『L'art du Ud ウードの芸術』
MUNIR BASHIR ムニール・バシール

Munir Bashir(Ud)

録音1971年
OCORA/ C 583068



むかしむかし、あるところに。

といってもほんの二十年ほど前ですが、細野晴臣、別名ハリー細野さんが「これからはチャンプル〜よ」といって、ロックやテクノや戦前のジャズに沖縄のカチャーシーやアジアや南米の音楽をミクスして作った『泰安洋行』や『はらいそ』などのアルバムを、私は今でも愛聴しています。その「チャンプルー」(ごちゃまぜ、というような意味でしょうか?)がこの頃とうとう日本の音楽シーンの主力になってきたなあと、最近の日本の音楽の「国籍不明化」を(これは肯定的意味です)心から喜んでおります。

明治以降、日本人は西洋クラシック音楽を崇拝したり、ジャズやポップスを日本ナイズして「流行歌」を作ったりしてきましたが、なにせ日本人は好奇心旺盛で勉強熱心で目的に向かって真摯な向上心の強い民族ですから、その両者でかなりの成果をあげてきましたが、そこには音楽以外の「フィルター」がいつもかかっていたように思います。たとえばクラシックは「文化的に高級」とか、ジャズをやっているものはアメリカという国に憧れ、シャンソンを歌うものはフランスに憧れ…とか。

最近の日本の音楽を作っている人たちは(アーチストだけでなく制作側も)アタマでなくカラダで、コンセプトではなく生活で外国音楽を吸収して、「影響」ではなく「自分の音楽」としてそれをマーケットに送り出しているような気がして、強い円が人やモノの行き来を加速度的に豊かにして、多くの日本人が等身大の「外国」と触れあって、これまで日本と外国のあいだにあった目に見えない垣根が消えたのだとしたら、「バブル」にも肯定的側面はあったんだな…と評価したいものです(笑)。

とくに聴いてて面白いなあと思うのは女性アーチストたちです。
ウタダもいいが、浜崎あゆみ…!
歌詞が聞き取りにくくて、歌もそんなにうまいとは思わないが、彼女には時代を切りとってそれを人に納得させて慰める巫女みたいな存在感を感じて、大量消費時代のコマーシャリズムが巫女を必要とするなんて皮肉だと思うんですが、サイボーグ化された巫女だと思えば、彼女こそ21世紀のディーヴァ(女神)かもしれない。ぜひとも平成の美空ひばりになってほしい…!と願っているんですが、さっさと結婚なんかして、信徒たちを路上に迷わせるのかもしれないなあ…。

しかし、私はローライズ・ジーンズをはいてヘソだしルックで外出すると翌日下痢で寝込むくらいのオバサンなので(あれはお腹が冷える)、辺境の極北的音楽生活をこれからもたった一人でドスドスと歩ませていただきます。

私の最近の極北的音楽生活はじつはジャズどころじゃない。人にいえないくらいもっと辺境の荒野、太陽にすら見放された地の果て、人っ子一人だ〜れもいない不毛の地をウロウロしているんです。ああ、口に出すのも恥ずかしい。ホント、田舎モノなんです、ワタクシ。
去年辺りからチグリス・ユーフラテス川の流域をウロウロしています。

辺境といっても、人類最古のメソポタミア文明の発祥の地のチグリス・ユーフラテス川流域といえば、数千年前ならパリパリの「世界の中心」で、しかもその西に広がる地中海は「文明の交差点」として栄えたところで…って数千年前の「ホット・スポット」を強調すればするほど遅れてるなあ、アタシ、数千年…(涙)。

つまり私は最近「ペルシャの伝統-イランの古典音楽」とか「トルコのトラディショナル・ミュージック」とかいうCDを愛聴しているのです。

弦楽器のマザーランドは

紀元前のチグリス・ユーフラテス川の辺りです。
いや、世界中のどこでも音楽は生まれて、それぞれの音楽にはそれぞれの故郷があるんですが、弦楽器の原型であるウードはこの地で生まれ、半分に切ったなすびに柄を付けたようなこの弦楽器がヨーロッパに伝わったとき、アラビア語の「アル・ウード」がなまって「リュート」という名になったそうです。
東へはシルクロードを通って伝わり、インドではシタールその他いろいろに変化し、中国では琵琶(ピパと発音するらしい)となり、日本の正倉院に伝わった琵琶も、さらには三味線も、すべてこれから始まったといわれています。

チグリス・ユーフラテス川と地中海の沿岸の音楽とはなにか?というと、どうも微分音階の世界ということになるようです。

ここで微分音階とはなにか? ですが。
私みたいに音楽の専門知識がまったく無い人間がこれを解説するのはとってもムツカシイ。でも一応やってみますね。ふう〜っ。

私たちが今学校で習っている音楽は「十二音平均律」といって、ドレミファソラシの七音のあいだに五つの半音を作って、その十二音で音楽を構成する世界ですが、これはヨーロッパの、それも近代の生みだしたオタマジャクシの行進だそうです。一オクターブをもっと違う方法で区切る「音階」が世界中にはいっぱいあるそうで、とにかくドレミファソラシは世界共通の音階ではなく、西欧の限られた時代で使われる限られた音階だそうです。

そういわれると、私の頭に一つの忘れられない光景が甦ってきます。
大昔に国立劇場の邦楽公演に行ったとき、もうじき百歳になるという「人間国宝」のおばあさんが舞台の上で三味線を弾きながら歌っていて、それがあまりに音程が狂っていたので聞いていて気持ちが悪くなって、「なんでこんなオンチが人間国宝なの〜?」って一緒に行った友人に言ったら、横にいたオジサンが「これが昔の日本の音程だよ」って教えてくれた。
あのオジサンは音大の先生だったのかしら?それとも邦楽のお師匠さま?…と今にして思うんですが。
しかし私は歌舞伎の舞台で長唄や清元や浄瑠璃をよく聴きましたし、能もけっこう見ましたが、あれほど音程が狂ってる〜と気分が悪くなった経験はないので、それらの音曲はすでに西洋音階に変えられているのか、それともあれが特別の伝統芸能だったのか、思い返すたびに未だにもんもんと悩みます。
私の記憶に間違いがなければ、その音楽は「河東節」という伝統芸能だったと思うんですが…。

もともと微分音階であった日本に明治維新以降「十二音平均律」が導入されて、音楽がドレミファソラシで教えられるようになって、それ以前の音楽もすべて西洋音階に変えられたようなんですが、こんなに忠実に西洋音楽を取り入れて、三味線や太鼓や琴などの伝統的楽器を捨てたのは日本だけだったみたいで、最近ようやっと学校でも三味線やお琴が教えられることになったそうですが、ちゃんと教えられる先生、いるんかいな〜?
アフリカ、アラブ、アジアの多くの国では今でも西洋音階を使わない、固有の音階で今も音楽を作っていて、そういう伝統音楽にロックやポップスを取り入れて大衆音楽を作って、そういうのをけっこうみなさん喜んで聞いている…らしいです。

一般にヨーロッパは和声、アジアは旋律、アフリカはリズム、といわれますが、「アジアは旋律」というとメロディーが美しいことと誤解されそうですが、これは音が上がったり下ったりするその繰り返しが感覚を刺激する作用を持つということで、キャッチーなメロディー・ラインを持つということではありません。(メロディーはどちらかというと西洋の得意ワザ^^;)

チグリス・ユーフラテス川の岸辺で生まれた「微分音階」は、その周辺の中近東や北アフリカに広まって、そこで花開きました。
地中海沿岸のイスラム圏では、ドとレのあいだをさらに区切って四つに分けたり、一番多いのはトルコの九つだったかな…?
ドとレのあいだを四つに区切ると、十二音階ではなく四十八音階になって(九つに分けると百八音階。どっひぇ〜!)、しかもそれは均等な四分割じゃなくて不均等な四分割だそうで、それをどうやって学んで演奏するのか?といえば、先生と弟子が向かいあってこの音はここ、この音はそこって、耳から耳へ、手から手へチョクに教えるんだそうです。免許皆伝、一子相伝の世界ですね。私は無知なのでよく知らないんですが、ひょっとして三味線やお琴は今もそうやって教えられているのでしょうか?

ヨーロッパもある時期までは「微分音階」だったんですが、グレゴリオ聖歌から中世・ルネサンス音楽、バロック音楽を経て、ここでは「和声」が発達しました。ハーモニーを作るには微分音階は複雑すぎて、音を単純化する必要が生まれました。ヨーロッパ音楽がハーモニクスを強め、さらにたくさんの人がたくさんの楽器を鳴らすオーケストラが多重的な音楽を作るようになって、その過程で微分音階は整理され、「十二音平均律」が基本になっていきました。たぶんベートーヴェンまでは微分音階を使っていたんじゃないかなあ…と私は思ってるんですけどね。

とくにピアノです。
チェロやヴァイオリンなどの弦楽器は弦を押さえる指の位置をちょっとずらしたり、弓をナナメに当てたりすることで音程からはずれた音を出せるし、笛なども息の吹き込みの強弱で音をズラすことができますが、ピアノは鍵盤をたたく音しか再生しない楽器なので、グレン・グールドが弾いたバッハの「平均律クラヴィア組曲」を聴いた時に「あいそむな〜」と私が感じた理由はこれだったのか…(笑)。

砂漠のアラベスク

微分音階に取りつかれたきっかけは、最近ウードをナマで聴く機会がありまして。

演奏していたのは北アフリカで勉強した日本人のアーチストの方で、アラブ風の民謡もエキゾチックで面白かったんですが、「これはアラブ様式の古典音楽です」といって演奏した曲が、同じような旋律を上がったり下がったりしながらそれをどこまでも繰り返すだけのじつにとらえどころのない曲で、でもなんだかそのリズムが心地よくて、アラベスクの唐草から枝が伸びて、そこから葉が生えてつるがくるくると広がっていく光景が目の前に浮かんできて、家へ帰ってもその響きが耳から離れませんでした。

こういう音楽を聴いたのは初めてだったので、ウードって面白いかもしれない。と買ってみたのがこのCDです。

1971年にパリで行われたイラクの有名なウード奏者のムニール・バシールMunir Bashirのソロ・リサイタルのライブ盤です。
ウードはギターや三味線に似た音を出しながら、それらよりずっと繊細で精神的な音楽を響かせる楽器です。

このCDを聴くと、私の目には数千年前のペルシャの夜の庭が思い浮かびます。
夜空にはくっきりと三日月がかかり、眠っているバラは昼のなごりの濃厚な香りを庭に放っていて、さっきまで人がさんざめいていたその庭は、今は人影もなく静まりかえっています。その庭をたった一人さまよっているのは、昼の宮殿で栄華をあたりにしろしめしていた王様かもしれないし、かつてこの庭に住んでいた幽霊に手を引かれて旅の音楽家が迷い込んで、廃墟の中でただ一人、音楽を奏でているのかもしれません。
琵琶法師ではなく、ウード法師版「耳なし芳一」ですね(笑)。
寂寥感におおわれた庭には燐光を放つ魂だけが飛び交っています。なにかを恋しがっているのか、なにかを追い求めているのか、なにかを悲しんでいるのか、ただ慰めを求めているのか、その乱舞を見ているうちにやがて夜の底が白んで朝が来ます…。

バシールのCDを聴いていると、音楽を聴くというより、音と音のあいだの沈黙を聴いているような気がします。

このCDをかけるのが一番いい季節は夏です。
ウードにシーズンは無いんですが、窓を開け放して夏にこのCDをかけると部屋中に夏草の香りが漂ってきて、窓の外からカエルの合唱や虫の音が加わって、それがCDと合奏になって、窓を閉めて部屋の中で聴く冬よりもいい響きになります。ひょっとするとこのCDには虫の音と草の香りを呼び込む力があるのかもしれません(笑)。

私はどちらかというと都会派の人間なんですが、都会派ゆえに(笑)いつか田舎にログハウスを建てて住みたい!という「見果てぬ夢」を抱いておりまして、このCDを聴くたびにベランダから庭に向かってこのCDを鳴り響かせたらどんなに気持ちいいだろうと考えてうっとりとしてしまいます。音楽は障害物もなくどこまでも疾走していき、深い緑の庭から草や花や虫がそれに答えを返して、えもいわれぬ交響楽を奏でるにちがいない…。願わくはナマのウード奏者と庭を手入れする庭師も雇いたいものですが、それはスルタンにならないと無理(笑)。

こういう音楽を聴きますと、ホント西洋音楽となんて違うんだろう。
こんなに違うのは、世界観が根本的に違うんだろうなぁ。

バシールがこのCDで演奏しているのはペルシャの古典音楽ですが、マカームMaqamという様式で書かれているそうで、マカームって何?どういうマカームがあるの?…って知りたいと思ったんですが、よく分からない(笑)。

ペルシャの東隣のインド音楽にはラーガ(旋法)というのがあって、それは天地大地の自然原則に従って音楽を奏でるために細かく決められた約束事で、朝に奏でる音楽、夕べに奏でる音楽がすべて決められているそうで、こんな話を聞いたことがあります。
むかしある王さまが約束に背いた「ラーガ」を音楽家に演奏するように命じました。「いけません、王様。それは天地に背く行為です」「ええい、ワシの命令がきけんのか〜っ!ぺし、ぺしっ」
というわけで音楽家がそれを演奏したら火事になって、音楽家がそれを鎮めるために「雨のラーガ」を演奏したら、火事がおさまったそうです。
でも私はインド音楽は代表楽器のシタールが金属的な残響音が大きくて、ちょっと苦手なんですが(笑)。

マカームMaqamっていったいなんだろうといろいろ調べたんですが、それで私が分かったことはイスラム音楽の資料というのが日本にほとんどないということでした。
むかしインド哲学を勉強することは、インドを植民地にしていた英国の大学であるオックスフォードやケンブリッジの学者が書いた資料を勉強することだと聞いたことがあるんですが、日本のアジア学ってそれからたいして変わってないのかも。

イラクやイラン、トルコや北アフリカ(エジプト、モロッコ、アルジェリア…他)では、今でもおっちゃんやおばちゃんたちがこういう音楽を聴いて歌ったり踊ったりしていて、先日までよくテレビに映っていたバクダットのレコード屋さんにもきっとそういうテープが並んでいたんだろうし(私がトルコで音楽テープを買ったとき、もとテープを使い古しのカセット・テープにダビングして手書きのラベルを付けて売るという、著作権?それはどこのカレーうどんですか?の世界でした^^;)、アメリカと手を組む、手を組まないでニュースになっていたクルド民族はどうやらとても音楽的才能に富んだ民族らしくて、イスラム音楽にはクルド人ミュージシャンがとても多くて、ロケット砲を担いでライフルをぶっ放してたクルド兵たちはきっと塹壕ではラジカセでこういうテープを聴いていたんだろうな。
中東で戦争になるたびに、日本は中東との仲介役になるべし!っていわれますが、こんなにイスラムのことを知らないのに、どうやって仲介役なんかやる気だろう(笑)。

ムニール・バシールについて

ムニール・バシールはイラク生まれの高名なウード奏者ですが、イスラム教徒ではなく、シリア系キリスト教徒だそうです。
中近東やアフリカには限られた地域に今でもけっこうキリスト教徒が残っているみたいで(イスラム教が生まれたのはキリスト教より600年後のことでした)、ローマ・カソリックやプロテスタントとは違う、いにしえにキリスト教が生まれた地でその信仰を守り伝えた一族の後裔として生まれて、イラクやトルコのウード奏者に教えを受けたあと、ハンガリーの音楽大学でコダーイ(クラシック音楽の作曲者)の教えを受けたそうです。

西洋音楽の洗礼を受けた彼のウードは、伝統主義者からは「異端」として攻撃されたそうですが、私はずいぶん昔から「民俗音楽」を聴いてきた経験からいって、他の文化と関わりを持たないで、その共同体の中だけで伝えていこうとする伝統音楽にはよそ者は入っていくことができません。一度外へ出て伝統を再構築する客観的な目を持った人の作る音楽だけが、その共同体音楽の面白さを境界のそとにいる人たちに伝えることができる。
「伝統を守る」ということは周囲からの影響や異質なものを取り入れながら、変化していくことではないか。そして「伝統」の本質を自分でつかんでいる人だけが、変化を恐れることなく「伝統」に新しい血を注ぎ込むことができるのではないか?

たぶんムニール・バシールはそういう人の一人です。
なぜそう思うか?と問われれば、まあ、とにかく彼のウードを聴けば分かります。と答えるしかありません(笑)。

ウード演奏をナマで聴いたことがきっかけで私は「微分音階」に目覚めましたが、始まりはサヴァールだったような気がします。

彼の演奏する中世・ルネサンスのスペイン音楽を今聞き返しますと、かなりアラブ起源の微分音階が使われていて、あれ、これはまるっきりペルシャのウードだ!と驚いて、クレジットを見たらアラブ名前のウード奏者だった、なんてこともありました(「Diaspora Sefardi」)。
いかに古楽奏者とはいえ、サヴァールや「ESPERION XXI」のメンバーは西洋音楽の訓練を受けちゃっておるので、微分音階のウードはさすがにヨソから応援を頼まないとダメみたいです。

HOW TO 辺境音楽のファンになるには

エゴ・ラッピンやジャズならまだしも、ペルシャ音楽までくるとちょっと聴いてみようかなと思う方はいないと思うんですが、ちょっと聴いてみようかな?と思ったあなたっ!あなたのためにここで私が「辺境音楽ファンのなり方」をコーチいたしましょう!ヘンジンがたくさん増えれば私も後ろ指をさされなくなるし、CDを入手するにも便利になるかもしれない、という下心でございます。

見知らぬ世界に踏み出す冒険者にはいつの日もガイドブックが必要です。
そこで本屋さんで「世界の民俗音楽ディスク・ガイド」(星川京児編 音楽之友社 2400円+税)という本を買います。
この本には今日本で手に入る限りで、世界中のいろんな音楽CDが紹介されています。
その本に紹介されているCDはふつうのレコード・ショップに置いてあることもありますが、置いてないことの方が多いので(この『L'art du Ud ウードの芸術』は定番なので、AmazonやHMVでは必ず取り扱っています)、インターネットでそういう辺境音楽を扱っているサイトを捜します。
けっこういろいろあるんですが、私がよく行くのはZeAmi http://homepage1.nifty.com/zeami/ です。

Munir Bashirは何枚もCDを出していて、検索をかけるときMunir Bachirとつづられることもあるということをどうか覚えておいて下さい。国境を越えるたびに名前のつづりが変わることはよくあることで、しかもこの人の名はもともと右から左へ書くイスラム文字ですからね〜。

このCDを出してるOCORA(オコラ)というレーベルは民俗音楽専門で、世界中の辺境音楽ファンから崇拝されているフランスのカルト(?)レーベルなんですが、ここのCDを聴いて私はハズレ!と思ったことがないくらい、出すレコードすべての音楽的完成度が高くて、でも未だにインターネット・サイトもないという信じられないくらい商売っけの無いとこで、ほかにもNonesuch(ノンサッチ)とか、シュミに命を捧げて自己犠牲に生きる人は世界中に多いんだなあ…(こ〜ゆ〜のゼッタイ商売になりませんからね〜)。ジャズ界には有名なブルーノートBlueNoteとかVerveとかRiversideなどあまたの伝説のレーベルがありますが、ここは民俗音楽界の伝説レーベルといえましょう。

「微分音階」音楽はペルシャ、トルコ、北アフリカの地中海沿岸に分散していて、それらは共通点を持ちながらそれぞれ違う個性を発揮していて、たとえばトルコ音楽はテレビ・ドラマ「阿修羅のごとく」の主題歌に使われて日本でも有名になった「ジェッディン・デデ〜ン」(先祖も父も勇敢なトルコ人だった、そして私も…と歌う軍隊行進曲)に典型的にみられる独特の太鼓リズムを持っていて、北アフリカの音楽はイスラム色にアフリカのリズムが加わったディープな響きで、でもワタクシは今のところウルとかアッシリアとかバビロニアとかアケメネスとかササン朝とかクセルクセスとかダリウスとか(自分でもナニをいってるかまったく分からない^^;)イスラムの影響を受ける前の古代ペルシャの影響を残しているように思える幽玄のイラン、イラク辺りの弦楽器が一番好きで、偏愛しております。
さらには、イラン、イラクのウード音楽は同じ弦楽器のスペインのフラメンコ・ギターなどにも影響を与えているんですが、それがなぜかという経緯もこののち研鑽を積み、もし機会がありましたら。

はやりのヒーリング音楽に興味がある方ならきっと中近東のイスラム音楽はお好きだろうと思いますし、昨今クラブでかけられているらしいトランスとかアンビエントとかの最先端音楽もかなり微分音階の民俗音楽の影響を受けているようなので、じつは周回遅れで走っているうちに、歴史の輪はくるっと数千年まわって、ワタシ案外最先端を走っているトップ・ランナーなのかもしれない(笑)。

という辺りで、今日は失礼させていただきます。ぺこり。

 



2003/7/14

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