バロック・ディスコへ御招待!

『LUZ Y NORTE ルス・イ・ノルテ(ともしびと北極星)』
*スペイン、イタリア、南アメリカ、アフリカのバロック・ダンス・ミュージック*
ルカス・ルイス・デ・リバヤスの音楽書『ルス・イ・ノルテ』(マドリッド1677年刊)より

THE HARP CONSORT・ANDREW LAWRENCE-KING

録音1994年
BMGファンハウス BVCD-1510


正直いって私がサヴァールとアーノンクールばかり聴いているのは、新しいCDを買って失敗するのがコワイ小心者のせいだと思う。

「このアーチストど〜かな〜、私のシュミに合うかな〜」と悩みに悩んで、薄いサイフから数枚のお札を取り出してやっとCDを買う。家に帰ってプレイヤーに乗せて、ドキドキしながらスイッチを入れて、スピーカーから音が流れ出したとたん、「あ、失敗した〜」とガックリ膝を折るあの瞬間が、私は死ぬほど嫌いだ。

「2300円返せ〜」(輸入盤はそれくらいで済むけど、日本のCDは3000円だから、なるべく買わない)と「失敗した」CDに向かってののしりまくり、いや、こんなCDを購入した私が愚かだったんだ、軽率だったんだ、自業自得なんだという自己嫌悪で落ち込む。しかも私はとても狭い部屋に住んでいるので(家財道具が多すぎるという意見もあるが)、ただでさえキツキツのCDラックが、こんなつまんないCDのためにますますキツキツになるのかと思うと悔しくてたまらない。こんなつまんないCDのためにCDラックを増設して、それが部屋に増殖していくのかと想像するだけで、おぞましさのあまり身の毛がよだつ。
それならさっさとセコハン・レコード店に売ってしまえばいいんだが(さいわい近所にけっこう高く買ってくれる中古屋さんがある)、つい思ってしまう。
今は気に入らなくても、いつか気が変わってこの良さが分かる日が来るかもしれない…。

というわけで「お気に召さなかった」CDがある程度たまると、分類が始まる。
これは「ど〜しよ〜もない」CD類か?「いつか聴き直してその良さが分かる」CD類か?
そしてそのCDを再び聴き直すとますます無駄な時間が浪費され、決断のつかないCDが床に積み上がり、狭い部屋はますます狭くなって、なにをどう片付けていいのか分からなくなって、ああ、こんなCDさえ買わなければ、こんな苦労をしなくてすんだのに〜っ!

サヴァールの「聖母マリアの祈り」(モンテベルディ)は最初その良さが分からなくて、「つまんないなあ」。でもレコード評では高得点なので売らないで取っておいたら、かなりたってから聴き直したら、「あ、甘い」。ダルいってことじゃなく、単純で素朴で荒削りだけど、Very Very Sweetなモンテヴェルディなのね。ほかのいろいろな声楽曲を聴いたあとでその良さがやっと分かった。今は愛聴盤です。捨てないでよかった(笑)。

最近レコード屋さんには試聴盤コーナーがあってヘッドフォンで聴けるようになっていますが、コレが案外クセモノで、試聴用チェンジャーで聴いて「いいな」と思ったCDを買って帰ってウチの「LINN&タンノイ」システムで聴くと、音がまるきり違って失敗することが多い。試聴用チェンジャーはカー・ステレオの音だね(Nakamichi製が多いけど、かつてNakamichiのテープデッキを愛聴していた私としては、なんだか裏切られた気分で悲しくなる…)。
むかしむかし、レコード屋さんが銀色の小さい円盤ではなく、黒くて大きいレコードを売っていた頃のおおむかし。買おうかどうしようか迷ってるレコードをカウンタへ持っていくと、フクロから出してお店のプレイヤーでかけてくれました(CDや輸入盤のLPのようにセロファンでパックされていなかったので、出し入れ自由だったのです)。自分のシュミが店中に鳴り響くのはなんだか恥ずかしかったけれど、その音はウチのステレオとよく似た音だったし、それで店員さんと会話する機会ができて、あれ聴いた?とか、これいいよ!とか教えてもらったりして…私がまだセーラー服を着ていた頃の懐かしい思い出です。

そもそも私が買おうと思うCDは極北の辺境音楽ばかりなので(笑)試聴できないものが多いし、ヘンな音楽や古楽関係はインターネットで買うしかなくて、これぞと思うCDをまとめて数枚「えいっ!」と注文を出して、やっと届いた宅急便のパッケージをハサミを探すのももどかしく手でバリバリ破って開けて、どれから先に聴こうかなとドキドキしながらCDをプレイヤーに乗せて、「失敗した〜、2300円返せ〜!」(笑)。
店頭で買うよりインターネットで買う方が「失敗率」が高いような気がします。「ジャケ買い」てありますよね。ジャケットが気に入ったから買う。そのたたずまいを見てそこから送られてくる電波が自分の波長と合うか、合わないかを直感的に判断して、買う買わないを決める。ジャズ・ファンがよく使う手ですが、雑誌やディスプレイ上のデータで判断するより、やっぱり手に取って「キミキミ、キミはいったいどういう音楽を奏でるんだね?」ってそのCDに問いかけて、じっくり語りあったのちにレジでお金を払いたいものだなあ。
十枚買ってうち五枚当たれば「幸せ」。勝率五割。でも、これに達しないことが多い…(涙)。

そういうインターネット買いをして、宅急便から出てきたCDをかけたとたん「大当たり〜!!!」と、大感涙したのがこのアルバムです。
アンドリュー・ローレンス・キングというのはサヴァールのエスペリオンXXIの一員として「聖母マリアのカンティガ」「カタルーニャ千年の歌」「オルティス:レセルカーダ集」などで中世やバロック・ハープを弾いている、たぶんヨーロッパでは第一人者で、自分でも「ハープ・コンソート」というグループを作ってCDを吹き込んでいます。
サヴァール以外にどういうCDを買おうかな?と思ったとき、サヴァールと一緒にプレイしているアーチストに手を出してみる。これはマイルス・デイビスにけつまずいて感動した人が、彼と共演したプレイヤー(ビル・エヴァンスやジョン・コルトレーン、さかのぼってチャーリー・パーカー)を順番に聴いていけば、いつの間にかあなたも立派なジャズ者になれる!という、有名な「いもずる方式」という方法なんですが、サヴァールでこの「いもずる方式」が使えるってことは、これから彼のことを古楽界のマイルス・デイヴィスと呼んでやろう(笑)。

このCDにはもう一人、エスペリオンXXIのペドロ・エステヴァン氏が出稼ぎ…いや、参加しておりまして、この方はアフリカン・リズムに影響を受けた独特のリズム感をお持ちのとても優れた古楽パーカッショニストで、私は大好きなんですが、そのせいかかなりサヴァール的雰囲気のCDです。ペドロ・エステヴァン氏が参加していないサヴァールのCDは、サヴァールじゃないと思っている(笑)。

バロック・ディスコで一番の人気とクオリティを誇るのは、やはりサヴァールの「La Folia ラ・フォリア」でしょう。
「La Folia ラ・フォリア」というのは16、7世紀にヨーロッパで流行った舞曲で、その発生はポルトガルとかスペインとかイタリアとか、いろんな本にみんな違うことが書いてあるのでよく分からないんですが、ようするにあの時代の南ヨーロッパで大ブレイクしたダンス音楽ということで、その踊りはタンバリンを打ち鳴らしてかしましく騒々しく踊って、正気を失っているように見えるゆえに「狂気」「から騒ぎ」とかいうような意味の「La Folia ラ・フォリア」と名付けられた…お祭りの正道をいっている音楽です。

短調でたぶん八分の六拍子である「ラ・フォリア」はダンス音楽から、世俗的歌曲、ビウエラ曲集などに取り入れられて広まり、やがて王宮で王侯や貴族たちも踊るようになって、名だたる作曲家たちがその主題を取り入れてさまざまの曲を書くようになり、ヴィヴァルディやバッハも「La Folia ラ・フォリア」を作曲したそうです。

このCDには「スペイン、イタリア、南アメリカ、アフリカのバロック・ダンス・ミュージック」という副題が付いているんですが、17世紀にルカス・ルイス・デ・リバヤスというスペイン人が南ヨーロッパや海を渡った新大陸で演奏されていたダンス音楽を採集して、それに解説をつけて出版した『LUZ Y NORTE ルス・イ・ノルテ』という音楽書(マドリッド 1677年刊)があるそうで、その本に載っている曲をアンドリュー・ローレンス・キングとハープ・コンソートが演奏したのがこのCDです。

この頃はハープとハープシコードとギターは同じ譜で演奏したそうで、へえ〜、そ〜なのか〜(79点くらい)。たしかにどれも弦をはじいて演奏する楽器だもんねぇ。てことはフラメンコもハープ伴奏で踊れるのかなあ。
この頃の音楽は演奏法が今に伝わっていないので、その当時の楽譜をどう演奏するかは、それぞれの古楽奏者が資料を調べたりいろいろ工夫したりして苦労しているところですが、ハープは近代楽器が失ったフシギな抑揚と音色を聴かせてくれる楽器で(バロック・ハープというのはアポロンや中世の吟遊詩人が持っている腕に抱えるハープではなく、今のオーケストラ・ハープに似た形をしてるんですが、ペダルとか大きさとかが違うらしくて、今のオーケストラ・ハープとは音色がまったく違う。ピアノやヴァイオリンが19世紀に退化したのと同じ理由で、今のハープは好きじゃない^^;)、このCDには今のクラシック音楽から消えてしまった中世、バロック・ハープの魅力的な音色がぎっしり詰まっています。

「LUZ Y NORTE」は直訳すると「光りと北」。ともしびと北極星。コロンブスとともに光りを求めて船出したスペイン人たちが、北極星を海路の道しるべにしながら新大陸へたどり着く。船にギターやハープを持ち込んでいた彼らは、そこで奴隷として連れてこられたアフリカ人たちのリズムと出会って、新大陸で新しい音楽を生みだします。それがヨーロッパ大陸へ逆流して、ヨーロッパの作曲家たちに刺激を与え、クラシック音楽を活性化する。
このCDにはそんな「大航海時代」のころの音楽のダイナミズムも記録されております。

このCDの音楽は「ラ・フォリア」より古い時代のダンス音楽なんですが、むかし読んだ「チェーザレ・ボルジア 優雅なる冷酷」(塩野七生)に、アレクサンドル六世はスペイン生まれで、その息子チェーザレ・ボルジアは舞踏会でスペインのダンスを誰よりもうまく踊った…という記述があったと記憶しますが、ああ、こういう音楽でチェーザレが踊ったのか…という姿を想像できるところが、このCDの「袋とじ」お楽しみ付録といえましょう(笑)。

ところで「La Folia ラ・フォリア」を私が最初に聴いたのは数十年前、グレゴリオ・パニアグアのレコードでした。

 


『古楽狂想 ラ・フォリア』
グレゴリオ・パニアグア指揮 アトリウム・ムジケー古楽合奏団

録音1980年
ビクター VIC-28079 (これはレコードで、今はCDで出ています。ジャケットの絵はゴヤの「砂に生き埋めの犬」プラド美術館蔵)


パニアグア兄弟はスペインの古楽奏者で、グレゴリオ、エドゥアルド、ルイスと兄弟で古楽を演奏するので、古楽界の「ジプシー・キングス」と呼ばれています(うそぴょん^^;)。

<フォリアの一族>のいろいろなパターンやいろいろな作曲家のヴァリエーションを集めたトータル・アルバムってところはサヴァールの「ラ・フォリア」と同じですが、こちらはシタールを使って「ラ・フォリア」を演奏したり、「わらの中の七面鳥」や「ピンク・パンサー」をはさんだり(おなじ舞曲だから?)、いつまでも下りない針のイタズラをしたり、「ラ・フォリア」を使って遊びまくって、とっても楽しいアルバムです。
さまざまの「ラ・フォリア」をさまざまの角度から超絶技巧で演奏しまくるサヴァールの「ラ・フォリア」は、この舞踏のリズムを極めようと一途に追求する修道僧みたいなところがあるんですが、パニアグア兄弟のこのレコードはリラックスして、好きに音楽やってて、ホント楽しそうだなあ。。。
お祭りにも精神性を求めずにはいられないサヴァールは、それがゆえにうっとおしいところもあるし、だから彼の音楽は「古楽」をこえて「サヴァールの音楽」になっているんだろうなとも思うし…、音楽に対するスタンスの違いはホントにいろいろありますね。

 


『いくつもの川を越えて生まれた言葉たち』
森山直太朗

 

録音2003年 UPCH-1271



森山くんはきっとバロック・ダンスは踊れないと思うんですが、ジャケットが合うんじゃないかと思って、ここに載せました。
夜空には星とともに、月も輝いていなくちゃね(笑)。

日本ものを聴きたいなと思って、まとめていくつかAMAZONに注文を出して(期間を過ぎたものはディスカウントになるので)、それが全滅して…(どうも私は日本のCD制作技術陣とは趣味が合わないようです。彼らの多くは固くてアイソも色気もない、カー・ステレオに特化した音を目指しているような気がします)、その中で唯一生き残ったCDが森山くんでした。

初めて彼の歌を聴いたのは、ラーメン屋さんの有線で流れていた「さくら(独唱)」。
私はむかしから生ギター一本で歌をうたうアーチストがニガテなんですが、この人の声にはなんだかよく分からないエネルギーがあるなあ、と思いながらつるつるラーメンを食べていました。

日本の近代歌謡史で一番裏声を使うのがうまかったのは美空ひばりといわれますが、森山くんの裏声は日本近代史二番目くらいに美しいんじゃないかと思う。

それからCMで彼の声をよく聞くようになりました。
耳についたそのフレーズを、テレビやラジオで全曲聴くと、CMで受ける印象とはまったく違う曲なので、この人が持っている、歌を人の心に響かせる「構成力」は並みじゃないなあ…。

あの体操会場で逆立ちしながら電話するCMに使われた「かざう〜た〜、くちずさ〜め〜ど〜」という歌が、じつは反戦歌だって知ってました?
さすが「サトウキビ畑」の息子。
そんなことをいうと、もちろん彼はあの半テンポずれたお笑い役者みたいな斜にかまえた態度で「そんなんじゃないですよ〜」って笑いとばすことは分かっています。

ま、聴く人がいろいろな意味に解釈できる名曲、ってことにしときましょう(^^;)v。



2004/2/13

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