200610月の トンテンカン劇場

2006/10/26(木)ころも替えの季節に、布と戯れて日が暮れる

このところお天気がいいので、「よし。衣替えだ!」と実家に帰って、着物の虫干しをしました。
といっても箪笥から出した着物や帯を陽当たりのいい客間に並べて、風に当てただけですが。
どの着物も帯も「着てよ〜」と語りかけてきて、それに「ごめんよ〜」という答えしか返せなかったのは、本当に申し訳なかった。

東京にいた頃には、以前大家さんが住んでいたという一軒家を借りて住んでいたので、天井もたたみも普通サイズで、和箪笥もラクに入れられたんですが、金沢に帰ってから、実家に入れた箪笥を仕事場であるマンションに移そうとすると、パイプの通ってる天井が部屋にせり出していて、タンスが入れられない。押入は奥行き70センチで、布団は四つ折りにしないと入らない。
マンションサイズ、というカベにぶつかりました。
日本の住宅は住む人の利便性ではなく、企業の効率性だけを考えて作られているんだなあ…と思い知りました。

ずっと東京に住むつもりだったから、なにも考えずにどんどん着物を買っていたんですが、そのあと海外旅行に転んだせいで着物を買うのを止めたのは、今思うと本当に良かった(笑)。
なにせ「歌舞伎」がキッカケで着物に転んだので、とんでもない着物ばかり買っていて、そのうち「赤姫」の柄の振り袖まで買っていたに違いない。ますます使いものにならない着物が、タンスから溢れることになっただろう。
そういうものをときどきタンスから引き出して眺めるのもいいかもしれないが、片肌脱ぎになってそりかえったり、鐘をたたいたりする歌舞伎の女たちのイメージが強かったあまり、長襦袢というと「赤!」以外思いつかず、この年になると袖からのぞくのが緋色の襦袢ではちょっと…と着るのがためらわれる(涙)。
いい着物用にピンクの襦袢も作ったのですが、これ、たしかすっごく高かったので、ふだん用に下ろすのはもったいないし…。

着物を着るには、着物を入れる箪笥と、その前に広がる6畳ばかりのたたみスペースが必要です。
(それさえあればO.K. ともいえる^^;)
着物は着物から成りたっていますが、本当に大事なのはその二つの間のバランスを取る帯じめと帯揚げと半えりのさし色です。それらを入れ替えることによって、ぜったい合わないと思ってた着物と帯も、あっと驚くアンサンブルを奏で始めます。
それに八掛やそで裏や、道行や羽織や、羽織ひもは組みひもか石を使うか、草履にするか下駄にするか、手に持つのは着物バックもいいが、このGUCCIのバッグも合うんじゃないか?サンゴやべっこうや金属の帯留めや、ちゃらんちゃらんと揺れる根締めや、はたまた髪に差すのはかんざし、それとも別珍リボン?…という細部のアクセサリーの美学がシンフォニーのように響きあったとき、はじめて着物という「総合芸術」が完成します。

というわけで、箪笥の前の6畳ばかりの空間で鏡を見ながら「あ〜でもない、こ〜でもない」と着ては脱ぎ、脱いでは着て、当てては外し、外しては当て、足元に布と帯とひもが積み上がったとき、そこに布と色彩の遊園地ができます。ホントに楽しくて、一日中遊んでいてもけっして飽きることはありません。
まあ、千代紙人形です。着せ替え人形です。畳の上の花園です。
摘んだ花をまとうように女たちは着物を着て、一日を過ごしたり、イソイソと外出したりするのです。

西欧のローブ・デコルテ姿というと、日本人は体型的にサマにならないばかりか、このドレスにどういうアクセサリーを合わせたらいいんだろうという全体的HOW TO感覚がどうもうまく働かないようですが、着物は初めて着るときはみんな、どうやったらいいんだろう?と途方にくれますが、すぐにコツがつかめて「こんな着方はどうだろう」とか「こんな組み合わせはどうだろう」とかいろんなアイデアがどんどん浮かんできて、頭の中でニューロンがにょろにょろ伸びて、それがシナプスに繋がって、脳細胞が刺激を受けると体の動きも良くなるのか、着物を着ていると体も心もとても落ち着きます。
(しょっちゅう着ないとダメですよ。普段着ない人が着ると成人式になってしまいます^^;)。
これが民族衣装なんだなあ…。

なにより湿気が多い日本の気候には、おなかと足元をしっかり覆う着物を着てると体調が良いですし(えりが寒いですが、そういう時はネッカチーフでも巻いて^^;)、骨格の弱い日本体型に肩に引っ掛けて着る洋服はどうも貧弱になって、布を巻きつける着物の方がきゃしゃな体型を美しく見せますし、骨格が立派な西洋人が着物を着ると肩が張ってえもん掛けになりますし(笑)、着物には大きなくっきりした柄が多くて、日本人の黒髪はそれを上から押さえますが、金髪や茶髪の西洋人は鮮やかな色と大きなガラを押さえられなくて、それに負けてしまいます。
ダイアナ妃が来日したときに贈られた着物は彼女にとても似合ってたんですが、それは彼女の金髪に合わせた淡いピンクに花が散った友禅で、ものすごく神経を使って作ったな…と制作者の努力に思わず拍手を送りました。

東京に住んでるときは外出するときはもちろん着ていたし、ウチにいるときも着物を着てネームをやったりしてたんですが(とてもはかどった)、こちらに来てからは、ホント着なくなった。というか、着られなくなった。
冠婚葬祭や習い事以外に着物を着るのは、こちらではとても特殊なことというイメージで、地方というのはたぶん着物を着る人が多い時に洋服を着ているとあれこれ言われ、みんなが洋服を着てる時に着物を着るとあれこれ言われる…ところなんでしょう。

2006/10/17(火)こんにちは、どんぐりです』

なんとか10月21日発売の「夢幻館」には載せていただけるようです。

連載も3回目となりますと、だんだんリズムがつかめて、今回は楽勝!と思っていたのに、やっぱり描いてみるとトラブルの連続で、七転八倒で、途中でまた「私はこれを描くことができないんじゃないか」という絶望感に襲われて、ああ、この思いとも長いお付き合いになるなあ…。

おハナシの進行上、今回は夜の場面がずっと続いて、黒髪の人物が黒い服を着て暗闇にいるというシーンが多くて、これをぜんぶベタに塗ると画面がまっ黒になるので、部分ベタとかグラデーション・トーンを使って画面上のメリハリを付けなければならない。それには光線の加減を計算しなければならない。
白黒ハーフトーンのあんばいを調節しながら、ベタもトーンも斜線も全部自分でやらなければならなくて、ベタを塗っても塗っても、トーンを張っても張っても、終わらなくて、ものすごく時間がかかってるワリに、ぜんぜんはかどらなくて、そのうちワケが分からなくなって、もうイヤだ〜と投げ出したくなっては、気を取り直してまたベタとトーンに向かっていって、結局最後はかなり危ない状態に突入してしまい、またまた編集さん。ゴメンナサイ。もう当分黒髪の人物が黒い服を着て暗闇にいるというシーンは描かないようにしよう。

私はとにかく筆圧が無くて、主線もGペンのくっきり一本線ではなく、細い数本の丸ペンのヨロヨロ線で引くのですが、ヨロヨロ線の問題は、どこまでがベタで、どこからどこまでトーンを張ればいいのか、アシスタントに指定がしにくいことです。自分でベタを塗って、トーンを張らないと、自分が予想した効果が上げられない。
こういう作家は量産ができません。

漫画はかつてくっきりしたGペンの一本線で描くものとされていましたが、いつの間にかヨロヨロ線を引く作家も存在を許されるようになって(味があるということで評価されたのか…)、でも年少向けはくっきり線が絶対条件だそうです。
十代くらいまでは身体的にも脳細胞的にも発達途上で不安定な状態なので(思春期、というヤツですね)、不安定な彼らに「曖昧さ」はますます「不安感」を与えるので、「好感度」が低くなるのだろう…と思います。
とにかく私は昔から中学生以下のアンケートがすごく悪かった。しょうがない、とずいぶん前に諦めましたが。

おまけに光と影の光線の加減、というとつい「レンブラント・ライト」を思い出してしまう(^_^)。
以前レンブラントの肖像画がどういう照明を使って描かれたか…という実験をするTV番組がありましたが、映画監督やカメラマンたちは、今でも彼の絵から多大の影響を受けているのだろうな。
漫画の陰影は写実ではなくデフォルメなので、直接参考にはしませんが、彼の闇は「もの言う闇」、こちらに語りかけてくる「闇」ですから、陰影をつけるなら彼くらい美しく…、と思ってしまって、そうすると「理想」とこちらの「力量」のはてしない鬼ごっこが始まって、いたずらに原稿の仕上がりが遅れてしまって、自業自得のどろ沼に入り込んで抜け出せなくなって、もがき苦しんでしまう。たはは。

そういうわけで、やっと原稿を出して、倒れ込んで目が覚めると、お天気がよくて、しかも午前中だと、人生を得したような気がして、とても嬉しいものです。
この10月は秋晴れが続いて、お掃除や洗濯や仕事中にため込んだモロモロの作業を片付けて、日常生活にすんなりと戻るのが楽でした。そうすると次の仕事への準備態勢にもカチッと気分を切り替えて向かえますしね(さあ、どうだろ?三ヶ月後をごろうじろ)。
これが目が覚めたのが雨の日だったり、夕方だったりすると、そのままズルズルと寝たり起きたりの生活に突入して、「ああ、ダルいな〜。でも掃除しなきゃ〜。でもアタマ痛いな〜」と思いながら、一週間くらいトーンの切れはしとほこりにまみれて過ごすことになって、けっこう悲惨です。

これからも仕事はいろいろたまっています。

プロバイダのシステムが変更したので、モデムの交換をしなければなりません。
インターネットって本当に手間がかかりますね。

それから、インクのビン交換。
私はLUMAのカラーインクを使っていますが、これ、アメリカ製でまだ製造しているみたいなんですが、日本に輸入する会社は無くなったらしくて、今は手に入らない。一番むかしは神田の松本絵具店だった。それから新宿の紀伊国屋アドホック。ロフトやハンズでも扱っていたと思うんですが、いろいろなところで買った。
インクびんに付いてるスポイトのゴムの部分が劣化して、中のインクが取り出せなくなってしまい、新しいのが買えないなら、新しくびんを買ってそれに移し替えよう。と、インターネットで理科実験器具の「スポイト瓶」を数十個購入し(ハンズの理科器具コーナーで売ってると思う。ここ、ビーカーとかフラスコとか試験管とかをインテリアに使う人が多いらしくて、けっこう人気コーナー^^;)、これから中味を移し替える予定。カラーインクは化学薬品だから、こぼしたり手に付けたりするとタイヘンなので、ものすごくメンドーな作業です。
ドクター・マーチンを使えばいいでしょ?なんですが、製造方法が違うらしくて、LUMAを使った人間はどうしても色が違うな〜と思ってしまう。でもデザイン界はどんどんパソコンにシフトしていますから、これからもアナログ画材は品質が落ちて、いつか無くなるんだろうな。
そうかな。本当にそうかな?
油絵具とスケッチ用の水彩は無くなることはないだろうけど、カラーインクもいつか「やっぱりソフトじゃダメだ」とリタ〜ンが始まるんじゃないかな?「Photoshop」も「Painter」も優秀なソフトだけど、色やタッチを選択肢から選ぶことになって、でも「クリエーター」は今までだれも作ったことのない世界を作りたいと思うものだから、ソフトを使ってこれまでだれも作ったことのない世界を作ると「やった〜っ!」なんだけど、じきに同じような絵やタッチが溢れてくると、なんだ、自分はだれもやったことのない世界を作りたいんだ、とだんだんソフトに不満を感じて、私はそれでみんなと同じ80点を取るデジタルより、自分にしかできない失敗をする60点以下のアナログに戻ってしまったんですが(笑)、そんなアナログへの回帰を期待してる私は、やっぱり時代遅れの人間なのかな。

そして次回の準備。
今回は時代考証はほとんどやっていないんですが、ユークリッドとかプトレマイオスとかの科学書を読んでいます。錬金術師になりたいという野望を抱いている(笑)。

ひなたぼっこも大事な仕事です。
この地方は冬はとにかく陽が射さなくて、雨や雪が降らなくてもずっと曇天が続いて、去年は本当に天気が悪くて体調も精神状態も崩壊してしまい、いろいろな方面にご迷惑をかけてしまって申し訳なく思っているのですが、たぶん去年の春から秋にかけてもっと外を出歩いて太陽に当たっていれば、あの冬をやり過ごせたんじゃないか…?と反省しています。
いろいろな事情で去年は太陽の下に出ることが少なくて、ウチで寝ていることが多くて、体調が良くなって外に出ようとすると、昨年の日本海側はものすごく天気が悪くて、思うようにまかせませんでした。
太陽に当たる、当たらないは脳細胞に多大の影響を与えると思います。
今年はその反省の上に、春からヒマがあると近所の山に登って、風に吹かれて、鳥の声を聞きながら、ずっと空を見ています。飛行機雲とトンビの遠景以外、すべてが静止した世界で、こちらが静止していると、まわりで回転しているものの重量の音が聞こえてくるような気がして、それに耳をすますようにしています。

おっとっと、歯医者さんもね。
治療終了までは、まだまだ道遙か。負けるもんかいっ(涙)。