MARCH8のDIARY 『命日』

 

  TVを見ていたら、今日が渋谷の忠犬ハチ公の命日だというニュースをやっていた。
 「そうか、ハチ公の命日と私の母親の命日が同じ日だったのか?」。
 3月8日というのは、ちょうど今日のような暖かくはあるがまだ完全に春にはなりきっていない、けっこう中途半端な気候のことが多い。母や祖母の墓は八王子にある。近所の馴染みの花屋さんにちょっとハデ目な花を作ってもらって霊園まで出かける。父親の墓は鎌倉の円覚寺にあるはずだが、今もそこにあるかどうは定かでない。大体、父親の墓と母親の墓がバラバラにあるというのがいかにもワケありげだが、確かにワケはある。そのワケを長々と説明するつもりもないし、してもしょうがないことだが、私が八王子の墓を訪れるのは、この3月8日と秋のお彼岸ぐらいだろうか。弟はもっと行ってるよと言うのだが、私はせいぜいこの2日ぐらいだ。その代わり、長男の私が家の仏壇を守らされているので、年柄年中、花や水だのお酒だのと世話をやかなければならない。まあ、仏教というのは、前世があってこその宗教だし、祖先を祭るというのは現世に生きる人間の務めなのだろうからいたしかたがない。私のように仏教を信じていない人間でもいちおうの礼儀としてそうした儀礼はやることにしている。
 家族の誰かが亡くなって、初七日だ、四十九日だ、三回忌だのという区切りにはみんな親戚が集まってそうした儀礼をするが、もう十年とか二十年とかたってしまうと、人々は故人のことはとっくの昔に忘れてしまうし、忘れていないにしてもあまり儀礼をしようという気にはならない。私の母親の場合は、私がまだ中学から高校にあがるぐらいの年だったので、もうはるか昔である。それでもかなりの記憶がある。いろんな意味での記憶。自分の中で美化している部分、脚色している部分、いろいろだが、あまり悪い記憶は残っていない。唯一あるとすれば、ひと山いくらのモノを買うのが好きだったことぐらいだろうか。でも、だからといってケチな人だったとはけっして思っていない。使う時はかなりハデに使う。要するに、使うべきところには惜しまず使う。でも、ケチれるところはとことんケチる。ただそんな性格を母の姉妹からは「安物買いのゼニ失い」といつも揶揄されていた

 確かにそういう面もあった。でも、私や弟などの子供のためにはお金は惜しまず使ったようだ。その波乱に富んだ生き方を見ていると、とことん肝の座った人だったのだろうと思う。長い間、水商売をやっていたせいか、コワモテの親分さんたちとのつきあいも多かった。一度、そうしたコワモテの人たちにタンカを切っているところを見たことがある。子供心に「恐い」という印象と、「スゴイナ」という印象も持った。何か人生に一本スジを持った人だったのだろう。かなり若くして亡くなってしまったが、未だに私は母の十分の一も人生にスジを通せていないような気がする。一体いつになったら、この「スゴイ」母親を乗り越えることができるのだろうか?

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