MARCH3のDIARY 『春一番』

 

   今日は春一番が吹いた。まあ、要するにこれから風の季節だよと告げているに過ぎない。別に、明日から急に春になるわけではないし、冬から春に変わるためにはいろんな儀式が必要になってくるので、その準備をしておけよと風に言われているような気がする。風や雨、そして雷など一定の気候の洗礼を受けないと私たちはなかなか桜や桃の花を拝ませてはもらえない。それでも、梅だけは見ごろになっている(場所によっては終わってしまった所も多いが)。梅の花というのは、春の前に満開を迎えて「もうそろそろ春だよ」と遠慮がちに奥ゆかしく告げているような感じがして私は好きだ。ただし、今日は「桃の節供」で、梅とは関係がない。おひな祭り。これは女の子のお祭りだから、小さい頃からあまり自分には縁がないと思っていたら、2年前から友人の作曲家の武井くんの子供の保育園の「ひな祭り会」にヴォランティアで出演することになってしまい、まんざら縁がないとも言えなくなってしまった。
 子供が大好きな私としては大歓迎の行事なのだが、子供たちの前で演奏していると気づかせられることが本当に多い。子供ってこんなに無邪気でカワイイものなのかというありきたりな感想と同時に、子供たちの前で楽器を演奏することで、「音楽って何なのか?」という本質的なことまで気づかせられることもある。
 いろんな曲を演奏する。最初から意図的に子供たちが知っているような曲を多く集めている。「さんぽ」「おもちゃのチャチャチャ」「ドレミの歌」「大きな古時計」、などなど。子供たちはことごとく一緒に歌を歌ってくる。それも、子供たちが歌う約束にはなっていないところまで歌い出す(本当は楽器の演奏を静かに聴いていなくてはいけないところでも)。でも、よく考えてみるとこれって当たり前なのかも?と思う。楽器の演奏や歌を静かに「観賞」することが音楽だという意識は子供にはないだろうし、知ってる歌があれば一緒に歌い、身体を動かせる音楽があればそれと一緒に踊る。これって、ごくごく当たり前のことなのではないかと思う。子供に「静かに演奏を聴いていなさい」と言ったところで、子供にとってはそれは何の意味もないだろう。一緒に歌える歌は歌い、知ってる曲にはそれなりの反応をする。これこそが、音楽の正しい「観賞」の仕方なのでは?
 でも、一曲だけ静かに聴いてくれた。私が作ったリコーダーの曲。静かなメロディだが、ちゃんと子供たちもこういう曲にはそれなりの反応をしてくれる。前に、NHKの子供番組を担当していた時にはわからなかった子供たちの「生の」反応がウレシイ。

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