20067月の トンテンカン劇場

2006/7/26(水)『路地裏できらめくナイフの切っ先

2006年W杯の感想を少々書いておきます(いちおうサッカーファンを名のっている以上)。

日本が負けたとき(最終的にはブラジルに敗れて予選リーグ敗退が決まったとき)、ものすごくユ〜ウツな気分で、梅雨空を見上げながら、空までが泣いている…なんてセンチな気分で、今頃ブラジルやイングランドの人は青空の下で幸せに暮らしてるんだろうなあ、と羨ましかった。
ところが決勝トーナメントに入るとそのブラジルやイングランドやアルゼンチンやポルトガルやスペインが次々と敗退していったのだから、最後に残る一カ国以外はどこの国の人もみんな泣くさだめなのだ。やっぱりサッカーファンはマゾじゃないとやってられない。

ただ今回の日本はとてもイヤな負け方をした。
98年フランス大会が弱いから負けたとすると、今回は愚かだから負けた、というW杯に参加した国として一番してはいけない負け方だった。
ロジックではなく感情で動く人だと分かっていて、監督として経験がない人を代表監督に選んだ川淵さんには、ちゃんと責任を取っていただきたい。オシム氏に期待するのはそのあとでも遅くない。

でも2002コリアジャパンで予選リーグを突破したあと、決勝トーナメント一回戦でトルコに負けて、それ以上に行くためには選手の自主性が必要だ、と「選手に自由を与えるために」そういう監督を選んだ川淵さんの失敗は、それまでの「腐ったミカン」の失敗とは違って、「僕たちの失敗」なのだ、と日本のサッカーファンの憂鬱はとても深い。

たぶん優秀な管理統制型の監督を上に置いて、その戦術を驚異的高度経済成長を成し遂げた日本人の器用さと勤勉さと責任感で消化して、選手の自由ではなく、組織で戦うサッカーをやっていれば、運がよければ(ヒディングの作戦にせり勝てば?)予選リーグを突破して、決勝トーナメント一回戦で負けるくらいの成績は上げられたような気がする。
負けた相手には「シリコンチップ・サッカー」とか「ニンテンドー・サッカー」とか悪口を言われても。
「民主主義」や「資本主義」と同じように、サッカーも西欧から輸入された「舶来品」なのだから、富国強兵、殖産興業という明治時代のスローガンでもぶつぶつつぶやきながら、サッカーに関してもとうぶん模倣を繰り返すしかないのかもしれない。

今回、戦術という鎧(金のヨロイ、白銀のヨロイ、伝説のロトのヨロイ…^^;)無しにフィールドに立った無防備な選手たちを見て、勝ちたいという思いが見られなかった…といろいろな人が言ってたが、たしかにほかの国の選手と比べると、相手選手やボールに向かっていく姿勢がどうも根本的に違ってるな…と思いながら見ていた。いくら勝ちたいと思っていても、攻め込まれると相手とどう闘ったらいいのか、その方法が分からなくて途方に暮れてるように見えた。

何度も言うが、最近私は神道ニストになった(神道シャンじゃないよね)。
日本人は伝統的にワケヘダテがない。
つまり山とか、川とか、石とか、カエルとかと自分とのさかい目がなくて、山とか石とかカエルとかに「カミ」を見たり、容易に自己同化できたりする。だから日本神道は「宗教」というよりは、風土から生まれる「宗教的感情」とか「宗教的情緒」とかいうものだろうが、そういう感覚は現代日本にもしっかり残っていて(ものすごいスピードで消え去りつつあるが)、たとえば言霊(ことだま)。いちど口に出すと、それが実現して縁起が悪い。原子力発電所は絶対事故を起こさないから、事故が起きたときのマニュアルを作ると、事故が起きそうで縁起が悪い…(笑)。科学技術を誇る私たちの日常生活は、そういう情緒的レベルで今でも支配されていて、日本人は無宗教だと言われるが、意識下のレベルではとても宗教的な民族だ。と宮脇昭先生も言っておられる意見に、私も賛成する。

山とか川とか石とかに感情移入するくらいワケヘダテがないんだから、自分と他人との境界にも自覚がない。みんなで川から水を引き、みんなで順番に田植えを手伝い、みんなで協力しあってわらぶき屋根の張り替えをし、みんなで「どうか台風が来ませんように」と祈るためには、「自分」とはなにか、「他人」とどう違うかなんてことは考える必要がない。

自己と他者、主観と客観、の区別が、たぶん西洋社会の根幹にあるような気がする。
そういう社会のなかで生きていくことは、他人と対立するか融和するかという緊張の糸が張りめぐらされた「関係性」の中を、いつも選択を迫られながら渡っていくことだから、そういう綱渡りに慣れた人々はフィールドに立ったとき、ポン!と攻撃性の方にスイッチを入れて「敵」との臨戦態勢に入ることができるのではないか。
ようするに、西洋社会は自己と他者のあいだで永遠に続く闘争なのだ。

日本に「精神分析」が根付かないのはなぜだろうとずっと不思議に思っていたが、その理由も同じところから出ているような気がする。
日本の医学部の精神科は神経組織の生理的研究と抑うつ剤の薬理的研究だけで、フロイト、ユングの精神分析は文学部(!)の課目になる。だから精神分析を学ぼうとする医師は、河合隼雄先生のようにアメリカやヨーロッパの研究機関に留学することになるのだが、フロイト、ユングの知識なしにカウンセリングの教育をすると「対症療法」だけで、根本的治療はできないと思うんだけどなあ…。じっさい日本の精神衛生の環境は先進国の中ではかなり遅れていると思う。

これは日本ではひとりひとりが違う「こころ」を持っている、という意識がなくて、みんながひとつの大きな「集団無意識」の一部として暮らしているからじゃないだろうか。家とか、会社とか、国とか…。
「個」が切れていない、という言い方もできるのかもしれない。

サッカーをしていても、国の運命をかけて外交をしているときも、ひとつの集団無意識の部品として動くから、自分と違う「他者」という存在を意識できず、その結果、状況判断は間違えるし、どうやって対応したらいいかという想像力も働かない。しかも困ったことに判断を間違えて失敗した、と思うと、現実から逃げて集団幻想という「ファンタジー」に逃げ込む。第二次世界大戦という勝つ見込みのない戦争を無計画に始めて、その遂行に失敗したことが最悪の例だが、負けたあとに「戦争さえしなければいい」という一国平和主義に逃げ込んだことも、現実を見ない逆向きの「ファンタジー」だった。

中田くんが昭和初期に軍人だったら(彼は実業家にも向いてるが、政治家や軍人にも向いてると思う)、当時の世界情勢を計算して、アジアから取れるものだけ取って、アメリカやヨーロッパとはうま〜く対立を避けて、日本の利益を最大限に延ばそうとしただろう。
中田くんのような軍人が100人いれば、の話だけどさ。
70年後にこのW杯を最後に引退した中田くんでさえ、相手チーム以外のいろいろなものとこれまでずっと戦わなければならなかったのだから(日本のヒーローでありながら、彼は「日本」とも戦い続けてきた。本当にお疲れさまですm(_ _)m)、70年前に100人いるわけもなくて、あの戦争の対処に失敗したことはしようがない。
っと。今は70年後にW杯の予選リーグでなぜ敗退したかという話をしているのだ。

決勝トーナメント一回戦のフランス対スペイン戦は印象的だった。
98年のフランスW杯ではデュシャンやプティがいて、白黒半々の「多国籍軍」という名にふさわしいチームで優勝した。今回のフランスは黒人ばかりで、ジダ〜ンはアルジェリア系だから、うわっ、完全に移民のチームになっちゃった〜!
予選リーグのフランスは調子が悪くて(なにしろベテランばかりの高齢化チーム)、みんな破壊力抜群の攻撃的スペインが勝つと思っていた。
ドトウのように攻め込むスペインが先取点を取ると、フランスは「やるな、若いの、だがオレを誰だと思ってるんだい?」とニヤッと笑った(ように見えた)。押されても引かない、まったくあわてない。腰をためて、相手の出方をうかがい、そのうしろにナイフをチラチラさせた(ように見えた)。スペインは二点目を取ろうとつぎつぎと攻撃をくり出すが 、フランスのディフェンスはビクとも崩れない。スペインが焦ってスキを見せると、そこだっ!とばかりにいっせいに襲いかかる。スペインが必死でそのナイフを払い落とすと、またスッとうしろに引いてチラチラと様子をうかがう。
そこにジダ〜ンが絶妙のボールさばきを見せる。そうだ、オレたちにはヒーローがいる。路地裏から生まれた奇跡、神に愛された男、こいつがいるかぎり、オレたちは負けない!とフランスチームの心が一つになるのが、見ていて分かった。リベリー(白人だが、スカーフェイス。若いのに、今までとっても苦労してそう)に同点にされたあと、スペインは浮き足立って、フランスにいいように料理されて、3-1でフランスが勝った。

この試合のフランスは強いチームというより、怖いチームだった。こういうチームとは日本は対戦してほしくない。相手にならない。
スペインはワザに溺れたお坊っちゃんみたいで、レベルが違うことは分かっているが、なんだか日本と重なってみえた。
スペインも昔から精神力が弱いといわれている。ラテン気質のせいか執着性がなくて、自国のリーグで活躍している選手ばかりなので、ウチ弁慶なのだそうだ。やっぱり日本に似ている。

フランスはこのあとブラジル、ポルトガルを下して決勝に進出して、その決勝でジダ〜ンは頭突きをして、PK戦でフランスはイタリアに敗れた。
録画に取ってあるが、マテラッツィの喜ぶシーンを見たくないので(ニュースでさんざ見た)、たぶん見ないまま、上になにかダビングして消すだろう。

しょせんサッカーなんてものは、一神教の祭りだ。
ブラジルとアルゼンチンが特別ゲストのヨーロッパ選手権みたいな決勝トーナメントを見ながら、そう思った。
そしてサッカースタジアムはヨーロッパという厳しい階級社会のなかで、裏町の貧しい不良少年にセレブへとはい上がるチャンスを与える、現代のコロッセオ(闘技場)であり(ベンツの重役になったり、アムステルダムのダイヤモンド王の娘と結婚したりする)、選手たちは金と名誉と自由を求めて闘う「グラディエーター」の子孫であり、サッカーなんて「パンと見せ物」を求める観客たちにその日その日のウサ晴らしを提供する、支配階級のガス抜きの道具でしかないのだ。

だとすれば、ヤオヨロズのカミを信奉するGDP第二位の国の人間には、サッカーなんか負けようが、弱かろうが、関わりのない話なのだ。
はっはっは(なんだか虚しい笑い声)。

しかし、自分がやるべきことを心得て、それをキチッとやったうえで、惜しくも負けて去っていくあまたの選手たちを見ていると(余計なこともちょっとやった方が、ベスト8以上に行くには必要な気もするのだが…イングランド〜)、この国がGDP第二位なのに、あまり幸せであるように思えないのは、なにをやり、なにをやってはいけないかを自分で判断することができない、今のこの国の在りように原因があるのではないか、とも思うのだ。

98年に私がしばらく暮らしたパリの移民街のベルヴィルでは、午前中から子供たちが地下鉄の駅のエスカレーターの手すりで遊んでいて(学校は?)、セーヌ川の橋を渡ってカルチェ・ラタンへ行くと、未来のフランスを支配する名門リセの学生たちはみんな白かった。
自由・平等・博愛を高らかに歌いながら、力が強いものが弱いものを支配する矛盾があからさまに路上に放り出されているのがヨーロッパだ。
そしてナイーブで争いごとが嫌いなこころ優しい日本人は、臭いものにはそっと上着をかけて見えないようにして、知らん顔してそのワキを通り過ぎる。

西洋人のタフさを見習うのもいいかもしれないし、ウチにこもって自分たちの純粋性を大事にするのもいいかもしれない。解答はないし、解決法もない。この世界が人道主義や善意や慈悲で動いているのではない以上、自分たちがいつか支配される側に立たされないように、これからも戦い続けて、勝ち続けていくしかない。

「勝つ」というのは順列をつけることではなくて、それぞれの人がそれぞれの知性と感情で自分の責任を果たしていく、という意味で使っています。中田くんが言った「誇り」というのも、きっとそういう意味だろうと私は思っている。

 

2006/7/15(土)『W杯は遠く過ぎにけり

またまた長く留守してしまい、申し訳ありません。
日本の予選リーグ敗退のショックで寝込んでしまい…。
というのはウソで、〆切でずっと原稿と格闘しておりました。
やっと〆切が終わった…と思ったら、W杯も終わっていました。たはは〜。
いちおうビデオは撮って、昼食を食べながら前半戦を見て、夕食を食べながら後半戦を見て…てやってたんですが、結果が分かっているサッカーのビデオを見ることほどつまらないことはないし、土壇場になれば人サマの戦いより自分の戦いの方に必死です。
2006ドイツW杯はなんだかよく分からないまま終わってしまったなあ…。
しょうがない。仕事を先行させられなかった私が悪い。

去年の夏に「幻燈港町」を描いたときから、私は原稿用紙をKMKケント紙からIC(アイシー)の漫画原稿用紙に変えたんですが、この原稿用紙、とても使いやすい!
とくにGペンの動きが滑らかで、印刷にもキレイに出るようです。
アイシーは漫画画材専門の会社で、最初の頃は質が悪いといわれてましたが、レトラセットのスクリーントーンがもともと建築パースなどのデザイン用だったのに比べ、 漫画に使いやすいようにどんどん改良していって、それに押されたレトラのスクリーントーンは今や青息吐息。
それでもレトラの60番台や1200番台のアミトーンの品の良さはアイシーのアミトーンには無いもので、漫画家はどういうトーンで画面を埋めて、どういうニュアンスの画面を作り出すかにフェティッシュにこだわるので、レトラのアミトーンの品格をこよなく愛する作家さんもいて、彼らが不本意ながらもアイシーを使い始めるのを見ると(ノリの質の劣化とかで)、ああ、画面が変わったなあと、ちょっと寂しく思ったりもする。もうちょっとがんばって欲しかったなあ、レトラ…。

とにかく今のところアイシーの品質への向上心は、上がったところは見てるが、下がったところを見たことがない。実に優秀な管理者を置いています。昨今韓国や中国で漫画を描く人が増えていると聞きますが、彼らはどんな道具を使って漫画を描いているんだろう?と考えると、たぶんこういう会社はアジアでも手に入るシステムを組んでるんだろうけど、きっとみんな日本に画材を買いに行きたい…!と夢見てるんじゃないかな?海外のオタクが「聖地」としてアキバに憧れるように、私も外国で漫画を描いてたら、いつか新宿の「世界堂」に行って(美大やデザインスクールの学生やプロの人でいつも賑わっている画材店ですが、たぶん世界で一番大きな画材店だと思う)、思うさま、好きなだけ、トーンやペン先やいろんな画材を山ほど買い込みたい…!と夢みるだろう。
道具とか部品とかがズラッと並んでるのを見ると、あれを使ってみようとかこれを使ってみたらどうなるだろうとか考えて、いろんなことをしたくなって、刺激を受けて楽しいですね。道具で腕が良くなるワケじゃないけど(笑)。アキバとかハンズとかロフトとか、日本にはこういう部品の市場がたくさんあるので、きっとものを作るのが大好きな国なんだろうな。

アイシーの原稿用紙は使い易いんですが、これまで使っていたKMKケント紙と比べると、やはり模造紙だからか、丸ペンが使いにくい。これからも機会があればKMKケントを試して、調子がいいようならそれに戻りたいと思ってるんですが、ふ〜っ、近所に画材店がないので、ちょい買いはなかなか出来ないので、ムツカシイところです。

今回背景は入ったが、やっぱり主人公の服にトーンを張ってあげられなかったことが心残りです。
前回はネームが上がったのが〆切ギリギリで、原稿はGペンで主線(おもせん)を入れるのがせい一杯で、背景どころかわき役の髪のベタも塗れないままアップした、という悲惨な状況でした。
すいません。「ジークフリート」も最初の頃はど〜も「世界」が不安定で、単行本になるとき「第二話」は全部描き直したのですが、この第一話もコミックスになるときはぜんぶ描き直すつもりです。

漫画を描くときは、町を作ったり、人物たちがそこで動く環境をセッティングしないと、主役の顔もちゃんと決まらないし、私自身がその中に入り込めないんですが、今回の話で重要なのはこの町と錬金術師エクトールが住んでる幽霊屋敷のようなボロ家なのですが、ホントは設計図を描いてジオラマを作る、くらいのことはやりたい。
建築設計士の方は設計図を書いたあと、それを起こしてドールハウスみたいな模型を作るようですが、映画や舞台の美術をやる方もそういう模型を作って、演出家とここをこうしたら、ああしたらと打ち合わせをしているのを見たことがありますが、まあ私はプラモデルやジオラマ趣味はないのでそこまではやりませんが、頭にあるイメージを絵に描いたものと設計図くらいは作っておきたい。じゃないと登場人物が自由に動いてくれない。
小説家もそうでしょうけど、漫画家も監督、美術、演技などをぜんぶ一人でやる仕事なので、じつはそういうことを考える方が漫画を描くより楽しかったりする(笑)。

私の描く錬金術師(というかルネサンス期の人文主義者、ですね)は、どうもみんな料理が得意のようです。
これは作者の食いしん坊が乗り移ったのではなく(それもある?)、料理こそ錬金術ではないか、と思っているからです。

最初に私が描いた(ん十年前)錬金術師のアエリア・ラエリア・クリスピスはあまり料理をしなかった。
どころか、あの頃私は作品の中にあまり食事シーンを描かなかった。
デビューしてすぐの頃は若くて、朝昼晩カップラーメンでも徹夜で仕事できて、食事に関心がなかったからだと思います。
今は…カップラーメンどころか、コンビニの弁当でも気分が悪くなって仕事にならない(大げさ、大げさ)。数年前小腹がすいたから久しぶりにマ○ドでも、と一口食べたとたん吐き出して、そのままダストボックスに捨てた。食べ物を捨てるなんて一番やりたくないことを私にさせるなんて…と、以来ファストフード店には近寄らなかったんですが、先日食べたモスは美味しかったなあ。人生いろいろ、ファストフードもいろいろ…。
とにかく年をとるとホントに食べ物に対して敏感になります。マイナスイオンやアルファ波も、まるで目で見えるくらいはっきりと体で感じる。とくに以前しょうゆ蔵に入ったときにものすごく気持ち良くなって、この空間にいったいなにが漂っているんだろうと感動したのがきっかけで、醗酵ってすごいなあと思うようになった。パンもヨーグルトも日本酒もワインも堆肥作りも、微生物の力で物質を変換させる。変換しながら大宇宙の神秘は回っている。
これこそ錬金術でございます。