みなさま、「上海灘」という曲をご存じでしょうか。

私がその曲を初めて聞いたのは、20年ほど前に友人たちと行ったマレーシア・シンガポールの旅行中でした。
午前の観光を終えて、昼食に入った野外レストランのステージでバンドが歌っていたのです。

スチールギターとドラムがハデな音を奏でて、ボーカルのお兄ちゃんは「ハーイ!アー・ユー・ジャパニーズ?」と片手を上げて愛嬌をふりまく、ちょっと昔のビヤホールってこんなカンジだったかなあっていうような、けだるい東南アジアの団体観光客向けレストランでした。
何曲かアジアン・ポップスを歌ったのち、さあ、いくぞって気合いを込めてスチールギターとドラムが前奏を奏でて、ボーカルが歌いはじめました。

ぴくっと耳をそばだてて、あら、ちょっと、この曲いいじゃない?うん、好きだなあ!と私たちは盛り上がり、その曲に聴き惚れました。
店を出るとき、英語の出来る友人がタタタッと舞台に駆けていき、バンドの歌手の人に曲名を聞きました。
彼女が持って帰ってきた紙には「上海灘 Shanghai Beach」と書かれていました。

シャンハイ・ビーチ?上海灘?どこだろ。 聞いたことないぞ。
黄浦江(東京湾みたいな、上海の港の前の海)のことかな?
とすると時代物かな?

移動する私たちを、バスの中のラジオやホテルのテレビからもずっと追っかけてきて、どうやら今東南アジア一帯で流行っている曲らしいと分かりました。

それははるか昔、1982年のことでした。

 

 

日本へ帰ってからも私たちはその曲が忘れられず、なんとかレコードかテープを手に入れたいと思いました。
聞いた三人が三人とも、忘れられない、あの曲が欲しい!と言ったところから、とても印象的な曲だったことがお分かりいただけると思います。

でもその頃東南アジアや香港の歌謡曲は日本ではそれほど売っていない時代でした。
私たちはどこでその曲を手に入れたらいいか分かりませんでした 。

なんと証券会社勤務だった友人は、その会社のシンガポール支店の人にお願いして(職権乱用?いや、公私混同?)、 自由時間にテープを探してもらい、日本へ送ってもらいました。

嗚呼。 友人はそのお礼に羊羹とか佃煮とかかきやまをシンガポールに送ったのでしょうか?
私には請求がなかったので分かりません。
友人が全部かぶったのかもしれません。ごめんなさい。

友人並びに海外支店の上司さん、ホントにありがとうございました。
今ならインターネットや海外ショッピングでもっといろいろ手があったと思うんですが。

友人はそのテープをダビングして私にくれました。
知らない男性歌手と女性歌手二種類あって、いろいろな歌手がこの曲を歌っていたみたいです。
いろんな人が歌うほど、流行って人気があったということでしょう。
いまだにこの曲をオリジナルで歌っていたのが誰なのか、私は知らない。

その頃私が描いた、香港を舞台にした「セルロイド・ドリーミング」という作品を読んだことがある方は、覚えておられるかもしれません。
第二話の「上海灘(シャンハイビーチ)」にこのタイトルを使いました。

設定も歌詞もわからなかったが、感情全開のどこか自分とは関係ない別世界で起こったドラマを歌い上げるようなエキゾチックな旋律は、その頃の私のアジアへの思いを象徴しているような気がしたのです。

 

 

それからしばらくして、私は「男たちの挽歌」という映画を見ました。
プロデュースがツイ・ハーク、監督ジョン・ウー、主演チョウ・ヨンファの、香港映画に金字塔をうち立てたアクション映画の大傑作です。
おっと、主演はティ・ロンという人ですね。
でもともに黒社会に生きる盟友役のチョウ・ヨンファの印象が強烈で、私は大ファンになりました。
若き日のレスリー・チャンも、ヤクザの兄を持って苦しむ警官の役で熱演していました。

ブルース・リーはあんまり好きじゃなかったけど、ジャッキー・チェンはずっと見ていたし(その影響もあって太極拳を始めたし^^;)、リー・リンチェイは「少林寺」の頃からファンで、香港映画は親しいもので、ずっと見続けています。

 

 

それからしばらくして「誰かがあなたを愛してる」という映画を見ました。
この監督は「宋家の三姉妹」を撮ったメイベル・チャンです。
主演はチョウ・ヨンファですが、これはアクション物ではありません。

ニューヨークの中国社会に、香港から一人の女性がやってきて、チョウ・ヨンファ扮する地元のアンチャンと恋をする。でも二人は結ばれず、数年後に再会する…というメロドラマ。

とってもいい映画です。
でもとっても「いけず〜」な映画です(笑)。
女性の目から見ると「ああ、そう来ますか」ってシンクロして、監督の視線に感情移入して、思わずクスクス笑ってしまう。
その「いけず〜」さを緻密な脚本と映画的マジックでカバーして、繊細なメロドラマに仕立て上げたこの女流監督の腕はタダモンじゃないと思ったし、中国はけっこう女流監督が活躍してるみたいだけど、世界中のいろんなところでもっと女流監督が映画を作れば、今までになかった映画が増えて、映画館に通うのがもっと楽しくなるんだけどなあと残念に思ったことが印象的でした。

東京の単館ロードショーで見た時はおかしかった。
客のほとんどがアベックでした。
ラスト、そう来るだろうな…と予想していたんですが、やっぱりダララ〜ッと涙を流してしまって(私はかなり涙腺が弱い方ですが、このラストは涙腺が強い方も抵抗するのはぜったいムツカシイってくらい、クサい!)、まっかっかな目をハンケチで隠して急いで出ようとして客席を見ると、女性客は「ああ、チョウ・ヨンファっていい男。振られてかわいそう」とサッと涙をふいて立ち上がる。
ところが男性の方はボーゼンとして座ったまま、動けない。
ああ、これは男の方が抜けられない映画かもしれないな。
でもね、感情移入する男がチョウ・ヨンファってとこがメイベル・チャンの罠なんだよ。
あんたがチョウ・ヨンファだったら、女はだれも振らないって(笑)。

いけず…じゃなくって、映画的魔術を実にうまく使った、香港映画の抒情的名作です。
メイベル・チャンの腕は「宋家の三姉妹」のラストでも面目躍如でした。
あの映画も女流監督でなければ撮れないツヤのある映画でした。

チョウ・ヨンファも、いろいろ傑作はあるけど、私はこの映画が一番好きです。

 


それからまた何年かたちました。
あれは雑誌で読んだのだろうか。
「上海灘」という連続テレビドラマがかつて香港で大当たりして、それにチンピラ役で出演したのがきっかけで、チョウ・ヨンファが大スターになったと聞きました。
「上海灘」?「Shanghai Beach」? あの曲と同じタイトル!?

そうです。「上海灘」という曲はその連続テレビドラマの主題歌だったのです。
そのドラマが大ヒットして、あの頃東南アジア一帯でその主題歌が歌われていたのです。
そのドラマで注目されて、チョウ・ヨンファは映画「男たちの挽歌」に起用されたのです(たぶん)。

大好きな俳優が出演して、大好きな曲が主題歌になっている。
そのテレビドラマを見てみたいものだと思ったが、香港の連続TVドラマをどうやって日本で見たらいいのか分からないまま、それきりになりました。

 

 

そしてまた月日が流れ、そんなことも遠い昔として忘れかけてた先日(去年か一昨年)、衛星で「上海グランド」という映画をやっていました。
あ、これ映画館でやったときは見逃したなあ、と新聞の解説欄を見ると「人気テレビドラマ「上海灘」の映画化」とある。どああ〜っ!!!

別れてはめぐり会い、めぐり会っては別れるメロドラマのように、「上海灘」と私の縁は切れては繋がり、繋がっては切れる。

TVの前に正座して「上海グランド」を見ました。
そして、映画の最後に流れる「上海灘」の曲を聞きました。
あの曲でした。
マレーシアのレストランで一回聞いただけで取り憑かれ、それからずっと追い続けてきた、忘れられないあの曲でした。

どういう曲かというと、まあ、聞いていただければ一番早いのですが、今この曲を聞きたいと思ってもCDは手に入らないと思うので、ビデオショップで「上海グランド」(これ中国タイトルは「新・上海灘」という。どこでグランドになったんだ?)を探して借りて、ラストに流れる曲を聞いていただくのが一番早いと思うんですが、 それもなかなかできないという人のためにちょっと解説しますと、オオゲサでドラマチックでコケオドシな吹奏楽とピアノとベースとドラムによる中華風の華麗な前奏で始まり、ある時は激しくある時は優しく、川のように海のようにメロディは流れて、途中からストリングスがさあ泣け泣けとばかりに入って、三題目までの歌詞のあいだにサビが挟まって終わるという、4ビートの曲です。

そのメロディーに妙に抑揚があるのです。
海のうねりに似たローリングをして、ドラマチックで悲劇的で妙にこちらに迫ってくるのです。

ついでに言いますと、女性ボーカルより男性ボーカルで歌われる方が私は好きです。
女性の感情を込めたチャイニーズ・ソプラノだとあまりにメロドラマになりすぎて、男性ボーカルの方が素っ気なさと曲の持つ甘さがうまく調和がとれるような気がします。(「上海グランド」に流れる曲は男性ボーカルです)

どういう映画だったかといいますと…メロドラマでした(笑)。
も〜どうしようもないくらいメロドラマでした〜っ!(大笑)

 

 

時代は1920年代の上海です。
レスリー・チャンは台湾生まれの日本からの独立運動に関わっている志士で(台湾は日清戦争後から第二次大戦の敗戦まで日本領でした)満州から台湾へ護送される船から海に飛び込んで、必死で泳いでると目の前に上海のバンド(外灘)の灯りが…

おい〜っ、東シナ海からバンドまで揚子江を泳いでさかのぼってきたのか。
おまえさっきケガしてなかったか〜、ってツッコミはやめてくださいね。
荒れる波の向こうに突如姿を現す夜の上海バンドの摩天楼は、この世の物とは思えないくらい妖しく輝いて美しかったのです。

アンディ・ラウは上海生まれのチンピラで、溺れてたレスリーを助けて、ケンカしたのち仲良くなった二人は(定石通り^_^)一緒に組んで暗黒街でのしのしのし上がっていきます。

キャラクターから見て、アンディの役がチョウ・ヨンファのやった役じゃないかと思ってるんですが。
明るくてお調子者でどこか切なくて、「男たちの挽歌」で彼がやった役に似ているから。

上海の親分に目をかけられ、アンディは親分の娘(年増だけどキュート!)との結婚を夢見ます。
でもアンディが彼女に出す恋文の返事をいつも書いていたのは、アンディに心を寄せる彼女の家庭教師で、そんなことを知らない親分の娘はかつて満州を旅行した時に日本軍に追われていたレスリーを助けたことがあり、それ以来彼のことが忘れられないでいました。
彼女とレスリーは上海で再会し、恋におちて、それを知ったアンディは…。

ああっ。もう、なんか毎週香港のご家庭でみなさんがTVの前に座って何に熱中してたのか全部目に浮かびますわ〜っ!

ラストは黒燕尾服を着た二人の賭博場での対決。うむ。これも定石通り。
「お前の手で殺してくれ」…ここまでやられると、恥ずかしさのあまりビデオスイッチを切ろうかと手をのばすんですが、それを必死で押さえて、とにかく最後まで見よう。

レスリーは闘争と裏切りに疲れ切った男を演じていて、私はファンてわけじゃないんですが(「覇王別姫さらばわが愛」の彼は好きですが)これは斜に構えるところがはまってて、哀愁漂ってて、無精ひげがカッコよくて、ステキでした。

ドンパチあったあげく、台湾行きの船に乗るために波止場に向かう車の中でレスリーは…てんてんてん。
その目に映る上海の町を見下ろす女神像。
ラスト・クレジット。
茶色の紗のかかった青空をバックに女神像のアップ。
そこにかぶさる「上海灘」の曲。うるる〜。
そこに浮かぶ、プロデューサー:ツイ・ハークの名。

あの〜、なんで私はこんなところであなたにお会いするんですか〜?!

 

 

TVの方はたぶん違ったと思うけど、「上海グランド」の映画はツイ・ハークがプロデューサーでした。

ツイ・ハークというのは前記「男たちの挽歌」のプロデューサーで、そのあとリー・リンチェイを主演に20世紀初頭の有名な武道家のワン・フェイフォンのシリーズを撮り、名作「ワンス・アポナタイム・イン・チャイナ 天地大乱」という映画を生み出したエラ〜イ(!)人です。
組んでた監督ジョン・ウーともども、今はハリウッドで活躍しています。

そのあと香港映画に詳しい友人から、ツイ・ハークは雨や空や海が好きだと聞きました。

ワン・フェイフォン・シリーズのひとつで「上海グランド」そっくりの青空を見ました。
ああ、これがツイ・ハークが好きな空なんだ。
ゴビ砂漠から飛んでくる黄砂に染まった青空だろうか。
私がいつも絵の具を重ねて作りたいと思う青空に似ている。
黄土色と薄いグリーンの上にセルリアン・ブルーを重ねるとこの色になるかな。
むかし使ってた日本画絵の具(岩絵の具)の方がこの色を出せるかもしれない。

その青空をバックに立つ女神像は、かつて上海の共同租界とフランス租界の境界のバンドに立っていた「第一次大戦戦勝記念碑」です。
この像を見た人はきっと「ベルリン・天使の詩」(ヴィム・ヴェンダース監督)を思い浮かべるに違いない。
あの像は1870年の普仏戦争勝利を記念してベルリンに建てられた「ジーゲス・ゾイレ」(勝利の女神)です。
今もベルリンの象徴として町の上にその羽根を広げて、ときどき天使が寄っていきます(うそ)。
ツイ・ハークもきっとこの映画が好きで、この像を「フィルムの上の上海」に再現したいって思ったんじゃないかなあ。

じつは「南京路に花吹雪」や「Shanghai1945」を描いてた時、私はこの像のことを知りませんでした。
今の上海には無いんです。
「上海グランド」を見たあとに、なんじゃこりゃといろいろ資料を調べて、この像のことを初めて知りました。
でも「南京路」を見返すと、ちゃんとこの像が上海の町にいる。
古い資料写真をもとにアシスタントが描いていた(笑)。

第一次大戦のあとに租界に建ったということはフランスか英国かアメリカが建てたんだと思うんですが、 ギリシャ神話の勝利の女神ニケというよりは、ゲルマン神話の死んだ勇士の魂をワルハラへ運ぶワルキューレの猛々しさを漂わせるベルリンの「ジーゲス・ゾイレ」に比べて、上海のこの勝利の女神は伏せ目でもっと穏やかで優しげに上海の町を見下ろしています。
もっともアップの資料写真はないので、これは「上海グランド」の美術担当者の主観かもしれない。
ツイ・ハークという人は衣装や美術にかなりこだわって自分の趣味を反映させる人のようですから。

そんなことを考えてるうちに、「月光の帝国」でついまた指定してしまった(笑)。
第一回目で瑞生(ルイシェン)が上海の空を見上げるシーンです。
1912年にはまだ建っていないんです。
でもネームをやっていて、上海の底から空を見上げてこれが目に入った時、何を思うんだろう…て考えてるうちに、描きたくなってしまった。
「月光の帝国」は、登場人物がしょっちゅう空を見上げる漫画です。
彼らが町の底にいるからです。
それに上海という町は見下ろすより見上げる方がなんとなくふさわしいような、この町の本質が見えるような気がするんです。

10年後には建つんだから、どうか許してください。

 

 

 

 

 

 

 

「上海グランド」という映画がどんなにおバカな映画であろうと、たとえ首に蛇を巻いたSM女が出てこようと(いったい何なんだ、あの女は!?楽しかったけど^^;)、最後に歌われた主題歌で救われて、「ああ、いい映画見たなー」と客が楽しく帰っていく映画というのが、世の中にはあります。

例えば日活アクションの「夜霧よ、今夜もありがとう」(あれは「カサブランカ」の焼き直しで、石原裕次郎がボギーで、浅丘ルリ子がイングリッド・バーグマンで、出来はかなりひどかったが、最後に裕次郎がピアノに向かって「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」の代わりに「夜霧よ、今夜もありがとう」を歌い出したとたん、突如名作と化した)とか、角川映画の「時をかける少女」のラストでみんなが主題歌を合唱するところとか(ユーミンはやっぱり偉大!)。

「上海グランド」も私にとってはそういう映画のひとつになりました。

十九年の時を隔てて「上海灘」という曲に再会し、「上海グランド」という映画でその本源の一部にやっとたどり着いた私は、出会ってはぐれた「初恋の人とまた巡り会ったみたい」って気分で、ちょっとホッとして、かなり幸せです(笑)。

 


 

「上海灘」の歌詞をここにちょっと載せます。
友人が手に入れてくれたテープに付いてた歌詞カード(中国語!)と、「上海グランド」の字幕スーパーから推理して、こんな歌詞だろうな?と私がデッチアゲたもので、当たっていれば著作権侵害で手が後ろにまわり、はずれてればナンじゃコリャ、の世界なんですが。
いいのです。のせちゃうのです。
私は「上海灘」というのはこういう曲だと思って、今も聞いているのです。

 

 

 

涙はほとばしり 流れる
川の水は流れて
とうとうと止まるところを知らない

これは喜び?それとも哀しみ?
涙の中では見分けられない

これは成功?それとも失敗だろうか?
波の中では判然としない

君を愛し、憎んでいる
君は知っているか
大河のように止まることなく流れていくこの流れを

喜びがあり哀しみがある
心はいつもうねり続けていく
この川の流れのように

 

 

 

正確な全訳を知ってる方がいらっしゃいましたら、教えていただけると嬉しいです。
もしTV版の「上海灘」のビデオを見た方がおられましたら、ちょっと感想などお聞かせ願えれば嬉しいです。

 


2001/7/6

 

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