踊る男たち

 

この時代は男二人でタンゴを踊らなきゃなりません。すごい先入観だ。

ケン・ラッセルの映画「ヴァレンチノ」でハリウッドの映画スターのヴァレンチノ役のルドルフ・ヌレエフとニジンスキー役のアンソニー・ドウエル(ロイヤルバレエ団)が踊ったのを覚えてる方は、お年が分かります。

えんび服とタキシードにはちょっとフェチでちょっとうるさいのは、幼少の頃から好きだった宝塚の影響もあるのでしょうか。ただでさえかっこいいダンディズムに倒錯の香りが絡まりますからあれは子供に見せると人生狂うかもしれません。個人的には戦前の大スター小夜福子さん(さすがに見ていない。写真のみ)と紫苑ゆうさんのえんび服が好きでした。

第一次大戦と第二次大戦の間のこの時代、戦争に負けたドイツでは戻ってきた軍人が仕事もなく当時隆盛を極めていたダンスホールで一時間何マルクでご婦人の相手をして踊ったそうです。
ドイツではこれをジゴロといい、フランスでいうジゴロ=ヒモとはちょっと意味が違うようです。

ついでにベルリンでジゴロをやっていた映画監督のビリー・ワイルダーによりますと、男はジゴロ的性格と非ジゴロ的性格に二分されるそうです。
大ざっぱにいってイタリアやハンガリーはジゴロ的性格、ドイツや日本はジゴロに適さない性格と言えましょう。
ジークフリートはドイツ人ではないようです。

「Tango Noir(夜のタンゴ)」となっていますが、歌詞はその頃の流行歌「奥様、お手をどうぞ」です。
ダンスホールでお相手しながら、貴女をこんなに好きなのに私にはその資格がない、と歌うWork Song(?)です。
今でも何となくどこかで流れている曲なので、聞くときっと「ああこの曲か」と分かると思います。低音部に始まりタンゴのリズムで一気に高音部へ駆け上がるところがじつにいい気なもんだぜ、このスケコマシって感じで大好きな曲です。
「Shang-hai1945」のサーシャのパーティーで本郷さんが目を覚ましたのもこの曲です。
そういえば、本郷さんはジゴロに向かない性格で、サーシャは立派なジゴロになりそうでした。

 

マレーネ・ディートリヒとか「会議は踊る」の主題歌とか映画「スティング」の主題歌のスコット・ジョプリンとか、戦前の懐メロは好きでけっこう詳しいです。(日本も)

当時はサロン・オーケストラというのがダンスホールやカフェなどで演奏していて、人気があった楽団の一つにバルナバス・フォン・ゲッツィ楽団があります。貴族の血を引く軍人の家の生まれとかいうハンガリー人のバイオリニスト(もはやハンガリーの呪いだな)。「碧空」とか「夜のタンゴ」とかヒットを飛ばしてコンチネンタルタンゴを作ったといわれてる人です。
アルゼンチンの港町で娼婦が客と踊っていたというタンゴとスラブ・ジプシーの哀愁はどこか通じるものがあるのかもしれません。

かくてこの時代、上品な人も下品な人もみんな一緒にタンゴを踊るようになって、タンゴだけじゃなくてチャールストンやジルバやらなんでもかんでも踊りまくって「頽廃と狂騒のダンシング・エイジ」とか呼ばれて大騒ぎを繰り広げた192,30年代でした。

確かに、病んだ時代だったのかもしれません。
でも私はカラオケよりディスコが好きな人間なので、踊る時代というだけでこの時代にひかれてしまいます。

人間て踊った方がいいと思うんですよ。楽しいし踊ってるだけでドーパミンが出てますます楽しくなるし。ううむ。それでバッカスの巫女やええじゃないかになったらやっぱり社会の病害菌になるのかもしれません。

最近ディスコが下火なので寂しいです。だから2ビートなんて日本人にムリだっていったのに。みんな体ケイレンさせてるだけってカンジだったじゃないですか。

最近は流行にのってピアソラとか聞いてますが、聞くだけで踊れないってのもつまらないものです。

今年の夏は盆踊りで「だんご三兄弟」とか踊りたいです。

 

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