20028月の トンテンカン劇場

2002/8/29(木)『夏の終わりにすすり泣く女が一人…』

突然涼しくなったのは嬉しかったけど、急激な温度変化に自律神経がついていけず、失調してどこかへ行ってしまって、ヨロヨロしていました。
行方不明の自律神経が戻ってくると同時に残暑も戻ってきましたが、これはもう秋の暑さね。夏も終わりかと思うと…ちょっとサビシイ。

涼しくなったとたんに、食べるものが何でも美味しくなって、あんなに食欲不振でおそーめんしか入らなかったのに、「なんて美味しいビフテキなんだ」とか「こんな美味しい煮物は食べたことない」とか。灼熱の台所にもやっと入れるようになって、コンロに鍋をかけていろいろ作ってたら、おなかの回りがなんだかおかしい。ヘルスメーターに乗ると「きゃ〜っ!!!」
一週間で3キロ太りました…。

私は夏は嫌いでもないし、弱いわけでもない。夏生まれの夏女ですから、寒さと湿気には弱いけど、暑いのはどんなに暑くても平気です。

弱いのはクーラーです。
鍼の先生によると、私は「中国医学」で腎虚(じんきょ)という血のめぐりが悪い体質だそうで、これは腎臓だけでなく血液関係の器官全体の働きが悪いんだそうで、そうか、トロイのはそのせいだったのか…。
だから体を冷やしたり、湿気が多いと、毛細血管が収縮して血のめぐりが悪くなってすぐに体を壊します。高血圧になる心配は無いらしいのですが(いまだに血圧40ー80だもんね)。

夏は血管が拡がって体が自由に動くので気持ちイイし、一日中太陽が輝いて青空なのが嬉しくて、35度の熱気の中に飛び出して走り回るのもゼンゼン平気で、部屋の中では窓を開けてクーラーのスイッチをなるべく入れないようにしている。どんなに暑くてダ〜ラダラ汗が流れてきても、だって夏だもんと思うと気にならない。

問題は28度を超えると仕事ができないということ。
28度を超えたとたん、私の集中力はガラガラと崩壊して、目の前の白い原稿用紙に何を描けばいいのか、どころか、目の前にナゼ長方形の白い紙があるのか、この白いスペースはいったい何なのかすらモヤの向こうの不可知の存在になってしまって、とにかく暑いという「実存」だけが認識のすべてになって、こりゃダメだと諦めてクーラーを付けると(それでも設定温度は31度!)そのとたん集中力はSTRIKES BACKし、構図やストーリーやセリフがぼこぼこっと浮かんできて、ああ、よかったと思うんですが、それもつかの間。あっという間にクーラー当たりになり、体中がこわばってだるくて動けなくなって、ふたたび床の上で「タマちゃん」のようにゴロゴロしてしまいます。
「タマちゃん」カワイイ…。

どうも、流線型で粘液質の皮膚を持つあの生き物を見ていると、むかし海の中にいた頃を思い出して、ああ、またあの頃のように海の底でゴロゴロしたい…という考古学的記憶の回帰願望を遺伝子レベルで刺激されるような気がするんです。

タマちゃんだけ、あんなに注視されてしまってはきっとストレスになると思うので、日本中の河川を整備して、アザラシやトドやイルカを放流してくれないものでしょうか。
北の生き物はムツカシイかもしれませんが、イルカは日本の海岸で生息できると思うんだけどなあ…。

リストラされたオジサンたちが河原でぼんやり自殺しようかと考えてるところに、アザラシやイルカが目の前に現れてぴょんぴょん飛び跳ねて、橋桁に上がって日向ぼっこするのを見たら、いろいろタイヘンだけど「まっ、いいか〜」。
日向ぼっこしたり、エサつかまえに水にもぐったり、べつに私たち、アザラシやトド以上の生き物じゃ無いんだよね。空気と水と太陽さえあれば生きていけるんだよ。どこでだってね。

つまり私は夏はアザラシやイルカのように、水にもぐって日に焼かれて一日を過ごす生き物になりたいというのが夢なんですが、なかなかそれが出来ないってところが、人間のムツカシイところかもしれません。

2002/8/19(月)『世界史年表を音楽で読む…ちょこっと一足』

まだまだ続きます。音楽の話です。
私は最近よくジャズを聴いています。
うう。なんかかっこいいですね〜(^^;)。

キッカケは直接的にはエゴ・ラッピンを聴いた時に、正確にいうと「色彩のブルース」というマキシ・シングルの一曲目「Nervous Break Down」が流れ出してきたとたん、ですが。なんてカッコいいんだ〜!この音楽どこから来たんだろう?と思ったことでした。

例えばポルノグラフィティの「MUGEN」を聴いた時、まず思い浮かべるのは米米クラブの名曲「Shake Hip」…おっとっと(笑)。
私はサンバやサルサはけっこう好きなので、ポルノグラフィティの方々、南米音楽が好きなんだね!と分かったんですが、エゴ・ラッピンの場合、この音楽がいったいどこから来たのか全く分からなかった…。
そういえば世界中のマイナー音楽大好きの私にも、一つだけブラックホールがあったなあ。
Ye〜s、It' Jazz!
と気取って英語で書いてしまうところが、エイトビートの田舎モノの証拠かもしれない。

和田誠氏が描いたジャズ・ミュージシャンの肖像画に、村上春樹氏が解説を付けた「Portrait in jazz」(1997年12月20日初版2500円-高いけどキレイ!-新潮社刊)という本がありまして、ジャズ好きの大画伯和田さんが大好きなジャズ・ミュージシャンのポートレイトを描いた素晴らしい絵に村上さんがエッセイを付けた、解説書というよりはお二人が好きなミュージシャンに捧げた個人的な「愛と思い出のオマージュ」みたいな本ですが、私は村上氏のエッセイは小説ほど面白くないんですが、この音楽エッセイは見てても読んでてもすっごく面白かった!

村上さんが育った神戸は、ラジオをつけると流行歌の合間にグレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」が流れてくる町だったそうです。
それ、なんとなく分かる。
宝塚にある阪急宝塚ホテルの旧館は大正ロマン風の建物で、天井が高くて部屋のインテリアには古い机やタンスが置いてあって、宝塚に行く時はなるべくここに泊まるようにしています。
宝塚はもともと温泉地で、神戸の側のリゾート地でしたから、戦前に神戸にやって来た外国人の貿易商やビジネスマンはこのホテルの部屋をリザーブして、電車で数十分の神戸に出勤していたそうです。
アメリカ軍基地の周辺とはひと味違う、西洋からの風を受けるハイカラな環境がこの辺りにあったんだなぁと、このホテルを見ていると分かります。

そういう人たちが出入りする町に住んでいた村上氏はやがてジャズ・ファンになり、東京の大学を出たあとはジャズ喫茶のマスターになって、作家になってからもしばらくは…「羊をめぐる」頃まで?やってたんじゃないかな。
むかし村上ファンの友人が「四谷の店に行ったら会えるよ〜」という話をしていて、私が村上さんを読んだのはそのずっと後だったので、お顔を見る機会を逸してしまいましたが…。
彼の小説の中にはナット・キング・コールの「国境の南」がかかったり、ベニー・グッドマンの「エアメール・スペシャル」が流れてきたりして、それが主人公の心理や置かれた状況を描写したり、相対化してクール・ダウンしたり。ジャズに限らずクラシックやポップスや映画や車やいろいろな消費財を描写することで、主人公の気持ちと時代をクリッピング・アートしてるのかな?

「Portrait in jazz」の文章を読むと、当時の青年たちが眉間にシワを寄せてジャズを聴いている光景が浮かんできます。それはある種のうっとおしさを伴うものなのですが、まあかつて青春とはうっとおしさの代名詞だった時代が日本にもあったわけで、でも村上さんより少し年下の私はこれまでまったくジャズに触れないできて、私の友人たちにもジャズ・ファンはほとんどいません。
どうしてだろうと振り返ってみると、70年代に入ってからみんな眉間にシワを寄せてロックを聴いていたからじゃないかと思うんです。
ビートルズには乗り遅れましたが、青春時代にウッドストックがあり、ハードロックやアートロックが生まれて、ベトナム反戦や学生運動のニュースの背景には、いつもドアーズやピンク・フロイドやジミ・ヘンドリクスが流れていました。

もっとも私はそういう芸術的なロックより、単純なリズムでブルースをやるクリームやレッド・ツェペリンが好きで、同じブルースだからと一方で内山田洋とクールファイブを聴いていました。
そりゃ飛躍だろうといわれると、たしかに私が演歌好きであることは認めますが、クールファイブのあの「わわわわ〜っ」というバックコーラスは、ジャズやR&Bを取り込むことで「オンリー・ユー」とか「マイ・ガール」とか「スタンド・バイ・ミー」とかの大ヒットを生みだした50年代アメリカン・ポップス黄金期のプラターズやドリフターズのコーラスをコピーしたもので、あの頃は演歌も海外音曲の影響を取り入れることで大きくなっていった時代でした。
「演歌」は自分たちを「演歌」だと囲い込みをするようになってから、エネルギーを失っていったような気がします。

話がずれましたが、私にとって音楽で一番大事なことは今も昔も「踊れる」ことで、そうするとラテン系の音曲が体に合うらしくて、サンタナみたいなラテン系ノリノリロックが大好きで、サンバやサルサもよく聴いていました。
でも「歌える」ことが音楽の条件という人もいます。
これ、私には分からない。「カラオケ」より「ディスコ」(盆踊りでも可)の方がぜえったい楽しいと思うんだけどなあ〜。

ま、これをキッカケにちょっとジャズ探求の旅に出てみようじゃないかと思い立って、ただ今「JAZZへの長い旅路」の途上にあります。

でも、ジャズってムツカシイ〜。
例えばジャズのトランペットを聴きたいなと思った人が、レコード屋さんでルイ・アームストロングを買うのと、マイルス・デイビスを買うのとでは大違いで、どっちがジャズなの?って聞いたら、フッて笑われて、高いところから「おまえはジャズが分かってない」って低く見下ろされて、それでお終いって川底に突き落とされそうなカンジがある。
分かってないから知りたいんじゃないの。すでに知っている人間より何も知らない人間の方がポテンシャル・エナジーがあるんだぞ、っと。

そういう発展途上の人間には、上記の「Portrait in jazz」と「TOWER RECORDS」のPOPキャプションが道案内のヴェルギリウス役として向いていると思います。

和田誠さんも村上春樹さんも、レコードで聴いているそうです。
村上さんはJBLのスピーカーを25年使っているそうで、「ダイナミック・オーディオ」の人がこの話を聞いたら泣くだろうなー。
だって和田さんも村上さんも喜んで一千万のステレオセットを買いそうな人だもの。
でも喜ぶだろうなって気もしました。
JBLのスピーカーを25年も使ってくれてありがとう。それが音楽だよって、きっと「ダイナミック・オーディオ」の人たち、喜ぶんじゃないかな。

ありゃりゃ。今回、私はジャズを聴いて20世紀の世界史を旅しようって話をしようと思ってたんですが、またスペースが足りなくなってしまいました。今度ね。