20054月の トンテンカン劇場

2005/4/2(土)『使用道具の歴史的変遷と「まとめ買い」の悲劇について

たまには漫画家らしいことも書いてみようと、私が漫画を描くために使う道具とその歴史的変遷についてちょっと書いてみます。

漫画家が頭にあるイメージを絵として表現しようとすると、ペンを使って紙に描くワケですが、漫画を描くために使う道具は単に原稿を描くのに使うだけでなく、自分の頭の中にあるイメージにどうやったらもっとよりよい形を与えられるだろうかという悩みを助けてくれて、一緒に〆切という地獄を抜けてゴールまで駆け込む二人三脚の大事な相棒でもあります。

デビューしたばかりのころ、私はジロットの丸ペン(Made in おフランス)で人物線を描いておりました。というのは以前にも書きましたが。
30年ほど前のジロットの丸ペンは力を入れると太い線、力を抜くと極細の線が引けて、筆圧のない私でもメリハリのある人物線が描けて、そのまま細い線で背景も描けるというとても重宝なペン先でしたが、いつの間にか品質低下して使いものにならなくなりました…(涙)。

それからはオールマイティーで過不足なしのスタンダードな品質を誇るゼブラの丸ペンで主線を描いていましたが、何がきっかけだったか今では忘れてしまいましたが、或る日タチカワの丸ペンを使い出して、これが丸ペンのくせにまったく紙に引っかからないとっても使いやすい丸ペンだったので、それでぐいぐい力を入れて人物線を引くようになって、「Shang-hai 1945」の原稿がキレイなのはこのペン先のおかげもあります。
「Shang-hai 1945」が終わる頃にタチカワの丸ペン先の買い置きが切れて、私は一生このペン先で原稿が描けるようにまとめ買いしよう!と注文を出しました。

ペン先はふつう36本入った小さい箱が4つ大きな箱に入って36本×4箱=144本で1グロスという単位になりますが、タチカワの丸ペンの1グロス(144本)×10箱=1440本入りというボール紙の大箱を注文しました。こういうのは問屋しか扱いません(笑)。

タチカワの丸ペンはそれまでタテ3×ヨコ5×高さ1.5センチくらいのいかにも「西洋文具」〜!という感じのレモンイエローのレトロな紙製の箱に(紙でできたものが好きなの^^;)ハトロン紙にくるまれて1グロス144本のペン先が入っていて、とっても可愛かったのですが、私の手元に届いたのはオレンジ色の36本入りの小箱が四つプラスチックの箱に入っている、今画材店で売っているのと同じタイプのもので、それがボール紙の箱に10個入っていて「あら、パッケージが変わったのね」と使ってみたら、これが紙につきささりまくってまったく使いものにならないペン先でした…!

ほんの数ヶ月注文が遅れたせいで、使いものにならない丸ペン先を10グロス抱えるハメになって、丸ペンは細くて製造が難しいせいかGペンより高くて一箱1万円だったので、10万円ドブに捨てたことになって、もう悔しくて、悔しくて、いまだに捨てられなくてその辺の引き出しに入っています(笑)。いつかあらゆる丸ペンがこれよりひどい品質になる日が来たらこれを使ってやろうと思ってるんですが、ゼブラもタチカワもそれなりにがんばっていて当分その日は来そうにないので、いいかげん捨てようと思うんですが、これ金属ゴミ?それとも埋め立てゴミ…?

タチカワの丸ペンはそのあとちょっと持ち直して、それからも上がったり下がったり品質が乱高下しています。時々画材屋さんの店頭で数本買って、使いものになるときはそれで主線を引いているんですが(ゼブラの丸ペンより私には使いやすい)、品質が戻った!…と慌てて画材店に走って買ってくると、今度は使いものにならなかったりして、怖くてまとめ買いができません。20年前のあの時の数ヶ月前に買っていれば、私は今でもスーペリオールでハイ・クオリティのタチカワ丸ペンで原稿を描いていたのに…と思うと、悔しくて涙が出ます(ペン先は時間がたっても品質劣化しません)。

オールマイティーで誰にでも使いやすいスタンダードなゼブラですが、あれは十年くらい前だったかなあ。ゼブラの丸ペンが品質低下で使いものにならなくなったことがあります。ペン先って割れてますよね?この割れたセンが中央から横にズレてる不良品がハコにざくざく入っていた。

こ〜ゆ〜カンジで中心線がズレていた。
万年筆のペン先って割れてますよね。その割れ目が1、2ミリ横にズレているところを想像して下さい。まともなセンが引けるわけありません。

あの時はそこいら中の漫画家(とアシスタント)がみんな悲鳴を上げて、漫画界は阿鼻叫喚の地獄と化しました(大げさ?)。

私はゼブラの丸ペンもかなり前に1グロス×10個入りの大箱を買ってたので被害を受けなかったんですが、ゼブラはたぶん漫画界で使っている人が一番多いメーカーで、不良品を売り続けた数ヶ月、みんなほんとうに途方に暮れていました。なによりこれから永遠にこの品質だったらどうしよう、漫画文化はもう終わりだ…という恐怖感と閉塞感が漫画界をおおっていたように思います。
そのあと品質が戻って漫画界は無事危機を脱したのですが、一昨年の秋頃に今度はゼブラのGペンが品切れを起こして、そこいら中の画材店に「メーカーの都合で春頃まで入荷しません」というアナウンスが張り出されて、今回は私も切れていたので場末の文房具屋を回ってほこりをかぶったバラ売りのゼブラのGペンを買い漁ったんですが、みんなが一番心配してたのは、再発売されたときに品質が低下していたらどうしよう…ということでした。

ところが再発売されたゼブラのGペンは以前より品質アップしていました。 品切れの間、機械の掃除でもしていたのだろうか、それとも新しい機械を入れたのか…?
どちらにしても、ゼブラ、偉い!
有名な一グロス買うと箱の中にカードが入っていて、それを集めて送るとパンティストッキングがもらえる!というサービスもグレードアップして、これからはシャーボももらえるようになりました。6,7千円するグロスを100箱買ってシャーボを欲しがる人がいるかどうか知りませんが…。パンティストッキングをもらった人の話も私は聞いたことがない。きっと昭和20年代に始まったサービスなんだろうなぁ…。

紙に関してはこれまでトラブルが無くて、3年前にKMKケント紙を買ってその品質が変わっていた時には正直驚きました。ここまできたか…というカンジだったかもしれません。
なにかショックを受けたとき人は気のせい気のせい、とか思って、今のは見なかったことにしよう…って記憶から消そうとしますが、私も去年ムカデを見たとき、気のせい気のせい、ムカデなんか見なかったことにしよう…って一瞬思ったんですが、そうするとこのあともっと悪い状態になるな…と思って薬屋さんにムカデ・キンチョールを買いに走りましたが、あのケント紙を前にしたときもそういう心境だったのかもしれません。

先日使いものにならない不良ケント紙を捨てようとしたんですが、まっサラのB4サイズの紙を500枚ほど回収業者に持ち込むなんて環境問題に真っ向からケンカ売るようなもので(それもあってちょっと具合が悪くても使い続けようと思ったんですが…)、その時「そうだ、近所に幼稚園がある!」と思い出した。「あの〜、紙、いりませんか〜?」とズルズル持ち込んだら、大喜びで引き取っていただけました。よかった〜!あの紙たちはこれから園児たちのクレヨンや色鉛筆でいろどられて、そのあと再生に回されるのです。メデタシメデタシ。

新しくKMKケント紙を買って試してみたんですが、3年前私が買ったケントよりはマシな状態でした。さすがに使いものにならないと抗議が殺到したのか(笑)。でも以前のKMKの状態には戻っていないような気がして、これは作品を描いてみないと分からない。
アイシーの上質紙が使いやすいのならこれからそれを使えばいいのに…なんですが、漫画家の作業はまず人物線を描く、丸ペンで背景を描く、カケアミを描く、定規に持ち替えて集中線を引く、マジックに持ち替えて効果を描く、筆に持ち替えてベタを塗る、はみ出たところにホワイトを塗る、右手にトーンカッターを持って左手でトーンを押さえて切り抜く、切り抜いたあとのトーンのかけらを原稿からはがしてゴミ箱に捨てる…いろんな道具をいろんな技術を使って同時並行的に行うので、ちょっと描いてみたくらいではその紙の正体と自分との相性は分からない。
紙が漫画家にとって大事なものであるからこそ、こちらも本気を出して向かわないと、あちらも正体を現さない、ということかもしれません。

人が漫画を描こうと思ったとき、まず上質紙かケント紙かを選びます。
私がなぜケント紙を選んだかは…はは、そんな昔のこと覚えてるわけないでしょ〜(笑)。
たぶん手塚さんや石森さんの「漫画家入門」を読んで、漫画を描くには上質紙かケント紙が必要なんだなって思って、近所の紙屋さんで「ありますか?」って聞いて、あった紙を買ってきてそれを使ったのが始まりだったと思うんですが、最近金沢の町中にはまともな画材屋さんが無くなったので、今漫画家を目指す人は選択肢が少なくなって大変かもしれない。

上質紙の方がすべすべしていてペンが引っかからなくてキレイな線が引けるので、それにゼブラのGペンで描くとホントにすいすいスムーズな線が引ける最強の組み合わせなんですが、私は昔から上質紙が苦手です。
どうも私は紙にペンを走らせる前に、これから描く対象の「質量」はどのくらいだろう?と右手を止めて計りながら絵を描くみたいで、上質紙はペンが走りすぎて「質量」を計る前に手が動いてスルスルと線を引いてしまって、おっとっと、これは私が描きたい絵じゃない、とあとで思うことが多くて、ペンの動きを少し止めてくれるせいか、ケント紙の方が私が引きたい線が引けるようです。
KMKケント紙はデザインや製図用に使われる紙で、たしか内田善美さんや魔夜峰央さんがKMKケント紙だったと思うんですが…私の思い違いだったら、ごめんなさい、です。
線を思い切り流すのではなく、線を止めながら絵を描く人がこの紙を使うような気がします。

今はいろんな画材メーカーが周囲に目盛りを印刷した上質紙を50枚ほどセロファン袋に入れて、それをアニメイトなどで大々的に売っているので、みんなそれを使うんだろうな。今どきKMKケント紙なんて使うのは私くらいかもしれない。と思っていたら「鋼の錬金術師」の方がKMKケント紙を使ってる、というのをどこかで見て、そういえばあのキッと止めたシャープな線はデザイン的かもしれない。「鋼」の方がKMKケントを使っておられるということは、今でもKMKを使っている人はけっこういるのかな?人物線はゼブラのGペン、背景効果はゼブラの丸ペンだそうですが、一番ナチュラルな組み合わせですね。

画材メーカーが出している上質紙は周囲に薄い青のインクで(印刷に出ないように)定規の目盛りが印刷されていて、これがあるといちいち計らなくても平行線や背景のパースが取れるのでとても便利なんですが、漫画家の中にはお気に入りのケント紙や上質紙を紙問屋さんで買って、それを印刷所に回して定規線を印刷してもらう方もおられます(もちろん大量でないとダメですヨ)。 周囲の定規線を入れた「印刷用原稿用紙」を自分で一枚作って、それを指定したインクで印刷所で印刷してもらうのですが、その時原稿のスミに自分で描いたイラストを入れてオリジナル原稿を作る漫画家さんもおられます。これがとってもカワイイんですよ〜!

昭和初期の有名な小説家さんたちは銀座や神田のお気に入りの文具メーカー(丸善、伊東屋、満寿屋etc.)の原稿用紙に自分の名前を印刷してもらって、その原稿用紙にペンを走らせていたそうですが、その気持ち、分かるなあ。小説を書くときもこの万年筆じゃないと書けない、この紙じゃないと書き心地が悪い、自分の名前が入っている原稿用紙を前にすると、それがどんなに白くてもそこに自分の世界が広がっているのが見えて、きっと筆が進んだことでしょう。
私も一度オリジナル原稿を作ったことがあるんですが、その原稿を今見返すと「ああ、私の原稿だな…」ってすごく愛着が湧いてくる。

漫画を描く前の段階のストーリーやハコ書きやシナリオを書く用紙は、むかし大学の生協で売っていたオリジナル・レポート用紙がとても書きやすかったので、卒業したあとも学生のふりをしてこっそり買いに行ってたんですが(笑)、金沢に帰ってからはリーガル・パッドを愛用してます。
これはアメリカの大学生がレポートを書く時に使う紙なのかな?
「フィラデルフィア」のトム・ハンクスや「マトリクス」のキアヌ・リーヴスが使っているのを見て、キャッ、同じ〜!と飛び上がって喜びましたが、日本のレポート用紙より一回り大きくてスミからスミまで罫線が引かれているので、その広い画面がセリフやト書きを書いたあとに修正を付け加えたりセリフを書き足したりするのにとても便利。日本では伊東屋さんが輸入してるようですが、これも時々手に入らなくなったり、紙の黄色が蛍光色になったりして品質劣化するので困っています。

去年、久しぶりにカラー用のBBケントボードを買ったんですが、これもなんだか繊維がちょっとオカシくて、絵の具をペタペタと塗り重ねているうちにシミになって「あれ、今まで絵の具がこんなにじみ方したことないのに?」と思ったんですが、その時は私の絵の具の使い方がまずかったのかな、水を多く使いすぎたのかな?と思ったんですが、私は30年以上BBケントを使ってきて、絵の具やカラーインクを30年ペタペタ塗り重ねてきたんですが、ボードにこんなシミが出たことは初めての経験でした。
「歌舞伎」のカラーイラストや「危険な席」の見開き表紙がそのシミの出たカラー原稿ですが、私はにじみを多用して塗りの汚さを個性とするカラーを身上としているので(笑)、ワザと作ったシミとして誤魔化したんですが、カラーインクで大きな画面を均一にキレイに塗る漫画家さんやデザイナーさんは大変だったかもしれない。
でもそいう方は単色でサッと塗って、私みたいに何重にもペタペタ絵の具を塗り重ねたりしないから、被害はなかったかもしれない(^^;)。

KMKケント紙もBBケントボードも作っているのはどちらもミューズ。BBケントは有名な英国製の水彩用紙ですが、それをボードにして売っているのはミューズ。日本の画材の紙方面の唯一無二の最高峰メーカー。
私はデビュー前からミューズの紙とボ−ドを使っていますが、この30年無かったトラブルがこの二、三年で起こっているということは、新しく工場を建てたのかなあ 。大事な部署の方が定年退職されたのかなあ。社長さんが替わって営業ポリシーが変わったのかなあ…。

画材に関しては、ユーザーの立場はとても弱い。
画材というのは限られた人しか使わないマイナーな商品で、帳簿をペンで付けていたひとむかし前なら事務用品として売れていたものも、帳簿を付けるのがボールペンになり、とくに最近はパソコンの普及で紙や筆や絵の具を使わないデザイナーさんも増えて、「商売」としてはますますワリに合わなくなっている。小さな企業が、あるいは大企業のスミッコの日の当たらない部署が細々と作って売っているところでは、それまですべてを差配して品質を守ってきた人が一人辞めたら、ぜんぶガラガラと崩れてしまう。

だから私たちは「職人さん」のハートを信じているし、その技術とプライドがこの世界を回していると思っているし、それがこれからも続いてほしいと心から願っている。「職人さん」の技術とプライドが消えたら、この世界からいろんなものが一緒に消えるだろうことを知っているから。
私たち自身が「職人」である編集さんの助けが無ければ何もできなくて、印刷所の「職人」さんたちによって見ていただく形を与えていただいて、その日その日を送っている零細「職人」だから。

消える、といえば輪島塗ですが。
陶器といえばチャイナ、ウルシといえばジャパン。というくらい世界に誇る日本の漆器のなかでも能登の輪島塗は最高級品としてそのクオリティを誇りますが、しばらく前にTVの地方ニュースで見たんですが、ウルシの上に草花などの絵を金泥で描きますね。それを描く筆は琵琶湖のアシの原に住む水鳥(ネズミだったか?)の毛から作っていたそうで、それを採って筆を作っていた職人さんがいなくなったとかで、輪島塗の職人さんたちが額を寄せ合って「このままだと輪島塗はおしまいだ…」と途方に暮れているところに、東京の筆メーカーさんがやって来て「自分のところのナイロン筆を使ってくれないか?」「ありがたい、ぜひ!」と試行錯誤して研究を重ねたんですが、スッと筆を置いてクッと力を入れて曲線を描いて再びスッと消え入るように離す、最後のところは毛一本で描くくらいの細さになる。その「毛一本」の感覚をナイロン筆ではどうしても出せなくて、プロジェクトは失敗して、今は中国のアシの原でその水鳥(ネズミ?)を採って筆を作る職人さんを育てようとしているそうです。成功することを心から祈ります。
輪島塗を買う予定はないけれど、旅館や料亭やお金持ちのお家を飾るあのツヤツヤと華麗に美しい輪島塗の屏風や調度が、考古学的骨董品として美術館でしか見られなくなったらとても寂しいですから。