1998 World Cup France
June 13

インスタント・パリジェンヌの第一日目は荒れ模様の天気で始まった。

窓の外は鉛色の空、木枯らしが街路樹を揺らして、時折氷雨がザバアッと吹きすぎる。
この時イギリスの右肩あたりに寒気団が居座って、ヨーロッパ中が寒さに震えていた。
私が日本からトランクいっぱい持ってきた衣類はタンクトップや半袖ばかりで、トレーナーも麻やコットン素材だから防寒に役立たない。
布団を体に巻き付けてベッドの上でしばらくブルブル震えていたが、我慢できないのでヒーターを付けようとしたら、スイッチの入れ方を聞き忘れていた。
6月にヒーターが必要とはさすがのLilyさんも思わなかったのだろう。

チケット騒動の記事を朝まで読んでいたので、睡眠不足。
日本だけでなく、オランダ、ドイツなどにもチケット不足は広がっていた。
フランスW杯組織委員会(CFO)に問題があったようだが、はっきりした理由も状況も分からない。
分かっているのは、とにかくこんなW杯は初めてだということと、W杯観戦は難しくなったということ。

明日14日はトゥールーズで日本×アルゼンチン戦がある。
行けるようならTGV(フランスの新幹線)でトゥールーズへ行ってチケットを探してみようかと思っていたが、こんな状況でチケットが手に入るはずない。
私はオフトの時と違って今は日本サポーターではない。W杯に群がる野次馬というのが正確なところだ。トゥールーズにいらっしゃるみなさん、どうかくじけずがんばって下さいとあっさり諦めた。

なにしろ予選会場がトゥールーズに決まった時、アルゼンチン!と叫ぶより先にジョフレ〜!と叫んでいた。ジョフレ・ド・ペイラックはゴロン夫妻の「アンジェリク」に出てくるトゥールーズの伯爵さまである。スペインとフランスの境にあるトゥールーズは昔からパリとは違う文化が栄え、中世には吟遊詩人が活躍したことで有名だ。その富と繁栄をルイ14世に妬まれて、ジョフレは無実の罪で火刑になり、それからアンジェリクの壮大で波瀾万丈の大ロマンが始まる。
憧れのジョフレさまの暮らした町トゥールーズを一目見たい!
行った友人談:「今はエアバスの工場で栄える地方工業都市で、中世の面影はもう無いよ。」
ペイラック伯爵の領地でA300を作っているところを見られなくて残念だ。

 

雨の晴れ間を見はからって、Bellevilleの町をうろついて買い物をする。
ごらんの通り、ありふれたパリの下町。両側には中華やタイなどのエスニックなお店がズラッと並んでいる。マクドナルドもある。メインストリートから外れると、新しく立ったアパルトマンが立ち並んでいる移民と労働者の町。
クロワッサンやパン・オ・ショコラが美味しい。
中華のテイク・アウトも美味しい。
アパルトマンの向かいはアラブ人のカフェで、ヒゲのオジサンたちが店のTVでモロッコやイランの試合に歓声を上げている。
この町は妙に居心地がよくて落ち着く。

TVでW杯観戦。
スペイン×ナイジェリア戦。予選中一二を争う、壮絶な試合だった。

試合が終わり、その解説をするレポーターの後ろで二人の日本人の男の子が「CFO、Le Billet S.V.P(チケットちょうだい。フランスW杯組織委員会さま)」と書いた日の丸の旗を掲げてニコニコ笑っていた。
レポーターは「おお、これはチケット騒動に巻き込まれた日本のサポーターですね」
とかナントカいいながら、体をどけて、二人をカメラに撮してやった。
ナントでこんなパーフォーマンスをやってるってことは、フリーでリュックしょって来て、明日トゥールーズへ向かう子たちかな。猿岩石みたいでカワイイ。
「We have no ticket.But We have etiquette!」というプラカードを持っている子もいたと、あとでTeraさんから聞いた。「なんてヒドイダジャレだ」と彼女は怒っていたが、私はこんなおバカなパーフォーマンスができるなんて日本人も大したもんだと感動した。
フランス人はチケット不足で日本人が暴動を起こして暴れるんじゃないかと心配していたそうだ。
みんなニコニコしてるので、日本にフーリガンはいないとホッと胸をなで下ろしたそうだ。
そう。日本にフーリガンはいないよ。その是非はまた別問題だけどね。

メキシコ×韓国戦。韓国健闘するも、こんな試合をやっている限り決して決勝リーグに進出できない。
アジアに足りない物は何だろう。
オランダ×ベルギー戦。三試合目となると見る方も体力の限界。途中から寝てしまった。

試合内容より、客席の空席状況ばかり気にしていた。
イタリアの時と違って、予選リーグから客席が満員だ。これはダメかもしれない。
にわかパリジェンヌならぬ、にわか移民になってこの町でのんびり過ごし、お天気がいいらしい南フランスを旅行して日本へ帰ろうかな。
かなり弱気になっているな。

 


ヤback

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