JUNE 3のDIARY 『米と麦』

 

 アメリカは、結局イラクのイラク人による暫定政権を作ることをあきらめて、アメリカとイギリスだけで統治政権を作るという。多分そんなことだろうと思っていたが、私は、かえってそれの方がいいのではないだろうかと思う。チェイニー副大統領やシュルツ、ブッシュなどの大物政治家と結びついた巨大企業の利権支配の構造がもっとハッキリ見えてくれば、いくら馬鹿なアメリカ国民でも少しは今度の戦争の本質に気づくはずだから。
 それにしても、人間が今真っ先にやらなければいけないのは環境問題のはず。いくら宇宙開発とかいっても、人間が宇宙で生活するためにはまだまだ克服しなければならない問題が多すぎる。とりあえずは、目の前の地球の問題を片付けなければならないのに、その環境問題に対しても、アメリカは世界で最も反逆的な国家であり続けている(アメリカは、京都議定書にいまだにサインしていない)。その傲慢さにはただただ呆れるばかりだが、そもそも地球の環境問題を引き起こしているのはヨーロッパ白人社会だということをアジアの人たちはもっと声高に主張すべきなのではないだろうか。牛肉の問題もそうだが、ヨーロッパ社会の主食である小麦にしても同じようなことが言える。
 人間の主食は主に三つ。米、麦、トウモロコシ(ジャガイモを入れた四つという考え方もあるが)。そして、この主食の国ごとの分類もわりとはっきりしている。アメリカ、ヨーロッパが小麦。アジアが米。そして、南アメリカやアフリカがトウモロコシ。もちろん、こんな単純は区分に当てはまらない国もあるが、この分類でおおむね当たっている。問題は、小麦と米の違い。小麦を作るために必要なエネルギーと米を作るためのエネルギーのどちらが多いかといったら、断然、小麦の方が多い。
 米という植物は、その外皮の籾殻が簡単に壊れても米粒そのものが硬いので、精米をしてそのまま粒として食べられる(脱穀して玄米、搗き臼で精米して白米)。でも、小麦は外皮が非常に硬くて粒の部分が柔らかいので、それを粒のまま食べるのは不可能で、粉に挽いてそれをまたこね直して、パスタやパン、麺にして食べるしかない。いいかえれば米と比べて、小麦はかなりの手間やエネルギーを消費しないと人間の食べ物にはならないのだ。
 おまけに、米は同じ土地で二毛作だってできるが、麦は同じ土地で毎年連続して作ることは不可能だ。それに、栄養だって米の方がはるかに良質。米は、植物性タンパク質やビタミン・ミネラルなどが小麦よりもはるかに多い。要するに、小麦というのは、人間の食べ物としては実に非効率的な食べ物。こんなものに頼っていたからこそ、ヨーロッパの文明があれだけ発達したんだとも言えるし、逆の意味では、ヨーロッパこそが地球の資源を無駄に使ってきたという考え方も成り立つ(アメリカには、小麦メジャーという世界の小麦の生産量や価格を操作する巨大企業があって、南アフリカのダイアモンド・メジャーと同じように、世界の小麦の供給システムを完全に支配している)。
 昔、パンを食べると頭がよくなるというコピーが日本中のメディアで宣伝されていた時代があった。あの頃は、ほとんどの日本人がそのキャッチコピーを真面目に信じていた。それが、アメリカの小麦メジャーの陰謀だったということを知っていたのは、おそらくごく一部の政治家と役人だけだったに違いない。今の日本人の中には、パン食の方が米よりも頭がよくなるなどいう説を信じる人はおそらくいないだろう。でも、ここ数年の日本の米の自給率はどんどん下がっていく一方。これも悪しき日本の農業政策の結果なのだが、これは本当に何とか改善しないとけっこうヤバイことになる(と私は思っている)。まさか、日本人が米を捨てることはないだろうが、自分たちで米が作れなくなってしまったら元も子もない。
 「日本書紀」では、イネが水田種子(タナツモノ)、クリ、ヒエ、ムギ、マメが陸田種子(ハタツモノ)とし言われて、この5つを総称して「人間の食べるもの」として五穀と言っていたらしいが、最近の五穀米というのはこれとは若干考え方が違っている。玄米、丸麦、ハト麦、大豆、小豆、黒豆、あわ、ひえ、きびなどを混ぜたものを五穀米と言っている。まあ、確かに、これ自体は栄養価も高いし、健康にもいい食べ物だということはわかるのだが、やはり私は本来の白米と玄米をもっと大事にして欲しいと思う。別に小麦をことさら悪者にする必要もないけれど、日本やアジアはもっと環境問題に対して強い主張をしていいのではないかと思う。長い地球の歴史の中で、もともと地球環境と本当の意味で共存してきたのは、米食を主体に生きてきたアジアの国々なのだから。

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