誰が言ったか押し売りと・・・・・・!?

NHKに捧げる歌/岡林信康
70年 作詞:柏倉秀美 作曲:早川義夫

 

 



あゝ この広き国 日の本に
名高きものは 富士の山
加えて 名高き えぬ・えち・けい
多くのものに絵を送り 月々 戸口に あらはれて
とりたて歩くは 絵の代金

誰が言ったか 押し売りと
されど払わにゃ なるまひと
渋々 さしだす その代金
おはなはん なら ありがたし
りょうま 来たれば ありがたし
たびじ あるのも ありがたし

色つき絵には 高く取り
白黒絵には 安く取る
されど もぐりの 客めらは
金を払わず 絵をながめ
お上は ばひとを 使ひつつ
悪者をさぐり 続けるなりけれ

えぬ・えち・けい


悪者はNHKか、不払い者か?

こっちを意固地にしているのは集金人のオジサンだ
  実を言うと、ぼくはNHKに受信料を払っていない。NHKに恨み辛みがるわけでも、NHKに見るに値する番組がないとかってことでもない。高校野球は嫌いだから、自ら好んで見ることはないが、報道やドキュメンタリー系では優れた番組が多い(ヤラセもあったけど)。「NHKアーカイブス」は録画してでも見る。「朝の連続テレビ小説」は思わず糸を引くように見てしまう。それに数年前、一挙放映していた「エド・サリバン・ショー」はぼくの大好きな番組だったから、“受信料を払ってでも”見たい番組ではあった。
  ならば何故受信料の支払を拒否するのか。まずNHKが拙宅に差し向ける集金人のオジさんが嫌いなのだ。正確にはあのひと達なのではなく、あのひと達が垂れる「受信料支払の義務」に関する講釈と、「だから払わないひとは非国民なのだ」的態度が嫌なのである。だれが来てもほぼ同じ講釈を垂れるから、NHKの用意したマニュアルに忠実に言っているのだろう。しかし、起き抜けの早朝や仕事に一息ついてそろそろ寝ようかというような夜遅くに突然やって来て、毎度同じ講釈を垂れられた日にゃあ頭にきて「金輪際払ってやるもんか!」と思ってしまうのである(うんざりして払ってしまうひとはシロウトだ)。
  それでも、以前初めて拙宅にBSを導入した時はさすがに「そろそろ考えなきゃいけないな」と思ったものである。ところがその当時の住居は周りに林があり、アンテナをよほど高い所に設置しなければ受信できないことがわかった。マヌケにもBSアンテナとチューナーを購入し、実際にアンテナを窓際(当時のぼくの部屋は高台に位置する建物のニ階にあった)に設置してから判明したのだ。アンテナが電波を拾う高さにアンテナを設置するのにはかなり高い工事費がかかるということで、砂嵐しか映らないテレビ・モニターを眺めながら諦めを含んだかなり絶望に近い途方に暮れたのだった。
  とまさにその時、図ったように拙宅のドアをノックしたのがあのにっくきNHKの集金人のオジさんであった。BSアンテナが窓際に付いているのを目ざとく見つけて、今日こそは受信料を徴収せんと現われたのである。ぼかー切れたね、さすがに。「砂嵐しか映らんBSに銭が払えっか!」と怒鳴り散らして(オジさん、ごめんね!)追い返したが、これはもう<図ったように>では明らかになさそうである。きっとぼくはNHKのブラックリストかなにかに載っていて、集金人が毎日チェックしてたとんじゃないだろか。そんなタイミングと執拗さに噴飯やるかたない気分になったものだ。
  ぼくのように日々NHKと格闘している(?)ひとは結構多いに違いない。そういったひと達が思わずニヤリとしてしまうのがこの「NHKに捧げる歌」である。

岡林がフォークからロックへ移る過渡期の置き土産
 岡林の歌に最もインパクトがあったのは60年代後半だが、学園紛争の波も鎮静化し始めた70年は彼のシンガーとしてのスタンスも変わり始めていた。それまでの彼の演奏スタイルはアコースティック・ギター一本でプロテスト色の強い歌を歌う文字通りの「プロテスト・フォーク」だったが、フォーク・ブームの中で“フォークの神様”に祭り上げられて多忙を極めていた。その彼が69年9月、そのハードスケジュールに耐えられなくなって“蒸発”してしまったのだ(事務所側の仕組んだ計画的な蒸発だった、との説もある)。    
  蒸発中に彼は、当時アメリカでのフォーク・ロック・ブームの中でエレクトリック・ギターを持ち、バック・バンド(ザ・バンド)を率いてロック的なサウンドを演奏し始めたボブ・ディランに触発され、彼もバック・バンドを率いて<ロック>を演ろうと考えていた。ちょうどその頃タイミングよく彼の所属レコード会社でもあるURCで初めてのレコーディングの準備をしていたのがあの「はっぴいえんど」だった。はっぴいえんどをバック・バンドに据え、70年6月にレコーディングし発売になったのが、この歌が収録された『岡林信康アルバム第二集 見る前に跳べ』である。
  ただし、シンガーとしての過渡期にレコーディングされたこのアルバムは全ての曲がロック調だったわけではない。歌詞の内容、調子からも察しのつくように「NHKに捧げる歌」は当時の彼の曲調としてはむしろ例外的なものだった。

いい味出してる 吉田とのデユエット
 文語調の歌詞が妙におかしいこの歌はNHKの受信料徴収制度に対する批判と、当時から“執拗だった”NHKの集金人に対する皮肉を込めたパロディ・ソングである。曲もバックの演奏もピアノとシロフォン(あの木琴のオモチャみたいなけっこうマヌケな音のするやつね)だけのいかにもNHKでかかりそうな古風なものである。エンディングの「えぬ えち けい」というメロディはまるでNHKのジングルのようで、これは笑える。この徹底したパロディ・ソングは、しかも、あの吉田日出子女史との“デュエット”だ。その絡みが妙にはまっていて腹が捩れるほどおかしい。
  岡林と吉田の掛け合いには妙にリラックスした雰囲気が感じられるが、これには訳がある。意外と知られていないことであるが、ふたりはこの年の四月に結婚していたのである(半年後に別れた)。 全体の印象としてはかなり笑えるパロディ・ソングなのだが、歌詞そのものはかなりブラックである。「NHK受信料不払い運動」が盛り上がっていたこの時期に肴にされたNHKにとっては若者に絶大の影響力を持つ“旬のフォーク・シンガー”が歌っていることで、「不払い運動が激化しないか」とヒヤヒヤしたに違いない。ただしシングル・カットをしてしているわけではないし、故にいわゆるヒット曲にもなっていない。そしてなによりも<民放ではない>NHKを槍玉に上げていることで、この歌が民放連の要注意歌謡曲の指定を受けたという記録はない(もちろんNHKは意地でもかけなかっただろう)。
  パロディ・ソングとして聴くのもおもしろいが、今から二十数年前に作られたこの歌は、歌詞にその時代に人気のあったNHKのドラマの名前やカラーと白黒受像機の違いによって受信料の料金が違うことなど、時代を反映した事柄が織り込まれていて今聴いてみると時代風俗の検証にも興味深い。

もうケンカはやめよう、だからペイテレビにせよ!
  かつての「受信料不払い運動」は今ではNHKのやりかたにこだわる少数のひとしかやっておらず、盛り上がっているようには見えない。しかし、現在の民放BSやCS、ケーブルTVのようなペイ・テレビ曲が電波にスクランブルをかけることによって、加入者にしか番組が見れないようにすることが技術的にはわけないな昨今に、そういった対策も行なわずに電波を垂れ流すのはもう時代遅れなのではないか。それにそんなご時世に(ぼくの経験上での感覚では)集金人のオジさんの執拗さは最近とみに増しているような気もする。もう不毛な格闘はやめましょうよ、NHKさん。高校野球を放送している時間に集金人を差し向けるような姑息なマネはしないで、デコーダーの採用で不払い者には見られないようにしちゃいなさい。そしたらさすがのぼくも「イヤでも」払わなきゃなんなくなっちゃうんだから。


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