楽に登って行きました。途中、いわく有りげな締め縄を巻かれた地帯などに危うく入りそうになったりしながら(蓋井島は伝承の島なのです)傾斜地をただただ上り詰めて行きました。
 傾斜がなだらかになったかと思った矢先、密生した木々が急に無くなり直径4Mくらいの空き地に入り込みました。妙な場所だとよく見ると、空き地は完全な円形をしており、コンクリの台座が円周を型どっています。運の良いことに、山頂観測所の南側に備えられていた探照灯台座に飛び込んでいたのです。北側に観測所があるはずです。北側に、やや小高い盛り上がりがあります。これか……。盛り上がりの周囲を見てみると、一部は石垣で補強されています。井戸のような穴もあります。明らかに人為的な四角い切り欠きがあちこちにあります。ぐるっと見回るうちに、木漏れ日の関係で、偶然、周囲から浮き出るように光が当たり輝いているように見える石垣を見つけました。

木漏れ日の当たり方が実に印象的でした。
 石垣は通路状に作られており、それは盛り上がりの部分の山肌を穿つように作られています。近づいていくと、その石垣は地下通路の入り口部分でした。コンクリート製の通路が見えています。
 この山頂部盛り上がり部分は、石垣で部分的に補強されているものの、外観は本当に単なる山肌なのです。その一部がくり貫かれて内部にはコンクリ製の通路が設けられている──実に妙な、現実感の薄い通路が突然現れた、というのが第一印象でした。通路に入っていくと、風がやや強めに吹き抜けていきます。盛り上がり部分を貫通しています。通路には二つの倉庫入り口と、一つの上り階段がありました。現実感のない遺構の中の階段、これは実に不気味に見えて、流石にこれを登るのは躊躇いました。盛り上がり部分の頂上部、本当の山頂に当たる場所に通じているらいしので、通路を出て盛り上がり部分の頂上を目指しました。このあたりの山土は部分的に妙に崩れ易い土質になっていて、何度も滑りました。滑り滑り、山頂部を目指すと、再び石垣製の入り口を発見しました。コンクリ製の短い通路があり、その奧に小部屋がありました。前方の壁にはスリットが設けられているのが外からも見えます。この盛り上がり部分全てが、山頂観測所であることが確認出来ました。探索は大成功です。……やけにあっさり(あっさりだ?)と大収穫を手にする事が出来まして、ちょっと拍子抜けたというのが本音でした。
砲台跡発見!
 山頂観測所の探索を終え下山行動に移ります。山頂の盛り上がり部分、つまり観測所跡は楕円形をしていて、その楕円の北西側は高さ1M〜50cm位の石垣で形作られていました。その石垣に沿って歩いていくと下り坂に繋がっています。この坂を降りていけば砲台に着けるかな?なんて甘い期待が出てしまいました。しかしどうやら甘い願望は常に裏切られるもののようです。当初は確かに道でしたが、降りて行くにつれて雑木が道を徐々に埋めて行き、また巨大な倒木などが邪魔をします。目安にしていた石垣も、もうどこにあるのやら。胸くらいの高さに茂る雑草雑木、蔓などと格闘するのが精一杯です。気が付くと何の目安もないただの斜面でもがいているだけになってしまいました。今、自分は何処にいるのか?全く分かりません。もう砲台を見つけたいなんて気持ちは吹っ飛んでいます。しばらくもがき進んだところで、ようやく雑草雑木地帯から脱出できました。
 一息つけたところで、まず下山出来るかどうかというのが切実な問題でした。島と吉井漁港を結ぶ渡船は、午後三時半の一便のみ。砲台どころではなく、まずは下山しなくちゃなあ、と思うのでした。雑草雑木地帯から脱出したとはいえ、私が立っている場所は絶対に道ではありません。私は一体何処にいるのだろう?ほとんど密林状態の中では陽射しは当てになりません。コンパスだけが頼りです。どうやら私は、乞月山の北側斜面を北に向かって降りている途中のようです。自分がどのくらいの高度にいるのかは全く判りません。 地図によると、東か西に進むと海岸への断崖に突き当たります。慎重に進めばまさか転落はしないでしょう。断崖だろうがなんだろうが、現在地を確実に知ることができます。既に乞月山海岸線の北側を踏破した実績(?)もありますし、まず海岸線に出ようか、とも考えました。また、このまま北に進めば例の地図に載っているのに実在しなかった道に出るかもしれない、とも考えました。
 この時、本心から砲台跡探索は諦めていました。山頂観測所を堪能できたために気が緩んでいたのでしょう。あまり周囲に気をつけずに、木々の少ない場所を伝ってただ北方向へと斜面を降りて行きました。すると、左手側はややせり上がりの強い斜面、右手側はちょっとした崖のようになっていて、何となく進路が制限されているような、そんな感じの場所にするりとはまり込みました。そんな道無き道のような場所を辿ってしばらく降りていくと、それまでほぼ直線だった道無き道が、大きく右に曲がりつつ急降下する地点に着きました。このような場所ではやはりルートの確認をしなくてはなりません。ほとんど無意識に右側の足下、高低差2m位の崖下をふと覗き見ると、不規則な曲線に富んだ自然の景色の中に溶け込みきれないように、直線の陰影が形作られているのが見えました……?直線?石垣だ!一瞬にして弛緩した感覚が引き締まりました。
 崖下の陰影をよく見ると、石垣は何らかの施設への入り口のようです。その施設は要するに今私が立っている崖を貫いて地下にある事になります。あわてて急斜面を下り、入り口の前に駆け寄りました。
右上の坂が降りてきた急斜面。
 間違いなく、これは山腹に設けられた砲台の付属施設です。石垣に続くコンクリート壁面はやや青みがかった白色をしています。入ってすぐにカーブしているため、先がどうなっているのか見えません。やや不気味に感じられて入るのをしばしためらいました。しばらく周囲を探索し、気を鎮めて、いざ中へ。カーブを曲がると左側に急な登り階段があります。階段を登り上階を探索するか、それとも当階を優先するか、気分はまるでダンジョンマスター(SF用RPGゲーム、お薦めです)です。廊下の奧には丁字路があり、その右側からは外光が差し込んで来ています。誘われるようにそこへ。木漏れ日の中の50年前の砲台座跡に入って行った、あの時の想いはまさに筆舌に尽くし難いものがあります。いまでもたまに反芻したりしています。自分の足音、遺構の中の匂い、壁の手触り、そういうものは思い出せませんで、まるで夢のような、映像だけの思い出です。

私的ベストショット。
 蓋井島の乞月山砲台は、山腹に二段重ねで設けられていたそうですが、この時私はこの砲台座が、その上部分なのか下部分なのか、わかりませんでした。山頂からどれほど降りたのか気をつけていれば目安になったのかも知れませんが、気にしていなかったので全く判りません。それはともかく、目の前の遺構は実に興味深いものでした。先の急な階段を上ると迷彩の残る観測所も残っていました。観測所の脇から見ると先の砲台座が高さ4Mくらいの所から観察することができます。夢中であちこちを撮影しました。
下れない!
 砲台跡を発見したとき、夢中になって出港に遅れては大変とセットした腕時計のアラームが鳴りました。下山には30分もあればいいだろう、とセットしたので、つまり現在出港30分前です。左側砲座の撮影をしていたのですが、ここでスッパリと打ち切りです。学生の頃の試験勉強の時など、つい数分前まではダラダラとしていたのに、何かを境に「今から始めないと本当に間に合わないぞ」と目の色が変わる瞬間、というのが常々あったのですが、解りますか?そんな緊張感が張りつめました。今から下山し始めないと乗り遅れる、そんな確信めいたものがありました。先に周囲を探索していた時に見当をつけていた方向に、山の斜面を駆け下りていきます。この時のルートは、これまた絶対に道ではないんです。単なる溝、山の斜面をほぼ直線に削り下りて行く窪地です。溝によって山中に降った雨水が山の北側を通っている道路の側溝に流れ込んでいくのだろうと考えました。この溝の先にはきっと道がある、そう思って駆け下りていきました。
 しばらくは思い通りに順調に下っていくことが出来ました。このまま辿っていけば、例の幹線道路に出られるだろう……と甘い期待をしてはいけないというのに。二度有ることは三度有りました。頼りの溝は、実に大きな倒木が3本くらい、普通の倒木が数本、折り重なって埋め尽くされ、先を辿ることが出来なくなってしまったのです。参った、と思いつつも、この事態に陥った当初はやや楽観気味でした。ほぼ直滑降の溝辿りによってかなり下った実感があったからです。物事をマニュアルやセオリーに従って九分通り達成したとき、あとは出鱈目にやってもなんとかなるさ、と思うことがあるのですが、そんな気分でした。
 ……ところがここからが大変でした。倒木を迂回しようと周囲をいくら探索しても、左手側は2Mくらいの崖が(倒木の一部はこの崖上から落ち込んできていました)あり、それを越えても下山したい方向には実に濃密な竹薮が。数度挑んでも進行すべき方角も定まらず、しかも必ず緩やかな登り斜面に迷い込んでいってしまうのです。これは駄目だ、と右手側に回り込んでいくと、こちらはもう滅茶苦茶な雑草雑木地帯で、蔓などがからまり正に身動きできなくなってしまいます。正直、こちらからはかろうじて脱出できた有様でした。そんなことをしているうちに時間が徐々に差し迫ってきます。先程の余裕は跡形もありません。このあたり、頭に血が上ってしまっていたため、よく覚えて居ません。突撃・退却を何度も繰り返し、もう頭はパニックです。「畜生、どうなってんだよう!」「間に合わねえよお!」周りに誰も居ないのをいいことにわめき散らしました。
 いよいよ時間がなくなりまして、当初、山というか壁というか、そんな感じの倒木群を一見しただけで断念した倒木越え、または倒木くぐりを決行するしかない、と覚悟をきめました。覚悟というと大袈裟と思われるかもしれません。しかしこのような山中単独探索行では絶対に怪我をしたくないのです。無茶な海岸探索しておきながら何をとも思われるでしょうが、高蔵での負傷の恐怖が尾を引いていたのでしょう、海岸でもこれは無理だというルートは取らなかったのですが、時間がさし迫り血が上り、遂に慎重路線を捨て突破に賭けました。倒木の山のあちこちを蹴り、崩れそうな組み合わせを確認します。越えられそうなルートを探しますが、かなり地上からの高さがあるために断念しました。次にくぐれる幅のある倒木の組み合わせ隙間を探します。これでルートを決定、突破作戦開始です。公園にあるジャングルジムのような(ような、というかこれが本物のジャングルジム)感覚で、上体を潜り込ませ腰を通し、下半身を固定させて身をよじらせ次の手がかりを求めていきます。カメラバックは邪魔なので身から離しています。そのため、置いたバックの移動を忘れたためにもう一回くぐり戻ったりするような時もありました。もう服は泥だらけ、苔だらけです。崩れてくれるな……悪態をつく余裕もなくなりました。恐怖のジャングルジム。
 そしてなんとか倒木の向こう側に抜けることができました。抜けた側から見ると身体が通った跡が明らかについていて、なんとなく面白かったですが、そんな余裕はわずかしかありません。時間がないんです。倒木が倒れかかっている場所には1Mくらいの石垣があり、コンクリート製の建物基礎がありましたが、その探索も出来ません。山の斜面は倒木を越えてすぐに、急になだらかになっています。山を抜けたようです。溝は、やや密な竹薮に向かっています。竹薮に突入、とにかく前へ!すぐに竹薮は途切れました。目の前に土木工事現場にあるような土砂山がそびえています。やったか?土砂山を迂回、道だ!やった! 例の幹線道路です。感激するまもありません、本当に時間がないんです。彼方に見える波止場には、渡船の姿が見えています。カメラバックをガッチャガッチャ鳴らしながら走る走る。足腰はヨレヨレです。膝が上がりません。靴の爪先や踵が地面を擦ります。私はこんなに体力無かったっけ?と情けなくなりました。知る人ぞ知る事ですが私は足腰にはちょっとした自信と実績があったのですが。足よ動け!船よ動くな!お願い!──
 さて、このようにして泣きっ面になりながらも間に合わせた出港時間、実は冬季のもので当日の実際の出港時間にはあと40分も余裕があったというオチが用意されているのですが、そんなこと情けなさ過ぎてとても書けません。 
 第一日目はこれにて終了、次回は第二日目の探索記です。 いつになるかは未定です。……それにしても、道中の写真も撮っておれば、と後悔しています。フィルム節約を考えなくてはならないし、実際はそれどころじゃなかったんですが。
・二日目……
・地図入手
・トーチカ探索
・山を仰ぐ
・密林にて思う
・さらば蓋井