こんな悲惨な戦い、見たい!

悲惨な戦い/なぎらけんいち
73年 作詞・なぎらけんいち 作曲・なぎらけんいち




私はかつてあの様な 悲惨な光景を見たことがない
それは10年以上も前の 国技館の話です

片や巨貫の雷電と 片や地獄の料理人若秩父が
両者見合って待ったなし ガップリ四つに組んだその額からは
玉の様な汗がダラリンコンと流れだして来て
若秩父のマワシをしめ出すのだった

このしめったマワシがいずれ あの不幸な事件を巻き起こすとは誰しも
あの 世にも恐ろしい戦いになるとは 誰しも思わなかったのだ

全く引力とは恐ろしいもので 
地上に浮いている物は 下へおっこちてしまうのだから
アレヨアレヨと思う間に若秩父のマワシは 落ちた

さすが天下のNHK すぐにテレビカメラを消せと命じたが
折りも悪くもアルバイトを使っていた為に アップで放映してしまったのだ

ラジオのアナウンサーが又、アナウンサーで
テレビを見てない人にはわからないものを
すぐにお近くのテレビのスイッチをひねって下さい等と言ったものだから
見なくてもいい人まで見てしまったのだ

さすが天下の国技館 すぐに照明を消せと命じたが
折りも悪くもパートタイムをつかっていた為に 
スポットライトをあててしまったのだ

全く全国3万人の相撲ファンの皆様は 意外な事実を知ったのだ
でっかい身体にゃちいさな●●●がつき物だと
そういう事実を知ってしまったのだ

さすが木村庄三郎
あの ソウ うちわみたいなヤツでかくそうとしてやったが
彼も非常に興奮していたもので
股間をイヤという程 軍配でなぐりつけてしまったのだ

その時彼の脳裏には 一つの言葉しか浮かばなかった
その時彼の頭の中には 一つの言葉しか浮かばなかった

何か身体をささえる物はありませんか 何かつかむ物はありませんか
何かつかむ物はありませんかと 目をこらして見たら
目の前にあった

私はかつてあの様な 悲惨な光景をみたことがない



なぎらけんいち(なぎら健壱)

東京生まれ。
70 この年のフォークジャンボリーにアマチュア飛び入りの部で出場。会場をおおいに沸かす。
73 8月、URCレコードよりアルバム『葛飾にバッタを見た』を発表。収録曲「悲惨な戦い」が放送禁止となり、脚光を浴びる。
74 1月、「悲惨な戦い」、エレックレコードよりシングル盤で発売。

 思想性よりもオモシロサを重視した、キワモノフォークの元祖的存在として有名だった。そのキャラクターを活かし、シンガーとしてよりも、タレントとしての活躍が増え、現在に至る。
 下町情緒を感じさせる曲調とキャラクターが特徴。キワモノ感覚に優れ、春歌ばかりを取り上げたアルバムも発表している。


悲惨だからこそオモシロイ

相撲はトレンディであってはいけない
 スポーツとは汗臭くて、苦しくて、悲惨なものである。「汗」や「苦」は根本的には普遍・不変なものであり、流行り廃りとは無縁のものであろう。テニスやスキーやダイビングのようにウエアやギア(道具)にファッショナブルなトレンドを要求するスポーツもあるが、それらのスポーツに「サークル系のノリ」ではなく「体育」として本気に取り組んでいるひとは、なりふりなどかまってはいない。やはりトレンドとは別の所にいるのだ。
 日本の国技といえばご存じ相撲だが、異常に肥満した男たちがチョンマゲにフンドシ(おっと、マワシというのですね、あれは)姿で格闘するという時代錯誤的(おっと、伝統的というのですね、この場合)なこの競技は、スポーツと呼ぶに相応しい汗臭さと無骨さを併せ持っている。
 マゲにマワシが“伝統的”だというのだから、この思いっきり保守的なスポーツにトレンドなんて言葉は生涯無関係だと思われていた。しかし若・貴ボンボン兄弟の出現以来、相撲界も急激なアイドル化が進み、あれよあれよという間に六本木あたりで不良外人の尻を追っかけてるようなバカボンギャルまでが黄色い声を張り上げ声援を送るトレンディなスポーツとなってしまった時期もあった。
 結局、ここでぼくのいいたいのは「相撲はトレンディなものであってはいけない」ということである。

アングラが生んだ才人なぎら
 なぜ「相撲はトレンディなものであってはいけない」のか。相撲とは絶対的に“悲惨な戦い”だと思うからである。どうして悲惨なのかといえば、なぎらけんいちの「悲惨な戦い」が相撲の悲惨さをを見事に証明していると思うからである。
 「悲惨な戦い」はなぎらけんいちの唯一にして最大のヒット曲である。この歌は相撲という国技が“伝統”という名の保守的な土壌の上に成立しているということ、そしてそのことが一歩間違えると思いっきり“悲惨な戦い”になってしまうという悲・喜劇性をはらんでいることを浪々とうたった衝撃の名曲である。
 世の中には一風変わった才人というのがけっこういるものだが、なぎらもそういうひとのひとりである。彼の姿は現在でもテレビその他のメディアでたびたび目にする。
 ある時は納豆評論家、またある時は競輪コメンテイター等々、メディアの性質によって変幻自在に肩書きを変えるマルチタレントとして、彼は月光仮面のような存在感を誇っている。「どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている」のだ。
 「結局あのひとって何者?」と思わせる謎のタレントである彼だが、もともとの肩書きは、アングラ末期にデビューしたフォーク歌手である。

“綱渡り的危うさ”がオカシイ
 アングラ末期にデビューしたフォークシンガーには“笑えるキワモノシンガー”が多いのが特徴だが、なぎらもそのクチであった。
 彼がフォークシーンで注目されたのは、彼がまだアマチュアだった70年の全日本フォークジャンボリーでのことである。アマチュアの部に飛び入り出演した彼は、会場を大ウケさせ一躍脚光を浴びたという。
 プロとしてレコードデビューを飾ったのは73年に入ってからである。『葛飾にバッタを見た』でアルバムデビュー。収録曲「悲惨な戦い」があっという間に“スキモノ”の間で評判になった。
 雷電、若秩父、木村庄三郎、朝潮など実在の人物が登場して“悲惨な戦い”を繰り広げるこの歌は、思想よりエンターティメントを重視したキワモノソングである、と思われる。
 「と思われる」と書いたのは、ぼく自身なぎらがこの歌に託した真意をはかりかねているからである。歌そのものを<流れ>として聴いていると、「オモシロイ」以外の何の感慨ももたない。もう、ただキワモノ的にオモシロイのだ。
 ただしそれは歌詞が「まあ、こんなことがあってもオカシクはないよなあ」的な作り話でならば、の話である。そこに登場する人物がことごとく実在する、という事実に対して、オモシロサを通りこして深読みする余地がこの歌には発生している。
 さらに国技館とNHKのこの歌における位置づけが単なるパロディなのか、“伝統と権威に対するレジスタンス”なのか判然としないのだ。そしてそういった“綱渡り的な危うさ”こそがこの歌のオモシロサであり、命である。
 そんなファジーなところを深読みしたかそれとも焦ったのか、民放連はあっという間にこれを要注意歌謡曲に指定した。

目くじら立てる<権威>はつまらない
 この歌はとてつもなくオカシイ。下ネタを扱っているからということもあるが、その下ネタをかなり勿体ぶった言い回しでうたっているのがさらにオカシサをもり立てている。
 それに天下のNHKのカメラマンがアルバイトであったり、国技館の照明係がパートタイマーであったりするさわり。「本当にそうだったらオモシロイな」と思わせてしまうようなシチュエーションをちゃんと設定しているところが、なぎらが“並のひとじゃない”ことを証明している。
 結局、聴く側からすれば“ただただ笑えるオカシイ歌”であるこの「悲惨な戦い」を“ヒサンな放送禁止歌”にしてしまったのは、実在の人物が多数登場していることと、NHKと国技館が要所にアルバイトを使っていた、という設定。このふたつが理由であったことは間違いない。たしかにこれはアブナイ(だからこそオモシロイ)。
 相撲協会が激怒したか、NHK・国技館コンビが激怒したのか、はたまた関係各位に気を使った民放連の被害妄想であったのか、その辺はわからないが、それにしてもこの程度のパロディーに目くじら立てる<権威>はツマラナイ。笑えるものは素直に笑った方がいい。ジョークを解さないことほどつまらない人生はないだろう。

相撲よ、パフォーマンスを目指せ
 さて、若・貴に黄色い声を張り上げていたスチャダラなネオ・ジャパネスクたちは基本的には飽きやすい人種であった。その後のJリーグの登場は相撲のトレンドを「一夜の夢」に“押し出し”てしまった。そして今ではJリーグに熱を入れているおねえさんもほとんどいない始末。相撲がトレンドだったのは100万光年の彼方の昔話になってしまった。
 だが、相撲がトレンドなスポーツとして再浮上する可能性がないわけではない。その鍵はこの歌が啓示している。すなわち、“パフォーマンスとしてのスモウ”である。
 この歌のような「悲惨な戦い」が毎場所行われるような相撲だったら、やってる方には文字どおりヒサンかもしれないが、観てる方にとっちゃあこれ以上のオモシロパフォーマンスはない。
 若・貴も仲違いなんてしてないで、保守的な日本相撲協会を飛び出し、「新日本スモウレスリング」などを旗揚げしてもらい、“みせるスモウ”を目指していただきたい。そうすれば、ハデ好きな若者たちはプロレスファンをも巻き込んで国技館に黄色い声援とともに戻ってくるに違いない。トレンド側から見た相撲の前途は洋々である。もちろん、その折はぼくも熱烈なスモウ・サポーターのひとりになるだろう。
 しかし、この歌の決まり手ってなんと呼ぶのだろう?やっぱり「もろだし」なんだろうか。それとも「ずりおとし」?

                                                 (1998年加筆)

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