200712月の トンテンカン劇場

2007/12/22(土)『世界中に贈り物をつかわしました』

毎年この季節になると、町が騒がしい。
お歳暮は終わったけど、クリスマスとお正月の準備で、町は人で溢れている。
今日お饅頭を買いに和菓子屋さんへ行ったら(北海道や能登の大納言あずきを使った和菓子を作っていて、そのあんを味わったものはみんな幸せになる)、お正月用乾燥菓子の「福梅」しか売ってなくて(これは加賀の伝統的正月用の和菓子)、泣きながら家へ帰ってきた。

私はクリスチャンではありませんが、大事な人に何か贈りものをしたいと思って、これがいいかな、あれがいいかなと考えて、それをもらって喜ぶその人の顔を思い浮かべるだけで幸せになるし、それを贈ってその人の喜ぶ顔を見ることで、こちらも贈り物をもらったような気分になって幸せになる。
そうやって幸せを贈りあうセレモニーが行われることは大変いいことだと思う。
ついでに日本人としては、おせち料理を作って、いつも会えない人を歓待して、人の縁を寿ぐこともとてもいいことだと思う。
今年もおせち料理が作れそうにない私が言っても空しいだけなんですが(笑)。

今回はちょっと画像を扱って、重くなるので、別ページ(←Please Click)にしました。

2007/12/11(火)『首の土管の修理レポート』

コミックスのCMを書いていて、なんだかイヤだなあ、朝日新聞社刊の漫画…(笑)。朝日ソノラマが親会社に統合されたせいですが、岩波書店刊の漫画よりはマシかなあ…。

一般の出版社が漫画をやろうとするときは経済的理由が多くて(でもメディアの多様化で、漫画も斜陽産業なんですけど)、私は漫画は「サーヴィス業」だと思ってるんですが、漫画で多くの人に楽しんでもらいたいと思うことと、小説やいろいろな本で娯楽や情報を提供することのあいだにそれぞれ「違う目的」「違うやり方」はあっても、どっちが上でどっちが下という「差」はべつにないと思ってるんですが、もともと漫画への「愛」が無い人が管理する側に回ると、「愛」がないということは「知識」がないことですから、どうもうまくいかない。うまくいかないと「漫画なんてこんなものだろ」って読者を「金」を払ってくれるサイフとして扱うようになって、そんなものすぐ見破られますから、読者が離れていく…。
そういうことを繰り返してきたような気がします。

キレイごとをいう気はないけど、私はキャリアだけは長い漫画家なので、むかし漫画が売れていたとき、その後ろではどういう体制を敷いて、その中でどういうふうに人が動いていたかを現場で知っているし、それがどうやって崩壊していったか…もこれまで見てきたので、どんな経済活動も基底に「愛」がなければうまくいかないと思っている。
「愛」とはコミュニケーションで、本や漫画は人と人とがコミュニケーションしたいという気持ちがなければ売れないし、たぶん経済活動も基本は人のココロとモノのコミュニケーションなのでしょう。

出版業界はとても「男尊女卑」がきついところで(たぶん海外と競争することのない企業はみんなそうじゃないかな)、そのために女性読者の変化についていけなくて、顧客を逃がしつづけて、女性向け漫画のマーケットは今とっても狭くなってしまって、新人さんやなにか変わった漫画を描きたいと思う作家にはとても不自由な状態になってしまっているんですが、そんな中で恋愛ものでもない、歴史ものでもないこんなヘンな漫画を載せてくれるのは「夢幻館」くらいで、よく載せてくれてるなあ…と、いえ、その、心から感謝しております…m(_ _)m。

ところで持病の腰痛の話ですが、腰に加えて首までおかしくなったのは、以前「お待ちかね!今夜も一人で絶叫ショー!」にも書いたように、昨年からずっと歯の治療をしていたことの影響があるんじゃないかと思うんですが、とくに9月に仮歯が折れて、壊れたプラスティックが口にはまったまま数日過ごしたのはかなりスプラッタで気分が悪かった…。折れてケンケンにとがったプラスティックを口の中にはめた状態で漫画を描いたり、ビルの上の建設現場で工事したりするのは止めた方がいいと思う。とにかくアタマが痛くなって、目が回って、机に向かっても上半身がグルグル回って(ホントーに腰を支柱にぐるぐる回るのです)、 原稿は落とすし、高い足場で作業なんかやったらきっと自分が落っこちる。治療ですから仕方ないけど、脳に近いところになにか衝撃を与えるのはかなりのリスクと負担がある。背骨って神経をその中に通して「光ファイバー」のように体中にいろんな信号と情報を伝える「土管」ですからね。

とにかく首の土管のズレと腰痛をなんとかしようと、整形外科に行くことにしました。

でも腰痛をやった方はお分かりでしょうが、腰が痛いからと整形外科に行っても治る人っていないんですよね(笑)。行っても無駄だろうな…と分かっていたので、今回はとびっきりいいお医者さんにかかろう!と思いました。

金沢で通俗的にいい病院!というと、金沢大学医学部付属病院か金沢医療センター(旧国立病院)です。
インターネットで調べたら、大学病院の整形外科に脊椎脊髄外科というのがあって、うわっ、さすが最先端の病院は専門の医師を揃えてる!これなら私の首痛と腰痛もわけなく診断して、治療してくれるに違いない!
と、大学病院に行きました。
しかし。う〜ん、大学病院って昔かかったことあるけど、なんか苦手なんだよなあ。権威的で、検査結果が出ると先生から学生までぐるっと回されてモルモットになったような気がして、だからなにかあると国立の方に行ってたんだけど…。

と待合室の椅子に座っているうちに受付になって、「診察お願いします」って言ったら、「かかりつけの医師の紹介状が無ければ初診料2400円(?)いただきます」と言われて、「はあ、それでも結構です」って言ったら、予約して来週来て下さいと言われて、こんなに待ったのに要予約とは聞いてなかったぞと腹が立って、「かかりつけの医師って近所のだれでもいいんですか?」って聞いたら、それで結構ですと言われて、ふと考えると近所の整形外科に治せない腰痛が、大学病院のエライ先生に治せるわけるわけがない。つまり腰痛というのはそれくらい日常的でみんながかかって困ってるありふれた病気で、それを最高治療で治そうとここへ来るのは大間違いなんだと、あの権威的でイヤ〜ンな感じの病院のたたずまいとカベのように立ちはだかる不愛想な看護婦さんは私に教えてくれたのだと思います。 脊椎脊髄外科というのは特別のムツカシイ病気にかかってあちこちの病院で治せなくてさまよった結果、ほうほうのていでたどり着いた人を治療するために開設されたもので、その治療でただでさえ忙しい先生方が月並みな腰痛患者である私の診療で時間を無駄にしてしまうなんてとても許されないことなのだ。ということが鈍い私にもなんとなく分かったので、ウチへ帰って改めてこれからどうしようと考え込みました。

そのあと私は橋を渡ってちょっと歩いたところにある整形外科病院に行きました。
以前ほかの病院でMRIもCTも撮ったことはありますが(その時も異常ナシだった)、ここのお医者さんはレントゲンを撮ったあと「もうトシなんだから、こんなもんでしょ」てカンジで、ようするに腰痛ということで(脊柱管狭窄症というみのもんた氏と同じ病気だそうです)、リハビリテーションルームにポイッと放り込まれて、そこで柔軟体操とマッサージを受けておりますと、回りには療法士さんに支えられて訓練する人たちがいっぱいで、おっ、なんだか鷲巣さんになった気分だぞ、とニヤニヤ。

すいません。鷲巣さんというのはNHKのTVドラマ「ハゲタカ」の主人公で、このドラマは2007年2月の本放送のあと、視聴率は悪かったけれどマイナーな世界で大反響を呼び、国内国外の賞を浴びるほどに受けて、8月に再放送されたものを何回か録画して、それを仕事中繰り返し流して見ていて、そのあと主演の大森南朋さんのNHKのトンデモCMや、コーヒー飲んで渡哲也さんの息子やったり、ヒートテック着てる麻生久美子ちゃんにクラッときたりする姿を見てうっとりしたりしているところだったので。

ヒートテック、売れたそうですね。私も買いました(笑)。室温を2度下げてもこれ着てればヘ〜キですね。って、私はユニクロの回し者ではありませんが、あのCMは良かったですね〜。大森さんて背広でビシッと決めても、仕事仲間だった女の子に勝負かけられてドギマギしても、なんかイカガワシさを辺りにダラダラ漂わせるフシギな人ですよねえ。

クリスマスには「ハゲタカ」の三回目の放映があるそうなので、本当にありがとうございます、NHKさん!今度こそ一分一秒欠けることなくコンプリート録画します。あれがテレビで流れるということが、私にとってはなんだかとても幸せなことなのです。TVもがんばってるな…(おまえはなにをやってるんだ?)と叱咤激励されるような気がして。

長年お付き合いいただいた方にはなんとなくバレてるんじゃないかと思うんですが、自分のコミックスを宣伝しなきゃならない時に、どうも私は他の話題を扱いたがるクセがある(笑)。照れ屋なのか逃げ屋なのか、まあ、このくらいのワガママは許して下さい。「ハゲタカ」再再々放送もコミックス「ざくろの木の下で」もどうかよろしくお願いします。

ところでこの病院は在宅治療のケア施設もやっていてお年寄りが多くて「ハゲタカ」のリハビリルームのような緊迫感とはまったく縁のないところだったんですが、南向きで明るくて元気な療法士さんたちがみんなニコニコ働いてて、おじーちゃんおばーちゃんたちが一生懸命元気にリハビリしてて、高齢化日本の現場の一端をかいま見させていただいて、とても勉強になりました。

 

2007/12/3(月)『首の土管がすすり泣く〜』

しばらくHPを留守をしてしまい、申し訳ありませんでした。

持病の腰痛が9月に悪化して、10月発売の雑誌の原稿を休載することになり、そのあと腰と首の痛みがおさまらないまま、ずうっとコミックスの描き直しをしていました。

というわけで

『ざくろの木の下で 第1巻』2007年12月7日(金)発売!!!

でございます。

2006年1月から始まった「ざくろの木の下で」の連載ですが、やっと単行本分のページがたまったので、12月に発売されます。
ワレながら、ウレシクもオメデタイことです。

2006年1月から2007年7月発売の「夢幻館」に乗せていただいた原稿まで、連載6回分の原稿が入っています。

連載時はいつも時間が足りなくて、自分で描きたいと思う「絵」とは違うなあと思いながら〆切を迎えることが多かったんですが、それゆえに描き直しの箇所はとっても多くて、しかもバックとかじゃなく(それも大いにありますが。歴史物はバックがいのち…^^;)、あるセリフを言われて表情をくもらせるシーンで、くもらせながらも皮肉な薄笑いを浮かべるところを浮かべそこなって、それに反論したい気持ちを押さえてることを伝えそこなって…、あ、ストーリーが変わっちゃった、とか、そういう表情とかちょっとした動作とかの細かいところを描き直すことが多くて、そういう細部で伝えたい「なにか」が、私が漫画を描いて伝えたかったことだったのかもしれない。

漫画家の頭の中にはいつも「夢の原稿」があります。
作家はいつもなんとかそれに近付こうとして悪戦苦闘するが、それはいつも「夢」で終わる。
たとえ描き直しの時間を与えられても、やっぱりいつも「夢」で終わる。
辿りつけたら「夢」じゃなくなるから。

今のところなんとなく思っているのは、私が描きたい漫画はたとえば2004年に羽田第二ターミナルのオープンの時、ヒコーキがシルヴィ・バルタンの「あなたのとりこ Irresistiblement」のフレンチ・ポップスのリズムに乗って、飛行場やまっ青な空でダンスを繰り広げる、あのANAのCMのような漫画が描きたい…!

東京限定のCMだったので、私も「今年のCM大賞」などの番組で数回見ただけなんだけど、あれはホントにゴキゲンだった。ヒコーキの航跡が一ミリでもズレたら…失敗だ!と必死でソフトを調節する(どんなソフトかは知らないが、調整はたぶんカーブ曲線を操るのだろう。そして何度も何度もリプレイするのだ)作り手の胃の収縮が、眉のひきつりが、思うようにいかないと幾夜にもわたって続く徹夜が、見ていて分かった。うそっこヒコーキの一ミリの航跡に命を懸けて、それが大大大大成功して、ああ、これでお客さん、ほやっと笑ってくれる…とにっこり笑って床に倒れ込んだクリエーターたちの意気と涙と汗と高揚感に、心から花束を捧げさせていただきたい。
あのCMのようにキレイで楽しくて笑いながらダンスを踊っているような漫画を描きたい、というのが今のところの私の夢です。