JULY 1のDIARY 『ベスト・パートナー』

 

 昨年の税金がいつもの年より数倍多かったので、今年の健康保険料や税金の額がべらぼうに高くかなり青息吐息の毎日。まあ、しょうがないとは思いつつも、今日銀行に行き、たくさんの支払いをすませている間に、表示してある金利を見てさらに驚ろかされる。
 定期預金1千万を10年間預けてつく金利がたったの0.2%!
 思わず「ウソ〜!」と叫びたくなるような金利だ。1千万円を10年間預けても利息がたったの2万円?住宅ローンやその他のローンを銀行ですれば、その利子が5%以上もあるというのに!
 1千万円借りたら、50万円以上利子を取られて、1千万円預けても利息がたったの2万円(しかも、これは一番条件のいい場合だ)。これは、絶対に何かが間違ってるとしか言いようがない。もちろん、これは単に銀行だけのせいではなくって、政治家や官僚が無能なせいに違いない。現に、バブル期には普通預金の利息でも5%以上はあったのだから、単に銀行だけが儲け過ぎというわけでもないだろう(それに、サラ金やヤミ金で借りれば、こんな条件どころの話しではない)。世の中全体がアンバランスでどこかオカシイのだ。こんな時は、楽しいことを考えるに限る(私は、限り無くプラス思考なので...)。
 新しい料理のメニューでも考えるか?それとも、新しい曲でも作るか?それとも...?
 この前の日曜(22日)に友人がやっている楽器メーカーのフェアに.、銀座の山野楽器に行った時のことを思い出す。日頃私が愛用している楽器なので、ただ単に彼の応援のつもりで行ったのだが、奏者と楽器との関係について今さらながらその相性について考えさせられた。
 「弘法、筆を選ばず」ということばがあるが、弘法大師ほどの書の名人ならどんな筆を使っても上手に字が書けるという意味あいのことだが、これは万人に通じることばではないと思う。要するに、並み以上の名人だったらどんな道具でもそれなりのモノを作ることができるのは確かだけれども、このレベルが問題で、これは並み大抵のレベルではない。本当に天才級のレベルの人にしてはじめてこのことばが通用するのだろうし、実際、このレベルの人は筆を選ばないというかというとそうでもない。レベルの高い人にはレベルの高い筆が付いてくるもの。これは世の中の必然。というか、逆に言うと、レベルの高い筆はレベルの高い人にしか見分けられないというのが現実なのではないかと思う。
 楽器も同じこと。楽器の本当の善し悪しは、その楽器の本質を見抜いた人にしか分からないもの。その意味で言えば、私にはヴァイオリンの善し悪しは分からないし、ギターの善し悪しも分からない。しかし、フルートという楽器に関しては、そのレベルを見抜くことはできると思う。なぜなら、私はこの楽器の本質を理解しているつもりだし、その可能性を信じているからだ。
 楽器というのは、ある意味、奏者と一心同体でなければならないものだと思う。奏者と一緒に呼吸し、一緒に考えることのできるものでなければと私はいつも思っている。奏者がいなければただの金属や木の固まりに過ぎないものが、奏者と一体となって、「意志」を持ち、「思想」を持つ。考えてみれば、かなり不思議なことだ。人間が小さい頃から少しずつことばを覚えていくように、奏者と楽器は少しずつ一つずつ何かを覚え、何かを作り出して行く。奏者が楽器を支配するのでもなく、楽器が奏者を支配するのでもなく、まったく無意識に一体化している状態が私にとっては理想だ。ひょっとしたら、そういう理想的な道具(=モノ)などこの世にはあり得ないのかもしれない。でも、人間は、日々自分の身体に調子を問い、心にさまざまなことを尋ねながら生きている。それと同じように、奏者と楽器にはそうした対話がいつも必要なのだと思っている。
 「今日は調子いいかい?」「うん、いいよ」。そんな対話は毎日のこと。そんな中で、お客さんに自分の心の中を、楽器の音色と共にさらけだしていく。そんな姿勢が奏者と楽器には必要なのではないかと思っている。
 だとすれば、奏者には、その人なりのベスト・パートナー(楽器)が必要なはず。それがあって初めてその奏者が生かされ、そしてお客さんもそこから感動という宝物を得ることができるからだ。今のところ、私のベスト・パートナーは、彼の作った楽器かナ?

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