2400御入院!!!
これは1999年11月12日突如、私と私のMacPowerbook2400が遭遇したトラブルと
いかに戦い勝利したかという、愛と苦闘の記録です。

11月12日(金)

BBSに「私とお話ししませんか」というレスが入っていた。リンク先はオンナの子とデートしましょうというサイト。管理者権限で消去する。
最近、リンクやBBSを辿って自動的にお誘いレスを出すソフトが猛威を振るっていると友人に教えられた。
男性客の多いBBSを狙うのに、何で「ぶどうの木」に?と友人。いちいち確かめず出してるんじゃない、と私。

そんなことを電話で話して、スリープにしていたパソコンに戻ると、スリープから画面が戻らない。「どうしたんだろう」と不審に思いながら、再起動をかける。トラブルだろうか。
「ノートン先生」の「スピードディスク」をかけてみようとすると、フラングメントは「中程度」。これが原因ではないようだ。ウィルスだろうかと「Disinfectant」をかけるが、異常なし。はて。いったい何が原因だ?スリープ機能のトラブルだろうか。
とにかく最近サボっているバックアップを取っといた方がいいなと思いながら、寝る。

 

11月13日(土)

起きて、机の前に座る。ずっと抱えていた仕事の締め切りがもうとっくに過ぎているので、最近は必死で毎日仕事をしている。

きょうは仕事が進む。なぜだろうと考えて、静かだと気が付く。
数日前、突然の大音響にベランダに飛び出したら、昨日まで隣に立っていた木造二階建て家屋が消えていた。建築業者の方にクラッシュされ、木片やしっくいが散らばる空き地になっていたのだ。建て直しか。古い家だったからな。でも中庭があってそこに洗濯物干したりして情緒のある家だったと、ちょっと残念。
以来、毎日、庭の木を切る電気ノコギリの音や、ブルドーザーがドッカンドッカン地面を掘る音や、オッサンたちが大声で話す声が窓の外で響き、部屋にいると何にもできなくなった。なにせ窓のすぐ横なので、自分の頭が電気ノコギリでギーギー切られて、ブルドーザーで掘り返されてるみたいだ。
そうか、土曜は大工さんたちお休みか。平和っていいもんだなあとウットリしながら、パソコンのスイッチを入れる。おやっ。いつものジャ〜ンの音がしない。画面がつかない。慌てて起動ボタンや再起動ボタンを連打する。どれが効いたのか分からないが、一応起動する。何だかヤバイ。
来る27日からの上京を控えて、いろんな人にメールを送る。パソ通やインターネットを始めてから友人が増えた。東京の人が多い。東京行きの時はいろんな人に会う予定でいっぱいになる。
あ、そうだ、バックアップを取らなきゃ、といったん切って、MOを接続し、起動ボタンを押す。静かだ。起動しない。そんなバカな〜と起動ボタンや再起動ボタンを連打する。沈黙の時が流れる。うわあああ〜。後ろのリセットボタンを押すが、これも全く動かない。ど、どうしたらいいんだ。バックアップを取らないまま、お亡くなりになったのか。しばし私がフリーズする。

画像ファイルがおシャカになるのは困る。それより、今まで精魂込めて作ってきたホームページの全てのファイルが・・・いや、プロバイダのサーバーにホームページファイルは残っているから、あれをダウンロードすれば今現在のホームページは回復できる。そう気がついて、ちょっとホッとする。

それにしても、いったい何が原因なのだろう。「Mac名物」バクダンもフリーズもコンフリクト(衝突)も最近は全く無かった。OSが新しくなってから、何のトラブルも無いいい子に生まれ変わったのだ。サッドマックを見ることもなく、キキイーという恐怖の衝突音も経験しないまま、起動不能というパソコン最悪の事態に突入するなんて信じられない。
今まで経験したトラブルを必死で思い返してみる。どれも違うようだ。ずっと読んでいなかったマニュアルを取り出して「トラブル・シューティング」を読み返す。当てはまる事例は無い。
ひょっとしてPRAMクリアーだろうか?最近全然やっていなかった。これは起動ディスクに関わるそうなので、あやしい。だがPRAMクリアーをしようにも、再起動不能では手の施しようがない。

あの懐かしい「ああ、壊してしまったのか・・・」という自己否定と、どうせ大したことないさという楽観(こちらが操作さえ間違えなければ、この2400という機械はすごくちゃんと動く機械なのだという信頼と安心を持っていた)を抱えながら、サービスセンターが開く15日月曜を待つしかないなと諦める。

出したメールの返事が今頃来てるだろうなとふと思うが、受け取るすべはない。
BBSに発言もアップできない。
ホームページの更新もできない。

いつの間にかパソコンとネットが無いと何もできない生活になっていたのだと思い知る。それでもこの時はどうせ大したことないだろうと甘く考えて、のんきに15日月曜を待っていた。

 

11月15日(月)

前夜から仕事で徹夜していた。朝、8時から電話してみる。録音テープが営業時間は9時からと告げる。9時きっかり、また電話する。
私がこの2400を買った金沢のCANONゼロワンショップは閉鎖になり、今は個人向けのMacの販売はしていないが、かつてこちらで買っていただいたのだからと、サービスセンターのお兄さんは優しく対応してくれた。
トラブルの状況を話し、向こうが今日の予定は・・と言いかけるのをさえぎって、「今すぐそちらへ行きます!」サービスセンターはウチの近くのビルの一階だった。
言われた通り本体と電源アダプタと起動用のOSのCDをリュックにしょって、CANONサービスセンターに駆け込んだ。

しばし待たされ、現れたお兄さんは、何だか暗い顔をしていた。たぶんマザーボードのトラブルでしょう。えー、そんな大それた故障じゃないですよ〜。PRAMじゃないですか〜。いいえ、起動不能、再起動不能、リセット不能となると、それらの機能をつかさどるマザーボード自体に不備があり、マザーボードは一カ所でも欠損すると総取っ替えするしかなくて、今値段を調べていましたと言う。148,000円(マシンによって部品の値段は違うそうだ。2400のマザーボードの値段はこれだけする)。お兄さんの暗い顔の原因はこれだった。消費税や他を入れると、17万前後になります。新しくiBookを買った方がいいですよ。

バカな。信じられない。たった2年と4ヶ月で、ハードが使いものにならなくなるなんて。確かにノートは体が弱いと聞いてるし、あちこち引きずり回してフランスまで連れてったし、部屋ではトーンの削りカスや消しゴムの粉をブワブワかけてたし、小さい体に「3」とはいえ「PhotoShop」など入れてこき使ったし。それで寿命が短くなったのだろうか。
本当にマザーボードのトラブルですか?
98%、そうです。
申し訳ありませんが残りの2%を調べていただけますか。
分かりました。お預かりします。
とにかく私メールが使えないと、仕事に差し支えますので、なるべく早く元気になって欲しいのですが(ウソ。編集とメールのやり取りより、遊ぶ計画のやり取りの方が多い)。
もし入院が長引くようでしたら、ハードディスクをコピーして、こちらにある適当なマシンに入れて、それをお貸しいたしましょうか。
それ代車ならぬ、代パソですね。てことは、ハードディスクは無事なんですね。
たぶん。
ちょっとホッとする。代パソしていただけるととても助かります。
どういたしまして。ゼロワンショップは無くなりましたが、そこでお買いあげいただいたお客様には出来るだけのことをしたいと私どもは思っております。
こちらこそ、何だか、恐縮でございます。
深くて暗いお辞儀を交わす二人。

外に出た私はこれからどうしたらいいのか、呆然としていた。
とにかくメールが使えない。友人たちと連絡がつかない。ホームページに接続出来ない。今接続できないでいますと告知することもできない。

パソコンがないともはや一日も暮らせない。修理を待たず、新しいのを買って持って帰れば、すぐ使える。iBook?iMac?だが新しいマシンをすぐ使えるだろうか?新機種は全てUSBだ。周辺機器が使えない。変換アダプタを買うか?あと数日で締め切りという今、マニュアルを読んで勉強している時間はない。
ああ、なんでこんな時に壊れるんだろう。そろそろ壊れますよ〜と告知してくれればいいのに。もうちょっと後にしてくれないか。いいですよその替わり「PhotoShop」も巻き込みますよ。「PhotoShop」は困る、「Netscape Navigater」辺りにしてくれないか。それで手をうちましょう。商談成立。なんてネゴシエイト出来たら助かるのに、などとバカなことを考えながら、ふらつく足で小雨にけぶる街を近くのパソコンショップに向かって歩き出した。

ショップ開店時間は11時だったが、着いたのは10時過ぎで、シャッターが閉まっていた。朝食を食べていなかったので、近くのラーメン屋でもやしラーメンを食べているうちに、ショップが開店した。

これまで苦難を共にし、言葉では言い表せないほどお世話になった愛着ある2400を失うなんてとても耐えられないという絶望と悲しみは、色とりどりのiMac、予約受付中の二色のiBook、燦然とブルー・グレイに輝くG4が並ぶAppleコーナーを見たとたん、どっかへ飛んでいった。10ギガを越えるハードディスク!広いディスプレイ!!狭くて荒い液晶にもレイヤーを五つ重ねるとフリーズする極少のメモリにもソフトやファイルを詰め込んでアップアップしているハードディスクにもオサラバして、画像もゲームも何でも来いの新しい世界が目の前に広がる!!!私の胸はウキウキドキドキ高鳴った。

しかし、iBook。「で、でかい」画面から周囲がはみ出している。おまけに(持ってみる)重い。これバックに入るのかなあ。PowerBookG3は?やっぱり大きくて重くて持ち運びが大変そうだ。この際デスクトップでもいいや、とiMac。ディスプレイが15インチで、画像をやるには甘すぎる。この後G4を買ったら使い道が無くなる。では、G4を今買うか。写真で見るより白っぽくて威圧感はないが、何だかボケている。ロリポップ・イエローのG4が出ないかな。いや問題はルックスより性能だ。だが今のG4はぜったい買っちゃいけないといわれてる初期ロット。それよりG4が出たせいで投げ売りになった落ちG3を買う方がお利口かもしれない。しかし、落ちG3を扱ってる店の情報を集めようにも、インターネットが使えない。あああ。。。

私の足はなぜかナナオのディスプレイコーナーに向かう。やっぱりキレイだ。画像やるならやっぱりナナオだあああ。

その横にVAIOが並んでいた。なっ、なんて小さくてキレイなんだ。おまけに(持ってみる)この軽さはどうだ!新しくノート買うんならVAIOでなきゃイヤだ。一瞬、窓(Windows)に乗り換えようかと思った。しかし今、窓のマニュアルを読んでいる暇は無い。

iBookより2400の方がかわいい。iMacは欲しくない。G4は今は買えない。
というわけで、2400を修理に出すことに心を決めた。

 

11月17日(水)

CANONから電話。「やっぱりマザーボードの異常」と言われ、「修理お願いします」と答える。CANONの人はちょっと驚いたらしい。
数万上乗せすれば新しいマシンが買える値段で、なぜ古い機種を修理するのか。
「2400が好きで、いつかG3にアップして、ノートとしてずっと使い続けるつもりだったのです」。

正直いって、私も迷っていた。プライオリティ(優先順位)は、なるべく早く使えることだ。それなら修理を待つよりiMacを買った方が早いが、旅行が多くて金沢市内でも仕事場と実家の往復がある私には、ノートは必携品だ。iBookもPowerBookも2400より軽い機種は無いし、カラフルにピカピカ光るiBookよりストイックに黒く輝く2400の方が美しい。要するに「うちの子が一番カワイイ」症候群だが、Appleは業績は回復したとはいえ、選択肢が少なすぎるとつくずく思う。VAIOのような軽さと美しさを兼ね備えた機種があれば、新しいのを買っていたかもしれない。

夜、仲村さんと東京での予定を電話で話すついでに、BBS「ぶどうの木」に「今パソコンが壊れていて、しばらくアクセスできません」と代わりにアップしてくれるように頼む。
この時は、ほんの2,3日留守するだけだと思っていた。

 

11月18日(木)

CANONから電話。「マザーボードだけでなく、CPUボードもおかしいようです。CPUボードは4,5万なので、取り替えるより、先日おっしゃっていたG3カードを付けたほうがいいかと思います。どうなさいますか。」

それはよい機会ですね。ぜひお願いいたします。と笑いながら答える私の頭には、「毒食らわば皿まで」という言葉が思い浮かんでいた。毒にあたった上に皿のかけらをのどにつまらせるのは痛いよなあ。

パソコンの命CPUをG3にアップするG3カードは、サードパーティーが製作し、メーカーによって値段が違う。一番安いメーカーのを秋葉辺りで買うと、CANONで取り寄せるよりン万値段が安い。CANONの人はそれを待って取り付けてあげてもいいといってくれた。しかし、私は締め切りを遅れに遅らせ、あと数ページで主線が入り、あとはバック処理という数秒を争って原稿と格闘している真っ最中だった。そんなものを秋葉まで買いにいってる余裕は無い。自分で取り寄せようにも、インターネットで情報を集められない。
「全てそちらにお任せします。とにかくなるべく早く修理を終わらせて下さい。」
CANONの人は呆れているのか、同情してくれているのか、恐縮した声で「来週中には必ずなんとかいたしましょう」と言ってくれた。

これで修理金額は25万近くかかることになった。

2400自体、安いパソコンではなかった。その上この修理金額か。Mac貧乏、金食い虫、借金トッシュという言い古されたたとえが、現実となって我が身に降りかかる。
その上、一台買うと何台も欲しくなる、古いのが捨てられないで、部屋がMacでいっぱいになるという、Macユーザーの友人たちからいやというほど聞かされ、私みたいなメカオンチには関係ないさと笑っていたApple神話をどうやら実証しつつあるらしい。

2400に対する愛着は確かにある。2400という機種自体が良くできていて、いいマシンだと思っているし(他に使ったことはないクセに)、何も知らないビギナーとしてこれでパソコンの学習を始めた。様々のトラブルを一緒に乗り越えて、ずっと使い続けている。もしこれが手元から無くなったら、自分の成長過程を手放すような気がする。たとえこのマシンを使わなくなる日が来ても、ずっと側に置いておきたいと思う。

帰ってくるのは来週中かあ。ずれ込むと、上京してその後金沢へ帰ってくる12月5日までパソコンが使えない可能性もあるなあ。
さくらっこさんたちとBBS「ぶどうの木の下で」で東京オフ会をする話が進んでいた。さくらっこさんと連絡を取ろうとするが、最近は電話やFAXをほとんど使わなくなっていて、アドレスや住所を全部パソコンの中に入れていた。そのパソコンが手元に無い。泣きながら、仲村さんに頼んで、BBSに「当分帰れないもようです。ごめんなさい。さくらっこさん、電話かFAX下さい。」と連絡してもらった。
さくらっこさんは電話をかけてきてくれた。
仲村さんはBBSをプリントアウトして、FAXで送ってくれた。
二人とも、本当にありがとう。

 

11月26日(金)

時はまたたくまに過ぎて、私はずっと仕事をしていた。
なにしろこれが上がらないと東京へ行けない。
約束の週が終わろうとするのに、CANONからは何の連絡も無い。
明日は出発の日だ。まだ仕事は終わらない。私には、もうちょっとというところに来て、ここに61を張ろうか1210を張ろうか(どっちもトーンナンバー)迷ってズルズル引っ張ってしまう悪い癖がある。
昼過ぎにもうダメだろうなと諦めながら、CANONに電話を入れた。今日中に終わるとの返事。上京に間に合うのか。と狂喜。折り返し修理が終わったとの電話が来た。本当に急いでやってくれたようだ。「すぐ受け取りに行きます!」手に持っていた61を放り出して、トーンまみれのジーパンの上にコートをはおり、CANONサービスセンターに一目散に走り出した。

やっと直った。やっと戻ってきた。私の2400がG3になって戻って来るのだ。

動作確認したのち、「今後のために、何が原因で壊れたのか教えて下さい」と聞いてみる。
お兄さんは再び暗い顔をして、「実は2400はトラブルの少ない良い機種なのですが、中のビスが一本外れやすいというクセがあると言われておりまして。」「は、うちのビスも外れていたんですか?」「耳を近づけて振ってみると中でカラカラと音が・・・」
ああ、私が壊したんじゃなかったんだ。よかった!
「ところがAppleはこれを自社責任とは認めておりませんで」思わずつぶやく、さすがだ、Apple。
「そういうわけで、こちらの一存で修理代金はお安くさせていただきます。」

いくら安くなったかはどうかご内密にといわれたのでここには書きません。でも、とってもとってもお安くなったの。iBook買わずに修理を頼んで本当によかった。

足取りも心も軽くスキップしながら家へ帰り、あとは一刻も早く原稿を上げて一緒に東京に旅立つだけと、パソコンをケースに入れたまま部屋の隅に置いて、投げ捨ててあった61を拾い上げて原稿に向かう。この時すぐパソコンを動かしてネットに接続していれば、その後十日続くトラブルは無かったのだ。しかしウカツにも私はもう全てO.Kと信じて疑わず、何よりトーン貼りを終えて原稿を上げたあとに、まだ原稿にネームを書いたり、小さいカットを描く作業も残っていて、明日の昼までに終わるんだろうかと一分一秒を争う状況で、気が気じゃなくて、そんな余裕はとても無かったのです。

 

11月27日(土)

寝不足のまま、早く起きて原稿の仕上げをし、その後カット書き。小さいカットなのに右手がガクガクになっていていうことをきかず、線が引けない。なんとか描き上げて、荷作りにかかる。宅急便で送る荷物、持っていく荷物。原稿。巨大な荷物が四つできた。

念のためパソコンの動作確認をしておこうとケースから取り出して接続しようとする。その時初めてアダプタが無いことに気付く。CANONに置いてきたのか?次に、モデムカードが無いことに気付く。うわあああ〜っ。モデムが無くてはネットに接続できない。慌ててCANONに電話をかける。しかし土曜は休み。いったいどうしたらいいんだ。飛行機の時間は今夜8時だ。昨日帰って来てすぐ接続確認をしていれば修理に間にあったかもしれないのにと悔しがっても、もうどうしようもない。予備のアダプタが実家にある。あれを取りに行こう。モデムは、東京から電話をかけて送ってもらおうと、パソコンをカバンに入れ、アダプタを取りに実家に戻った。荷物をたすき掛けにして背中にリュックまでしょって寝不足でショボショボ目をしてこれから東京へ行くという私がよほど悲壮に見えたのか、父が車を出して空港まで送ってくれた。夜でしかも雨が降っていたのに、長い距離走らせて御免なさいぱぱ。本当に助かりました。
ターミナル側の日通航空のオフィスで荷物を出し、自分も飛行機に飛び乗って東京へ向かった。


東京での苦闘の記録「毎日が二日酔い」に続きます・・・