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「友人のフランス人がバカンスに行くので、その間アパルトマンを借りない?」

 …パリの友人からの一通のE-mailから すべてが始まりました

 1998年6月9日〜7月2日

旅はMacと二人連れ

 

 1998年フランスW杯旅行記を読む

↓こっちは前書き 

とにかく疲れた。こんな疲れる旅行は初めてだ。

何しろ行く前から疲れていた。前年のアジア予選の躓きで、「おいおいおいっ」
加茂監督のサッカーに興味を持てなかった私は、「まあ、とにかくフランス行ってくれや」とあまり熱を入れてなかったのだが、まさか行けないとは思っていなかった。
何のためのJリーグだ。あんなに金かけてまた「ドーハの悲劇」を再現するつもりか。監督選びはマジメにやれ。本当にフランスに行きたいのか「腐ったミカン」どもは。

とまあ、日本中のサッカーファンがTVの前でハラハラドキドキ、怒り狂っているうちに97年の秋は暮れていくのでした。

やがて中田選手の働きで日本はアジア発フランス行きの3枚目のチケットを手に入れました。

ほっと胸をなで下ろし、さあ私もフランス行きだとはりきっているところへふって湧いた大騒動。

チケットが十万円〜?!

なんで日本だけが足元みられてこんな大騒ぎしなきゃならないんだ〜!

チケット代ン万円を払ってるという旅行会社のパンフも取り寄せましたが、もともと団体行動が不得手でパック・ツアーは苦手な体質。

W杯中は飛行機もホテルも一杯で、ツアーに入らないとW杯は見られないみたいなことが言われていましたが、あの観光大国のすべてのホテルが一杯になるわけがない。そもそも開催都市は10カ所で、試合のある日だけその2カ国のサポーターが来るだけで、他の所や他の日は関係ないはず。W杯もオリンピックもダフ屋からチケットが買えると聞いていたし、手に入らなくてもフランスの観光をしてくればいいやと同行者を募りましたが、そんなものずきはどこにもいなかった(涙)。

そうこうしているうちに6月は目の前に迫ってくるし、飛行機の予約もしなきゃならないし、しょーがない、1人で十日ほど行ってくるかと悲壮な決意を固めているところへ上記のメッセージが届いたのです。

パソコン買ってホントに良かった〜!

そう思いました。

 

そういうわけで、6月9日から7月初めまで、おフランスはパリーで過ごしました。
見られた試合は4つ。うち一つが日本対ジャマイカ戦です。

クソゲーでした。わはは。

証拠品

でも予選リーグなんていくつかの例外を除いてはみんな駆け引きのなあなあ試合みたいです。強いところほどのらりくらりと試合して決勝リーグを計算してる。スペイン対ナイジェリア戦とかドイツ対ユーゴ戦みたいなのは特別。サッカーが見たきゃ決勝リーグから行け、というのが今回得て今後に生かしたい教訓です。
チケット高そうって思うでしょう?でも予選と違って決勝リーグって組み合わせが決まるのが直前なのでサポーターが右往左往、そこを上手く立ち回ればゲット出来るんです。

 

試合より面白かったのは、世界中から来てるダフ屋の観察とやり取りと駆け引きです。スタジアム前に英語、フランス語、スペイン語が飛び交うインターナショナルな無法地帯が広がります。

さらに面白かったのは十五年ぶりに訪ねたパリーの町。すっかりエスニックタウンに生まれ変わってて、すごく面白くて刺激的でした。
借りたアパルトマンがそういう移民街の中にあったせいもありますが。

  

パリのホテル3日間の予約と3週間アパルトマンを借りる約束とエールフランスのチケットだけを握りしめ、おまけにノートパソコンを小脇に抱えて成田を飛び立った私がそのあとどういう運命をたどったか!?

 

涙無くしては読めない根性無しでなまけ者の悲惨で情けない旅行記です。

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