オンワードビーチホテル
20cm砲二門 

 オンワードビーチホテルのプライベートビーチ脇にあるプールを撮影しています。見難いですね。早朝撮影は難しいです。

 プールの脇に砲が展示されています。手前の白い囲いの所に一つ、遠方にもう一つ。
 現在はこのような状態で展示されていますが、1944年7月当時は洞窟状の陣地に備えられていて、二門ともトンネルなどで通じていたそうです。オンワードホテル建設の際にその陣地が破壊され、そして改築の際にトンネルなどの通路も完全に破壊されてしまい、展示も現在のようになったそうです。

 全体像の判り易い、上写真奥の砲を撮影しています。……確かに判りやすいですが、今思うと全体が見えすぎてやや不満足ですね。上写真手前の砲も撮影すれば良かったと思っています。

 写真入りの丁寧な説明板がありました。英語と日本語でこのように書かれています。
日本軍は、米軍よりの予期すべく侵入を撃退するために、島中に多数の要塞をつくったが洞窟やトンネル(天然あるいは人工)は、兵隊や機材の避難、保管場所として使われていた。
又、日本海軍は、大砲要塞を建てた際、直径20センチメートルで二基の、短距離海戦砲を備え付けた。この種の大砲は、もともと商船に取り付けられており、対空砲火用や潜水艦攻撃用にデザインされたものだったが、その目的は一定距離において比較的重量のある弾丸で攻撃する事で、他の海軍兵器同様、海岸線防御のため設置されたものだった。1943年より終戦までに、約250の大砲が製造されたが、唯一ここオンワードビーチリゾートにあるこの二基の大砲だけ、最もよく原形をとどめている。
1941年12月10日、日本軍侵攻地点に設置されたこの二基の大砲砲床台からは、距離にして270メートルから6300メートル(6.3キロ)まで砲撃する事ができたのでグアムにおける日本軍のものの中では最も印象的なものであった。その着弾距離は、アガニア湾のさんご礁からアサン海岸までの海岸線防御をするのに役立ったものだった。
この「短二十センチ砲」は、アメリカ軍上陸に対戦する為使用され、2基ともここに50年以上も放置され錆び果てていました。その後、「電気分解法」と呼ばれる複雑な復元設計を取り入れ、5種類の電気槽処理を施し、紛失部品は規格に従って作られ復元しました。国際考古物保護研究所と谷口&ルース・スミスデザイン会社は、この2基を復元するに際し、オンワードビーチリゾートの援助をもつて修理及び保管をし、現在に至っております。
 ……やや笑いの入る箇所もありますが、いい文章だと思います。

 この砲の背後は、洞窟のようになっています。その通路状の穴に入り込んで撮影しました。当時の雰囲気もこんなだったかも知れません。

 オンワードホテルのプライベートビーチ、前に広がるのはアガニア湾です。早朝の海辺に遊ぶ子供と母親、彼らは勿論日本人です。私も。なんと綺麗な海岸であることでしょう。複雑な気分になりました。