20021月の トンテンカン劇場


2002/1/27(日)『年頭につき2002年の抱負など語っちゃうぞ』

「正しい」透明水彩の使い方が見えてきたような気がするものの、まだまだ分からないところもあって、新しい絵をあと三枚、か四枚は描きたい!と思っていますが、手探りで作り始めたH.Pが三年たって、PowerBook2400からG4になり、H.P.作成ソフト「Dreamweaver」も以前よりは使えるようになったので、何も分からず試行錯誤で始めたH.P.をもっと機能的に整えられないかな〜と思っています。

作品のほうはといえば、「トムプラス」は現在新雑誌創刊に向けて準備中とのことで、編集さんはいろいろ言って下さっていますが、会社の正式決定ではないと思うので、ここには書かない方がいいと思うんですね。
こういう公式の場ではいろいろ言えないことがあるという、その辺の苦しい事情をどうかご推察下さいませm(_ _)m。

昨年末にはいろいろな雑誌が休刊になりました。今年もまた休刊になると思います。こんなところで韻を踏んでどーするんだ(笑)。

雑誌及び出版状況は今年も厳しいと思いますが、それで絶望的になるかといえば、人が生きていくために他者とコミュニケーションを取りたいと思う存在である以上、なにかが滅びても新しい形がそれに替わって生まれると思うし(楽観的)、それまでのカタチが壊れることで人が自分の存在すら見失うようなことがあれば困ったことですが(倫理的)、既存の形式がそれまでの成功の記憶を守るために、新らしく生まれてくる創造性を抑圧するというのもこれまた歴史ではよくあることです。

「出版不況」と騒がれますが、それは「商業」という「人の営み」のフレームが時代の変化の中で姿を変えようとしている今、出版界も例外ではないというだけのことで、この世にはフレームに捕らわれない「永遠」というものがあると思うんですね。

抽象的ですね。いけません。私、中傷も抽象も嫌いです。
突然カラオケを歌いだすのを、どうかお許し下さい。

Moonlight and love songs never out of date
The fundamental things apply
As time goes by.....

私にとって「永遠」っていうのは毎日の商売で大根を売ったり、会社へ勤めたり、漫画を描いたりしながら、横町で近所の人とおしゃべりしたり、友人や家族と集まって楽しい時間を過ごすことです。
そしてその時間とは違う流れをどこかで感じることで、身近に流れる時間を大事に思うことです。

ローマの街の真ん中にはフォロ・ロマーノとかチルコ・マッシモとかいう古代ローマの遺跡がありますが、 あれは、ほんといいものです。
町の中には、ひとつくらい廃墟があった方がいいのかもしれません。
由緒正しい血統書付き廃墟なら、観光資産にもなりますし(笑)。

ベルリンの駅前に、交通を遮る形で立ってる、爆撃で廃墟となった教会もいいものです。
目の前の現実をさえぎって、一瞬そこに永遠を現出させる「覗きメガネ」です。
その「メガネ」を求めて、人は本を読んだり、映画を見たり、クルージングするのではないでしょうか。

なんて、 歴史評論家でただのWeb作成者になっている私に、「やっぱり作品が読みたいです」と言って下さる方がいるなんて、なんて幸せなんだろうと身を震わせて感謝しています。

「ありがとう」というイタリア語の「Grazie グラツィエ」という言葉は「貴方の優しさのおかげで」とか、「貴方にもいいことがありますように」とか、よく分からないけど、とにかく人と人との関係を繋ぐ言葉です。

貴方のその優しさは神の与えたもうた恩寵という「ただし書き」付きで(笑)、イタリア人が挨拶がわりに軽く言ったり、相手の目をのぞき込んで真剣に言ったりするその言葉が私は大好きで、同じ「Grazie」を相手に返そうとして努力を重ねたあげく、「他者」は私のうちにあり、「私」は一人で立っているのではなく、この「宇宙」を構成する一部として生かされている「存在」にすぎないという「太極拳」の世界観を込めてその言葉を発音すると、イタリア人に通じるようになったのは、フシギでした。

「作品が読みたい」と言って下さる方に、そしてここに来て下さる方に、心をこめて「Grazie」と言わせていただきます。

 

2002/1/16(水)『この世に安息を、世界に光りを』

ああ、困った、成人の日も過ぎちゃったのにいつまでもクリスマスのトップにしておけないわ〜、どうしよう、そうだ、小手先でごまかそう! …という意図がバレバレのトップでありまするな。

でもこれであと二週間はやり過ごせるわ、ふっふっふ。

なにせ帰ってからまた38度の熱を出して寝てしまって、 まあ風邪をこじらせて37度の熱があったのに東京へ行って、東京滞在中は半分寝て過ごして(青い空をぷかぷか漂ってるみたいで気持ちよかった^^;)、帰りにあんな目にあっては、この体調悪化も計算に折り込み済みといえましょう。

もう熱は微熱に下がったんですが、着陸直前の「ガクン、ドン」でひっくり返った胃をまだちょっと引きずっていて(エア・ポケットっていうのかな、あれは一回なるだけでもけっこう胃にきますね。パイロットは消化器系が丈夫じゃないとね。あ、三半規管も?)新しいイラストを描けるのはもうちょっと先になりそうなので、どうかもうしばらくクリスマスケーキをサカナにおとそを飲んでいて下さいませ。なんてステキな食い合わせ。どうか当たらないでね。

今日は久しぶりに買い物に出たんですが、近所の商店街がリストラになりましてねえ…。
思い出とこれからの不便さを考えると、涙、涙…。

こういうことがあるとひしひしと身に感じてしまうんですが、20年近く前かなあ、初めてヨーロッパ旅行に行ったときに、イギリスやイタリアで店を閉めた商店街というのをけっこう見ました。
とても立派な建物なのに、閑散として。
なんだろう、街の真ん中に廃墟があるなんて…。
ああ。

これが「イギリス病」なんだな。
これが「イタリア病」なんだな。

と思ったんですが、日本人である私はそのころ近所の商店街が閉じてしまうという経験が無くって、繁栄した国はいつか衰退するという「歴史」の教科書に載ってることってホントなんだなーって人ごとのように思ったんですが、今日近所のモールの閉店に立ち会って、今、日本もその教科書に載ったんだなあ。

20年は「帝国の繁栄」としては記録的短かさですけどね(笑)。

イギリスもイタリアも、そういうへこみに負けない資産を蓄積してる豊かな国だな、というのが、その時の私が見た判断で、アメリカも80年代の不況から不死鳥のように甦ったし、さあて、日本はこれからどうやって回復するんでしょうね。

お手並み拝見といきますか。

いや、私も日本人の一人なんで、がんばりますわよ。

 

 

2002/1/9(水)『2002年に帰ってきました』

12月24日から続いたクリスマス期間も、1月6日に魔女のベファーナ婆さんがやってきて、いい子にはキャンディーを、悪い子には石炭でできたお菓子をあげて、終わりました。
これは、イタリアの話(笑)。

新年のご挨拶が遅れて、すいませんでした。
あらためて、明けましておめでとうございます〜!!!

あたしゃどっちをもらえるんだろうね、フン、あげるほうかね、と思いながら東京から帰ってきたら、ビデオをはじめ部屋中の電化製品すべてのタイマーが0:00で点滅していた。
うわっ。留守中、雷が落ちたんだ…。

年末から東京に行っててお正月も東京で過ごしたんですが、お天気がよくって、友人たちと遊びまわりました。

今日、帰ってくるのは、もうほんっと大変でした〜!

7日から日本海に低気圧が居座ってることはニュースで知ってたんですが、タテの等高線の典型的冬型気圧配置じゃないし(等高線がタテに並ぶと、日本海に雪が降って、太平洋は晴天になる)、銀座の伊東屋とその近くの「MUJI」でお買い物して羽田空港へ行ったら、ヒコーキが飛んでいない。すべて欠航、遅延。
な、なんで〜!?なにがあったの〜!?

羽田地方が強風で12時から14時くらいまで一機もヒコーキが飛び立てなかったそうです。
予約してたJALは欠航になっちゃって、風が収まったら、とにかく一番早く羽田を飛び立って小松空港に着く便!と違う航空会社のカウンターに行ったら(ANAですが)、と「特割」がきかない〜!

「特割」というのは前日までに予約することで、かつての正規料金になるという「変則的料金システム」の一つですが、一ヶ月前や3週間前に予約してその便に乗るという技が不得手な私は、当日フラッといってヒコーキに乗ることができなくなって、とても不自由になりました。

他社のヒコーキだと正規料金を払わなくてはならないことに気がついて(金沢行きだと五千円以上高い!)、やってられませんわ〜とJALのカウンターに戻ったんですが、この間、乗れない人がたまって、空港内は大混乱。
それぞれのカウンターに長蛇の列ができていて、「このチケット、効きますかぁ?」と訊ねるためにいちいち列の最後尾につかなきゃならなくて、その列がものすご〜く長い。
欠航や遅延で自動チェックイン機が使えなくなって(パソコンのデータが壊滅したらしい)、有人カウンターでしか処理できなくなって、ついでに有人カウンターにいる人はそういう処理に慣れていない人たちだったらしくて(笑)、列が進まない、進まない、進まない〜!

確かにヒコーキは天候しだいで飛ぶ、飛ばないを決めるリスクの大きい交通手段です。
とくに冬は天気が悪くて、金沢から原稿を載せて飛ぶヒコーキが「欠航」になったときにゃあ、こちらも編集さんも泣きながら駆けずり回ったことは、一度や二度や数度じゃありません(笑)。

でもヒコーキが飛ばないのは私のせいじゃないわとばかりにノロノロ書類を書く係員よ。キミは市中引きまわしのうえ、ムチ打ち30回の刑じゃ〜!
お正月の混雑はもう収まって、出発ロビーはそんなに混んでなかったけど、海外から帰った人がウチへ帰ろうとするところで足止めくったり、混雑を避けて今を選んで移動するのか、車椅子の人とかがけっこう多くて、帰って今日何をどうしようって計画を立てている人が、その計画がメチャクチャになっちゃった、どうしよう、ほかに手段はないのかって途方にくれてるのに、そういう一人一人の身になった対応をまったくしてくれなかった。お見事。
今日の計画がダメになっちゃった人は、これから天候や飛行状況がどうなるのか細かい情報が欲しいし、体の悪い人には座って休める空間とソファが必要だけど、たかが数時間、ヒコーキが飛ばないのはよくあることですよってカンジで、最低必要限のアナウンスしかなくて、私はヒコーキに乗るはずだった2時からヒコーキに乗った7時まで、羽田ビッグウィングを右から左へ駆け回って、それ以外の時間は行列に並んでいました。めっちゃ、疲れた…。

やっとJALの次の便が飛ぶことになって、そのチケットを手に入れたと思ったら「小松空港が大雪のために着陸できないかもしれないので、その時は羽田に引き返すことをご了承下さい」。
どっひゅーん(倒)。

ま〜、冬場にはよ〜あることです。
そう言われても、たいがい着陸できますねん。(と、平静を装いながら、ひきつっていた)

搭乗時間になっても「ただ今、小松の天候確認中です」と押し返され、ゲートのところで待たされて、ああ、もう新幹線の接続便は無くなったなあ、これから戻ってまた友人宅に泊めてもらうのか、片道二時間かかるなあ、近くのホテル空いてるかなあ、でも荷物送っちゃったからお泊まりグッズ無いなあ、これから冬はJR使うぞ、でも冬のJRは空調がキツいから二時間以上乗ってるとノドをやられて大変なんだよなあ、などと考えているうち、ゲートの開門。
やったね!

待ちこがれたヒコーキは長い待機時間ののち羽田を飛び立ち、小松に近づくにつれ数回ガクン、ドンと落ちて、着陸直前の積雲突破では機体が小刻みにビブラートして、私の胃はシェイク、シェイク。ひっくり返ってゲ〜ロゲロ。

小松上空にある雪と雷を抱き込んだ積雲を避けて飛行しま〜す、といつもより長時間飛行して、吹雪の中、無事空港に着陸しました。
強風も吹雪も雪雲も克服して着陸したんだから、機長さんたらなんてスゴウデ。みんなパチパチ拍手すると思ったのに。ちぇ。イタリア人ならしてたぞ〜。彼らはふつうの飛行でも、着陸すると拍手する。パイロットに命を預けて、飛行機の中であんなに大騒ぎするのに、きっとまったく信用してないんだね。

積雪は10センチくらいでした。どこが大雪?
飛行機は雪で落ちることはないと聞きます。
キケンなのは横から強風を受けてバランスを崩すことと、雲の中で機体に雷が落ちること。
冬の金沢は大陸から強風が吹いて、張りついた雲は雷を乱発するから、かなりキケンなのです。

ずるずる這いずってバスに乗り込んで金沢に向かう途中、窓の外に数回雷光が光りました。
ふだんバスになんか酔わないのに「ウプッ、止めてくれ〜、降ろしてくれ〜」と七転八倒してるうち、やっと金沢に着きました。

積もってる雪をかき分け、辿りついた自宅の電気製品のタイマーは、ぜんぶ狂っていました。
ふうう〜っ。

こんなに一日中苦労したのに、全国ニュースでは「今日は風が強くて、空のダイヤが乱れました」の一言で終わっちゃったんだよ。

とにかく私、帰ってきました。

今年もどうかよろしくね!