キワモノ文化の頂点を極める

金太の大冒険/つぼイノリオ
75年 作詞:つぼイノリオ 作曲:つぼイノリオ


ある日金太が歩いていると 美しいお姫様が逃げてきた
悪い人に ネェ おわれているの お願い 金太 守って
金太 守って 金太守って キンタマモッテ

しかし金太はけんかが弱く 友達とやっても 負けてしまう
腕力に自信のない金太君 けんかはいつも 負けが多い
金太負けが多い 金太負けが多い キンタマケガオオイ

やがて悪人がやってきた 身の丈2メートルもある大男
金太と悪人の大決戦 金太 負けるなとお姫様
金太 負けるな 金太負けるな キンタマケルナ

悪人は金太におそいかかる 金太が思わず とびのいた
アー そこにあったのは大きな木 そのまわりを金太はグルグルまわりだす
金太 回った 金太回った キンタマワッタ

悪人はいつか目をまわし そのすきにお姫様と逃げだした
お姫様の美しさに金太君 目をパチパチまたたいた
金太 またたいた 金太またたいた キンタマタタイタ

しばらくゆくと二人は おなかのすいたのに気がついた
フトみるとマスカットの木がはえている 金太はナイフで切ったとサ
金太 マスカット ナイフで切る 金太マスカットナイフで切る
キンタマスカットナイフで切る

おなかのふくれた二人は さらに安全なマカオに行くことにした
行けども行けどもマカオは見えず お姫様はイライラして金太に聞いた
ネェー金太 まだ ネェー金太まだ キンタマダ

そうしているうちにも二人は やっとのことでマカオに着いた
金太とお姫様はマカオに着いた やっとのことでマカオに着いた
金太 マカオに着く 金太マカオに着く キンタマカオニツク

マカオに着いた金太君 知り合いのビルをたずねたとさ
お姫様はそのビルを見て言ったとさ まあ金太わりとましなビルね
金太 ましなビル 金太ましなビル キンタマシナビル

中にはいるとだれもいない 伝言板にただひとこと書いてある
神田さんから金太君へのことづけで 金太 待つ 神田と書いてある
金太 待つ 神田 金太待つ神田 キンタマツカンダ

ご存知 金太の大冒険 これから先はどうなるか
またの機会をごひいきに それでは皆さん さようなら



つぼイノリオ
愛知県生まれ(?)。
地元のラジオのDJとして活躍。
71 坪井令夫の名前で「本願寺ぶるーす」を発表。めでたく放送禁止に。
75 8月、「金太の大冒険/一宮の夜」発表。キワドイ歌詞とキワモノ性で一躍有名になる。
76 2月、アルバム『ジョーズ・ヘタ』(「金太の大冒険」収録)発表。収録曲の殆どが電波に乗せられないおそろしい内容だった。3月、シングル「怪傑黒頭巾」発表。これも放送禁止。
  
 その後、NHKの「プリンプリン物語」に声で出演したりと
、テレビなどでも活躍する。
出す歌出す歌が放送禁止になるキワモノ歌謡のホームラン王。確信犯的な歌作りがスゴイ。

参照ページ http://www.rutubo.com/


ツボイは放禁のホームラン王です!

キワモノ三傑暴れる!
 10代というのは最もワケのわからない年頃である。自分自身を振り返ってみてもそれはハッキリいえる。身体はどんどん大人の標準に近づいてゆくのだが、心の方はまだガキのままだったりする。キワモノ的なコメディアンやタレント、歌手などがやたらに好きで、下らない冗談やワイ談や歌に腹抱えて大笑いしたりする年頃である。
 ぼくがそんな中学生だった70年代半ばのキワモノフォークの“三傑”あるいは“三羽がらす”は、なぎらけんいち、まりちゃんズ、つぼイノリオで文句なく決まりである。
 彼らの歌にはお上が目くじら立てそうなことを確信犯的にやらかして放禁喰らって、それを勲章をもらったかのごとく自慢するようなやんちゃ坊主的なキワモノ性がある。
 たとえばなぎらけんいちは「悲惨な戦い」で大相撲を巡るNHKと国技館、そして行司までもをおもしろおかしくパロってめでたく放禁勲章を手に入れた。まりちゃんズは「ブスにはブスの生き方がある」で女性の最も嫌うコトバ“ブス”を連呼したり、「男の世界」や「SM夜曲」で男のアブノーマル(いまやこっちがノーマルだったりして)なゲイの世界でこれまた放禁勲章を手中に収めた。そしてつぼイノリオだ。彼は隠語使いの名人である。一見(聴)なんの関連性のない歌詞の中に隠語を挟み込んだ爆笑モノの歌を次々とひねり出してはスキモノリスナーを喜ばせ、民放連を困らせた伝説的なキワモノ放禁王である。

隠語に執拗にこだわるつぼイの執念
 つぼイノリオは名古屋出身のひとである。名古屋のローカル事情には疎いので、彼がそもそも何者なのかはよく知らない。どうも歌手として登場する以前から、地元のラジオでDJをしていたらしい。
 歌手としてのデビューは71年。坪井令夫の名前で「本願寺ぶるーす」を出している。この歌は様々な歌手が競作でレコードを出し、ことごとく放送禁止を喰らっているといういわくつきの代物である。そして彼もこの歌でデビュー曲にしていきなり放禁という栄誉に輝いている。
 名古屋ローカルのキワモノタレント(?)の彼が全国的に脚光を浴びたのは、75年に発表された「金太の大冒険」の強力なインパクトのせいである。
 悪人に追われる金太とお姫様が大冒険を繰り広げるというたわいのない歌だが、そこに繰り広げられているコトバ遊びはたわいのない、ではすまされないアブナサがある。コトバ遊びのキーワードは「キンタ+マ」。歌のサビに執拗なほどにこの放送禁止用語が登場する。
 11番まである歌詞のすべてを強引な展開で最終的に「キンタ+マ」に持っていく執拗さがバカらしくてオモシロクかつアブナイ。特に4番、6番、8番のフレーズには特に大笑いだ。キンタ マワッタ……、痛そうだなー。しかし後口上を含めて、11番まである歌というのも考えてみれば尋常じゃない。尋常じゃないと思ってるのは民放連も同様で、この歌は発売20日目にしてめでたく要注意歌謡曲(つまり放送禁止)の栄誉に浴したのだった。

イタズラ小僧の計算
 つぼイの巧妙というかスゴイところは、ある所で区切るととんでもない意味に変貌するセンテンスをよくもこれだけ列挙したものだ、というモノズキさ加減というか、バカバカしさ加減である。
 音としてどう聴こえようが歌詞カードにはたしかに「金太マカオに着く」と書いてあるのだから、どうインプットするかはリスナーの勝手である……、というところに彼の「攻め」と「逃げ」の両方の姿勢、言い換えれば彼の軽さが表れている。
 つぼイのこの感覚は、彼がラジオのDJから出発していることに無関係ではないだろう。彼のこの歌に代表される一連のバカ歌は「権力に対する音によるトリック的プロテスト」なんていう大層なものではおそらく、ない。ラジオという瞬間性のメディアの中でドサクサに紛れてアブナイこと言って(=攻め)次の瞬間にケツまくって逃げちゃう(=逃げ)、といったイタズラ坊主的感覚だろう。ただレコードがラジオと違って、記録性のメディアであったために、20数年経った今も世代を超えてスキモノに語り(うたい)継がれているのだ。
 だから、かなりキワドイ放禁歌のこの歌が当初、ラジオから火がついて全国に広がったのは、ラジオ上がりの彼には最初から計算の上のことだったはずだ。
 まあ実はこれが放禁歌の黄金のヒットパターンではある。放禁規定に引っかかるような歌はどこかが必ずオモシロくてリスナーからのリクエストのハガキが多数舞い込むから、始末書覚悟でオキテ破りのオン エアをしてしまうディレクターやDJは必ず出てくるものだ。
 それに深夜放送の関係者というのはこういう歌にヨロコンデしまう変わり者が多い。だからこの歌ばかりでなく、放禁歌の多くは当時全国ネットで放送されていた深夜人気番組で「ちょっとだけよ〜」という感じでさりげなく、しかし聴いているとけっこうひんぱんにかかっていた。そして、わざわざ夜中までラジオを聴いているようなリスナーがこういう歌を聴き逃すわけもなく、ウワサはウワサを呼んで大ヒットとなってしまうのである。
 プロテスト性の強い放禁歌はともかく、キワモノ系のアブナイ歌は民放連の思惑と期待をおおいに裏切り、こうやってぼくたちスキモノリスナーに広まっていった。つぼイの歌は「民放連など敵ではない」とでもいいたそうなパワーや自信とともに「民放連さん、ゴメンネ」と血相かいて逃げて行くケイハクも併せ持っていた。

「みんなのうた」でかかるべき歌である
 あえていうまでもないが、この歌は日本の歌謡曲史上もっともきわどく、アブナイ放禁歌であろう。それも政治や差別などと全くカンケイない、また春歌のような筋の通ったワイセツさもないところが特異である。
 その他にも彼は「吉田松陰物語」、「極めつけお万の方」(なんと発売6日目でスピード放禁)、「怪傑黒頭巾」などタイトルを見るだけでどんなコトバ遊びをしているのか一目瞭然のキワモノ歌をこれでもか、とばかりに発表している。もちろんその手法は「金太の大冒険」と同様で、当然ながら(?)いずれも民放連によって要注意歌謡曲(つまり放禁歌)に指定された。 
 それから笑えるのは、彼はその後しばらく「おはよう子どもショー」という、今でいう「ポンキッキーズ」みたいな子ども向けの番組にレギュラーで出演していたことだ。さすがに「金太の大冒険」はうたわなかったが、彼は子どもたちの「人気のオニーサン」だったのだ。彼の黄金のヒット曲の数々をPTAのカアチャンたちが知ったら、テレビ局はちょっとしたパニックになっただろうなあ。
註:と記憶していたが、これはどうやら完全な記憶違いであったようだ。子供向けの番組でつぼイが出演したのはNHKの「プリンプリン物語」。これに声で出演していた。これと完全に混同していた。このコンテンツをご覧になったkasaharaさんよりご指摘をいただいた。ありがとうございます

 この番組を見て育った子どもが今や20代後半の年齢になっている。そして何故だか彼らの多くはこの歌をよく知っている。もしかして「おはよう子どもショー」でうたってしまったのでは? まさか、そんなことあるわきゃねえか。
 だけど、世代を超えて親しまれ(笑い継がれ)「おはよう子どもショー」で人気のオニーサンまでやった彼の歌なのだから、NHK(毎度、恐縮です。別に悪意はありませんよ〜だ)の「みんなのうた」でかかってもいいような気がする。話の筋はいかにも「みんなのうた」向きだし、アニメにもなりやすそうだし。テレビに向かって子どもたちがみんなでうたってるところを想像したら、なんだか楽しくなってきちゃったなあ。
 でも、NHKの考査室と、PTAのカアチャンはこの歌聴いて腰抜かすだろうなあ。そのヒステリックなリアクションを想像したら、また楽しくなってしまった。
 ちなみにその後のつぼイの消息だが、中京エリアで今でもDJとして活躍。なんとカリスマ的な人気を維持しているんだと。東京人のぼくはぜんぜん知らなかった。

                                                2002年加筆修正

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