20047月の トンテンカン劇場

2004/7/17(土)『最近のイラスト情報あれこれ』

最近いくつかイラストを描いていたんですが、その情報をお知らせするのが遅れてしまってすいません。

『歌舞伎ア・ラ・カルト』を描かれた五十川晶子さんは、私もインターネットでその歌舞伎評を読んでいて、やん、依頼されちゃった、うれぴーと大喜びで桜姫、お嬢吉三、荒事の三身合体、レッツ・コンバインのイラストを描きました。

とにかく私はお芝居が大好きですが、芝居といってもいろいろあります。ギリシャ悲劇、シェイクスピア、チェホフ、ベケット、ミュージカル、タカラヅカ(^^;)。

たぶん私の漫画は小説より映画より、お芝居に影響を受けているような気がする。その中でも特に歌舞伎が私にとっては大事なものです。

悪霊を祓いこの世を浄める景清(歌舞伎と信仰に関してはTONTENKAN劇場2003年5月の「お祭りの正しい設計図」をごらん下さい)、華やかな舞台でキンキラキンの衣装で人を誘惑していつも騒動のもとになる「赤姫」桜姫、江戸のハードボイルドの闇に紛れて破滅へと突き進むお嬢吉三(弁天小僧でもいいんですが)、あ。近松的泣く女が欠落しているなあ。シュミです、すいません。

むかしは私も歌舞伎なんて、けっ、たいくつ〜と信じていたクチで、初めて見たのは東京の大学へ行ったころ、ちょうど玉三郎ブームがあって、一回見てみようという好奇心からでした。
初めて歌舞伎座の椅子に座ったらピンクの桜の花は満艦飾だは、浅黄幕はスパ〜ンと切って落とされるは、現代劇にはぜったい出てこないような悪役が見得を切るは、いったいなんだ、これは。NHK教育でチラッと見ていた歌舞伎とぜんぜん違うじゃないか。
ホント、演劇はブラウン管では見ていけないものなんですが(お客は舞台の絵ズラを見にではなく、ブラウン管には収録されない劇場の空気を吸いに行く)、ここまでTVとホンモノが違うものもちょっとないんじゃないか?
なにより日本語が分かるじゃあないか。
TVで見てると歌舞伎ってなにを言ってるか分からない。古文苦手なんだよね。カチャリとチャンネルを替える。
でも目の前でセリフを聞くと、空気振動でなにを言ってるか分かるんです。本当ですよ。一回劇場へ行けば分かります。

大学の友人で東京生まれの人たちは、芝居好き、歌舞伎ファンでなくても、けっこうなんやかんやで見ていましたね。小さいときばあちゃんに連れられてとか、ときどき割引券もらうので、とか。そういう経験がなかった私は「うわ、こういう世界があったのか」って大ショックを受けて夢中になって歌舞伎座と新橋演舞場に通って、キモノ好きになったのも歌舞伎のせいだし、そういう歌舞伎ファンの人たちから着付けも教えてもらったし、あと私のカラー感覚はたぶん歌舞伎から来たんじゃないかと思います。
色が氾濫しながらどこか泥絵の具で汚す感じ。
今でもカラーイラストを描くとき、頭の中のどこかに自分だけの歌舞伎の舞台を左右にワイドに広げて、それを見ながら描いているような気がします。
つくずく、田舎モノは影響を受けやすい(笑)。だから東京の文化はぜんぶ田舎モノが作ってる(笑)。

でも宮本亜門さんや「花組芝居」の加納さんは小さいときから親に連れられて歌舞伎に行って夢中になって、お芝居の道に入られたとか。
私が小さいときから歌舞伎を見ていたらどうなっていただろうと考えますと、う〜ん、ひょっとして今ごろ演劇の仕事をしてたかもしれないなあ…(高校は演劇部だったんですけど)。

2004/7/14(水)『ぐずぐず、まだまだ、私は回復しないのだ』

7月22日に出る『夢幻館』という雑誌は、どうか買って下さい。
お願いします。
コミックスにならないかもしれないし、いえ、私としてはなって欲しいんですが、それを決めるのは漫画家じゃなくて出版社ですから、この雑誌が二号で廃刊になったら、コミックスなんか出るわけありませんし、私としてはどうしようもありません。
この作品は作家としての私が描きたいと思って描いた作品なので、なるべく多くの人に読んでいただきたいのです。

作家というものは編集に「あーしろ、こーしろ」と言われたら、その言う通りに従うしかありません。
売れてる作家なら自分の意見を言えるだろう?と思うでしょ?でも売れている作家には編集は何も言わないので(笑)、とにかく編集が何か言ったら漫画家は「帰って考えてみます」くらいのことは言わなくちゃあアトが続きません。
たとえ描きたくないものでも、雑誌に必要だと言われれば、漫画家と編集は持ちつ持たれつの関係なので、たいがいの漫画家は一生懸命描くしかない。「エリザベート」でも「宗家の三姉妹」でも、描けといわれれば面白い漫画に仕上げる!それがプロフェッショナルの心意気です。

しかしいつのころからか雑誌側の要請に「そんなことしたら読者が逃げるよ。止めたほうがいいよ」とこちらが言っているのに、編集者がきかなくて、しばらくしてから雑誌が潰れる…ということが続くようになって、いったい何だろう、これは。
編集が考える購買層とこちらが皮膚感覚で考える購買層が、まったく違うのです。

どんな編集者も最初は「描きたい作品を描いて下さい。素晴らしい売れる作品を描いて下さい」と言います。でもそれを本気にして、描きたいものを始めて、ネームを落とされてオチが無くなったり、雑誌が潰れて続きが描けなくなったりしても、彼らは責任を取ってはくれません。
作家が責任を取るしかない。だとしたらメチャクチャにされても平気なくらい「つまんない作品」を描こう。
でもそんな作品は誰だって描きたくない。だから商業誌からは足を一歩引こう。本当に描きたい作品を描こう。読み手が面白いと思ってくれる作品を描こう。そういう思いで私はこの作品をどこからの依頼もなく、勝手に描き始めました。
でもそういう作品を載せてくれる商業誌はないので、自分で印刷して販売しようと考えていました。

それが「夢幻館」のW氏のご好意で、今回商業誌にアップされ、自分でネームを印刷してそれを貼って自分で販売する手間をはぶいて、新しく違うストーリーに向かえることになったことに心から感謝しています。

コミケはあまり行ったことがないのですが、あの広い会場をボランティア・スタッフたちがいかに規律正しく効率よく運営しているかを見れば、コミケ・スタッフがいかに優秀か、よく分かります。たぶん日本一大きいNPOでしょう。
そのスタッフの一員で コミケのたびに面白い同人誌を集めて「岩田読書会」を開いていた岩田氏が、この春肺ガンで亡くなりました。
一度お会いしただけですが、その時幻冬社の見城さんやCoamixの堀江さんのことなど、かなりキツイ話をしました。漫画を愛するがゆえに真っ向勝負をいとわない態度、…がとても印象的な方でした。私は「岩田さんこそ編集者になるべきだ!」と連呼しました。でも今の出版社の組織に入ってしまえば、岩田さんも外へ押し出されるか内でおとなしくなってしまうしかないと分かっていました。

少女漫画もよく読んでいないのに少女漫画編集をやっている編集者に会うことが多い昨今、フィールドは違えど岩田さんのような編集者に会いたいと心から思います。あの人は死んではいけない人でした。
その人がいなくなってしまったと思うと、悔しくて悔しくてたまりません。

2004/7/11(日)『やっと、復活。ちょっと、回復。』

やっと数日前に〆切が終わったんですが、今も青息吐息の状態です。
まだ右肩がマヒしていて、右手の親指の付け根がいうことをきかなくて、何か持ったりするとスルッと落としてしまう。腰が痛くてたまらないのは、何ヶ月も椅子の前に座り続けていたせいかなあ。
それでも、あのコマにもっと背景を描きたかったなあ、もっともっとトーンを貼りたかったなあ…、くすん、くすん。

なにせ129ページ(!)ですから、ずう〜っと朝から晩までペンを握りっぱなしで、こんなに毎日描いているのに、描いても描いても白い原稿用紙が埋まらない。
人物の表情とかポーズとかは失敗できないので、とにかく先に人物のペン入れをしたんですが、そのあと背景を描いて、その背景にカゲをつける、ベタを塗ってそれをボカすためにカケアミをする。そうするとずうっと右手で丸ペンをシャカシャカ右に左に動かし続ける単純労働が続きます。やがて右手の感覚が無くなって、背中が鋼鉄のように固くなって、右半身がむくむようになって、でも毎日睡眠時間4、5時間なのでそれが治らなくて、目も悪くなって、これは最後まで持つのかな…とホント心配でした。

漫画は肉体労働なので、仕上げに体にものすごく負担をかけます。しかしその追い込みがないと、完成しない。ってことは、まあ、これまでの経験から分かっていたので、なるべく力を抜いて持久力を保つように気を使っていたんですが、やっぱり物理的カベというのは厳然とあって、一番大事なのは「気力」をとぎすませることなんですが、いくら「気力」を温存しても右手の筋が物理的にいうことをきかなくなれば、思うような線は引けないわけで、つくづくこんなページ数を描いたアタシがバカだった。これからは一度に描くのは50ページを超えないようにしよう…と思いました(たとえば40p×3とか64p×2だと、あいだに休みが取れる)。
原稿が上がったのはひとえに友人Uさん、Hさん、Sさんが毎日朝から晩までバックを描いて、ベタを塗って、トーンを貼って下さったおかげです。本当にありがとう〜m(_ _)m。

それにしてもH.P.をなんと長く留守してしまったことか、申しわけありません。

さあ、6月〆だ…!と原稿に向かって仕事にとりかかった4月頃に、近所のお馴染みのお医者さんに行って健康診断をしてもらったら、レントゲンで引っかかってしまったんですね。「このカゲが気になるんだよね〜」ってまあよくあるアレで、言われた人はきっと多いんじゃないかと思うんですが、私くらいの年だと近年は友人たちの親がみんなバタバタと病気になっていて(とても多くのガンと少数のアルツハイマー)、その看病と介護にみんな飛び回っています。さらには友人たちの中にも病気になる人が多くて、入院や手術は日常茶飯事のことで、自分だけ例外と考えるのはそりゃま楽天的御都合主義ってものだろう、とセンセイのお申し付けに従って大きな病院にCTを撮りに行ったら、肺のカゲは以前の肺炎のあとだろうといわれたんですが(入院したのは一度ですが、私は気管支が弱いので今までに何回か軽い肺炎を起こして自然治癒している)、今度は乳にカゲがあるので、乳ガンの検査を受けなさいとさらに大きい病院にマンモグラフィを撮りに行かされて…。

検査結果を待つ数日って、たとえばガンの疑いをかけられた人間にとっては、「異常なし」って言われるまでは気分はガン患者なんですよね。幸いにして最終的な結果は異常なしだったんですが、あっちの病院、こっちの病院と期日通りに通って検査結果が出て、あなたは関係ないよっていわれるまで、「う〜ん、この作品が遺作になるのかなあ」と、どうにも生きた心地がしない気分で仕事をしていました。

最先端の検査機械であるCTやMRIやマンモグラフィは、検査料金もなかなかのもので、請求書を払ったあと、こんなことなら「人間ドック」に入って全部調べてもらえばよかったなあ…。「人間ドック」って3、4万円するので(半日コース。これにいろいろオプションを付けて8万円かかったという友人もいる)ちょと躊躇してしまうんですが、最先端医療の進歩のおかげで健康をお金で買える時代になったということかなあ…。
これからはなるべく定期的に人間ドックに入ろうと思います。
私は今のところ肺ガンと乳ガンの兆候は無くて、甲状腺がちょっと腫れているけど、ま、様子を見よう、てところだそうです。

今はまだ疲れていて、肩で息ついてるゼイハア状態ですが、ほかのイラスト情報とかについて書き込みたいこともあるし、部屋の修理もしなきゃならないし、早く体調を回復して復活しなくちゃね。