200611月の トンテンカン劇場

2006/11/27(月)『私の家には、今大根が六本ある

じつは最近、家庭菜園を始めて…。
というのはウソで、昔から家庭菜園はやってみたかったんですが、土と光と水のバランスを考慮しながら、リン、窒素、カリウムという肥料を効能によって使い分けて…なんて室内の観葉植物すら枯らし続けている私にはムツカシすぎて、農業って「究極の職人芸」ですよね…。

しばらく前にCOOP(生協)に入りました。
COOPというと「集団購買」、というイメージがあるんですが、最近は町中に一人暮らしの老人が増えたりして、数年前から個別販売にも力を入れているそうで、私も販促セールスマンのお誘いを受けたんですが、なんとなく面倒くさそ〜とためらっているときに、入っている友人から「ぜえ〜ったい入った方がいい!便利だし、楽しいし、経済的っ!」と勧められて、「そこまで言われたら、いっぺん入ってみようか…」。
たぶん、こういうのは口コミで友人から誘われることが一番効き目があるようです(笑)。

入ってみたら、ちょ〜便利!(笑)
配達は週に一度で、商品の配達されるときに次週の商品案内カタログが一緒に入っていて、そのカタログを見て注文票をチェックして、次週の商品配達時に渡して次のカタログを受けとって…と配達と注文を一週ごとに繰り返すんですが、とにかく野菜が美味しい!

北海道のカボチャとか、地元のマイタケとか、小松菜とか、みんな美味しくて、しかも長持ちする。
スーパーの野菜の仕入れって、いったいどうなってるんだろう?
ここまで野菜を疲弊させ、味を破壊させるには、どんなに長い、複雑な経路を辿って店頭にまで至るんだろう? (笑)

問題は配達が週に一度で、注文から配達まで一週間かかること。
たとえばトマトが切れて、明日食べたいなと思っても、先週注文したからあさって届くな、と思うと我慢します(笑)。
反対にキャベツが冷蔵庫に残っていて、あ、明日新しいキャベツが届くな、と思うと、突然メニューがニラとキャベツ炒めや、キャベツを塩でもんでリンゴと和えたサラダや、ツナとキャベツのスパゲティなどを作り始めて、キャベツ大征服作戦が始まる(笑)。
材料が一週間ごとに区切られると、その中でメニューを考えて、その結果、冷蔵庫の中に何があるのか忘れて、気が付くと「あ、腐ってた」…ということが減るみたいです。

さらに一週間後に冷蔵庫に残っているかどうかは分からないけど、いちおうほうれん草と小松菜はいつもたのんどこうと定期的に注文したり、食べたいなと思いながら、ゴボウとか豆とかひじきや高野豆腐の乾物とか「う〜ん、今日は疲れてるので、料理するのが面倒だなあ」とスーパーではつい手が引けてしまうモノも、注文して届けてもらうことで「いつもそこにある常備采」になって、よく食べるようになったし、105円という値段に引かれて(コープだから安いということはないけど、小さくて規格外のものを捨てるよりは…と安い値段で販売することはある)変わった野菜を好奇心で注文したりして、冷蔵庫はいつも野菜でいっぱいです。
それを次の配達前に片付けよう…と必死で食べているうちに、お腹がへっこんで、体重が減った。ホント自分でも驚いたんですが、これは、 食物繊維の威力…?

で、大根のハナシ。
私は大根が大好きです。
おでんの大根、ふろふき大根、ブリ大根、大根と豚バラ肉の味噌煮、大根と人参とさつま揚げの煮物、大根おろしとなめこの和え物、しらす干しを加えても美味しい、納豆の大根おろし和え、大根サラダに、大根の即席漬け、そしておろし蕎麦。
とにかく大根がないと生きていけない人間なので、ウチの食料庫にはいつも大根が入っています。
当然、毎週注文しております。

あれはコープで注文した大根を、油揚げと里芋の煮物で使い切った頃でした。
八百屋さんで大きくてとてもきれいなつややかな大根にたった150円という値札が付いているのをみてついクラクラ買ってしまい、これをどう料理しようかな〜と考えながら、鍋に残っていた大根と油揚げと里芋の煮物を食べてる時に、次の配達が届いて、おやまあ。新しい大根がまた来てしまった。ふっ、二本くらいすぐ料理してやるわ。ちょちょいのぱっ。と思ったんですが、その週は「産直サポート」をチェックしていて、これは産地直送の農産品の余剰品を一、二種類、<お得価格>210円でお届けするという企画で、その週は小松菜と一緒に千葉の赤芯大根というのが入っていて、おおっ、地物野菜だね。サラダや酢の物に向くと解説書には書いてあるが、いったいどうやって食べればいいんだろう?と首をひねって思案しているうちに、あっというまに次の週になって、次の大根が来てしまい、またその時も私は「産直サポート」を注文しておりました。その一つはちょうど切れてた水菜だったので「やった〜!」と大喜びしたものの、その下から水気ぷりぷりのとってもよく成長した大根が二本出てきた時は、さすがにちょっと青ざめました。
なんで、二本?
捨てるよりは産直、という親心なのでしょうか…(涙)。

そういうわけで今私は六本の大根を抱えています。
いくら大根好きとはいえ、今まで生きてきて大根六本抱えたのは初めてです。なんとか食ってやるわいの。それがダメならご近所か、親戚か…。そこから大根が届いたらどうしよう…。

10月はほんとうにいい天気でした。
こんな青空が金沢にあるの?、というくらいいいお天気が毎日続いて、私はとても幸せでした。

TVで白菜と大根がずずず〜とすり潰されるのを見て、まあ有機肥料にはなるんだろうな…と思いましたけれど、ココロは「キムチ〜!タクアン〜!」と叫んでいました。お米ならもっと保護してくれるんじゃないかな?大根や白菜だって保存食にはなるのにね。
なんか…、悔しい。

白菜も安いならと鍋をしようとすると、キノコは安くないみたい。
お天気がよくて気温が高いという気候は、まあ、たしかにキノコにはよくないでしょうね。

COOPの良いところは、先にも言いましたように、メニューが一週間ごとに区切られるので、突発的にこれ買ってみよう(使いみちはあとで考えよう)と余計なものを買い込んで、冷蔵庫に入れてそのまま忘れてしまう…という無駄が出ないことと、配達の日がくるごとに知らない誰かからプレゼントをもらったような気がして、なんとなく幸せな気分になれることと(料金は数日後に銀行から引き落とされますが、大根と玉ねぎと人参とじゃがいもの袋を両手にさげて帰ってくるよりは、幸せ)、とにかく野菜が新鮮で美味しくて長持ちすることです。

産直で美味しい野菜をGetするなら、「道の駅」が私は大好きなんですが(全国の国道沿いに作られた、観光物産と産直品を売るお店。美味しい水の配布所を作ったり、温泉を併設したり、そこでしか買えないものを提供しようと工夫をこらしている。国交省も時々はいいことをやるんやないか…というか、お役人の中にも真剣に日本の未来を考えてる人がきっといるんだろうな。欠点は車が無いと行けないこと)、COOP(生協)会員もこの県では10万人前後だそうで、これって県民の十人に一人(登録するのは一世帯に一人でしょうから、利用してる人数はもっと多いですよね)。畑から食べる人のところに渡るまでの手数を抜いているところがこれからもっと増えたら、スーパーの売り上げはますます減少するだろうな。JAや農水省も心を入れかえないと、危ないんじゃない(笑)?

欠点は、予想と狂った産物を前に、次の配達日まで消化しなきゃ〜と、お尻に火がついた状態で料理を作ること。
今回の大根トラブルを小規模にしたものがしょっちゅう起こるし、材料を前に献立を考えるので、その結果は家庭料理というかお袋の味というか、肉じゃがとか、すき焼きとか、煮物とか、おでんとか。そういうものばかり作ってしまう。
それ自体はとてもいいことなんですが、主婦(おかあさん)って人の作ってくれた料理とか、外食が大好きなのだ。
ていうか、それが無いとパニックを起こして、気が狂いそうになるのだ。
日常の連続って、それが永遠に続くと思うと、ストレスが溜まります。ストレスを永遠のものにしないためには、時々変わった料理が食べたい。違う人が料理した違う料理を食べたい。
ときどきお祭りがほしい。
パーティーがしたいのです。

というわけで、今私はイタリア料理とかヴェトナム料理とかクスクスとか、まったく違った理念で、まったく違った材料を使って作られた料理を食べたくてしょうがない。


 

2006/11/11(土)『布はアジア人にとって文化の根っこなのだろうか?

虫干ししながら、畳の上に着物を広げていると、最初の頃に買ったこの黄色と赤の小紋はもうハデで着られないなあ…とそれを着たときのことを思い出して、誰かこれが着られる人はいないかな、と親戚や友人たちの顔を思い浮かべて探していました。
子供がいたら仕立て直して普段着にしたいな。座布団かお人形の着物でもいいな。
そうやってこの布の命を受け渡したいな。と思ったのです。
「KIMONO OFF」に出しても、買ってくれた人に受け渡されるのですが、もっとシミラリィな世界で伝えていきたいな、と思ったのです。

織物は世界中にありますが、布にペイントする。それも図案でなく、花鳥風月や風景や人間まで写実に描いて、それで身を飾る地域というのはあまり無いような…。
そんなふうに日本の着物は布がガラとか素材とかが自己主張をするので、この国には布が自立し、布に人格(布格)を認め、布を愛し布に淫する文化があるのだろうか?
布にも命があって、それを次の世代へと受け渡していく。う〜む。これは神道の教えですか?
どうも最近こ〜ゆ〜話題ばかりですいません(^^;)。

あっ。じゅうたんもそうですね。カッタンコットンと親から子へ織り方が伝えられ、長い時間をかけて織ったじゅうたんを持ってお嫁にいったり、財産としてずっと大事にしたりしますね(西アジア地方?)。
機械織りとはまったく違って(お値段も、ね^^;)、手織りの良い絨毯はそれに触れる人を、朝も昼も晩も一日中幸せにしてくれます。

数年前から、私はとても布にこだわるようになりました。
きっかけは居心地のいい部屋を作ろうとインテリアに凝りはじめて、アジアやアフリカの民芸品を売るお店によく行くようになって、そこでインドネシアのイカットとアフリカの泥染めに出会いました。

イカット織りはインドネシアのスンバやスマトラなど、島々で織られている織物です。
日本の紬(つむぎ)と同じで、綿の手触り感もいいが、ガルーダやトカゲや昆虫などの図柄が矢がすりのように織り込まれていて、それに身を包まれるとなんだか守られているような気がして心地よくて(おっと、アニミズム=神道だ!)、部屋に飾ったり、椅子の上に敷いたりすると、部屋の雰囲気がガラッと変わる。本当に驚いた。
その織りの模様は島ごとに違って、代々伝えられているそうです。

インドネシアはバティックが有名ですが、これは絹や綿の布にロウケツ染めで図案をプリントをしたもので、カラフルで複雑なエキゾチックな模様でとても美しいんですが、日本で売ってるのは壁飾り用の薄い布が多くて、インテリア用品としてはちょっと使いにくい。
できればそのうちインドネシアへ旅行して、現地でバティックのワンピースやアンティークのバティック布を買って帰りたいものだ。なにしろ私は昔からバティック柄ふうワンピースが異様に似合って、昔買った青い「ジャワ更紗」柄の小紋の着物は「とてもワイルドで、あなたにしか似合わない!」とみんなに誉められて(笑)、前世はきっとインドネシア人だったんだろうと思っている。

アフリカの泥染め布は手織の綿布を染料と泥で染めて、テカチとかの植物染料を使って(たぶん大島紬や黄八丈と同じようなやり方で)染めるんだと思うんですが、織りがよれていて、タテとヨコの長さが合わなくて、ぜったい長方形にならない布なんですが(このいいかげんさが好き…)、部屋に置くとそのデコボコの織りが光線を乱反射して、大胆なガラがやたらと存在感を主張して、工業製品だらけの部屋の中に一陣の野生の風が吹いて、ベッドの上にかけるとポカポカと体が暖まる。

考えてみればインドネシアの布もアフリカの布もみんな手織で、誰かがカッタンコットンと長い時間をかけて織ったものが、いろいろな経路をたどって私の元に届いて、今この部屋で壁を飾ったり、椅子やベッドの上にかかってたりするわけで、その布には織った人の体温や、織ったときに考えていたいろんな思いが宿ってるのは当然なわけで、って、おっとっと、またアニミズム(笑)?

とにかく部屋の中に手織の布を置くと、工業製品はそのパワーに負けて、すごすごと後ろに引き下がります。

そういえばバリ島の家具というのは(アジア民芸品店に並んでいる)日本の家に置いても浮かなくてしっくり馴染むんですが、あれはほんとうに不思議です。
ヨーロッパの伝統的な家具は日本の家に入れるとぜったい浮くのですが、ロココ調の椅子やソファや、飾り箪笥や…(笑)。たぶん彼らはあちらのど〜んと分厚いしっくい作りの壁の素材感に合うように作られて、しかも「洋風」に建てられていても、日本の家は天井の高さや窓の位置が違うので(ベランダに面した二畳分のガラス・サッシという空間の切り方は、ヨーロッパ建築には無い)、素材感と高低感と奥行き感が狂って、家具が自分の身をどこに置いていいか分からなくなって、パニックを起こすんでしょうね。
バリ島の家具はしっかりした分厚い木で作られていて、価格も安いのですが、コンパクトとはいえないし、なによりちょ〜重い!バリ島には平屋建ての家とコンクリートの高層建築しかないのか…?これを移動させるのには数人がかりでよっこらしょ…と思うと、買うのを躊躇してしまうのですが、ヨーロッパ家具より、住み心地より経済性を優先させた日本の工業製品より、バリ島家具を入れた方が、貴方の「家」に対する愛着心はきっと深まることでしょう。

布とか空間の心地よさに興味がある方はぜひお読み下さい、とオススメなのが「白州正子”ほんもの”の生活」(新潮社 とんぼの本)。読んだ方も多いと思います。いわずとしれた、隠れた大ベストセラー。

白州正子さんは明治43(1910)年、鹿児島の軍人貴族の孫として東京に生まれ、名門のお嬢様として大正から昭和初期の日本のモダニズム期を生きて、世界にキャッチアップしようとする進歩的日本の恩恵を受けながら、古い日本の良さも知り尽くしている…という、たぶん森茉莉と同じようにあの頃の日本社会のアイコンのお一人です。
アメリカの学校に進学し、帰国して恋に落ちて結婚しただんな様は、あの、白州次郎。

白州次郎氏は関西の実業家の子供として生まれて、英国のケンブリッジ大学に留学。
結婚後は夫婦でヨーロッパやアメリカを飛び回って、アメリカとの戦争が始まったあとは「日本は負ける」と思い定め、まだ田舎だった鶴川(町田の近く)に自給自足ができるようにと茅葺き屋根の農家を買い、「武相荘」(ぶあいそう。武蔵の国と相模の国の境いにあったからだという)と名付けて、戦争が終わったあともずっとそこに住みました。
小さい頃から能を学んでいた正子さんは、戦後は日本文化の研究をしたり、骨董店を経営したりして、1998年に亡くなられたあと、2001年にその「武相荘」が記念館として公開されるようになって、それから「白州ルネサンス」が始まったようです。

正子さんも絶世の美女ですが、次郎さんも絶世の美男子で、…姿カタチがいいだけではなく、第一次大戦が終わってから第二次大戦が始まるまでの1920、30年代というのは私は大好きな時代なんですが、この時代の美男美女というのは美しさのウラに憂いと陰があるのです。女性でいうならディートリヒ、男性なら写真家のキャパ、でしょうか。
ハンガリー系ユダヤ人のキャパは「美男」という範疇には入りませんが、女性がふっと落ちるまなざしの「遠さ」を持っていて、じっさい彼はイングリッド・バーグマンなどの美女を次々と恋人にしました。
次郎さんは美男子であるうえに、まなざしにその翳りを持っていて、ああ、あの時代の男だなあ。
この翳りは第二次大戦が終わってしばらくすると無くなりましたね…。
映画「L.A.コンフィデンシャル」のまあるいカッティングの背広に身を包んだ男たちがステキだったのは、彼らがまだ持っていた陰翳と憂いをあの映画が再現していたからだと思うんですが、なぜあの時代があんなに「いい女」「いい男」を排出したのかというと、20世紀に入って技術の進歩で地平線が広がり、そこに何があるんだろうと好奇心と探求心に突き動かされて、たくさんの人が「冒険」を求めて世界中を移動するようになった(インディ・ジョーンズ教授は「憂い」にちょっと欠けるような…?)
しかし第二次大戦後は人が飛行機で移動するようになり、遠い旅をした先に未知の土地が広がっているという謎と幻想が消えてしまった…?
やっぱり人は船で動くくらいが一番いいんじゃないでしょうか(笑)。

白州次郎氏は戦後吉田首相のブレーンとして占領軍との折衝に当たり、彼との交渉に手こずったアメリカ軍の偉い人が「キミは英語が上手いね」と言うと、「あなたも練習したら、もっと英語が上手くなりますよ」とケンブリッジ仕込みの英語で答えたそうですが、少女漫画のヒーローより少女漫画らしい人が現実世界にはいるんだなあ…(笑)。
世界の秩序には中心が無く、それぞれの文化が敬意を払われるべき…ということを白州氏は言いたかったと思うんですが、たしかにお二人は西洋化のエッジを走りながら、同時に日本のエッジも突っ走るカップルでした。

先年「武相荘」に行ったのですが、写真より「あれっ、こんなに小さくて狭いの?」と驚いて、花も撮影用に生けられてたらしくて(川瀬俊郎さんが生けてたと思うんですが、違う?)、写真集とはずいぶん違う印象でしたが、本当に居心地のよいお家で、小田急線「鶴川」の辺りはまだまだ自然が残っていて(昔とは比べものにならないそうですが)、とってもステキなところでした。
正子さんは生け花は習ったことがなくて、器(うつわ)がこういうふうに生けて下さいと私に語りかけてくる。と言って、毎日裏庭の木や花を飾ってらしたそうですが、たしかに土やガラスなどの鉱物資源から作られた花瓶に花を生けることは、デコレーションではなく自然と対話することなので、いえ、たぶん自然と勝負することなので、負けず嫌いの彼女はいつも真っ向から勝負を挑んでいたと思います。
古墳から出てきたガラス玉を集めて首飾りを作った、というエピソードも好きです。今は規制が厳しくて出来ないだろうけれど、ダイヤモンドやブランド物アクセサリーじゃなく、土の中から出てきた古代のガラスやひすいやラピスを集めて糸に通して、身に飾る。それは数千年分の美を身につけることです。
着物もお好きで、いろんな布や織りを楽しまれたようですが、美とは、幸せとは、居心地良さとは何なのか。それを知ることは、人間とは何なのかを知ることだ…と、悠々と堂々と真っ正面から猛スピードで突っ走った暴走族のようなお二人であります。