ジョルディ・サヴァールとは何ものかについて、
よけいなお世話ではありますが、
ちょっと解説させていただきますと

JORDI・SAVALL NOTE

 

-経歴-

指揮者にして、当代随一のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。

1941年、スペインのカタルーニャ地方のイグアラーダIgualadaに生まれる。

故郷の町で合唱団に入り、バルセロナの音楽院でチェロを学んだのち、1968年から1970年まで古楽研究者にしてヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のアウグスト・ヴェンツィンガーがスイスのバーゼルに開いた「スコラ・カントルム・バジリエンシス Schola Catorum Basiliensis」に学ぶ。

卒業したのち、そこの先生になった彼は、1974年、各国からスイスに集まった仲間たちやスペインの演奏家と一緒に、エスペリオンXXという器楽アンサンブルを結成し、中世・ルネサンス・バロックの音楽の正確な解釈と、新しい演奏形式で注目を浴びる。

20年住み慣れたスイスを離れてバルセロナに戻った彼は、1987年に、1800年以前の古典合唱を研究するラ・カペラ・レイアル・デ・カタルーニャ LA CAPELLA REIAL DE CATALUNYAを結成する。

1989年にはバロックと古典のオーケストラ、コンセール・デ・ナション LE CONSERT DES NATIONSを結成する。

スペインの古謡や埋もれた作曲家の作品を発掘して、それを正確な音楽史解釈と自由でファンタジックな美しさに満ちた演奏で表現する彼の業績は高い評価を得ていて、これまでにさまざまの音楽賞を受賞している。

奥さまは古楽ソプラノ歌手のモンセラート・フィーゲラス
サヴァールのCDのソプラノ・ソロはほとんど彼女が歌っています。

 

 

その手兵は

エスペリオン XXI HESPERION XXI(HESPERIONは「西方の」というヨーロッパの西のイタリアやスペインをさす言葉で、なんだ、このペケペケ・イ?とずっと思っていたXXIは、21世紀のことで、ヴァンテアンと仏語読みするようです)

器楽中心の10人前後のアンサンブル。
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リラ(むかしのヴァイオリン)、アルパ(昔のハープ)、リュート、むかしのフルートなどの古楽器を、現代の第一人者といわれる人たちが体の一部のように自由自在に操って、中世、ルネサンス、バロックの音楽を演奏します。
よみがえった中世のお祭りの放浪楽団、あるいは敬虔な教会付属の楽士、ときには王様の舞踏会のオフィシャル・バンドとして、世俗曲から宗教音楽まで中世・ルネサンスの器楽曲を奏でます。

ラ・カペラ・レイアル・デ・カタルーニャ LA CAPELLA REIAL DE CATALUNYA

エスペリオン XXIは器楽アンサンブルですが、それに10人前後のソプラノ、テノール、カウンターテナーなどの合唱が加わり、みんなで宗教曲や世俗歌曲、民謡などを演奏します。

コンセール・デ・ナション LE CONSERT DES NATIONS

1989年、とうとう室内オーケストラまで作っちゃいました。
バッハやリュリなどの、バロック時代の曲を演奏するためのようです。

この三つのグループを縦横無尽に使い分け、ヒマなときはトン・コープマンのチェンバロや、クイケン三兄弟の一人、ヴィーラントとヴィオラ・ダ・ガンバの合奏をやって、いつ寝てるんだろう…、中世からバロックの曲まで、有名な曲から無名な曲までつぎつぎと演奏し、CDを発売し続けている精力的な人です。

 

ヴィオラ・ダ・ガンバという、不思議な音色を奏でる楽器

を、サヴァールは弾くのですが、これはかたちも、足の間に挟んで弓を当てて弾くところもチェロにそっくりですが、六弦なので、四弦のチェロやヴァイオリンとはまったく別の楽器だそうです。

これがヴィオラ・ダ・ガンバ。
チェロとそっくり →
←でもね。よく見ると弦を持つ手のひらの向きが違うの。

ヴィオラ・ダ・ガンバは17,8世紀に、とくにフランスで上流階級の室内楽として栄え、チェロやヴァイオリンが盛んになるにつれ、衰退して消えてしまった楽器です。
弦は金属ではなく、羊の腸をよじったガット弦です。

その音色は、弦楽器のバリトンともいえるチェロに似ていて、たとえばヨーヨー・マの弾くチェロの音のツヤと、どこまでも広がる「気んもちいぃ〜!」という伸びこそ無いものの、その暖かい響きはじんわりと人の心に染み入って、やっぱりチェロのご親戚ではないかと思います。

ところで、わが敬愛するトスカニーニ大先生は、音楽院でチェロを学び、指揮者になる前はオーケストラでチェロを弾いていました。
今や古楽を超えてベルディまで(!)指揮する大家となったアーノンクール先生も、なんと古楽のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者です。

チェロは「人間の声に一番近い楽器」といわれますが、これを弾く人間はきっと大指揮者に向くのです!(単に私がチェロを弾く指揮者が好きなだけかもしれないが…)

それにしても、アーノンクール先生はウィーンの貴族出身と聞いていましたが、あのマリア・テレジアと結婚したフランツ・ロートリンゲンの家臣としてウィーンにやって来た貴族の末裔とは…。(ロートリンゲンのことを知りたい方は、「ミッテル・オイローパの地平線」と「ハプスブルクの宝剣」(藤本ひとみ)をお読み下さい)、あの穏やかな町ウィーンもいろいろ歴史的地層が重なって複雑なんだなあと、ますます親近感を持ってしまいました。

サヴァールのヴィオラ・ダ・ガンバの演奏を聴きたい方には、オルティス「レセルカーダ集」をお薦めします。


ディエゴ・オルティス Diego Ortiz
レセルカーダ集
Recercadas del trattado de Glosas,1553
viola:ジョルディ・サヴァール Jordi Savall
Clavecin:トン・コープマンTon Koopman

録音1990年

ASTREE ES9967


チェロのようななめらかで遠くまで響くいい音は出せませんが、ひっかかってかすれるその音色がえもいわれぬ情緒をかもしだすヴィオラの魅力が、これを聴くときっと分かってもらえると思うし、伴奏のトン・コープマンのチェンバロは、サヴァールのヴィオラにシャンシャンシャンとまとわりついて、ひなたぼっこをしてる縁側の猫のようにじゃれたり、ちょっかい出したり、楽しそうに遊んでいます。

サヴァールのヴィオラ・ダ・ガンバの、今最高の到達点じゃないかと思います。
(サヴァールは「最高傑作」が多い人ですが(^^;)

 

奏でる曲は器楽曲で、踊るための曲である

中世までのキリスト教、つまりカソリックは、ギリシャ・ローマから受けつがれた音楽の遺産を継承して、今日の教会で奏される特殊な色のかかったミュージカルともいえるスペクタルな教会祭儀音楽を作り出しましたが、それは祈るための曲で、合唱が主体で、ア・カペラの曲が多いようです。

楽器のリュートはペルシャのウードが起源といわれていますし、ほかにもシルクロードを通ってさまざまの楽器がヨーロッパにやって来たようです。
アフリカやアラブやトルコの音楽の影響のもとに、ヨーロッパ中世の器楽曲が発展したそうですが、サヴァールを聴いているとそれを実感します。


ラ・フォリア La Folia
viola de gamba: Jordi Savall
guitare: Rolf Lislevand
clavecin: Michael Behringer
その他
録音1998年

ALIAVOX AV9805


スペインの舞曲である「ラ・フォリアLa Folia」を、コレルリやマレ、オルティスなどの有名作曲家が作ったものから無名の伝承曲まで、一枚に収めた、ぜんぶ「ラ・フォリアLa Folia」づくしのCDです。

ヨーロッパ音楽の器楽曲は中近東の影響を受けているといいましたが、私はエスニック音楽が好きで、かつて中近東やアラブやインドやインドネシアやバリ島のCDを買い、トルコでベリーダンスも見ました(笑)。
でも、民族音楽はその土地で演奏しないと輝かないのかなあと失望することが多くて(つまり民族性にはね返されちゃったんですね(^^;)、いつかエスニック音楽を買わなくなりました。

この「ラ・フォリア」を聴くと、貴方は即席スペイン人になってお茶の間で踊り狂うかもしれません(笑)。
地域や固有の文化の「色」を失うことなく、普遍的な「音楽」を作り出した珍しいアルバムです。

ところで、「ラ・フォリア」は映画「王は踊る」のバックに使われたのですが、こんな音楽で踊れるのはガンダムだけだわ…!といいたくなるような重たい演奏で、あれを聴いて「古楽」ってキライと思った方がおられましたら、どうかサヴァールの「ラ・フォリア」やリュリを聞いてみて下さい。
もっと楽しいです。人間も踊れます!

 

そして、サヴァールの面白いところは

広場で演じられる吟遊詩人の俗謡や地域的民族音楽を奏でるのとまったく同じテンションで、バッハやバロックの作曲家の曲を演奏するところです。

音楽の目的は人の心を楽しくさせることだから、もともとジャンルなんてあとから付けたもので、教会で鳴る音楽であろうと、芸術家の作る音楽だろうと、俗謡だろうと、人が求める「音楽の美しさ」を演奏すればいいだけで、あたりまえのことかもしれません。

それでも、それを演奏として表現することはとても難しいことのようです。
どんなジャンルにもいい音楽もあれば、うまい演奏家もいます。
サヴァールはとても「いい」音楽家だと思います。

 

古楽奏者になるために必要なものは

まず古楽器を用意します。

新しく作ることもあれば、昔の古い楽器を探し出してきてそれを修理して使うこともあります。
サヴァールのCDには「使用した楽器:1697年ロンドン製」なんて楽器のクレジットが付いてて、この人はヨーロッパからアフリカ、アラブまで、いつも物置や古い倉庫をクモの巣だらけになって探しまわってるんだろうか…。

次に、当時の楽譜を発掘したり、どういうふうに演奏されていたかという時代背景の資料調査をすることが必要です。

しかし、古楽奏者に一番必要なのは、歴史がフジツボのようにくっつけた夾雑物や時代の力学的磁場から自由になって、「音楽」とはなにか、自分はどういう「音楽」を演奏したいかを知ることでしょう。

そういう意味で、古楽奏者はジャズやロックなどの現代のアーチストに似ています。

時代も風俗も文化環境も変わっている600年前の音楽をそのまま復元するのでなく、今を生きる人にどうやって聴かせようかと考えて、その答えを出して、肉体を通してそれを表現する人の「古楽」でないと、聴いていてもあくびをするだけです。

サヴァールは、ヴィオラ・ダ・ガンバの弦を持つ右手や、アンサンブルを指揮するパーフォーマンスを通して、「自分の音楽」を他人に伝えることができる人の一人のようです。

 

最後に、私が献辞を捧げたいのは

パーカッション担当のペドロ・エステヴァン Pedro Estevan氏です!

サヴァールのCDで太鼓やタンヴァリンなどあらゆる打楽器を担当している人ですが、この人がアンサンブルに与えるリズムが無いと、エスペリオンXXIの音楽を聴いても私はこれほど感動しなかったんじゃないか…。

じつは私は昔から打楽器フェチで、今まで一番好きなパーカッショニストは「クリーム CREAM」のジンジャー・ベイカーでした。
このエステヴァン氏のパーカッションは、それ以来の感動でした!


エスペリアのリラ  La Lira d'Esperia
Lira,Rabab,Vieles:ジョルディ・サヴァール Jordi Savall
Percussion:ペドロ・エステヴァン Pedro Estevan
録音1996年

ASTREE ES9952


サヴァールがリラやラバブ、ヴィエールなどの中世のさまざまの弦楽器を弾き、エステヴァンがさまざまの打楽器を演奏する、合奏曲集(笑)。
(笑)マークが付くのは、お祭りで使うようなフィドルみたいな弦楽器と、大太鼓、小太鼓などのタイコで、クラシック史に残る名盤を作っちゃったサヴァールったら、もぅ〜、と身をよじって「感涙」してるとこだと思ってください。

ルックスは70年代のラビ・シャンカールみたいで、おいくつなのかよく分からないエステヴァン氏ですが、これからも長生きして、サヴァール氏ともども、私たちを興奮させる音楽を作り続けていってほしいです。

 

 

かつて瀬戸内海を初めて見たとき、停泊する船の向こうに、おだやかな青い波とけぶる島影を見て、海とは人と人を結びつけるものなのかと驚きました。
日本海しか見たことがないものには、海とは人と人を引き離し、地と地を隔てるものだったので。

地中海もまた、人と人が行き来し、文化と文化が混じり合い、古代から近代まで、さまざまの文化を産み出し、その果実はさらに海を超えて、今アジアの片隅で生きてる私たちの毎日を楽しくしてくれます。

碧い海と、白い泡と、オリーブの木々と、明るい陽光よ、永遠なれ。

 

サヴァールはとにかくCDの多い人なので、私が聴いたCDはほんの一部です。
ぜんぶ制覇するのにあとどのくらいの月日とお金がかかることか…(涙)。
上に書いたのは、今まで聴いた中から、これはお薦め!と私が思うものです。
新しく聴いて、スゴ〜イ!と感動したら、またきゃっきゃっ騒ぐかもしれないので、その時は「ああ、またやってるね」と優しく笑ってやってください(^^;)。

 

 


2002/1/16

 

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