20078月の トンテンカン劇場

2007/8/22(水)『真夏の昼に見る夢は

雪なし冬のつぎは、連日40度の夏ですか…。
やはり地球温暖化計画は着々と進んでいるようですね(ふー)。

最初のうちこそクーラーをかけた部屋の中で暑いよ〜とへばっていたんですが、やがて体が暑さに慣れてくると、「今日も天気だ、気温が高い!」といつものように毎日外に飛び出しています。
TVニュースで「熱中症の恐れがあるので、昼間は外に出ないように」と言っていても、カンカン照りの太陽の中、麦わら帽子をかぶってTシャツ一枚で汗を流しながら動き回るのは本当に気持ちがいい。

だって私はくだらないビョーキをいくつか持っているんだけど(低血圧とか代謝とか免疫性の故障とか)、太陽に当たるとそれがどんどん回復していくのがわかる。冬の天気のいい日に太陽に当たると、軽い風邪なら治ってしまう。その程度の治療効果なんだけど、細胞が刺激を受けてどくどく動き出してどんどん血液や組織液を運んで全身の動きが活性化するのが自分でわかる。紫外線はお肌に悪いから当たらないようにしましょうと言うが、紫外線にはいろいろな化学作用があって、その中には病気を治す力もたしかにあるのだ(しかしUVプロテクトは付けている)。

日本家屋の縁側は冬の日に、人生の冬を迎えたおじーさんやおばーさんがひなたぼっこをしながらゆっくりと時間を送り、来し方を振り返り行く末に思いはせて、その経験を子孫たちに受け渡すためにあるのかもしれない。などと自分も年を取ってくると思うんだけれど、縁側があった頃にはそこでくつろぐ老人たちの持ち時間は少なかったし、老人たちが長い時間を持つようになった今は彼らが憩う縁側が消えつつあるわけで、どうも日本の高齢化問題と住宅政策は反対方向に進んでいるのかもしれない。
人間がこの地上で時を過ごす「家」は「効率」ではなく、生まれて、生きて、やがて土に還るまでのつかのまの時間をどうやったら楽しく過ごせるか…?という視点から設計されるべきだと思うんだけど。

金沢の21世紀美術館では、春頃に日比野克彦さんが子供たちと一緒に建物の回りにぐるっとアサガオのタネを植えるというプロジェクト(写真は露出の加減か、太陽光線が飛んでいて、お天気悪かったのかな…)をして、そのアサガオが夏に向かってしゅるしゅるとつるを伸ばして、梅雨を経て7月頃から花を付け始めて、おうおう、東向きはやっぱり花が咲くのが早いぞ、北は陰になるせいかなかなか成長しないなあ。
このごろ路地裏に並ぶ植木鉢にも外来種の植物が増えて、アサガオが少なくなったなあと寂しく思っていたので、日比野さん、ありがとう!久しぶりにアサガオの大群を見ました。と感謝しているうちに、8月の今は建物全体がアサガオのつるに被われて、外から見ると地面からにょっこり建物が生えて、その建物を地面が引き込もうとしているように見えて、まるで廃墟になった「ラピュタ」の基地みたいです。
中に入ると、外がぜんぶアサガオのつるに被われていて( 全面ガラス張りなので)、緑のつるにからまれて自分も建物と一緒に地中に引き込まれて沈んでいくような気がします。

美術館の椅子に座ってボ〜ッとしてるとたいそう気持ちがよくて、これは緑におおわれた最新型のお墓だろうか?家もお墓も自然と共存することが大事なんだね。などと考えていたんですが、ちょうどお盆だったので、美術館を一杯に埋めていた帰省客や観光客や住民は、新種のお墓参りをした気分を味わえたかもしれないね。

 

2007/8/3(金)『河合隼雄先生へのラブレター(片想い)

7月中は涼しくて(そのかわりお日さまも射さなかったが^^;)、クーラーもほとんど付けないうちに夏休みになって、もうそんな季節?と驚いてるうちに突然35度!を越えまして、人間ってたった一日で夏バテするものだと知りました。ゼイハア。35度はもう三日続いています…。

参院選挙中オザワさんがいつもビールケース(酒屋さんの脇に積み上げてある、あれ)の上に乗って演説していたのは、なかなかイケてる光景でした。キャラクターとビールケースがペーソスをかもしだし、「今」に対する批評性も効いていて、どこかの広告代理店が演出したのなら優秀ですね。

昨年の8月に心理学者の河合隼雄先生が脳梗塞で倒れられたというTVのニュースを見て、ずっと心配していたのですが、でも脳梗塞から回復した人は多いから、きっと必死でリハビリをやって「こんなに元気になりました〜!」と元気な姿でニュースに現れるに違いないとずっと待っていたのですが、そのまま意識が戻ることなく、さる7月19日に亡くなられたというニュースを見ることになってしまって、以来ちょっと憂鬱な気持ちが続いています。

河合隼雄先生は日本のユング心理学の第一人者といわれて、「箱庭療法」という心理療法でこころに病気を持つ人を治療したり(土を盛ったところにミニチュアの家を建てたり、庭を作ったり、フイギュア人形を配したりして、ジオラマか盆栽のような閉ざされた人工空間を患者さんに作らせて、そこで自由に「お話」を語らせることで患者の心にあるわだかまりを探ったり、そのわだかまりの解放を図ったりする治療法らしいのですが、私は受けたことがないのでよく分かりません)、昔話や伝説を通して日本文化の研究をしたりして、文化庁の長官も務められた方です。

河合先生の本を最初に読んだのは大学時代で、たぶんあの頃はチューリヒのユング研究所から戻られてすぐだったと思うんですけれども、西欧のユング心理学者たちに向かって、東洋思想やヨーガをもてはやしているくせに、おまえたちは骨の髄まで西洋思想至上主義者だ〜!と怒鳴りちらし、返す刀で日本は保守より革新のほうが早く腐敗する〜!とすっぱすっぱ切り刻み、なんてケンカっ早い人だろう、360度でケンカしてるよ、この人。…と、呆れ果てたものです。

それから時が流れて、最近「日本人の心のゆくえ」「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」を読んだら、好々爺然とした語り口でニコニコとお話をされていたので、年を経て化けるのが上手くなったな、このタヌキ。とクスクス笑ってしまいました。

河合先生がやっておられた「精神分析」とか「臨床心理学」とかいうものは、ガンや心臓病などの物理的治療と違って、治療対象が人の「弱さ」ではないか、と思います。もちろん病気になった人はみんな「弱者」の立場に立つのですが、からだの器官が故障するのと違って、こころの故障は目に見えない。

今の日本では「弱さ」は恥ずかしい、否定すべきことだと一面的にとらえられているような気がするんですが、河合先生がずっと怒り続け心配し続けていたのは、日本人は「弱さ」の持つ「力」とか「価値」について、あまりにも無自覚なのではないか…。

たとえば「弱さ」の持つポテンシャル・エナジーを「力」に転換するとすごい力を発揮しますし、反対に人や社会に被害を与える「暴力的なこと」は「弱さ」が間違って発露された結果であることが多い(犯罪を犯した人は、加害者であると同時に幼いときに虐待を受けた被害者であることが多い、とか)。

西欧のキリスト教は犯罪者として刑架にかかって血を流して死んでいった人物を教会に祭りますが、あれは「強さ」と「弱さ」は社会を動かす「力」が循環しているに過ぎない。という彼らの考えを現す表象ではないのか…?
19世紀に西洋文明が世界を支配する原理になったのも、彼らが「弱さ」の持つ力を理解し、それを利用することに長けていたからではないか。…と私は思っています。

たぶん日本も昔は「弱さ」を寛容に受け入れて、それを社会を回すエネルギーに替える仕組みがあったのでしょう(昔話や神話に見られるように)。
しかし19世紀の明治維新以降の日本は、それまでの自分たちの文化を否定し、西欧の生み出した技術を使って、安い人件費で工業製品を作って、それを売ることでお金を稼ぐ「高度経済成長」の道をまっすぐ走って、それが成功したおかげで今日のGDP世界第二位の繁栄があるわけですが、日本の繁栄がそれだけのものなら、中国や他のアジアの国々がもっと安い人件費で工業製品を作って売れば、競争に負けて衰退することは目に見えている(もちろん中国、インドが「高度経済成長」を終えれば、彼らもまたあとに続く発展途上国に抜かれるでしょう)。
まあ、それまで世界があれば、ですが…(^^;)。

「高度経済成長」が終わった70年代から、日本は次のステップに移行する道を探さなくてはならなかったのに、それまでのやり方を変えることができず、ず〜っとローリングし続けているような気がします。

河合先生が必死でやろうとしていたことは「弱さ」の治療に止まらず、「力」の循環性を理解し、「弱さ」を受け入れてもっと柔軟な社会を作ろう。柔軟な社会がなければ、日本はこれからの国際社会で生き残ることはできない。という思いじゃなかったのか…?

そのためにはもっともっとやりたいことがあったと思うし、河合先生でなければできないことも多かったはずだし…と思うと、79歳、…早すぎます。

「箱庭療法」は受けたことはないが、本を読むことで私なりに先生からこころの治療を受けましたし、怒鳴り続けるよりにっこり笑ってグッサリ刺そう!というケンカの仕方を教わったという点でも、私は河合先生を勝手にメンター(Mentor 導師)とお慕い申し上げておりましたので、え、いなくなっちゃったの…?と、なんだか空間にぽっかり穴が開いたような空虚感でぼ〜っとしているんですが、あれだけ精力的に広い範囲に渡って他にかえがたい仕事をされていた先生ですから、今ごろはとりかえしのつかないものを亡くしてしまった…と、本当に多くの人がこれからいったいどうしたらいいんだろう…と途方に暮れているんじゃないかと思います。
ヨロヨロしても、先生の教えは忘れちゃいけませんよね。
本を数冊読んだだけの不肖の弟子も、あなたの意志を受け継ぐことが私の使命、なんて思ってるんですから…。

ところで 「メンター」ってどういうものなんでしょうね…。
「スターウォーズ」のヨーダやオビワン?
こういうふうに生きたいと思う「モデル」でしょうか。
子供時代は両親であり、学校では先生、社会人になってからは仕事を教えてくれる先輩・指導者でしょうか。親はもちろんですが、私はイマイチ学校という場所とは相性が悪くて、仕事を始めてから、あ、この人なんかすごいぞ。この人みたいに社会を通してほかの人間と触れ合うことのできる人間になりたい!と思う人に出会うことができて、何かあるとそういう人たちはどうするだろう?と考えながらこれまで生きてきて、今でも仕事をやっているのはその方たちが私に与えて下さったいろいろな経験のおかげだと思っています。

本を通してではあっても、この人のあとについていきたい!と思う人に巡り会えたことはとても幸せなことでした。心から感謝します。
ありがとうございました。河合先生。