MARCH15のDIARY 『相性』

 

  今から百年後、二百年後に「今」という時代がどう評価されるのかはまったくわからないけれども、何かとんでもない時代になっているような気がしないでもない。たった一つの国の価値観が地球上のすべての国の価値観までをも否定しようとしている状態は、どう考えても正常とは言えない。別に戦争がいいか悪いかという論争以前に、十九世紀で終わってしまったはずの帝国主義的な野望をアメリカという国が持とうとしていること自体が異常だ。
 ある国がある国を支配しようとする野望はこれまでの歴史の中に数多くあったけれども、それが長い間続いた試しはない。アーリア人から始まって、ローマ帝国、中国にもあったし、十九世紀の大航海時代にはヨーロッパの国々はことごとくこの野望にとりつかれていた。それから一世紀ぐらい遅れて日本もその亡霊に取り付かれたわけだけれども、それも結果失敗している。そんな歴史の教訓をアメリカという国は学ぼうとしていないのだろうか?いくらイラクが「約束」を守らないといったって、だからそこを攻撃していいという理屈にはならないと思うのだが、ニュースを見ていると、それが「正しい」ことだとアメリカ国民は信じているようだ。これじゃあ、今の北朝鮮とたいして変わらないじゃないか?そんな気になるのは、私だけではないだろう。いや、というよりも、世界中の人がほとんどみんなそう思ってるに違いないのだが、それが通用しないのが今のアメリカという国の最大の問題だ。
 これが、長い人類史の中でどう評価されるのか、百年後に.その評価を見てみたいもだがそれは無理なので、今はせめて「人間はそれほどバカではなかったな」ぐらいの思いはしたい。
 で、話しはまったく変わるが、つい2日前に9年間乗っていた愛車がとうとうオシャカになってしまい(トランスミッションがいかれてしまったので、もはや手のほどこしようがない)、急に新しい車を買うハメになってしまった。本当は、車検の切れる6月に新しい車を買い変える予定にしていたので、次ぎに購入する車もこれまで乗っていたワーゲンのゴルフと決めていた。したがって、車選びの手間はなくていいのだが、それでも、私が一番気にするのがディーラーとの相性。衝動買いのできない車や家などの高価な買い物をする時には、それを販売するセールスの人間との相性は、私にとってかなり重要なファクターだ。9年前に新車を購入した時にも、ホンダやトヨタなどたくさんの販売店を見て回ったが、いずれもディーラーの人間との相性がいまいちで、なかなか決められずにいた。そんな時たまたま飛び込んだワーゲンの代理店では一発で購入を決断できた。「この人なら安心してまかせられる」。そう思ったからだ。伊豆の家を購入した時も、数カ月間見て回る間に不動産屋を何軒もハシゴした。それでもなかなか決断できない時に飛び込んだ一軒の不動産屋では、この人にすべてをまかせようという気にさせられた。単にその「人」が気にいったから。たとえモノを買う場合でも、それを仲介する人間との相性は本当に重要な問題だと思う。購入する人間は買うモノを納得しなければならないのに、人間が信用できなければそのモノまで信用できないような気になるからだ。
 きっとブッシュもそんな気分なのではないのだろうか。フセインが気にいらなければ、その国まで気にいらない。その国の宗教まで気にいらない。日本には「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という諺があるが、今のブッシュを見ていると、この諺が妙にぴったりとくる。ブッシュにとって、自分が気にいらないものは、すべてが「悪」になってしまうのだろう。でも、そういう態度が「大人」の態度なのだろうかとも思う。少なくとも、一国の代表者が取るべき態度なのだろうか?
 普通、大人は、相性の「いい人」とも「悪い人」ともそれなりにつきあっていく術を知っているものなのだけれども。

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