20008月の トンテンカン劇場


2000/8/30(水)『ただ今、悪戦苦闘中』

このところ考えて考えてずっと考えてばかりいる。

まず時代を百年さかのぼる。場所、中国は上海。
フォーカス・オン。性別、男にチェンジ。
小さいときに親をなくす。そしてあの町に放り出される。
どうやって生きてく?何を考える?

女と会う。どういう女?どこにひかれる?なぜひかれる?
性別、女にチェンジ。
どういう男ならひかれる?どこで会う?どうからむ?

フォーカス・オン。焦点を合わせろ。
キャラクターと時代の動きをシンクロさせる。
その中で起こる必然的状況を考える。

ええい、百年前のことなんか分かんないよとヒスを起こす。
どうせできないんだ。
私が描きたいと思う漫画は、私には絶対描けないんだ。
「Impossible Dream」。見果てぬ夢。
何かを作ろうとする人間が、みんな忠誠を誓う祭壇。
宗教みたいなものだ。
ジャンルに関わりなく、供物を捧げて神のご加護を祈ります。
でもどうも呪い返しを受けることの方が多いような気がする。信仰が足りないんだろうね。 ぶつぶつ。

えっと、10月から始まる連載の準備を今しています。
時代考証は、まあ、いちおう終わりました。
こんなもんかなあってカンジです。
頭のメモリには限りがあって、いくら資料を読んでも、つぎつぎと課題図書が出てくるだけでキリが無い。人のアタマが記憶できる量は(パソコンと違って)たかが知れている。

資料に当たるのは、読んでいくうちに大きな一つの流れが見えてきて、その河の源流を探したり、どういう流れの河なのかという私なりのイメージを作るためです。 それもまた、私の「主観」にすぎないんですが。

歴史は年表の羅列ではなく、個人や社会や集団の「こころ」が生み出す事件のひとつひとつです。 それらが有機的に絡み合い、反応しあって、次の事件が生成する。そうやって流れ流れて「歴史」という河を作っていく。

19世紀から20世紀にかけての世界史は一番ややこしい時代で、 特に中国近代史は(1912年の上海から話は始まります)中国だけじゃなく、「満州事変」が出てくると「おっと、日本史だ」と本を持ち替えて、「共産党とコミンテルン」っていうとロシア革命の本にチェンジして、この横道で午後いっぱいとか翌日一日潰れて、本編の中国史の本がぜんぜん進まなくて、なんかあっという間にうわあ〜どうしよ〜って状況に追い込まれてしまいました。

ハーレクインはべつの難しさがあったけど、資料はラスベガスの観光案内書一冊だけってとこはラクだったなあ。(ちょっと恋しい?)

しかも、歴史を調べて、この年こんなことがあった、あんなことがあったって事実だけ並べても、それで漫画が描けるワケじゃない。 ちちーっ。
まして面白い漫画が描けるワケじゃ…(遺書を書くためにスミをすり、ナワをかけるへこみを天井に探してるところ)

これから調べた資料をいっかい深い海の底に沈めます。
そして「歴史」を「昔あったこと」ではなく、「これから生成する事件」に変えて、もいっかい浮かび上がります。
わははは、浮かび上がれるといいんですけどねー、ははは。 てなもんです。
「事実」を想像力のフィルターに通して「真実」に変えるこの作業は、むっちゃ力業で、自分の力の足りなさを思い知らされる、ホントーにイヤーな、胃をやられる、ツラ〜イ作業です。
何回やっても慣れるということはありません。
でも好きでやってるんだから、グチ言っちゃいけませんね。

ビジュアル資料集めもこれから平行して進めるところです。

BBSでの誕生日のお祝い、本当にありがとうございました。
初めていらして下さった方がたにも、いらっしゃいませとここでご挨拶させて下さい。
ごめんなさいね。
管理できないのにBBSを開けておくのはよくないことと思って、「しばらく休業中」の看板を下げようかと思ったんですが、みなさまのご協力でなんだかうまく楽しくいってるいってるみたいだし、もうしばらくいろんな方の暖かいご好意に甘えさせていただいていいでしょうか?

今、連載のスケジュールをすべて立てようとしているところで、いろんなプレスが物理的にも精神的にもすべてかかっている一番しんどい時期だと思うんです。 もうちょっとしたら余裕ができるんじゃないかと思うんですが…。

それにしても、とじっと手を見る。
なんだか悲しくなってしまう今年の夏。
最近ずっとマヌキュアを塗ってない。
塗って乾かしてまた塗ってというあの作業に費やす時間を、すべてG4と連載準備に捧げて、赤や青や黄色にカラフルに飾る夏を、ずっと白ツメで過ごした。

おい、こら、コンピューター。調べた資料を全部データベースとして打ち込んで、それをもとにプログラミングしたら、おまえが作品を描いてくれる日がいつか来るんだろうな。

なんてバカなことを考えている今日この頃。

 

2000/8/8(火)『暑すぎますっ!』

お暑うございます。
金沢も連日36度が続いていました。
私には困ったクセがあります。 朝起きて、おっ、今日も快晴、30度越えてるぞと思ったとたん、まっしぐらに外へ飛び出していくのです。

夕方、お天道様がビルの向こう、海の彼方にお沈みになってから、用足しや買い物に出かければいいんです。これが自由業の数少ない利点なんだから。 ところが私はギンギラ太陽が高い時をワザと選んで、毎日36度の熱波の中に突進していくのです。 夏はアセをかかなきゃダメなのよ〜と叫びながら。

いつからこんなバカになったかはよ〜く覚えています。
太極拳を始めてからです。
それまでは夏、日が高いうちに外へ出るのは、クーラーの利いた図書館か喫茶店で過ごすためでした。
真夏のカルチャセンターのスタジオで、クーラーを切ってダ〜ラダラ汗を流しながらレッスンすることの気持ちよさを知った私は(クーラーをかけてレッスンすると、出ようとした汗がまた引っ込んだりしてものすごく気持ちが悪い)新陳代謝こそ生きる喜びという悟りを開いたのです。

太陽の、というか新陳代謝の効用は偉大です。古い脳細胞が代謝されるから新しいアイデアは浮かぶし、かつてイタリアで3週間太陽に焼かれ続けたあと(好きで焼かれたわけじゃありません。暑かったけどスケジュールをこなすために毎日死ぬほど歩き回ったのだ)次の冬は、どんな無茶しても不摂生しても風邪をひきませんでした。太陽に焼かれると自己免疫力?が上がるみたいですね。

でも今太極拳をやっていないので新陳代謝機能がかなり落ちている。
お天道様にカカカと焼かれて、帰ってからお風呂を浴びるとドッと疲れが出る。そこに冷えたビールをカカカと飲む。もう人間としては使い物にならなくなる。
これじゃ新陳代謝の奴隷じゃないか〜。

とぼやきつつ、夏と共存する方法をいろいろ探しています。

先日は美容院に駆け込んで叫びました。「髪切って下さい!」
かなり長くて、まとめて後ろでお団子にしても頭皮に風が届かなくて暑かった。
おまけに、このところ髪が「毛抜き」でした。
「毛抜き」というのは歌舞伎の市川家十八番の演目の一つで、天井に潜んだニンジャが巨大な磁石で下の部屋にいる人物の髪の毛を逆立てるというクラシカルな科学的シーンがあるんですが、私の髪もぶくぶくと立ち上がって、くしで収まらなくなって 、おかしいなあ?パソコンのせいかなあ???
5月から前のPower book 2400からG4になったんですが、それまでの液晶画面からデスクトップなCRTディスプレイになりました。

 

 

以来、パーマかけてないのにこれです。
毛筋がモシャモシャで勝手に立ち上がって、整髪料をいくらぬってもピンピンはねて収まらなくて、私は「無印良品」のスクワラン・オイルを水に溶かしてペタペタぬって、つやつや伊香保さん頭(別名:マイネーム・イズ・タル〜ラ頭)にするのが好きだったんですが、なんか天パーの伊香保さんみたいでサマにならなくて、持っている洋服が全部似合わなくなった。
原因は?といろいろ考えると、そういえば液晶では出ない電磁波とか静電気をデスクトップは出すって聞いたなあ。電磁波は妊婦に悪いからって、電磁波防止エプロンがパソコンショップにズラッと並んでたっけ。。。

電磁波防御フィルタを買った方がいいよと以前友人に言われたのを思い出して、先日ようやくディスプレイの前に付けるOAフィルタを買ってきました。
電磁波、静電気、紫外線(ディスプレイがこれ出すってことはパソコンに向かう時はAV化粧品塗らなきゃならないの?)すべてをカットするそうです(でもどれも100%じゃないらしい)。
で、かけてみたんですが、どうも画面が暗くなって、映り込みが多くて、なんか違和感があります。でも健康にもいいし、目にもいいし、ストレスはなくなるらしいし、きっと髪もペタンコになるだろうと信じて、そのうち慣れることを願って使い続けているんですが。

クーラーをかけた部屋でデスクトップ・パソコン使ってると、パソコンはいろいろな邪気を出すってことがよく分かりますね。
2400の液晶画面だと分からなかった目に見えないパリパリした空気がディスプレイから押しよせてくるし、放熱も液晶の比じゃないし(大きさのせいもあるけど)、クーラーかけてても暑くて暑くてしょうがない。
遊びでこれなんだから、お仕事でオフィスでパソコンの前に座ってる方は本当に大変ですね。
夏だけ液晶パソコンに切り替えられたらいいのになあ…。