20074月の トンテンカン劇場

2007/4/19(木)『地震も洪水もなんだか多すぎやしないか…?』

桜も散ったし、しばらく前から春になっているようですが、仕事部屋にこもっている私を置き去りにして、季節はいつも通り過ぎていきます。

それにしても黄砂が降って町中真っ黄色でザラザラになったのには驚いた。
こんなこと、初めて。
しかもこれ、ただの砂じゃなくて、工場から排出される有害物質を含んだ「汚染黄砂」だそうです。
今年は世界中で暖冬になって、 ゴア氏の「不都合な真実」が世界中で公開されて、この2月にはIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の温暖化に関する調査結果が発表されて(当然ゴア氏は戦略的に映画公開をこの発表に合わせたのだろう)、2007年は環境問題の記念すべき元年になるのかもしれない。
少なくともこれまで環境悪化は感じていたが、「自分の生きているうちは、まあ大丈夫だろう」と思っていた人たちも、「自分の生きているうちに、地球はアブナイかもしれない」という危機感を感じ始めたんじゃないかと思う。

3月25日の能登沖地震にお見舞いを戴きましたが、ご心配いただいて本当にありがとうございました。
金沢は震度4だったかな…。まったく被害は無くて、でも揺れたとき、あ、これはどこかでもっと揺れてるな、どこかで被害を出してるな…とわかる、とてもイヤな揺れ方でした。
そのあと能登で地震が起きたと聞いたときに、ああ、災害は弱い人を狙って襲うのだな…と暗い気持ちになりました。

金沢人にとって能登は寒ブリやワカメを供給してくれる「近所」で、金沢から東京へ流出して減っていく人口を、能登からやってくる人が補充してここ数十年人口を保っているという、東京「一人勝ち」の日本で、地方都市がより小さい地方都市を食って生き残っていく図式の典型です。

以前京都の大学に行ってる友人が京都から金沢までの時間と、金沢から能登の実家へ行くまでの時間が同じくらいだといってたんですが、そのくらい能登はとにかく不便で、若者はみんな流出して、老齢化が進んでいて、その能登が地震の被害を受けたとすれば、う〜ん、もう元へは戻るのは不可能だろうな…。どうやって再興するか、彼らだけの力では無理だろうから、もっと大きな力で考えて新しく能登を作り替えるくらいの覚悟で援助しないとダメだろうな、と思いました。

なにしろ能登の人は我慢強い。陽が射さない寒い冬、私なんか枕から頭が上がらないような日に、彼らは船を出して寒ぶりを釣ったり、波しぶき飛び散る海岸で岩のりを摘んだりするのです。信じられませんよ。湿度100%で、零下ですよ。その辛さと気持ち悪さといったら、ど〜して体が動くんだ!?ってくらいです。
でも世の中のすべてのことに陽が当たれば陰が出来るように、我慢強いこともいいことばかりではない。我慢できないと思ったら、人はどうにかしようと創意工夫をしますが(なんなら革命でも起こしますか?)、我慢してしまえばそこで止まって創造性が生まれない。封建制、保守性が嫌いな私としては、能登の我慢強さが今の日本で有利に働いてるとは思えない。
加賀ですら、浄土真宗の教えのせいでしょうか、人は我慢強すぎます。

そういう地方都市は日本中にあって、その我慢強さのおかげで今取り残されようとしている。
夕張の悲劇は人ごとじゃない。美味しいこと言われて、その気になって、借金重ねて、まんまと東京の役人やデベロッパーの食い物にされて、お金が無くなればサヨナラ。これを自己責任だなんて、彼らだけのせいにして済ますなんて、卑怯でしょ。

金沢だって同じです。町なかのシャッター街は、むかし高度成長の頃はおじさんやおばさんが朝から晩まで働いて、汗水たらして子供たちを東京の大学にやって、そのあと町のドーナッツ化で客が減り、90年代の大規模店舗法の改正で郊外に大規模ショッピングセンターが乱立して、とどめを刺されました。

この大規模店舗法というのは地域商店を守るために売り場面積に規制をかけるという70年代にできた法律なんですが、それが90年代にどんどん規制緩和されていって、たぶん90年代の不況をなんとかするためにとにかく経済を刺激しよう…!という見境いのない景気刺激策だったと思うんですが、その結果、車でしか行けないイー○ンとかの東京資本の大きな店が日本中にボコボコできて、駅前のパパママストアはみんなシャッター街になって、子供たちはみんな東京で就職したので、近所のお店は今ジイサンバアサンが細々と店を開けて、売れないからもう何年も同じものが店先に並んでいるんだけど、すみずみまでちゃんと掃除が行き届いていて、ひとつも埃をかぶらずいつもピカピカってところが、なんだか泣かせるんだよ…。
彼らの生活費はたぶん月6万円の国民年金。農業や商業の従事者は60を過ぎても働ける…と国民年金は6万円に抑えられたはずですが、どんなに働いてもお客が郊外型大規模店舗に行ってしまうように導いたこの国策を、彼らは国に裏切られたとは思ってないんだろうか?

地震に襲われたのがもし金沢だったら、町の中心の商店街はぜんぶ潰れて、彼らは自力再建はできなくて、真ん中が空っぽの町になったことでしょう。
(もちろんそこに舌なめずりした大資本がやってきて、ヘイヘイ、イクラデ買イマッセ〜と買い漁って、高層マンションを建てただろう)

能登沖地震は歪んだ日本をどう作り直すか?という大問題だったのに、被害はそれほどでもないと、3週間後にちょっと顔を見せて、大したことも言わず帰ってしまった総理大臣は、今の地方が抱える問題をなに一つ理解していないんだ…と心底失望しました。
でもそういう党を支えている保守王国は能登のような地方なのですからね。
病根は深い…。

とにかく被害にあった方々がなんとか新しい生活の枠組みを作るためには、お金が必要です。どうかご寄付をお願いいたします。私もたくさん税金を払えるようにがんばりますが、国に入る税金では能登に回りませんから、地方税とか市民税とか、払うところを考えて働きたいものです。