サヴァールをききながら

 

 

 

上の絵は、サヴァールのCDをききながら描きました。


シビラの歌
EL CANT DE LA SIBIL・LA
Mallorca・Valencia1400-1560

指揮:ジョルディ・サヴァール Jordi Savall
ソプラノ:モンセラート・フィーゲラス Montserrat Figueras
ラ・カペラ・レイアル・デ・カタルーニャ
La Capella Reial de Catalunya
録音1998年

ALIAVOX AV9806


 

 

「シビラの歌」はたぶん中世のイベリア半島の(マジョルカ、ヴァレンシア1400〜1560となっていますね)宗教曲ではないかと思います。

「思います」というのは、サヴァールのCDはほとんど日本版が出ていなくて、私が持っているのは輸入盤で、サヴァール自身は今スペインに本拠を置いて活躍している人なので、購買層はヨーロッパ全土に渡るらしくて、ライナーノーツはすべてスペイン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、英語etc.で表記されて、それがCDサイズの12センチ角に小さい字でぎっちり収まっているので、とても読めたものじゃないのです(笑)。

輸入盤は安いところはありがたいんですが(^_^)。
サヴァールに関しては、ご本人の情報も、彼が発掘して演奏する曲の情報も、日本では手に入りにくいので、日本版で西洋古学史に詳しい方が解説を書いてくれたら、そちらを買いたいのですが。

でも、ま、いいのです。
音楽史なんか分からなくても、私は感覚だけで生きてるいいかげんな人間なので、この曲はあの時代にああいう人がこういうふうに歌ったんだろうな、とか、この曲はああいう事情の中から生まれたんだろうな、とか勝手に想像してるだけで、なんだか楽しくなるのです。

だってそもそも「古楽 Early Music」自体がどういうものであったか、だれも知らないのです。

西洋音楽の楽譜が、私たちが今学校の音楽の時間で習った記譜法で表記されるようになったのは17世紀のことで、それ以前は、四角い音符がただ上がったり下がったりしてる「メモ」みたいなものだったらしい。

楽譜なんかにとらわれずみんな即興で演奏したり、かってに変奏したりしていた。
とうぜん、トルバドールには著作権なんかなかったし、町のお祭りで歌われていた歌はもちろん、王さまや貴族の広間で演奏されていた曲だって、後世へと伝えられていくうちに変化して、新しい流行が出てくると忘れ去られて、どこかの屋根裏部屋でむかしの楽譜の切れはしが見つかったときは、どうやって弾くのか誰も分からなくなっていました。

修道院で歌いつがれてきた有名なグレゴリオ聖歌も、今主流とされる演奏法は19世紀の解釈だそうで、中世の修道院にタイムマシンでまぎれ込んだら、まったく違う曲を歌ってるかもしれません。

 

このCDを聴いていると、天井の高い石造りの神殿が思い浮かびます。

荘厳なキリスト教の教会ではなく、ビザンチンか地中海の向こうからちょっと異教的要素が混じり込んだ、いかがわしげな、信者が帰ったあと夜中に乱痴気騒ぎをしてるかもしれない、裏口を出たところにあいまい宿が列んでる横町があるような…(笑)。

そこにいる美しい祭司は悪徳の前に捧げられた生贄かもしれない。
いや。彼そのものが悪徳の命令者として君臨しているタイラントかもしれない。

中世のキリスト教教会はそのどれもがあって充分堕落してましたから(笑)、いかがわしいから異教なのではなく、サヴァールのCDがどれもはなつイベリア半島の香りから、そんなイメージが喚起されたのでしょう。

サヴァールの演奏する音楽は、ヨーロッパというより、地中海の音楽です。
中世の地中海はヨーロッパでも、アフリカでも、アラブでもなく、 同時にヨーロッパでも、アフリカでも、アラブでもあるという、フシギな空間でした。

東はギリシャ、エジプト、マケドニア、西はローマ、スペインまで、古代から近代まで、光りが影を作り、生はいつも死を孕み、破滅が創造を生み出す、磁場を作りました。

イシスも、ヴィーナスも、アフロディテも、マリアも、地中海の波の中から生まれました。

サヴァールの音楽を聴いていると、そんな地中海の豊穣な歴史に、思い馳せるのです。

 


この絵は「吟遊詩人」と同じく、Winsor&Newtonの透明水彩で描いた絵に、「Photoshop」で加工をかけました。

透明水彩というのは塗りかさねて下の色を出すから「透明」というので、色が薄いうえに、発色が悪い。しかも、色落ちする…(涙)。

時間がたつとカラーがはげる、というのではなく、画面が乾くと、塗った色が薄くなるのです。
苦労したあげく、やっと「これでフィーニッシュ!」と筆を置いて、翌朝見ると、わたしこんな白い画面描いた覚えないわ〜、と泣きながらふたたび筆を取って画板にペタペタ色を塗り重ねる、ということを繰り返しました。
(少なくともWinsor&Newtonの透明水彩は、乾いた画面にいったん吸着した色は、月日がたっても変色しません)

しかも、どんなにキレイに描いたつもりでも、印刷したときに地味で、カラーインクやアクリル絵の具のリキテックスの発色に負けてしまうので、透明水彩は非効率的だと使わなくなったんですが、色を重ねられるし、やり直しがきくし、透明水彩はどんな人にも一番使いやすくて、楽しく「絵」が描ける画材ではないかと思います。

筆を選ばない「弘法」ならぬ、パンピーな私は、カラーインクやリキテックスは、技術がないのでうまく扱えず、ツラい日々が続いたのですが(技術がなくてもごまかせるという利点もありますが^^;)、「Photoshop」を使うと、発色の悪さや、「質感が出せない」という欠点も、加工しだいでまったく違う絵にすることができるので、さいきんは透明水彩でペタペタやるのが楽しくてたまりません。