-解説-



それにしても、いつも私はけっこうとんでもないスケジュールで旅行します。 …なぜだろう?きっと貧乏性なんだろうね。

この旅行記は1991年の8月から9月にかけて、三週間ほど友人と二人でリュックを背負ってイタリアを旅行したときの話を中心に、ほかのイタリア旅行のエピソードも入れて、フィクションとして再構成しました。 
出てくる人物も実物そのままではありませんので、「実在の団体及び人物には関わりありません」と打たせていただきます(笑)。
「歴史ロマンDX春の号」(1994年)に載ったもので、このあと「ブルボンの封印」や「エリザベート」などまとまった作品が続いたので、巻末にちょっと入れる、というワケにいかず、単行本には未収録となっております。
ほんとうは本で読んでほしいんです。小さい描き文字が多くて見づらいでしょう?活字はけっこうキレイに出るんですが、描き文字はスキャンするとボケます。ボケないように画像解像度を上げると、ファイルサイズが重くなる…(涙)。

1991年のイタリア旅行は、南から北へとイタリアを電撃のように駆け抜ける過密スケジュールでした。
バスで名所から名所へ飛びまわる団体ツアーにこそ入らないものの、「あれも見なきゃ、これも見なきゃ。今度いつ来られるかわからない。見のがしたらもったいない!」という勤勉な旅行をプアーでロウアーなレベルでする私は、典型的日本人です。

でもまあ、いろいろなところへ行ったし、いろんなものも見たし、疲れたけど楽しかったです。
スペースの関係と画力の問題で(^^;)、ここに描けなかったこともいっぱいあります。
ますますイタリアが好きになった旅行でした。

当時フィレンツェに友人がいたので、美味しいリストランテやふつう観光客が行かないようなところまで連れて行ってもらいました。とくに友人が勤めていた額縁屋さんはフィレンツェ駅の近くの職人街にあって、なんかここ、ルネサンスがまだ続いてるな。こういう人たちが働いてるから、今もイタリアは美しいんだな。

噴水のお庭で有名なヴィラ・デステは枢機卿イッポリート・デステが夏の別荘として作ったお屋敷です。
この人のお母さまはルクレツィア・ボルジア。あのチェーザレ・ボルジアの妹さんとフェラーラ大公アルフォンソ・デステの息子さんです。
ローマのボルゲーゼ宮殿とか、今はエトルリア美術館になってるヴィラ・ジューリア宮殿とか、イタリアには枢機卿が作った宮殿がいっぱいあります。まったくイタリアの枢機卿ときたら、お金持ちなだけじゃなく、みなさんいい趣味をお持ちでございますね。 よっ、パトロネージの芸術家っ!

トマトスパゲティの作り方ですが、カンズメのトマトをフライパンにあけたあと、イタリアではフォークを使ってトマトをプツプツつぶしてたんですが、私はごはん用しゃもじを使ってドカドカつぶしてます。この方が効率がいい。よ〜く練って液状にして、トマトソースとスパゲティをからめて下さいね。バジリコの葉っぱをちぎって散らすとさらにグーです。

海外で日本料理屋さんにはあまり入らないけど、チャイニーズはよく入ります。イタリアのスパゲティはけっこう油っこくて、中華麺の方があっさりしてるので、食べたくなるんです。「海水の至るところ、華僑あり」で、イタリアでも中華料理屋さんは多い。シルクロードのはしっこで、マルコ・ポーロの伝統があるし。
でもイタリアの中華料理屋というと、思い出すのは映画「ドラゴンへの道」(笑)。
イタリアに惚れ込んだブルース・リーが、ローマの中華料理屋さんを舞台に(ちがうぞ、なんか)、最後にコロッセオで悪役と対決する、決闘なんかどこ吹く風とあくびするノラネコがとてもかわいい映画です。
ブルース・リーも古代ローマの闘技場で、一人の戦士として戦いたい、と夢見たんですね…。

ミラノで入った美味しいビステッカのお店にはスキラッチに似たお兄さんがいて、サーヴィスを心得た彼のおかげで私たちはとても楽しい夜を過しました。
一緒にワインを空けた彼女はどうしたかな。日本へ帰ったら離婚するんだと言ってたけど。お元気かしら。

イタリアの経済政策はメチャクチャと書きましたが、ウラ話を聞きますと、ほんとメチャクチャでした。
みんな税金払わなくて、公務員は仕事をさっさと切り上げて、アルバイトにセイを出して、その稼ぎは申告しなくて、あのころ国家財政の三分の一くらい、非課税の裏マネーが流通してるって言われてました。
そのイタリアより、日本の方がメチャクチャになっちゃうとはね(笑)。
EUの一員としてモラルを正したそうですが、あの国はべつにアングロ・サクソンのグローバル・モラルなんか見習わなくてもいい。モラルのもとホンのキリスト教の牙城だもの。幸せに生きるための民族遺伝子を古代ローマから受け継いで、目かくししながら上手に綱渡りする(笑)彼らを見てると、近代経済学なんて青い、青い〜。

エスプレッソマシーンは最近日本でもよく目にするようになりましたね。
東急ハンズだけじゃなく、今はドトールでも売ってるので、あれは助かります。
4年に一度は空だきしたりして、新しいのを買わなきゃならなくなっちゃうんです(笑)。
火にかける小さいのではなくて、本格的な大きいヤツを使ってる方もふえましたね。
問題は、いつも豆でした。
コーヒー豆屋さんで売ってるイタリアン・ローストとかヨーロッパ・ブレンドはドリップ式とかのふつうのコーヒー用なので、ちょっと味が違う。イタリアのスーパーで売ってるLAVAZZAやSEGAFREDOのアルミパック包装のエスプレッソ豆が欲しくて、池袋西武の地下食料品売り場のイタリア食材コーナーから宅急便で送ってもらっていました。
一、二年前に金沢のデパートの食品売り場で見たときは、嬉しくて跳び上がりました!
もちろんイタリアにはエスプレッソ用に焙煎した美味しい豆を売るコーヒー豆屋さんがたくさんあります。でもそーゆーのは船やヒコーキで輸入して日本で売るわけにはいかない。イタリア旅行に行って、トランクに詰めて帰ってくるしかない。近々イタリアに行くという幸運な方のために、一応アドレスを書いときます。
●ANTICA TORREFAZIONE GIORNALIERE DEL CAFFE di ROGAI ***Via dell'Oche,21r tel:218749
サンタマリア寺院からシニヨーリア広場に向かって細い道を入ったVia dell'Ocheにある、フィレンツェの人が「ここが一番美味しい」という豆屋さん。ホント美味しかった!
TAZZA D'ORO*** Via Degli orfani 84 tel:6789792
「タッツァ・ドーロ」は黄金のお皿という意味。本店はローマのパンテオンの向かいにあります。ぜひここの騒がしいカウンタで「アン・キャフェ、ペルファボーレ」といってエスプレッソを飲んで下さい。スペイン広場の「カフェ・グレコ」でユーガにお茶するより、ローマっ子気分になれますよ〜。
イタリアのエスプレッソは南へ行くほど濃くなる…ような。北のミラノのエスプレッソはフランスのカフェと味が変わらない。ローマのエスプレッソはかなりドロドロ系で、濃すぎるという人もいますが、私はドロドロ系が好きらしく、ナポリのエスプレッソが一番好きだったなあ。

私がサッカーファンになったのは1990年のW杯イタリア大会をTVで見たせいなので、以来イタリアというと遺跡や美術館以外にカルチョを見るというのが旅の重要なテーマになりました。
パルマに行ったのは1993年のイタリア行きの時でしたが、ちょうど弱小チームだったパルマが強くなり始めたころで 、たしかゾラとかいたっけなあ…。よく走る組織のしっかりした「まじめ」なチームで、サポーターもおとなしくて家族連れが多くて、あそこに中田が行ったんだなあ。彼の性格には合うんじゃないかなあ。生ハムもチーズも美味しいし。スタジアムに屋根できたかなあ…。

安ホテルマニアの私は、旅の醍醐味はどういう宿に泊まったか、中でもイタリアの三つ星ホテルが一番面白い!と思います。
でもホテルの話はすっぽり抜けています。なぜかというと、その前に出たコミックス「花の都に捧げる」の巻末に、「君よ知るや南のホテル」というタイトルでホテルの話ばかりまとめて描いたからです。
このJewelry boxに載っている「君よ知るや南のホテル」がそれです。興味のある方はそちらもお読み下さい。

この中に出てくる夜やっている美術館も、同じくこのJewelry boxに「夜の美術館」のタイトルで写真満載で載せているので、よろしかったらご覧下さい。重いですが(笑)。

しかしイタリアについて旅行記を描いたり、写真集を作ったりすることほど空しいことはないと思うんです…ほっ(嘆息)。
あの国へ行った人は景色や美術品を見るのでなく、その目で「幸せ」を見るのです。

 

250g×2パックのSEGAFREDOのエスプレッソ豆パックだす〜
空港のDUTY FREE SHOPで山のように買えますぜ、ダンナ


2001/8/1