FEBRUARY 18のDIARY 『腸内散歩』

 

  病院に入院するなどというのは何年ぶりのことだろう。私の記憶が確かならば(どっかで聞いたセリフだが)、あれは私が中学に入ったばかりの時(けっこうこの辺の記憶は曖昧だから、やっぱり確かではないと思う)に盲腸の手術で入院したの最後だったような気がする。最後と言っても、それ以前にはたった一度食あたりで小学4年の時にしたぐらいだから、ほとんど入院の経験はないに等しい。でも、家族や親戚、友人の見舞いで病院を訪ねたことは山ほどある。その私が、検査のために17日18日にかけて入院した。
 単純な感想。病院にいると病人になったような気がする。本当に単純なことかもしれないが、病院に来る人はみんな健康に不安を持ってくるのだから、みんな病人か病人予備軍なのだろうと思う。でも、入院してベッドに横たわった瞬間、ああ俺は病人なんだ、外を歩いている健康な人とは違うんだという意識に襲われてくる。それは、やはりのあの独特の雰囲気のせいかもしれない。部屋のあちらこちらから聞こえてくるタンのからまる苦しそうな声、突如発せられるウメキ声、押し殺したようなひそひそ声。病室というのは、何かすべての音がネガティブに聞こえてくる場所だ。
 何とかこの空気を打ち消さねば....。私は、持ってきたCDをウォークマンで聞く。すぐさま、看護婦さんが「採血をします」と言って吸血鬼のように二度も三度も血をとりに来る。それが終わると今度は「今日ウンチ出た?」「このコップにおしっこ入れてきて」とやたら明るい声でエゲツないことを聞きにくる。本当は何もおかしい話しではないのだが、人間の身体のメカニズムが正常に動いているかどうかの会話などふだん日常的にあまりやらない私としては若干の躊躇を覚える。そんなもん、躊躇する方がオカシイと言われればそれまでのことだが.....。
 でも、もっと驚いたのは消灯時間だ。夜9時。ウン、これはきっと今どきの小学生の就寝時間より早いだろう。私が小さい頃は9時になったら寝なさいとしっかり仕付けられていたが、今は子供たちはどうなのだろう?生活自体がすべてよいっぱりになってきている現代人だから、夜9時にきっちり寝る家はあまりないだろうな?それに、9時に寝るためには食事時間まで早くしなければならない(私は食べられなかったけど、確かに病院の夕食は6時ぐらいに出ていた)。でも、私は、そんな時間に寝れるかな?という不安をよそにスヤスヤと翌朝の6時までしっかり寝てしまっていた(私は、相当寝付きがいい人間のようだ。不眠症の人が聞いたらうらやましがるだろうな?)。
 でも、圧巻はここから。大腸の内視鏡の検査というのは、腸の中をすっかり空にしてからでないと行えない。つまり、全部腸の中身を出してしまうのだ。そのために何をするのか?4リッターもの下剤を飲まされる(1.7リッターの一升瓶の2倍強!)。下剤といっても透明のポリの容器に入った水のような液体だが、これを10分おきにコップ1杯ずつ飲んでいく(それでも4時間ぐらいはかかる)。もちろん、飲んではトイレ、飲んではトイレのくり返し。しまいにはその液体そのものしか出なくなる。要するに、そこまできてはじめて、中身は全部クリーン!というわけだ。医者が言うには「これで腸の中身がすべて出てしまいます。と同時に腸内細菌も全部いなくなるので、また新しい善玉細菌を増やしていけばいいわけですよ」。フムフム、なるほど。それでは、私はこれからブィフィズス菌ばかり腸で飼うことにしようか?
 そして、待ちに待った(?)内視鏡の検査(でも、その前に意識の朦朧とする注射を2本ぐらい打たれる。ただ、これは私には全然きかなかったみたいで、意識はすごくハッキリしていた)。
 「わお〜、すごいよ、これは」と『ミクロの決死圏』のような自分の腸内散歩の映像にかなり興奮する。時々、先生が「ここちょっと痛みますよ」とか言うたびにお腹の中がつっつかれているようだが、腸の中の映像と痛みが同時生中継のようで面白い。「ここは小腸。で、ここの先に腎臓が見えるでしょう?」とか言われても私にはどれが何なのだかよくわからない。ただただ感心して見ていたのは生まれて初めてみる自分の内臓の中身。「意外ときれいなんだな」と驚くと同時に安心する。というのも、以前何度も肉親や親戚のガンの写真を見せられていたので、その映像との比較してあまりにもキレイな色と映像に自分でホッと胸をなでおろしていたら、医者が「あ、ここに良性のポリープがありますね」と言うからびっくり。うん、確かに、大腸の右の上のところに何やら見える(ここが大腸だと医者が言っていたからわかるのだが)。「もっと、よく見えるようにしますね」とか言うと、いきなり青インクのようなものを腸の中に発射する。すると、確かにポリープのようなものがくっきりと浮かび上がってくる。要するに、皮膚の上に蚊にさされた時の腫れものといった感じだが、医者は、「将来ガンになったら困るから、じゃあ切りましょうと言っていきなり木の枝を切るような剪定バサミのようなものを内視鏡の先につけてそのポリープをちょっきん。「さあ、おしまい」。そう医者は言うが、「エ?そんなもんでオシマイなの?」。あっけにとられた私は質問する(意識はちゃんとあるのだし、お尻に変なモノをつっこまれながらもモニター画面はしっかり見ているのだ)「その切ったものはどうなっちゃうんです?」。「ええ、なに、自然に消滅してしまいますよ」。
 別にポリープ発見が目的の検査ではなかったのだが、結果的に見つかって即切除。これがもしずっと発見されてなかったら数年後か何十年後かにガンになっていたのかな?という思いと同時に、これを毎年やってればすべて良性のうちに退治できるのではという思いも強くする。私は、別に健康オタクでもないし、四六時中健康のことを考え自然食ばかり食べてるわけではないけれど、食べ物にはいつも気をつけなければと思っている。だって、あのきれいな腸の中に入っていく食べ物はやっぱ大事にしなければときっと思うはず。あの「ミクロの決死圏」の映像を見たならば。

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