MAY 28のDIARY 『フランス語と音楽』

 
   先週の土曜日、私の卒業した青山学院のフランス文学科の同窓会に招かれてミニ・コンサートをやった。
 もともとレクチュア・コンサートみたいな形式でやってくれという依頼だったのだが、自分が一緒に授業wそ受けていた仲間もいる場で「レクチュア」も気恥ずかしいので、ふだんやっているライブのミニチュア・ヴァージョンのりのコンサートをやった。いつものライブ仲間の久保田修と行けば、仏文科仲間という共通項もあるし、ふだんのライブ以上に「フランス語ネタ」が受けるのではないかという魂胆もあった(この魂胆は見事に当たったようだ)。
 とりあえず、演奏はいつも以上の出来で、「うん、これは、このデュオは、単にボケとツッコミだけではなくプレーヤーとしてもなかなかのモノだな」などと妙に二人で感心してしまったが、そこで私が思ったのは、仏文科卒のミュージシャンの存在ということ。もともと私は「コック」という仕事に憧れていた。しかし、それは大学時代に完全にあきらめ(ホテルの皿洗いのバイトをしている時に、料理の世界というのは完全なタテ社会だということに気がついたからだったが)、2番目に好きだった音楽を仕事として選択した。しかし、その時、大学で実際に勉強していたフランス語などというものが、自分の仕事に役立つなどということはこれっぽっちも考えてはいなかった。ところが、実際に仕事を始めてみれば、フレンチ・ポップスの仕掛人だの、フランス語のCMだの、TVのフランス語講座の音楽だの、やたら音楽とフランス語が結びつく仕事にばかり縁ができてしまった。これも神の思し召しか?とは思ったが、これはやはり自分自身の中にある「ある種の欲望」の現れなのかもしれないなとも思う。
 料理は好きだ。でも、仕事にはしたくない。だから、趣味としていろいろやっていくうちにいつの間にか、それをキッチン・ライブなどで人前で披露することが実現してしまった。フランス語などの語学ももともと大好きだったし、これが自分の人生の役にたってくれたらいいなと思っていたら、これもいつの間にか仕事の中に十分役目を果たすようになってしまった。そして、音楽。これもいつの間にかである。それほど、音楽に執着していたわけではなかった。楽器をやってはいたが、それが職業になるほどの腕前になるかどうかは自分自身でも半信半疑だった。しかし、いつの間にかこれも職業になっていた。きっと、自分の中には綿々とそういったさまざまな「欲望」が渦巻いていたのだろう。
 ひるがえって過去を考えてみる。  私が中学校の時の音楽教師。大学を出たばかりの若い美しい女性音楽教師。この人にまだ若い私が恋心を抱いた時から今の自分があったのかもしれないとも思う。もちろん、そんな中学時代の淡い恋など実るはずがない。その教師は、2年もたたないうちにカメラマンと結婚してしまった。しかし、その女性教師に植え付けられた音楽への愛情は今も消えていない(動機が不純であれ、いったんのめり込んだものはそうそう離れては行かないものだ)。
 そして、大学卒業直後に会った一人の先輩。彼は、今でこそ超有名な作家になった人物だが、私が彼に出会った時点では、ただのウサンクサイ人物。でも、その胡散臭い人物が私にはとてつもなく影響力を与えていた。私は、彼に出会ったその瞬間から彼の話術に魅せられ、その日のうちにアメリカ留学を決意していた。おそらく、私の人生において、この二人の人物がいなかったら今の私は存在しなかったに違いない。それほど、この二人は私にとてつもない影響を与えている(この二人にこの話しをしたら「何で?」と妙な顔をされたが)。
 人間の人生において、少なくとも、一人や二人、その人の人生のターニング・ポイントとなるような人物との出会いがあるはずだ。それが誰なのかはその人によって違うわけだが、問題はその出会いを自分の中でどう消化していくかなのではないかと思う。影響を与えられた。それだけでは、おそらく何にもならないはずだ。問題はその後。その影響をどう具体的な行動にしていくか。「こうしたい、ああしたい」。そういう「欲望」や「希望」を実現させるのは、やはり行動しかないはずだ。
 どう行動するのか?  私の場合、思った瞬間に手がのびる性格が幸いしていたのかもしれない。やりたい事をやる。うん、まだまだ「やりたい事」はたくさんある。

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