20025月の トンテンカン劇場

2002/5/28(火)『いよいよ、W杯で〜す!』

開会式まであと三日となりました。みなさん盛り上がってますか〜?
金沢はまったく盛り上がっていません(きっぱり)。
街頭テレビとか設置してくれるかな?と思ってたけど、やっぱり無かったね。一人で日本戦を見るのは寂しいので、駅の待合室のTVでも見に行こうかと思ってます。
盛り上がってるのはTVの中だけかな。
でも旅行しようとしたらビジネスホテルやユースホステルが満員なのよ〜!と悲鳴を上げてる友人がいて、え、なんで?と聞くと、各国のキャンプ地になったところを練習を一目みたいというサッカー少年たちやもとサッカー少年たちが渡り歩いて、この時期あちこち旅行してるらしいの。
そういうの、いいよね。みんな、どんどん行け。異民族比率が上がるこの時期、日本の遊牧民比率も上がる(笑)。なにもかも流動化して、終わった時に日本が違う国になっているといいな。

ところで今回の韓日W杯のチケットはこんなです↓

高さ10.2、横20.3センチです。
なんだかレーザーコピーで刷ったみたいな安っぽい印刷で、しかもあんなに騒いでいた個人の名前がどこにも入っていない。う、これニセモノかな?

そうなんですぅ〜。うふふ。
6月はTV観戦しようと思ってたんですが、幸運に恵まれまして。
いえ、オフィシャルダフ屋に捕まっただけなんですけれど(笑)。
大阪で一試合だけ見ることになりました。クォーター・ファイナル、準々決勝です。
決勝リーグなので対戦カードは決まっていませんが、私のとらぬタヌキのトトカルチョによりますとこの試合は「アルゼンチン×日本」です。
はい。いくらでも笑ってやって下さい。
ホントはね。今回、ダフ行為はしたくなかったんですけど、一流企業がこういうことするってのもなんだかなあ。納得できない。でも抽選に外れた人間は高いお金を出さないと見られないというのも事実だし…と複雑な心境であります。

はたして日本は決勝リーグに進出できるのか。最終戦は予選リーグ最後のチュニジア戦か、決勝リーグ第一戦のトルコ、またコスタリカか、第二戦のアルゼンチンかイングランド戦(私が見る試合)になるのか。

契約更新はしないと言っていますから、負けた試合がトルシエ・ジャパンのラスト・ゲームになります。
どこで戦いが終わっても、最後の試合できっと泣くでしょう。
3年間ハラハラドキドキ楽しませていただきました。
あなたよりいい監督はいるでしょうが、あなた以上にあちこちで問題に自分からぶつかっていく人騒がせな監督は、もう日本は持てないような気がします。
Jリーグでもいい監督さん、好きな監督さんはいて、でもいい監督さんであるほど「肌が合わない」とか「腐ったミカンの相手はもうイヤ」といい残して風と共に去っていって、貴方ほど協会やマスコミに真っ正面から戦いを挑んで、あることないこと喚きまくって(いや、えっと、その…)敵チームだけでなくストレスと戦った監督はいませんでした。あとが無い、とか代表監督としての野心とか、いろいろあったんだろうとは思いますが。
本当に楽しい3年間をありがとうございました。心から感謝しています。
他の国の代表監督かヨーロッパのクラブチームの監督か知りませんが、よりグレードアップした新しいステージを求めて、これから日本での仕事の総仕上げにかかって下さい。これから数週間のほんの数試合のために代表監督の仕事はあるのですから。

考えてみりゃ、考えなくてもか、こんなキツイ仕事はありませんね。サッカーの監督はまともな人格を持ったものにはできないと聞きますが、4年ごとにめぐり来るこの季節、最後にその手に金色に輝くトロフィーを高くかかげるチームの選手と監督は、いつも血と汗と涙で編んだ細いロープをつな渡りするような壮絶な道を乗りこえてそこにたどり着きます。たかが球蹴りに人間がここまで心も体も削る必要があるんだろうか…と呆れながら、だから私はサッカーを見るのかもしれない、とどこかで納得もして、一ヶ月を睡眠不足で過ごすのです。
今回、一番うまくタイトロープを渡って、最後にトロフィーをかかげるチームはどこなんでしょうね。

1月にTVが壊れて以来、私は頭と体の調子がとてもよくなって(TVはディスプレイより電磁波を出すそうで、TVつけっぱなしでパソコンをやっていた私は電子レンジの中でくるくる回る冷凍食品だった…)、たまに旅行先でTVを見ると脈絡のない情報の洪水に頭がイタくなって、いつも「お願い、消して〜」と頼んでた。CMがドトウのようにこちらに押しつけてくる情報って、整理して処理するのにけっこうアタマ使う。
子供や自己形成期の若者には、TVを通じていろんな世界を知るのはいいことだと思う。視野が広がるから。でも30代後半以降の人間にはもうTVは必要ないと思う。TVで失ってる時間をほかに振り向けた方がいいんじゃないかな。
TVのあるお茶の間を出て、広場に行って人と会うとか、友人たちとパーティーをするとか、山奥に入って陶器を焼くとか、海に行ってイカを釣るとか(笑)。世界はブラウン管ではなく、部屋の外にある。あるいは、目に見えない自分の中にある。

とはいっても、W杯は近づいてくる。ずんずんずん(笑)。
日本戦があるたびに実家へ行って見ていたら、「今日は巨人×阪神戦がある、いいかげんにしろよ〜」とイヤミいわれて、しょーがないと、とうとう新しいTVを買いました。
NANAOのGAWIN M-10という15インチの液晶TV。
パソコンの液晶モニタとしても使えるところがチャームポイントでした。

今まで使っていたSONYのTVはBlack Torinitronをウリにするだけあって、黒がキレイに出た。黒がキレイだと宝塚やバレエや劇場中継などで背景の半分を埋めるバックが膨張も拡散もせずにスタイリッシュな闇となり、セットや役者をくっきりと浮き上がらせます。
ウチでビデオを見た人はみんな「うわっ、ぜんぜん違う〜」と驚嘆の声を上げるくらい、他のメーカーと格段の差でした。しかもTV付属のスピーカーの音質がAVシステムスピーカーを接続してるように臨場感あふれるいい音。I Love You,SONY!

NANAOはしょせんディスプレイ・メーカー。
TV画質は甘いし、スピーカーの音もショボイ。
でも今の私には、こういう中途半端なTVがちょうどいいみたい。
Pioneerのプラズマ・ビジョンを買えば(買えないけどね、100万!)選手の背番号どころか、競技場を埋める一人一人の顔まで見えます。
高解像度の液晶ディスプレイを買えば、それで「Photoshop」も使えるかもしれない。
でもそうやってディスプレイの前にずっと座るのってイヤだな〜と思った。
TVが小さくて試合経過がよく分からないなら、ウチを出て大きなディスプレイを置いてある広場かスポーツカフェに行って、みんなと騒げばいい。

液晶ディスプレイは…(笑)。どうも電磁波は親のカタキで、私のこれからの人生は電磁波との戦いだと覚悟しています。
5月はず〜っとパソコンのスイッチを入れられない日が続きました。
今、こうしてパソコンに向かいあってると平気なんですけどね。フシギ。
どうもネームをやってる時、私自身がものすごいトゲトゲの電磁波か静電気を出しているらしくて、それがパソコンの電磁波と目に見えないサイキック・ウォーズをやるらしくて、パソコンを消したあと普段よりグッタリ疲れてしまうのです。
人より電磁波に敏感とは思わないけど(パソコンを使ってる友人たちはみんなどこかやられてる)、人より弱いから電磁波に対する抵抗力も人より弱いのかもしれないとは思う。ゲームセンターは前を通りかかるだけで気分が悪くなるし(中に入ったら鳥肌)、先日楽器店でシンセサイザーとかクラブのDJが使う目玉焼きターンテーブル(二個並んだレコード・プレイヤー)が並んでいるコーナーを見て、わっ、カッコイイ〜!と近づいたとたんバリッときて、後ずさりして一目散に逃げ出しました。ディスプレイは無かったのに、あの多量の電磁波を発していたのはなんだろう?私、きっと打ち込みミュージシャンにはなれない。

液晶はブラウン管より電磁波を出さないそうで(まったく出さないわけではない)、では液晶ディスプレイを使えばいいかというと、カラーマネージメントはブラウン管の方が正確で、なんだか今はいろんなことがみんな中途半端で、きっと一番正確なのはグーテンベルグ方式で「聖書」を印刷することなんだろう(笑)。
そんなことしてもだ〜れも面白くないから、やれる範囲で面白いことやろうと試行錯誤してる今の時代がM-10に象徴されているような気がして、このM-10、なんだかとってもカワイいのです。

W杯を楽しみにしつつ、私自身は今漫画の方でかなりハードな精神状態でおりますので、その上にトルシエ・ジャパンが勝つか負けるか、予選リーグを通るのか〜?なんてことでさらにデプレッションがかかるのは(これはどうしようもなくかかるんです!サポーターとはそういうものです)正直言ってかなりシンドイので、6月はラジオもTVも切って過ごしたいくらいなんですが、始まるときっとそうも言ってられないんだろうな…。

 

 

2002/5/24(金)『一ヶ月の御無沙汰、なにとぞご容赦下さい』

思いっ切り、H.P.をサボってしまいました。すま〜んm(_ _)m。
「見えない神の手」につかまってドロ沼に頭を突っ込まれていました(笑)。

一月にネームを描き始めたんですが、絵はがきや税金や旅行で中断してて、4月に入ってからまた引っぱり出したら、「好きなイメージ」とか「こういうキャラクター…!」というのを並べて描いてるだけだったので、これではあとが続かないといろんな「要素」を「構成」に変える作業をしてました。
あれが描きたい、これが描きたいというバラバラの「要素」に糸を通して「ストーリー」という首飾りを作るための「ピッチの調整」(チューニング)です。
なにを残し、なにを省くか、そのエピソードの温度の高低をどのくらいに保てば一つの世界として繋げるのか考えながら、登場人物の性格を作り、見せ場とインパクトとクライマックスの重さを計りながら、細かいところを修正していくのですが、このチューニングという過程がじつは作家にとっていちばんイヤな作業です。
アイデアを思いつくと「やったぞ〜、いただきだ〜!」と天に昇り、見直して「これじゃあダメだ〜」と地にたたきつけられ、「くそっ、もう一回」とめり込んだ体をヘドロの中から起こす。最初からやり直しです。
映画の「ロード・オブ・ザ・リング」でオルサンクの塔の上でサルマンに上へ下へと叩きつけられるガンダルフを思い返して涙が出ます。
このワイアー・アクションをあやつる手は誰なんだろう。

生活時間はメチャクチャになり、30時間机の前でウンウンうなったあげく、資料が足りない〜!と朝から金沢中の書店や図書館を一日中駆け回って(最近の専門書の絶版率はものすごいですね。しかも新古書店のおかげで地方の古本屋さんは壊滅状態。金沢は図書館がしっかりしてるからまだ助かるけど)、こういう時の食事はホント大変です。空腹だと頭が働かないけど、食事に使う時間もエネルギーもムダにはしたくない。ゆで卵をどんぶりいっぱい盛り上げて、それに塩をかけて食べながらネームをやる漫画家さんがいました…。(牛乳を飲みながら食べればモア・ベターよ)

で、ネームにはいるとそうやって考えたセリフやアイデアを人物が動いてしゃべるわけで、「言葉」や「イメージ」のチューニングと「絵」のチューニングは違うのでまたバランスが狂って、もう一度最初から「チューニング」のやり直し。
この辺、「言葉」だけで世界を作る小説は脳の働きが一定方向でラクかもしれないなとうらやましく思うことがある。「言葉」と「絵」は脳の違う部分を使うらしくて、その働きをシンクロさせることに漫画家はかなり労力を消費します。でも「文字」だけで世界を作る小説には、きっと漫画家には分からない苦労があるんだろうなとも思う。

ネームというのは「心気昂進」する作業で、つまり心の気が高ぶって進むわけで、期限を切られた仕事ではないからと最初からすっ飛ばしたら、途中で二時間しか寝られない日が続いて(その前50時間起きていても)、いくら気力で勝負と思っても机の前に座って何もできない状態になって、5月の初めは中断してしばらく寝ていました。
チューニングもネームもエネルギーを吸いとって、ゾンビになります。追いつめて、追いつめられて、体力も気力も使い果たしてトイレに駆け込んで吐いたとき「ああ、そろそろネームが上がる」とホッとするという作家さんもおられました。このタイプの作家さんはB因子を持ってる方が多いような気がします。ネームで体力を消耗すると絵を描く体力が無くなるので、絵が荒れるし、追いつめる過程でちょっと階段を踏み外して失敗すると…落とす(ひゅるるる〜)。エネルギーをまんべんなく振り分けて、計算していい作品を描く作家さんの方が、ぜったいいいです。そういう作家になりたいです…(涙)。

「いいかげんな話」というピッチで、40ページくらいの読み切りかな〜と描き始めたのに、終わってみれば110ページ…う〜む。なんじゃこりゃ。しかもバックだらけ(コメディだけど、時代物)。どうしよう。どうする気だ?これ描くの?描けるかな。
原稿料がないからアシスタントは使えないし、もし「まんがいち」原稿が上がったとしても、ネームってどうやって貼るんだろう。(漫画のセリフや文字は別紙に印刷したものを、編集さんがきちきち切り抜いて紙用セメダインで原稿用紙に貼る)たぶん18ポイントくらいの明朝でワープロソフトに入れたものをプリントアウトして貼るんだと思うが、私は字を書くのはエディターを使っていて、ワープロソフトは持っていないので(使わない)、タテ書き印刷のできるワープロソフト、Macの場合たぶん「オーガイ」か「ナーサスライター」を新たに買って、使い方を覚えて110ページ分のセリフや描き文字を全部入れて、プリントアウトしたものをノリで貼って、ふううう〜。
で、そのあとどうやってこれを売るんだろう(自分で通販できる人間でないことはよく分かっている(^^;)。委託販売してくれるところがどこかにあるはずだよね。なんだか先のことは霧がかかっていてよく見えないんですが、その度に友人たちに解決法を聞いて歩いていけばいいのかな。H.P.に来て下さる人で詳しい方がおられたらHELPしていただけると嬉しいと思う。

長年漫画家をやってきた人間にとっては、しめ切りも「しめ切りですよ」ってにっこり笑って背中にピストル突きつけてくれる編集もなしに作品を描くことはすごく難しいことです。
しかも私は自分がどんなに怠け者でだらしない人間かよ〜く知っている(笑)。
だからこの作品がホントに上がるのか自分でもアヤしんでるし、一月みたいに他のことに気を取られて、これから何度も水入りが入ると思うし、そうなると戻るのがまたけっこう大変だと思うし、今のところ再来年の春くらいに上がるかな〜とぼんやり考えています。なんとか来年末くらいには上がるようにがんばってみようかな、とも思うんですが。

 

*** 最近の教訓的オコトバ ***

「アイデアは考えないと出てこない」
アイデアは天からの贈り物。突然天使が頭の上に現れてカラスのフンのように落としていく。カラスはどこにでも現れますが、天使は必死で準備態勢を整えてコ〜イコイコイと念を送っている人の頭の上にだけ現れます。

「親はなくとも子は育つ。といいますが、師がないと学者は育ちません」
NHKの「ラジオ深夜便」で哲学のエラーイ先生が仰っていたのですが、思わず「学者」を「職人」に置き換えました。「師がいないと職人は育ちません」。技術を通じて「理想」を教わるんですよね。やっぱNHKは深いなあ…。