JUNE 4のDIARY 『弱者と強者のバランス』

 
 『山の郵便配達』という中国の映画をビデオで観る。ついでに、『ハリー・ポッター』も観てしまった。
 観てしまったというのも、もともとこの映画、あまり観る気はしなかったからだ。原作を先に読んだものを映像で見ると大体の場合失望することが多い。これもその類いかと思って観たが、これはこれでそれなりに楽しめたし、これはひょっとしてかなり映像向きの題材かもしれないナとも思った。箒に乗ってサッカーのようなハイスピードのゲームを空中でするシーンなどは、文章で読んでももちろん面白いが、映像だと「フーンなるほど」という気にさせられる。
 『ハリー・ポッター』は、『ロード・オブ・ザ・リング』とは根本的に違うアドベンチャーものだ。が、かなり似ている部分もあるなと思った。それは、『賢者の石』にしても、『リング』にしても、それを持つと世界を支配できるほどのパワーを持つのだが、それはけっして人間が手にしてはいけないモノという設定と、人間が根本的に求め続けなければならないモノは、そうした「石」でも「リング」でもなく、やはり人間の「愛」なのだというオチがついているところ。もちろん、このオチ自体にケチをつけるつもりは毛頭ないが、人間というのは「愛」を求めながらも、こうしたパワーを手に入れたいという欲求からけっして逃れられない生き物であるというところがもうちょっと深く描かれていたらナという気もする。富や名声を欲しがる人間や、殺してはいけないといいながらも殺しあいを続ける人間の「業」や「原罪」のようなモノが、こうしたアドベンチャーものの中にもう少しうまく描かれていたらナといつも思う。
 そして、もう一つ、『リング』にあって『ハリー・ポッター』にないものは、弱者への視点なのかなと思った。『リング』には、ついフラフラと「悪」の側についてみたり、そうかと思うと、すぐ「善」である主人公の側につくネズミ男のような存在が登場する。しかし、『ハリー・ポッター』では、「善」と「悪」の色分けがかなりハッキリしている。その意味で言えば、どこにも弱者は登場しない。
 私たちの社会生活は、必ずしも「善」と「悪」ではっきり色分けできるような社会ではない。地球上の生物がすべてそうであるように、社会には、「弱いもの」と「強いもの」の色分けがあるだけだ。「強いもの」が生き残り、「弱者」は切り捨てられ、おいてけぼりをくらう。それを、人は不公平と言うかもしれないが、地球という星では、それでこそ、ある意味「バランス」が保たれているのではないかと思う。すべてが「強者」でも社会は成り立たないし、すべてが「弱者」でも成り立たない。一人では自立できない「弱者」がいるからこそ「社会」というものが必要になってくるわけだし、その基盤である「愛」を育てる場所として「家族」があるのではないかと思う。
 うん、確かにそう考えると『ハリー・ポッター』の中にもそれらしいメッセージはあるし、年老いた郵便配達夫の代わりに息子がその跡を継いで助けるという『山の郵便配達』のストーリーは、そのものズバリ「家族愛」がメイン・メッセージだ。
 世の中には「愛」を唱えるものがたくさん存在する。もろもろの宗教の根本にあるものもこの「愛」だろうし、男女の恋愛ももちろんそうだが、家族の絆や、家族間の「愛」ほど、人間にとって根元的な愛はないような気がする。
 『山の郵便配達』の中に、山奥の村に一人で住む目の不自由な老婆が登場する。この老婆は、村を出て町で大学に通う一人息子からの手紙を待ちわび、そして彼の帰りをひたすら待っている。しかし、時折老婆のもとへ来る手紙の封筒にはいくばくかのお金が入っているだけで、息子からの手紙はまったく入っていない。そこで、郵便配達夫が、老婆の息子からの文章らしきものを創作して老婆に読んで聞かせる。この父親の行為を、息子は、偽善的だと言って非難する。しかし、私には、これこそが「弱者」への愛情ではないかと思えてならない。
 親は子を育てる。しかし、親が年老いていけば、今度は肉体的にも衰えた親を子供が支えていく。これは、「弱者」と「強者」が入れ代わっただけのこと。その代行を、本当の親子ではない第三者が肩代わりしていくのも世の中の一つのバランスなのではないかと思う。「水は高き所より低い所に流れる」。この真理は、人と人との間にも存在する。あるいは、存在しなければならない。「自立できない人間」を「自立できる人間」が助ける。「強者」が「弱者」を助ける。これを無償でできるのが本来の家族の姿であり、男女が愛し会う根本的な理由もそこにあるような気がしてならない。
 ただ、男が「強者」で、女が「弱者」というわけではない。ましてや、その逆でもない。恋人のために自分の臓器の一部を提供した男性の話しを最近のニュースで聞いた。恋人同士でも、友人同士でも、家族の間でも、自己犠牲の愛情には、いつも「弱者」への深い「愛情」が横たわっているような気がする。

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