2004年9月のトンテンカン劇場

2004/9/14(火)『奥飛騨慕情:日本アルプス縦断旅行』

大雨は降る、猛暑でグッタリ疲れる、あげくの果てに台風が毎週上陸する…、なんだかとても疲れる夏でしたが、みなさま方には被害もなくつつがなくお過ごしになられましたでしょうか?

私は夏の終わりに郡上八幡の盆踊りに行って参りました。
昨年からずっと行きたいと思っていたんですよ。
盆踊りに取り憑かれたキッカケはTONTENKAN劇場の2003/5/10(土)『「お祭り」の正しい設計図』を読んで下さいませ。
八尾の「風の盆」も有名ですが、郡上八幡も7月に始まって9月上旬の「踊り収め」まで、週末ごとに町のあちこちの会場(神社の境内や町の四つ角で)で盆踊りをします。「春駒」七両三分のはるこま、はるこま〜、や「かわさき」ハア〜、トンデンセ〜などで町の人が踊る。観光客も踊る。お盆の8月15日前後は朝まで徹夜踊りをするそうで、観光客はこの時が一番多いそうですが、私が行ったのはそのあとの20、21日です。

日本アルプス縦断というのはべつに夏山登山をしたわけじゃなくて、郡上八幡というのは岐阜県の真ん中にあるんですが、だいたい金沢人というのは東京へ出るときに日本アルプスを避けて新潟をぐるっと回って南下するか、京都、名古屋方面に下りて東海道に出て東上するかで、岐阜と長野県は行ったことがない人が多い(と思う)ブラックボックス。東京ばかりが近くて、近いところに行きにくいのはおかしい…!とつねひごろから疑問に思っている私は、インターネットの「一番近い路線案内」検索で出た名古屋行き特急「しらさぎ」に乗って岐阜で降りて、それから高山線でぐるっと回り込んで美濃太田で長良川鉄道に乗り換えて北上するという経路(5時間かかる)を、「遠回りしすぎる!」と即、却下。バスと電車を乗り継いでなんとしても郡上八幡に行ってやるわい!と、朝早く「高山行き」高速バスで金沢駅を出発(この金沢駅、最近トンデモナイことになってるんですが、その話を始めると長くなるので、いずれ機会を見てじっくりしたいと思います)。肩にかけたカバンにはこの日のためにタンスを上へ下へとひっくり返してやっと見つけた大昔に母が作ってくれたけど一度も着たことがない浴衣と、新しく買った下駄が入っています。

バスは北陸自動車道を通って富山県の砺波インターチェンジを降り、一時間半で白川郷(合掌造りで有名!)に着きました。ここからJR高山線と長良川鉄道を乗り継いで郡上に行く予定だったのが、アタクシが白川郷と白川口の駅名を読み違えていたことが分かって、予定はガラガラ大崩壊。知らないとこへ行くときはちゃんと地図で調べてから行けよ〜。なんですが、みなさんけっこう今でも中学時代の「日本地図帳」を大事に使ってません?アレ、実家なんですよね…。
そのままバスに乗って、アタクシこのまま日本アルプスの真ん中で遭難するのかしら…って思いながら次の荘川駅でバスを降りたら、目の前に岐阜バス「郡上八幡行き」の表示がデデ〜ンと立っておりました!
人生、なんとかなるもんさ(^^;)v。
登山はせず(^^;)、日本アルプスの谷川沿いにゆっくりゆっくり走る荘川発、郡上八幡行きの岐阜バス。おじいさんやおばあさんや女子高生や男子高生(部活らしい)が乗っては降り、降りては乗るのを見ながら、二時間かかってやっと郡上八幡に着きました。
私の旅行はいつもこんなふうにいいかげんです。行き当たりばったり、出たとこ勝負。ヨーロッパもこうやって渡ってきた。ルートと予定を外れたところには、ガイドブックに載っていない出会いがある。そりゃイタイ目に会うこともあるけどさ(くすん)、今回はなんとか無事に郡上八幡に着けたのでメデタシメデタシ。

郡上八幡は橋の上から子供たちが(長良川に合流する直前の吉田川にかかった橋の上から)飛び込むところがよくTVの季節ニュースで流れますが、テレビの画面にとらえられないところでもみんな水着を着て泳いでいて、かなり激しい流れの岩場でも子供たちだけで遊んでいるのを見て、危ないなあと思ったが、平気で遊んでいる彼らはなんてワイルドでたくましいんだろうと感動したし(郡上八幡にカナズチはいないと思う)、たぶん近所の人たちがいつも町や川を見ていて何かあったらきっと助けるんだろうと思うし、これは踊りのときも感じました。盆踊りが上手いのはとにかく年配の人たちで、そういう人たちが踊りながらときどき輪の外に出て休みながらエラソーに辺りをへーゲーしている。これじゃ悪いことは出来ない(笑)。

二十日の「宗祇水」と二十一日の「八幡神社」で行われる盆踊りに行ったんですが、唄と囃子が5、6人のった屋台が広場の真ん中に立って、つぎつぎと郡上八幡の盆踊り唄を唄います。最初は「民謡保存会」の中学生くらいの子供たちで、更けてくると年配の人たちに変わって、そうするとノリがまったく違って、すっごく踊りやすい。屋台のそばだとナマ音なんですが、ちょっと離れるとマイク音になって、これだと踊りにくいので、なるべく屋台に近づこうとするんですが、人の波がすごくてはじき出されて、列から外れて休みながら「あ〜あ」ってため息をつく。でも負けるもんかってハップンして、いい先生がいないかって目を皿のようにして探す。つまりその踊りを真似したら自分も踊れそうな上手い踊り手。たいがいは年配の男の人。そういう人を見つけると、よしって飛び出して、後について踊り出す。「風の盆」は男踊りと女踊りが違うんですが、郡上八幡はおんなじで、どうも男の人のほうが上手くてキレイに踊る。そういう人を一生懸命マネしていると、「観光客なの?」って懇切丁寧に教えていただけたりする(^^;)。
「かわさき」(トンデンセー)と「春駒」がナントカ踊れるようになりました。といっても地元の人にはあんなの踊りじゃないと笑われるだろうけど。郡上踊りにはほかにも「げんげんばらばら」とか「はっちく」とかいろいろあって、どれも単純な踊りなんですが、二日で覚えられるのはこれが限度でした。

こんなふうに年齢も仕事も超えて近所や遠くから人が集まって輪の中に入って一緒に踊ったり、輪の外で休みながら踊ってる人を眺めて友人や知らない人とおしゃべりする場所があるのっていいですね。「お祭り」ってこういうもんだよなあって思いました。「お祭り」って人間にぜったい必要だなあ、とも思いました。たぶん地元の人はあの男の人ステキとか、彼女いいな、今度ナンパしようとか目を付けるんだろう(笑)。私たちはえっ、右?ちがう、左足?ここは二拍?うわっ、三拍なの〜?!とバタバタ手足を動かして、輪の外にいるときは踊っているあの人が上手い、この人たちシロウトじゃないよね〜( 色っぽい女性と妙にカッコイイ中年男性たちの連中がいた)、この団体はおはしょりがないからホテルの浴衣だね〜(つまり観光客)とキャッキャッ騒ぎながら、浴衣の品評会を始めました。

最近流行のカラフルなデザイン浴衣を若い子が着てるのも可愛いんですが、浴衣はやっぱり藍染めだと思う(^^;)v。愛知県に近いせいか有松・鳴海絞りの浴衣を着た人がとても多くて、7月に歌舞伎座に着ていったのが友人が貸してくれた有松・鳴海の藍染め総絞りの浴衣で(長襦袢の上にそれを着て白の献上博多帯をお太鼓に結んで足袋をはいた)、藍の総絞りは見た目が華やかなうえに体をふんわりと包んで着心地がよくて私も欲しいな〜と思っていたので、買うならあの柄かな、このデザインもいいな〜と目移り(笑)。
竺仙の浴衣を着た人も見て、ああ、やっぱカッコイイな〜。
母や祖母が行っていた金沢の呉服屋さん「竹屋」のウィンドウをときどき覗くんですが、梅雨時のアマガエルのようにガラスに張りついている私を哀れに思うのか、「見るだけでけっこうですから」と中から人が出てきて反物を見せてくれたり解説してくれる(その優しさにいまだに報いられないのがこころ苦しい…)。このお店、浴衣は「竺仙」の、それも藍染めしか置いていない。それ以外目に入らなかったのかもしれないが(笑)。江戸小紋の伝統をひく型染めを使った、粋で上品で繊細でタンテ・ベッラな浴衣で、ここの浴衣を着て私もイキでカッコイイおばさんになりたいな…って思うんですが、有松・鳴海も竺仙も反物で6万前後で、お仕立て代を入れると8万くらいになるので、ユニクロ浴衣のようには気軽に手が出せない。
藍染めの木綿はとても丈夫で、子供がいつか大きくなったときにまた着せられるし(女の子なら)、擦り切れたらほどいて布に戻してザブトンやテーブルクロスにできるし(藍染めの小紋はインテリア用品として華やかに部屋を飾る!)、思い出としていつまでも残ります…といくら分かっていても、私はまた20年タンスの肥やしにするにちがいない…。

郡上は八尾と同じで日本アルプスから流れてくる水が美味しくて、だから豆腐も、野菜も、トマトも、五平餅も、ホオバ味噌も、飛騨牛も、キノコも、とろろそばも美味しゅうございました。
なによりあまご、あゆ、やまめなどの川魚が美味しゅうございました!!!
割烹や居酒屋で川魚は食べられますが、郡上で食べた川魚は味が違って、川魚とはこれほど味が豊かで深いものか…!この辺りは岩場が多くて激流だからかなあ、甘くって身が締まっていて淡泊ななかに清冽な力強さがある。息子が釣ってきたイワナを塩焼きしました…ってのも割烹で食べさせていただいたりして、そういう白身の川魚を食べると、海を泳いでる魚ってなんてあぶらぎってて大味なんだろう(笑)。

郡上八幡にお住まいのKさんのお宅に泊めていただいて(ありがとうございましたm(_ _)m)、その案内で美味しいお店ばかりに行けたんですが、郡上は食べるものすべてが美味しかったし、しかも安い。みんな近所の山や川でとれた地物だから。流通機構が発達すればするほど、人は貧しいものを食べる、ってなんだか皮肉ですねぇ…。

日本アルプスを縦断しながら思ったんですが、日本は85%が山林で、誰でもこういう川や山の恵みを受けられる条件が整っている。美味しいものを食べたり体を動かしたりして充足感を感じることができるこういう町に暮らしながら、2時間くらいで近くの『都会』に行ける生活環境を作れば、私たちはもっと毎日を楽しく暮らせるんじゃないかなあ。
八尾や郡上がいかに住みよい町でも、東急ハンズもヴェトナム料理店もタワー・レコードも無い町では、私は暮らせない(笑)。流行のアイテムがないということではなく、流動性の無さは人の心や生活を内向きにさせる。みんなと同じことをしない人間を「異分子」としてはじき出す町は、住んでいる人にとっても住みやすい町ではないはずです。

地方の人はよく「新幹線さえ通じれば便利になる」という呪文を唱えるんですが、う〜ん。これから出来る新幹線は今の在来線より高くなって、その料金を払って東京と往復できるのは東京に本部を持つ役所や企業で働く人ばかりで、新幹線は今よりますます「おねげーでございますだ、お代官さま」列車になると思うんですね。
そしてそういう新幹線で東京に出た若い人たちは、たぶん「田舎」に帰りたがらなくなる。なんのかんのいっても東京は便利で自由で楽しいことがいっぱいあって住みやすいから。お盆やゴールデンウィークでも夫婦と子供二人で帰郷に10万円近くかかるなら、グアムかサイパンでも旅行しよう(笑)。

日本の良さを伝えるこういう小さな町を守るためにはいったいどうしたらいいんだろうと考えると、新幹線を引くより、今ある地方電車の路線を整備して、もっと短時間で低料金で上へ下へ、西へ東へ、その地域の中で人やモノが移動する環境を作るほうがいいと思うんだけどなぁ。マイカーはペケチョンチョンね(^^;)。日本に住む一億三千万が全員マイカーを持ったら地球環境は破滅するし、高齢化社会が到来すれば老人たちは切り捨てられる。

「黒船」のトラウマか、日本では伝統を守るというと外から来るものを拒絶して背中を向けた攻撃姿勢をとってカメになる…というイメージがあるんですが、自立した「個」が「他者」を尊重しながらネットワークを作るのが「共同体」であり、それが集まって「国家」を作るんじゃないか…と都市国家共同体が集まって「国」を作ったイタリアを愛し信奉するものとしては思うんですね。

日本アルプス縦断のあと、私は南下して多治見の友人の家にお世話になって、焼酎と泡盛の美味しい割烹に連れて行ってもらったり、知多半島の「杉本健吉美術館」(←ヘンなジイサン。でもとってもステキ!)へ行ったり、名古屋のヴェトナム料理屋さんに行ったりして、友人たちと楽しく話しながら美味しいものをいただくのは人生の楽園にいるようだ…としみじみかみしめながら、日々を過ごしました。
8月の郡上は盆地気候のせいか昼間は殺人的に暑くて、でも朝や夜は冷え込んでけっこう過ごしやすかったんですが、それでもムシムシと暑かったので洗濯物がたまって、夏の旅行は大変でした。
やがて台風が来ては去り、来ては去り、日中は夏の暑さでも、ふと空を見上げると青空の高さにもう秋が来たんだなあ…としみじみ感じる今日この頃です。