MARCH4のDIARY 『作品の運命』

 

 今日は久しぶりに国立劇場まで日本舞踊を観に行く。といっても、ただ単に観賞に行ったのではなく、十年ちょっと前に花柳流の家元の三代目花柳寿美さんの公演のために作曲した演目の再演を観に行ったのだ。
 この花柳寿美さんという方は、日本舞踊の世界でもかなり革新的な人で、これまでにも伝統的な出し物だけでなくオリジナルの楽曲や脚本をたくさん手掛けていることでも知られている。以前、昭和天皇が亡くなった時に講談社から昭和史の本を作るので音楽の年表を作るように依頼されたことがある。その時、国会図書館に資料を調べに行き、毎日新聞の縮刷版を漁っていた。新聞の縮刷版というのはとても面白いもので、いろんな新発見ができたりしてとても楽しいのだが、その時、この花柳寿美さんの名前やオノ・ヨーコの名前を戦後すぐの新聞の記事に発見した。「日本舞踊の若きプリンセス、アメリカへ留学」だったかどうかはっきりは覚えていないが、確かそんなような見出しだったような気がする。要するに、「ああ、この人は日本の舞踊界ではかなりの主流派の人でしかもかなり期待されている人なのだな」と、その時に思った記憶がある。そして、オノ・ヨーコ。彼女の場合は、「アメリカ留学中の前衛アーティスト、日本で個展」みたいな見出しだったと思う。彼女は、おそらく戦後すぐにアメリカのN.Y.に留学できたごくごく一握りの特権階級の一人だったわけで(彼女が日本の財界トップの令嬢だったことは周知の事実だろう)、この個展の記事も彼女がジョン・レノンなどと出会うずっと前の出来事だ。
 うん、そうなのだ。サラブレッドというのは生まれ落ちた時からサラブレッド。ごくごく当たり前のことだが、新聞の縮刷版の記事に見えた有名人の軌跡を見ていると単純にそう思わざるを得ない。まあ、そんなサラブレッドの世界とは縁もゆかりもない私がどういうわけか日本舞踊などというまったく畑違いの分野の曲を作ることになったわけだが、それにしても十数年前に書いた曲がまた今年再演されることになるとは夢にも思わなかった。ただ、考えてみれば、曲というものはいったんそれが世の中に出た瞬間から、作った本人の意志とは関係なく「作品」として勝手に歩き始めるもので、ある意味、作曲者とは別の人格。自分の人生とはまったく別のところでまったく別の「人生」を歩んでいくのだろう。「作品」の運命はよくわからない。
 わからないと言えば、イラクの問題もどうなってくのかよくわからない(ここまで強引にこじつけなくてもいいいような気はするが、笑)。これは、単なる石油どうのこうの問題では絶対にないだけに、これから先の見通しは皆目見当がつかない。それでもだんだん見え始めているのは、やはりこれも宗教の問題ではないのかということ。およそ、人類の歴史で宗教が原因となって起こった戦争の何と多いことか。今のイラクの問題も、元をただせば中東のエルサレムの問題に根本的な原因がある。ただ、それが、単なる「キリスト教対イスラム教」あるいは「ユダヤ対イスラム」みたいな単純な図式でないだけに話しがヤヤこしい。イスラム教もキリスト教もユダヤ教も、すべて聖地がエルサレムの中にある所が諸悪の根源で、これではお互いに一歩もひかないだろう。となると、この争いは永遠に続くのか?日本はもともと一神教ではないので宗教にはとても寛容だが、彼らにとってはそうはいかない。フセインがどれだけ熱心なイスラム信者かどうかは知らないが、ブッシュが相当に狂信的なキリスト教信者だということだけは確かなようだ。だから、あの人は「アブナイ」。

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