200310月の トンテンカン劇場

2003/10/5(日)『海賊になりたい…(←しつこい)』

「返却期限を過ぎていますよ!」と電話で叱られて、あわてて借りていた海賊の資料をぎゅうぎゅうリュックサックにつめ込んで図書館に返しに行ったんですが、道を曲がるとキンモクセイ!頭の上からウワッと香りがふってきて、見上げるとキンモクセイ!坂の上からキンモクセイ!階段を降りたところにキンモクセイ!つぎつぎとキンモクセイの香りを追って町を探検しているうちに、図書館に辿りつくという、幸せな秋の一日でした(図書館の職員さん、ごめんなさい)。

図書館のそばの神社に縁日が立っていて、そういえば10月1,2,3日は秋のお祭りで、ウチはむかしここの氏子だったので、いつも勧進袋が来ていたな。なにがしかのお金を袋に入れて持っていくと、紅白のらくがんと厄除けのお守りの矢をくれる。懐かしい。ちょっと寄り道しよう!っと境内に入りますと、昔は歩道にまではみ出してズラッと並んでいた夜店が、境内の中に数軒ポツポツと並んでいるだけで、え、なんでこんなに夜店が少ないの〜?ってびっくりしたんですが、繁華街でやる歩行者天国などでは今でもズラッと夜店が並ぶので、テキ屋さんが減ったわけではなく、これはつまり町なかに住んでいる人が少なくなって、遊びに来る子供が少なくなって、この神社のお祭りは商売にならなくなって、テキ屋さんが来なくなったということなのか?

地方都市のドーナッツ化現象はもうずいぶん前からいわれていますが、金沢も今は県庁がもっのすご〜く遠くの郊外の海のそばに移転して(用があって行ったら潮風が吹いていた…)、中心がカラッポになってドロ〜リと溶けて広がるスライムのような奇妙な町になりつつあります。シネコンができて映画館が潰れたのもそのひとつだし、7月に西洋館が消えてしまったと書きましたが、今町なかに住んでいるのは老人ばかりで、彼らが亡くなりますと古い西洋館や明治、大正、昭和初期に建てられた日本家屋はみんな壊されて、最近はビルの空室率も高いので、ビルも建たず、駐車場や空き地ばかりが増えていきます。

若い人たちは郊外の新興住宅地に家を建てて、車で通勤したり、土日は郊外のショッピングセンターに買い物に行くわけですが、郊外の住宅地といっても昔からある街道沿いの古い町が発展して(この辺りは北国街道)新興住宅地になったところは緑も多くてなかなか風情があるんですが、田んぼの中に突然道路を引いてプレハブの店舗や建売住宅を建てた開拓地というのは、うわ、こ〜ゆ〜所には住みたくないなあ、と圧迫感を感じることがあります。なんでだろう?と考えて気がつくのはまず「緑がない」ってことなんですが、コンクリで固めて植樹した公園を作るより、ここに必要なのは「神社」ではないか、と思うことがあります。

「神社」にはうしろに必ず緑の森があります。「鎮守の森」ですね。
私は「日本は天皇を中心にした神の国」と信じるものではないし(笑)、日本の民俗学もよく知らないんですが、ヨーロッパのキリスト教を中心にした社会に比べると、日本は自然崇拝のアニミズム社会で、山とか森とか川とかが日本人の精神性に及ぼす影響はとても大事なものなのではないかと思っています。
ヨーロッパの教会はうしろに森はない。あそこは「中」が重要なのです。教会の中で彼らは一人一人神と対峙して審判を受けるのです。

神と契約するかわりに、私たちは鎮守の森で遊び、いたずらをして神主さんに叱られ、住職さんのありがたいお説教を聞き(おお、神仏混交しております!)、でも、それがどうして重要なの?って聞かれると柳田国男もロクに読んでいない私は返事に窮して赤面してうろたえてしまうんですが、これだけはいえる。圧迫感を感じる新興住宅地には、商店とか倉庫とか住宅とか実用的なものしかないのです。「実用」しか目にすることなく成長した人間は、「すり込み」じゃないけど、自分の目に映るものが世界のすべてだと誤解して、自分の都合のいいように世界を変えることがこの世を渡っていく正しい方法だ、と誤った精神回路を持ってしまうのではないでしょうか?
ここで欠如するのはたぶん共生の思想とか、自分は他人といっしょにこの惑星の表面にしがみついて一緒に回っている、ま、オレたちゃ虫たちと同じような存在だね、という宇宙意識だと思うのですが、そうとでも考えなければ、お百姓さんが泥にまみれて一年間精魂込めて(投入したのは肥料ではなく、生きるエネルギーです!)収穫した成果を「ちょっと失敬」する人たちの精神構造は計れません。
おねげーでございますだ、警官さま、はやく犯人を捕まえて下さいませ〜(涙)。

ここで突然話題が変わります。

ミュージカル「キャッツ」の原作となったT.S.エリオットの詩に、エロール・ル・カイン Errol Le Cainというイラストレーターが絵を描いた「キャッツ」という絵本をご存知でしょうか?(ほるぷ出版)
その中の「グロウルタイガー絶体絶命 Growltiger's Last Stand」に出てくるやせこけた黒い野良猫グロウルタイガーは、ボロボロの穴あきコートを着て、耳は欠け、失った片目にパッチを当てて、シッポには包帯を巻いているという、傷だらけの「海賊ネコ」です。
「テームズ川のテロリスト」という異名をとる彼を、周囲の人はニワトリ小屋にカギをかけたり、カナリヤのカゴの警備を厳重にしたり、金魚鉢にフタをしたりして、ブルブル恐怖に震えています。
グロウルタイガーは不敵な面構えでたった一人でテームズ川をスループ船で航海しながら、ピンク色のグラマーキャットとニャンニャンしているところを、シャム猫の大艦隊に襲撃されて、捕まって捕虜となり、海に落とされてしまいます。

クールでやさぐれていてカッコいいのに女に弱くてマヌケなところが、どうもディップの演じた海賊と重なって、ディップがネコになったらきっとこんな海賊になるにちがいないと、毎夜絵本を読んでニタニタしてる私って、客観的に見たら相当キモチ悪いだろうなと思うんですが、「パイレーツ・オブ・カリビアン」を見て海賊ファンになった方々は、この絵本を見ると「ああ、グロウルタイガーってなんてステキ!まるでディップみたい!」ってうっとりするんじゃないかと思うので、ま、DVDが出るまでしばしこの絵本を見て「GO!GO!海賊!」って気合いを入れてがんばりましょう(いったいなにをがんばるんだ?)