2008年12月のトンテンカン劇場

2008/12/1(月)『町にもココロにも氷雨フル』

いつもより早い冬の到来で、このところ町の上にはいつもどぶねずみ色の低い空がたれこめて、びゅうびゅうと風が吹き、ときどき雷が鳴る。アラレも降る。竜巻まで起こる(笑)。
この嵐では紅葉はもうとっくに散ったろうから、週末はみんなどこへ遊びに行くのだろう。ショッピングかな。

この辺りには去年の秋に西の海沿いに巨大なアピタ・シティーが立ち、今年の秋にはずっと北の海沿いに北陸最大規模のイオン・モールが出来て、来年には南の国道沿いにさらに巨大なイオン施設が立つそうで(信じられないよ…)、危機感を持ったデパートは毎年恒例の秋の「北海道物産展」にあの「花畑牧場」の生キャラメルを呼んだりして(大人気だったようです^^;)、週末ごとに大規模商業施設が生き残りを賭けてショッピング・ウォーズの火花をピリピリと散らしていて、今この町の上には雷雲より暗くて重い雲が立ちこめてるような気がしてならない。

80年代くらいに人口40万の地方の県庁所在地の商業施設はもう飽和状態だった。
90年代後半には少子高齢化で人口減少することがわかっていたのに、それまで大型商業施設の出店を規制していた「大規模小売店舗立地法」が廃止されて、それから郊外に大規模ショッピングセンターが乱立するようになって、町が壊れた。たぶん今日本の地方都市はすべて中心の商店街が潰れて、郊外には田んぼの中にプレハブのショッピングセンターと量販店とファミレスとパチンコ屋が並ぶ同じ光景が広がっているはずだ。

「大規模小売店舗立地法」の廃止って結局イオン(ジャスコ)の一人勝ちを許しただけじゃないの…と思うんだけど、さすがにこれじゃいけないと思ったのか、新たに大規模店舗の出店に規制をかける法律が作られて(2006年)、ところがその実施の前に建てようと大規模スーパーは「駆け込み」建設ラッシュをして、さらには道路を挟んで店舗を分散させれば法律に引っかからないと「新興住宅地」みたいなショッピングセンターを作ったりして、以前からの商業施設の供給過剰に、サブプライム問題がきっかけで始まった世界的不況が重なっては、これまでまでなんとか持ちこたえてきた町中の商店ももうダメかもしれない…と、町も私もなんだか憂鬱なのだ。

宮脇昭先生の植樹運動に協力しているのであまり悪口を言いたくないんだけど(でもこの近所には植樹してないぞ^^;)、イオン(ジャスコ)っていったいナニを考えているんだろう?
悪名高いアメリカのWALMART( 地方都市に進出して「Every day,Low price」と安い値段で物を売り、町の商店街を潰して、仕事が無くなった住民を安い値段で雇用し、ますます町が貧しくなってモノが売れなくなるとサッとたたんで他の町へ行く。アトには崩壊した町が残る。この頃は出店に反対する住民運動が起こっていると聞く)を目指しているとは思わないが、消費がこれ以上増えない中では他社を潰して生き残るしかないという体力勝負の「チキンレース」だろうか。
でもそれで潰されるのは私たちが今住んでいる町なのだけど。

思えば、地方都市はいつかもっと大きくなって(TOKYOみたいに)やがて「政令指定都市」になる日を夢見て、郊外に新興住宅地やショッピングセンターを無制限に拡大し続けた。
住民はアメリカのように車で移動することが「幸せ」だと、郊外に「マイホーム」を建てて移り住んだ。

私は東京の夕方にJRの電車に乗っていると、なんだかホッとする。
会社の帰りに連れだって飲みに行く背広のサラリーマンたち。ヨレヨレなのに、嬉しそう。きっと上司の悪口を言うんだろうな。腕時計を見ながらもの凄いスピードで階段を駆け上るハイヒールの女性。デートの約束に遅れそうなんだな。大学生はバイトか、飲み会か。小学生はこれから塾へ行くのか。けなげ。買い物で遅くなったおばさんはこれから家へ帰って夕食を作るんだろう。なんて言い訳するのかな?
同じ時間にいろんな人たちのいろんな人生が交叉するのを見てると、東京は今日本で一番マトモな「町」だなと思う。

地方都市から「雑踏」が無くなったのはいつの頃からだったろうか。
今、地方都市の雑踏は二種類。週末のショッピングセンターの駐車場と、週末に繁華街を歩くアベックや家族連れの人混み。どちらにも「生活」の影が見えない。
地方では通勤も買い物も通学もみんな「マイカー」という個室で移動するので、子供たちは家と学校と塾しかない「家族カプセル」の中で育てられて、世界にはいろんな人間がいて、それぞれ違うルールに従って生きているということを知らないで育つ。何かトラブルが起こったら、彼らの生きている世界とは違うルールがあることを知らない彼らは、どこに救いを求めればいいのかわからなくて、ただ途方に暮れるだろう…。

昔の地方都市にはいちおう中心があって、日常品はそこまで行かずに近所の商店街で買って、近所付き合いときたら…濃厚すぎて今ならすっぱり御免こうむりたいが(笑)、そういう「村社会」の生きづらさとは違う「他者のいない」世界で生きる「生きづらさ」が、今の地方都市に生まれてしまった。
最近ヘンな事件が起こるのはいつも地方で(こちらでもそういう事件が起こるのはいつも郊外の新興住宅地)、そういう事件が起こったところの近くにはいつも「ジャスコ」(つまり郊外型大規模ショッピングセンター)がある、と三浦展氏が言うのは当たっていると思う。

「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代に必死で働く人々のために食品を売り、衣類や雑貨を売り、彼らの毎日を支えてきた商店街のおじさんやおばさんたちが老齢化して、新しい需要に答えられなくてお客さんが来なくなったのはしょうがない…とは思うが、デパートが無い町なんて寂しすぎるし、一番困るのは「これはここだけで売ってる」という小さい店からまっ先にどんどん潰れていくことだ。
郊外型ショッピングセンターに並んでるものなんてどこかの同じ工場で作った同じものばっかりじゃないか。
若い人が「こ〜ゆ〜のいいな〜」とか「こ〜ゆ〜の、これまでなかったな〜」とか「これからはこ〜ゆ〜のが必要なんだ〜」とか思って、必死でお金を工面してお店を出しても、お客さまが来なくてあっという間に潰れるんだから、小売業やろうってモチベーションも、なにか新しいもの作ろうって創造性も生まれるワケがない。やっぱり東京行かなきゃダメだ〜ってことになって、地方はますます活気が無くなって、確かにジャスコとトヨタは今の日本経済を引っぱっている大企業だけど、このままじゃジャスコとトヨタが滅びる日に、日本も一緒に滅びてしまって、あとにはペンペン草一本も生えないぞっ。

むかしむかしこの国には「高度経済成長」という、大きくなることが豊かになることだという時代がありました。
でもみんなもうそれが終わったことに気付いているから、新しいショッピングセンターが出来ても「またあぁ〜?」とウンザリ顔なのだけれど(一度は行くらしい^^;)、最近建設されるのはこの町ではなくて、車で30分か1時間かかる近隣の市町村で、使われなくなった農地を区画整理して売りに出したものを、スーパーが買い取る(製造業は新しい工場を中国や東南アジアに作るらしい…)。
その周辺の商店街がスーパーの出店に反対すると、あ、べつに、いいですよ。隣りの町へ行きますから。
隣りの町にスーパーができたら、みんな車に乗ってそこへ買い物に行くことはわかっているから、それなら自分の町に作った方がマシ、固定資産税も入るし、雇用機会も増えるしね。と、役所が許可を出す。

ひょっとすると一番問題なのは多くの農家が毎年「土地区画整理事業」でたくさんの農地を捨てていることかもしれない。
たくさんの農家が毎年「もう農業では食べていけないから…」と農地を放棄して、その土地がコンクリートで埋め立てられて二度と米や野菜が作れない土地になって、その上に「もういらない」大規模ショッピングモールが建てられて、10年後にその何割かは確実に廃墟になる。

食の安全が国の安全保障の問題になり、どうやったら食糧自給率を高められるんだろう?…と、みんなが心配しているこの時代に。

国や自治体はそれをただ眺めているだけなのだろうか…。
農水省って、いったいナニをしてお給料をもらってる役所なんだろう…?