カルチョでいこう

 

90年、TVでイタリアW杯にはまりました。

どっぽん。

そして翌年、ミラノのサンシーロスタジアムで生試合初観戦したという大馬っ鹿やろーです。

 

「い〜男がいるなあ」

最初は不純な動機でした。

特に気に入ったのはイタリアチームのジャンニーニ、バレージ、ゼンガ、ドナドーニ。
オランダのファン・バステン、フーリット、ライカールト。(このW杯は調子悪かったが、あとでビデオで見た'88ヨーロッパ選手権はすごかった)

その結果、イタリアのセリエAのミラノにあるチーム、ACミランのファンになりました。
名監督アリーゴ・サッキのもと、オランダトリオがACミランで活躍していたのです。
「えーしーみらん」というとイタリアでは通じません。「あー・ち・みらん」です。私はそれで恥をかきましたはは。

当時はWOWOWも無かったので、東京12チャンのセリエAの録画ビデオを東京の友人に送ってもらったりして大変でした。

ああ。フーリットは「黒蜥蜴」になってろう人形にして博物館に飾っておきたいぐらい綺麗な体だったなあ。やたらまわりの人に抱きつくのでずいぶん目の保養をさせてもらいました。いや、単にフレンドリーな性格だっただけですが。
ファン・バステンもゴール前の芸術家でした。

でも一番好きだったのはライカールトです。

ディフェンソーレ、チェエントロカンピスタ(ミッドフィルダー)、アタッカンテ(フォワード)、何でもこなすオールラウンドプレーヤー。
キック、頭どこからでも得点でき、絶妙のボディバランス、冷静な判断(イタリアW杯ではキレましたが)。
ミスター・ミランのバレージと並んでやるべきことを淡々とこなす職人肌のクールビューティ。間違えた、クールガイ。
その切れること無いスタミナでサッキ軍団のダイナモをやってました。

カルチョはカルチャ?

ところで、セリエAを見ているうちに、体の使い方とかパスの回し方とか、オレはこうやるんだ、オレはこうやりたいんだって一人一人がバラバラに自己主張してるくせに、それが集まって一つのチームとして見事に機能してる。
これって一人一人はすごく自分勝手なくせに、他人にとても気を使ってバランスを取ってうまく社会を動かしてるイタリアって国そのものじゃないか…?

そうか、サッカーはその国の国民性を現すのか。こりゃカルチャーだと日本のサッカーを見たら、みんな同じことやってたので私の意見は正しいことが証明されました(笑)。

 

↑ヴェネチアのガラス屋さんで売ってたピンクパンサーのサッカー人形。右端のフーリットだけ二千リラ高い。

日本にもサッカーがあったのね

みんな同じことやってる日本サッカーも、92年に代表監督にオランダ人のハンス・オフトが就任して目覚ましく変わっていって、それはめくるめく喜びの日々でした。

そして私は地元チームがイノチというイタリアでの教えを忠実に守ってオフト・ジャパンを応援し、Jリーグに熱中し、ドーハで玉砕しました。
とってもいたかったです。

 

今は、ミラニスタではないです。
TVでジュビロの試合を応援しています。
一番気にかかるのはトルシエ・ジャパンです。

実業団も無かった金沢にも、プロリーグを作ろうなんて動きが出てきて嬉しいです。

でもオランダイタリアはやっぱり好きです。

 

 
     

 

 

こっこれはなんだ〜っ!?

このゴールキーパーは長髪をパツキンに染めたヨシカツか?

 

サッカーに狂い始めた頃に描いた最初で最後のサッカーイラストです。笑ってやって下さい〜!

左のトーン肌の写真モデルはライカールトかな。ボディ・バランスの低さから見て。

 

あの頃とっても「サッカー漫画」が描きたかった。

「シャンペン・シャワー」以上のサッカー漫画は描けないと今は諦めました。

 

注1:Calcio(カルチョ)とはイタリア語でサッカーのことです。
注2:ミラニスタとはACミランのサポーターのことです。

 


1999年12月28日

 

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