2000年1月の トンテンカン劇場


2000/1/28(金)『深夜特急』

私は旅行するのも好きですが、旅行記を読むのも好きです。
マルコ・ポーロの「東方見聞録」で思い出したんですが、沢木耕太郎の「深夜特急」。二十代の沢木氏が日本を出て、香港、マカオ、マレーシア、インド、トルコ、ギリシャ、ヨーロッパへの旅を書いた、最近の「旅行記」の傑作です。
ハード・カバーで新潮社から三巻で出たんですが、一、二巻は産経新聞に連載したものをまとめたもので、三巻は書き下ろしでした。
一、二巻が出たのが86年で、三巻は・・なかなか出ませんでした。
みんな待ってました。本当に。いつ出るんだろう。早く読みたい。書いてくれ、沢木、待ってるぞ〜!私のまわりはみんな言ってました。でも出ない。いつまでたっても出ない。待っても待っても出ない。
友人の沢木ファンは「三巻は永遠に出ない!」と断言しました。

思うに、産経新聞連載時はほとんどホテルにカンヅメにされて、否応なく自分の旅を再体験する状況で、毎日旅行記を書くことに追われてたんじゃないかと思うんです。
まあ、それもツラいでしょうから、限度がきて、あとは書き下ろしってことで、切ったんでしょうが、それで頭の中の旅から解き放たれた沢木氏はどっかへ飛んでっちゃった。
いや。三巻を書くまでに6年かかった。
しかも6年後に書いた3巻は、1,2巻とは何となく違うものでした。
だから何が言いたいかっていうと。やっぱり旅行記はイッキに書かなきゃダメなんです(笑)。
でもねえ。人のお世話で余計なことなんですが、産経新聞の記者も大変だったろうと思うんですが、三巻を書かせようとした新潮社の編集者のことを考えると、もう、笑っちゃうの。
「沢木さん、「深夜特急」の三巻書いて下さいよ」
「ああ、がんばりますよ」
「沢木さん、「深夜特急」の三巻、まだですか」
「ああ、もうすぐね」
「沢木さん、締め切りですよ」電話に出ない。
「沢木さん、どうしたんですか」電話番号を変える。
「沢木さん、約束でしょう」住所を変える。
「沢木さん、探しましたよ」酒場で探し当てて問いつめる。
沢木、怒る。編集も怒る。取っ組み合いの乱闘ののち、仲直りして、「ああ、分かったよ。書くよ。」
「沢木さん、第三巻、どうなりました?」「ああ、がんばりますよ」
前に戻る。

おっとっと。これはすべて私の妄想です。
とにかく三巻が出るまでに6年かかりました。
6年かかっても、とにかく出たことに感謝。
執念深く追いつめて、書かせてくれた編集に感謝。
本当にご苦労さま!
個人的な趣味もあって、私は香港編が一番好きです。

沢木耕太郎氏の「深夜特急」は新潮社からハードカバーが三巻。
新潮文庫でも出ています。面白いので、読んでない方はぜひ読んで下さい。

 

 

2000/1/26(水)『短期決戦宣言』

お気付きの方はお気付きでしょうが(笑)、私は去年の5月からLOGBOOKフランスW杯旅行記の更新をしていません。
ナマケていたわけじゃないんです。。
フランス旅行はとても面白かったので、H.P.を作る時にコーナーを作って、のんびり少しづつ書いていければいいなと思っていたんですが、予想もしない困難にぶつかりました。

あっちにもちょっと書きましたけど、旅行記を書くというのは、自分の旅行を、帰ってからもう一度頭の中で繰り返して旅行することなんです。
パリへ行くまで書いて、ちょっと離れて、また書こうとすると、頭が日本に戻っている。またパリに着くまで頭の中でシミュレーションして、頭の中でパリに着いて、続きを書いて、またちょっと離れると、頭が日本に戻ってる。また頭の中のパリに着いて、また離れると日本に戻って、また最初に戻ってパリへ行くところから始めて・・え〜い、私は一体何回パリ行き飛行機に乗ったらいいんじゃ〜とヒステリーを起こして、結局半年以上もほったらかしてしまいました。
同じところを何度もグルグルするのは疲れます。

それで分かったんですが、旅行記というのはまとめて、ひといきに、日常から離れて、そこへトリップして書かないと決して完成しないものなんですね。
マルコ・ポーロだって、ジェノヴァの牢獄に入ったから「東方見聞録」を書いたんです。捕虜にならなかったら、いつか「東方見聞録」を書きたいなあと思いながら、一生書かないで終わったことでしょう。

いつしかW杯は二年も前のこととなり、もう書いたって誰も読んでくれないだろうし、歴史かトラベルの新コンテンツをやりたいという思いもあって、このコーナーど〜しようかなあ、いっそ止めちゃお〜かなあと困ってたんですが、先日サーフィンしていたら、ある漫画家さんのサイトで早くW杯旅行記書かなくっちゃというのを読んで、ああ、ここにも二年前のことをぼやいてる人がいると思うと何だかおかしくて、元気が出て、それで決心しました。
よ〜し、やりましょう!

とにかく短期決戦。しばらくトリップ。数日金沢のパリという町に住んで、あの旅行の軌跡をたどりながら、もう一度W杯旅行をすることにします。
どうか私が最後までいって、日本行きの飛行機に乗れるよう、祈ってて下さい。
川崎ひろこさんもがんばって下さいね〜。

 

 

2000/1/21(金)続『どうしてこんなに好きなんだろう?』

つづきです。
H.P.作成ソフト編です。

たしか98年の秋くらいでした。いろんな人がドッとH.P.を作り始めて、驚いて。作成ソフトが使いやすくなったからだと聞きました。Adobeの「PageMill」が2.0から3.0にアップした頃です。
流行に乗ってHTMLも知らない人間が、おお、なんかすごいことができるぞ〜と喜んで、ワケが分からないままお花とお星さまだらけのページをアップしたわけです。
私は「PageMill」ではなく「ホームページPro3」を使いましたが。これはもと「クラリス・ホームページ」といってMacユーザーがけっこう使っていたソフトです。
最近やっとHTMLが分かるようになってきました。
HTMLが分かるようになったら、時代はスタイルシートとJavaScriptとダイナミックHTMLの時代に突入しているということが分かりました(苦笑)。

スタイルシートとJavaScriptとダイナミックHTMLというのは・・画面を飾るためのいろんな技術です。
たとえばMENUのコンテンツ案内のロゴは特殊なフォントを使用してますが(「I.E.」では出てないな^^;)、H.P.のファイルを書くHTMLというプログラム言語はこの指定ができません。Webの画面を絵としてデザインしてみたいなと思う時に、使える道具がHTMLでは「テーブル」だけです(テーブルとは「表」。「Excel」とか家計簿で使うあの「表」ですが、Webページではこれを画面を分割していろいろなものをレイアウトするために使います。サボテンや本やTVを置いて壁を飾るおしゃれなラックを想像して下さい)。
それでは不自由だから、或いはつまらないからと、行間を空けたり、フォントを変えたり、クリックするとダイアローグが出たり、いろんなことをするための技術開発が今すごい勢いで進んでいます。
これらの技術は(メカオンチの人間には)難しい上に、「I.E.」と「N.N.」がずっと対立して競争してたせいで、それぞれ実行の方法が違ってて互換性がない。だから専門知識がない人間がいじるとキケンで、レイヤーで泣いた私のようなことになるのです。

で、私の使っている「ホームページPro3」はこのJavaScriptもスタイルシートも使えない作成ソフトです。
しかも・・・

新しい機能が使えないというだけならまだいい!
軽量化大作戦をやってる時に、ファイル・ソースをのぞいてみたら・・・なっなんだこいつ。あっちこっちいらないところに勝手に余計なHTMLタグをいっぱい書き込んでるぞ。タグも増えれば重くなる、と聞いてたので、「ホームページPro3」で作ったファイルをエディターに落として、要らないタグを片っ端から消していったら、30KBのファイルが28KBにダイエットしました。おまえが重くしてるんじゃないか〜!と思わず怒鳴りつけてペシペシしばいて逆さ釣りにしてローソクであぶってしまいました。

なんて恩知らず。手打ちでHTMLファイルを作る技術も根性もない人間が立派なH.P.をアップできたのはひとえにこのソフトのおかげだったのに。
でも別れの時が近づいてきているようです。いいヤツでした。ほんとうにお世話になりました。でもしょせん初心者が初めてH.P.を作ってアップするためのものです(そのためには使いやすいとてもいいソフトです!)。オレのことは忘れて幸せになってくれ。あばよ。

というわけで、今私はこれからどこへ行こうか途方に暮れているところです(笑)。
手打ちする根性も知識もないので、新しい作成ソフトを探すしかないのですが、「Mdn」に載っていた「Dreamweaver」という作成ソフトに心ひかれます。名前がいいです。「夢を織る人」って意味。

以上、人の欲望にはキリが無いというお話をしましたが(笑)、これからもできる範囲でこのWebページをできるだけCOOL!(あんど・でこらてぶ)に作っていくつもりですので、よろしくね。
自分のWebページに不満を感じてビギナーだなあと反省するのは、一年たっていろいろなことを知って少しは成長したからかもしれないと思いたいです。

あるいは単に飽きっぽくて、同じデザインに一年以上耐えられないだけかも(笑)。

とまれ、「ドルチェでいこう」は永遠に工事中です。

 

2000/1/19(水)『どうしてこんなに好きなんだろう?』

MENUページの大変更です。
やっとあの星空から逃れられたっ!(笑)
一年もずっと見てるともおうっとおしくて。それに字が入れづらかったんですよね、あのデザイン。

きっかけは雑誌「MdN」の今月号を読んだことです。
MdNはMacintosh designers Networkの略で、CG(コンピューターグラフィック)の最前線情報が載ってます。デザイン事務所などが毎月取って、応接室のラックに入れて、スタッフがお昼休みに読むような雑誌。1500円もするのに私にはチンプンカンプンのことばかりで、でもCG使うとこんなこともあんなこともできると(どうやったらできるかは分からない)ワクワクドキドキするので、好きで、時々買って読んでいます。昔おしゃれ好きな日本人が「VOGUE」を買うような心情を想像して下さい(笑)。

今月号の特集が「ウェブデザイン・ノウハウ集」だったんです。ハイ・テクニックで美しいウェブ・デザインの例がたくさん載っていて、もううわ〜〜〜こんなページ作りたい!(相変わらずどうやったらできるのかは分からない)。

12月に「レイヤー」を失敗したことがかなりショックでした。自分のWebページが重いと知ったのもショックでした。Webページを始める時、こんなグラフィックの使い方がしたいとか、こんなものを作りたいとかいうイメージがあったんですが、そのためには技術が足りないというのは分かってました。しかし、その理想とファイル及び画像サイズとの熾烈な戦いこそが「ウェブ・デザイン」だということを知らなかった。そういうところがビギナーなんだよなあとかなり落ち込んでぺしゃんこになってました。
そこに美しいWebページの数々を見せられては、改造だ〜!と決心するしかありません。

実は一月はメモリアル・マンスです。去年の一月末に遅まきながら「PhotoShop」を入れて、Webページを作り始めたので、あれから一年たったのかあと私としてはけっこう感慨深いものがあります。

最初はとにかくデコラティブでベタベタのページを作ってやる〜!と、素材を使いまくり〜の、ピンクとブルー使いまくり〜の、お星さまとお花使いまくり〜の。
最近趣味がちょっと変わってきて。COOL!(まだ生きてる?)なサイトを目指したいなどと。

でもCOOL!なページって技術がいるんです。
最近中田英寿H.P.が変わりましてね。いろんなコンテンツが増えてますますカッコ良くなって、人気サイトというのもありますが、ここ一年でWebページ作成の技術が全体的にかなり上がったんじゃないでしょうか。スタイルシートとかJavaScriptとかダイナミックHTMLとかに、Flashアニメとかムービーとかみんなどんどん組み合わせています。でも技術だけじゃダメ。グラフィックの才能がないと。でも技術とグラフィックだけでもダメ。内容がないと(笑)。
Webページ作成はかくもムツカシイのです。
でも面白いんですよね。だから面白いのか?

相変わらず技術はありませんが、どう変えようとか自分で素材作ったりして組み合わせたりしてると、本当に楽しくて夢中になってしまう。ああ、一年前と同じだ・・。
どうしてこんなに好きなんだろう・・?

COOL!なサイトとかいいながらまたけっこうベタベタなページになっちゃいました。だって女の子だもん〜(昔)。メカオンチは女性に多いと思うんですが、パソコンだって苦手なはずですが、Webの素材を作るのは女性の方が多いんじゃないでしょうか?かつてお人形さんの絵を描いて着せ替え人形をやっていた時代のように血がたぎりまする。ボタンとはよく言ったもの。貝殻ボタン、金属ボタン、この布地にはあのボタン、フチにチロリアンテープをつけて、夜なべ仕事でチクチクお裁縫。燃えて命賭けまする。
う〜ん。どうしてこんなに面白いんだろう?
私だけじゃないはず・・。

もっときれいな服が作りたいわ。そうよ、最近流行りのスタイルシートとJavaScriptとダイナミックHTMLを使えば、きっとサン・ローランのような服が私にも作れて、パリ・コレだって出られるわ・・・がらがらどっしゃ〜ん。いてててて〜っ。
スタイルシートとJavaScriptとダイナミックHTMLってなあにという人は、そのまま知らないで生きていきましょう。心の平安と三度の食事と充分な睡眠時間を失いたい人のお友だちです。

 

2000/1/13(木)

1月11日にオーケストラ・アンサンブル金沢の「ニューイヤーコンサート」に行ってきました。オーケストラアンサンブル金沢というのは、指揮者岩城宏之氏が音楽監督で、理事長が石川県知事で、名誉アドバイサーが高円宮親王で(歌舞伎座や東京文化会館や国立競技場その他、本当にしょっ中お会いします。がんばってるなあとファンです。奥様ステキです。)楽団員は世界から募集し、金沢のみならず石川県民に教養・娯楽を提供しつつ、石川県から文化を発信するというメセナ、ちがう。文化事業です。
今回はバンマス、あららら。コンサートマスターのマイケル・ダウス氏が指揮をしながら至宝のストラディバリウスを演奏しました。

曲目は一部がチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。二部がヨハン・シュトラウスのウィンナ・ワルツ&ポルカ&マーチ集。
チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」は好きです。動機 は不純。映画「ライト・スタッフ」のテーマに似てるから(笑)。
一楽章目は迫力が無くて、やっぱりフル・オケじゃないとあの迫力出ないのかなあと思いましたが(オケ金は室内オーケストラ)、二楽章はヴァイオリンの弦の切れがすごくて、ど迫力で、うわ〜すごい!!!と大拍手したら、そこで終わってしまった。三楽章はまだ練習してないんだって(爆)。
新聞やTVの地方ニュースでみんな知ってたよと父に言われて、こういう経過を楽しんで次の機会を楽しみに待つ地元オケの在り方ってけっこういいなあと思いました。
昔ベルギーにベジャールの「20世紀バレエ団」を見に行った時、専用劇場(名前忘れた)は劇場も演目も練習場に毛が生えたようなもので、海外公演とずいぶん違うなあと思いましたが、ブリュッセルのオペラ座が本舞台って使い分けをしてるようでした。もちろん「20世紀バレエ団」が好きなブリュッセル人は両方通うのです。

二部のウィンナ・ワルツ集。日本のオーケストラはワルツがヘタです。そもそもワルツは踊るための曲です。オタマジャクシの羅列じゃなくて、重いシルクのドレスの裳裾が大理石の広間にどれだけ美しくひるがえるかという視覚的なイメージこそ命。その三拍子の間隔の取り方は、指揮者やオーケストラによってみんな違うようです。私はトスカニーニが好きですが、カール・ベームのウィンナ・ワルツも大好きでした。先日の「ニューイヤーコンサート」のムーティはちょっとなんかすごかったですね。私はムーティのオペラは見たこと無いんですが、友人にはけっこうムーティ・ファンが多いので、一緒に追っかけやってその訳知りたいって思っちゃいました。

日本でワルツが一番うまいのは宝塚オーケストラだと思いますが、オケ金は日本のオケの中ではワルツがうまい方です。たぶん外国人が多いせいでしょうね。その演奏で「こうもりワルツ」や「美しく青きドナウ」をナマで聞くのは本当に快感、幸せ。
アンコールの「ラデッキー行進曲」では、みんな手拍子合わせて、楽しい一夜が終わりました。

 

2000/1/10(月)

成人式ですね。日が変わってから初めての。
突如映画が見た〜いと叫んで、昨日「ファイト・クラブ」を見てきました。「エピソード1」以来の久しぶりの映画館です。

たぶん毒のある面白い映画だと思う人は多いと思う。だからこれは個人的な片寄った感想として、行く行かないの判断にしないことを望みます。

このデビッド・フィンチャーという監督には前作「セブン」とこの「ファイト・クラブ」で共通した脚本の不満を感じる。
「セブン」はキリスト教七つの大罪をなぞる猟奇殺人が起こり、それを二人の刑事が追うという話だが(ブラッド・ピットとモーガン・フリーマン。犯人に殺されるブラピの奥さんがグイネス・パルトロウ。これが機縁で婚約までいったんだよね)、犯人がどういう人間かという「キャラクター」をまったく描かずに、彼を追う二人の刑事だけを描いた。それが意図的なものということは分かる。だが、どうしてそうしたかという監督の意図が私には分からなかった。犯人が人間的キャラクターを持っていないと、被害者たちの死も奥さんの死も「必然性」がない。ただの「暴力」を描きたかったのだろうか。しかし「暴力」にはいつだって人間としての必然があるだろう?交通事故とは違うはずだ。そのへんで頭をひねりながら映画館を出た。

そして「ファイト・クラブ」。都市も人間も健全であるためには「暴力」を必要とするという矛盾したテーゼには異議はない。しかし、○重人格?イスからずり落ちた。矛盾したテーゼが統合されて、手を繋いだ恋人同士の前で都市が崩れ落ちる。ハッピーエンドじゃないか、これは。

ブラピとエドワード・ノートンの間で葛藤と対決があって、ドロドロの解決されないままのラストが来ることを私は要求する。「インタビュー・ウィズ・バンパイア」はそういうラストだったろう(ブラピの最高傑作というと「インタビュー」と答える。ちょっとハヅカシイ)。

そういえばティム・バートンの「バットマン」もテーマは都市(人間)と暴力だった。勧善懲悪のコミックを借りて(「バットマン」自体がちょっと妙な世界だが)今はこっち側にいるがすぐあっち側に行きそうなマイケル・キートンのバットマンは悪役以上に怖かった。「2」ではペンギン男に感情移入して、そうだ、ゴッサム・シティーなんかぶっつぶせ〜と声援を送った自分も怖かった。

ティム・バートン監督の考えてることは私には分かる。でも、デビッド・フィンチャー監督の考えてることは私には分からない。
趣味が合わない監督だと、払った1700円(プラス交通費)を惜しみつつ、忘れてしまえばいいのだが、そうもいかない理由がある。フィンチャー監督がJ・エルロイの「ブラック・ダリア」を監督するというのだ。
お願い。やめて。

 

2000/1/7(金)

風邪なのか「おせち当たり」なのか、どうも分かりません。
確かに腹は下したんですが、悪寒やその他の症状が出て、風邪かと思ったら、それ以上悪化しない。ただ、体調の悪さがずっと続く。
これはいつも冬になる「太陽光線不足症」かもしれません。

太陽は人にとってエネルギーの素ですが、冬の北陸地方はほとんどが曇りか氷雨か雪です。
毎日暗くて、いつが朝か昼か夜か分からない。結果いつ起きたらいいか分からなくなり、一日が24時間じゃなくなって、起きると夜てなことが続いて、体調を崩します。
それでも今年はWebページがあるので、まだ救われてます。いろんな人とお話ができて、それで元気になります。

これから環境軽量化大作戦にかかるので、のんびりしてるヒマはありません。

 

2000/1/5(水)

あああ、やってしまいました。
実家から帰ってお腹を下し、「買ってきたおせちに当たったのね。年末に作り置きするからって、冷蔵庫くらい入れときなさいよ〜」と怒りまくり。ところがそれから寒気はするは、熱は出るは、やがて咳とくしゃみの連発。これはおせち当たりではない。りっぱな風邪だ・・!

あんなに自慢してたのに、プロポリス効きませんでした。ウィルスには効くけど、これはたぶんインフルエンザでなくふつうの風邪です。年末ファイルの軽量化や『紫苑ゆう』ギャラリーでちょっと無理したから、体力と抵抗力が無くなってたのね。不摂生と栄養不良・・自業自得。悔しい。

いつもは楽しい「PhotoShop」作業が、頭がぜんぜん働かなくてマウス動かそうとすると筋肉痛が走ってムリがききません。20000HIT記念イベントは遅れます。・・ムリかもしれない。ちょっと寝ます。と横になって『アンダーグラウンド』(村上春樹)を読んでるとますます気分がめり込みます。

2000/1/1(土)

明けましておめでとうございます。

おかげさまで去年はつつがなく過ごさせていただきました。
本年もどうかよろしくお願いいたします。

思えば去年の一月に「PhotoShop」を入れたことが、このWebページを作るきっかけになりました。あれ以来、生活が変わりました。
いろいろな方にお寄りいただいて、いろいろな方とふれ合いを持てて、Webページを機縁にアンテナがびんびん伸びて、オフ会までやってしまって、パソコンの向こうに広がったもう一つの世界をのぞき込んで驚くことばかりの、本当に刺激的で楽しい「よい一年」でした。

この数ヶ月Webページをやってきて、思っていたことが予想通りにいかなくて慌てたり、いろいろな方の反応を受けて、ああ、こうすればいいのかと教えられたりして、Webというのは「生き物」だなあと痛感しました。そりゃあそうだ。ネットって生きている人間を繋ぐラインですものね。
その結果、以前より生活も頭もずっと刺激を受けることが多くなって、自分も自分の環境もずいぶん変わったような気がします。

今年はさらに大きなパソコン君をお迎えして(^^;)、本人もメカもメモリを増やし、画像、パソコン道に磨きをかけて、さらなる電脳の海の遙かな水平線を目指してどんぶらこと航海を続けていきたいと思っています。どうかよろしく。

そして、関わりを持ったみなさま、ちょっとお寄りになっただけのみなさまにも、幸せで楽しいことの多い一年であるよう祈りつつ、そのお手伝いがちょっとでもできたらいなあなどという初夢を見たいと思います。