自衛隊に入ろう/高田 渡
みなさん方の中に 自衛隊に入りたい人はいませんか
ひとはたあげたい人はいませんか 自衛隊じゃ人材求めてます
*自衛隊に入ろう入ろう入ろう 自衛隊に入ればこの世は天国
男の中の男はみんな 自衛隊に入って花と散る
スポーツやりたい人いたら いつでも自衛隊におこし下さい
槍でも鉄砲でも何でもありますよ とにかく体が基本です
*リフレイン
鉄砲や戦車や飛行機に興味を持っている方は
いつでも自衛隊にお越しください 手とり足とり教えます
*リフレイン
日本の平和を守るためにゃ 鉄砲やロケットがいりますよ
アメリカさんにも手伝ってもらい 悪いソ連や中国をやっつけましょう
*リフレイン
自衛隊じゃ人材求めてます 年令学歴は問いません
祖国のためならどこまでも 素直な人を求めます
*リフレイン
高田 渡
49 岐阜に生まれる
69 4月 URCレコードより「三億円強奪事件の唄」(会員配布盤)でレコードデ ビュー。
8月 アルバム『高田渡/五つの赤い風船』(オムニバス盤、URC第1回配布アルバム) 発表。「自衛隊 に入ろう」収録。
10月 ファーストアルバム『汽車が田舎を通るそのとき』発表。
12月 シングル「自衛隊に入ろう」発売。
以降、キング、ベルウッドなど各レコード会社を経て独自の活動を続ける。アルバム『フィッシング・オン・サンデー』が代表作。
毎夜のように吉祥寺で呑んだくれることを愛する彼は、ローカルシーンでの地道なライブやレコーディング活動を今なお続けるバリバリの現役シンガーである。
憲法九条にパロディはご法度か
イメージ戦略に焦る防衛庁の誤算
イメージとはとても大切なものである。一般企業にとってはイメージの良し悪しがその企業の利潤に直結するからだ。対していわゆるお役所関係の場合も、利潤のことはあまり関係ないが、「世間の理解、賛同を得る」ためのイメージ作りはやはり不可欠で、広報活動は大切なことだろう。テレビ・スポットやポスターを中心とした、各省庁のPR広告を目にする機会は多いが、お役所仕事の悲しさか、センスのいい広告を殆ど見たことがない。
各省庁の中で最もイメージ作りに力を入れているのはやはり防衛庁だろう。PKO以来、更にイメージを落とした感のある自衛隊だが父親が自衛官だという“フーミン”こと細川ふみえを起用したPR活動などをしたこともあった。特に賛否両論渦巻く防衛庁だけに、イメージアップは不可欠なのだろう。
68年6月、テレビのワイドショーで放送されたのがきっかけで、巷では高田渡のうたう「自衛隊に入ろう」が大変な反響を呼んだ。防衛庁はさっそく自衛隊のPRソングに、と申し出たそうだが、残念ながらこの曲はPRソングどころか、電波の乗せられなくなる歌だったのだ。
たしかにタイトルを見ればこの歌は立派な自衛隊のPRソングである。しかしそのタイトルとは裏腹にこの歌の作詞者であり歌い手である高田渡は反戦フォークのムーヴメントから出てきたひとであり、当の歌が自衛隊に対するパロディソングであったことは防衛庁にとって誤算だった。テレビのインタビューを受けた高田はこの歌についてこう語っている。
「要するに逆説で何かを言ってみたいというのがあったんです。ちょうどその頃、自衛隊がそこいら中で募集をしてましたでしょ。非常に(あの手この手で)募集してましたよね、ボーナスが3回とか。だから学校へ行けないようなひとはもう本当にふっと行っちゃうんじゃないかって。本当に何人かいたけどね。と思って、で、むこうの(宣伝)文句をそっくりひっくり返した。やっぱり変でしょう、どう考えても。そう(いう意図で)やったんだけど、それをまたひっくり返してまともに取っちゃうひともいてね、防衛庁のひとなんかがそうだったけどね・・・・・。」
当然ながら、まともに取ってしまった防衛庁も後に先の申し出を撤回したのだった。
M・レイノルズの曲に高田が詞を付けた、いわゆる替え歌であるこの歌は、親しみやすいメロディーと彼のキャラクターからくる、ほのぼのとした歌い方、そしてテレビの電波に乗って全国に放送されたことが相俟って当時の大学生などを中心に大変なヒット曲となった。
メディアに嫌われる反戦パロディ
歌詞そのものは特に過激な表現ではない。彼自身が語っているように、自衛隊の募集に際しての防衛庁が実際に謳っていた「誘い文句」に多少色を付けた程度で、パロディソングとして捉えてもさほどひねった感じは受けない。その分、抵抗なく耳に入りやすかった。そして、ベトナム戦争や70年安保などで反戦ムードに盛り上がっていた当時に、あまりにもはまり過ぎてしまった。時代にぴったりはまったパロディはかなりおもしろく、ゆえに危ない。69年になってレコード化されたこの歌に対する民放連の反応は、“放送自粛”だった。
60年代後半には高石友也の「戦争の親玉」や、中川五郎の「殺し屋のブルース」など、反戦をテーマにしたフォークソングが多数放送禁止(自粛)になっているが、テーマがテーマだけに、その歌詞の大半はストレートなものだった。高田自身、この歌の歌詞が逆説であることを認めているが、曲全体の雰囲気に重苦しさがないのは当時のプロテストソングとしてはちょっと異端だった(だからこそ危なかった、ともいえる)。そしてそのことが結果的にはこの歌のパロディとしての成功の要因になったのではないか。
防衛庁には自衛隊専門の“リクルーター”が存在し、全国の高校の就職指導教員に受験者の斡旋を働きかけているという話を聞いてちょっと驚いた。求人活動もまるで民間企業なみである(因みに自衛官は全国に約24万人。この数はなみの民間企業をはるかに上回っている)。憲法9条があるかぎり、存在そのものが常に議論される自衛隊にとって、イメージアップのためのPR活動はまさに死活問題なのだろう。
PRソングはどうなる?
さて、「自衛隊に入ろう」がPRソングになりそこねてしまったのならば、防衛庁の更なる繁栄のために、代替になる歌をさがしてみようじゃないか。
まずは硬派歌手として鳴らしている長渕剛。最近の彼の風貌や目付きなどはシャレにならないほどリアルである。自衛隊の一日幕僚長として演習場に出向き、自衛官をねぎらい、「戦場のトンボ」なんてのを歌ってもらいたい。その模様を録画してテレビスポットにして全国のお茶の間に向けてオンエアしよう。自衛隊のイメージにピッタリといえば、泉谷しげるというひともいるが、彼の場合は過去に「戦争小唄」という放送禁止歌の前科があり、防衛庁もお役所として、歌では起用できないだろうから、彼にはポスターに登場してもらおう。キャッチ・コピーは“文句あんなら入ってみろ”
KANなんてひともいるが、「結局最後に愛が勝つ」ではちょっとマズイ。「最後に銃が勝つ」にタイトルを変えて、自衛隊の行進曲兼応援歌として採用しよう。また、さだまさしや、小田和正のようなひとに「国がなくなったらボクたちもう愛し合うことなんてできないんだね、もうおわりだね」、「愛は死にますか、国はどうですか」なんて、いかにも彼ららしいキャラクターを生かした線で広く大衆に訴えるって手もありだ。ただし、自衛隊反対派のシンパから「君が嘘をついた」とアンサー・ソングを歌われてしまう可能性はある。
やはり、決定打は「東京五輪音頭」でお馴染みの三波春夫先生だろう。音頭のリズムに乗せて「こんにちは こんにちは 暗黒の国から こんにちは こんにちは 未来の守りに〜」と明るく、アナーキーに歌っていただきたい。明るいニッポンと自衛隊の未来を象徴できるのは先生しかいない。
しかし、けっこうまじめに考えると、自衛隊のPRソングを引き受けるひとっていうのがはたしているのだろうか。合憲・違憲の狭間で揺れている自衛隊のPRソングを歌うとなれば、歌に対する世間からの(確実に帰ってくるであろう、賛否両論の)リアクションが怖くて、引き受けようってひとはほとんどいないだろうなぁ。となると、けだし名作である「自衛隊に入ろう」の不幸(?)な結末は誠に残念なことである。
1999年加筆